#2-2「普通の女子高生たちが急にヘッドバンギング」

 もゆたちと途中で別れ、わたしとニョロンは学校に到着した。



 相変わらず化け蛇を指差しながらひそひそ言う人たちも多いけど、もう慣れました。


 わたしは鋼の心でそれを無視して、教室に入る。



「あ、おはよう! ほのりちゃん」



 ほあああ、ほのりちゃんっ!!


 一日経っても破壊力やべぇな、名前呼び。よだれが出るぜ。



 そんなわたしに、小走りで近づいてくるまりかちゃん。


 そして「こっちこっち」とわたしの手を引いてくる。



「にょろーん。それじゃあ一緒に行くにょ――」


「ニョロン」


「……分かったにょろよ。教室の後ろに行ってるにょろから、その殺意の波動に目覚めた顔はやめてほしいにょろ」



 よし、これで邪魔なニョロンはいなくなった。


 わたしは晴れ晴れとした気持ちで、教室の隅にいるまりかちゃんグループに合流する。


 ああ、なんて普通の女子高生らしいんだろう……。



「ところでさぁ、ほのりちゃん。『ジャスミン』の曲聴いてみた?」



 びくり。


 脂汗が額から流れ落ちるのを、肌で感じる。



「え、ええ……最新の二曲だけですけど……」


「そっかー!! どうだった? 最高だったでしょ!?」


「は、はい。すごく……魚でした」



 五人の視線がザッと、一斉にわたしへと向けられる。



 ひぃ。ごめんなさいごめんなさい!!


 何ひとつ良さを感じなかったから、他にどう答えていいか分からなかったんです!



「……さっすが、ほのりちゃん! よく分かってるぅ!!」


 ――へ?



「まさか、魚系が二日連続で来るとは、思いもしませんでしたものねぇ」


「しかも短歌だぜ、短歌! 魚で短歌とか、超ロックだよなぁ!!」


「『ジャスミン』って、ほんと最高!」


「ぽむ」



 そ、そうなんだ……。


 価値観のズレに軽く絶望を覚えながらも、わたしはその場しのぎの相槌を打つ。



「ね、ほのりちゃん。『ジャスミン』の良さが分かったでしょ? 『ジャスミン』は毎日一曲アップしてるからさ、これからも絶対聴いてきてね。約束だよ?」


「え!? え、えーと……」


「俺は『ジャスミン』なんて聴く気ないぜ!!」



 わたしが言いよどんでいると、救世主のように誰かが会話に参入してきた。


 ありがとう! 一体どこのどなたですか?



「俺たちキューティクルチャーム応援団は、いつだってキューティクルチャーム一筋! 世界に愛と笑顔を振りまく魔法少女のキュートさに比べたら、歌い手なんざ大したことないっての!!」


 うわぁ、感謝しなきゃよかった。



 坊主頭をキラリと光らせながら、今日も無意味に生きているのは、チャームサーモン応援団長の雉白きじしろくん。


 ちらちら視線を送ってアピールしてくるのを今すぐやめろ、気持ち悪いから。



「まぁそんなわけだから、まどかたちも有絵田ありえださんの魔法少女としての華々しい活躍に注目をだな……」


「雉白くん。さっきなんて言った?」


「ん?」


「『ジャスミン』が……大したことないって……?」



 おやおや?


 なんだか、まりかちゃんの様子がおかしいぞ?



 ――なんて思った矢先。



「なんで……なんで『ジャスミン』の歌を聴かないのよッ!!」


 絶叫とともに、まりかちゃんは拳を振り下ろして、眼前の机を粉砕した。



 比喩とかじゃない。


 まりかちゃんにぶん殴られた机が、見るも無残な破片となって砕け散ったのだ。



 そのあり得ない腕力に、わたしも雉白くんも目を丸くする。



「――ベイビーカモーン」



 まりかちゃんが意味不明な言葉を発しながら、中腰になって雉白くんに詰め寄っていく。


 たじろぐ雉白くん。



「――ベイビーカモーン」



 その背後から、てぃろ姉さんが雉白くんを突き飛ばした。


 哀れな魔法少女オタク坊主は、バランスを崩してその場に倒れ込む。


 そんな彼の逃げ道を塞ぐように、みきさやさん・あんこさん・ぽむぽむさんが立ちはだかった。



「な、何すんだよお前ら!?」



 雉白くんの叫びもむなしく、かごめかごめの要領で、五人は彼の周りをぐるぐる回りはじめる。




「ベイビーカモーン……」


「ベイビーカモーン……」


「ひ、ひぃ!?」




 怯える雉白くんに向かって、五人は声を揃えて「ファッキュー!!」と絶叫したかと思うと、突如としてヘッドバンギングを開始した。


 物凄い勢いでシェイクされる、少女たちの頭。



 やめて、マイスイートフレンズ!


 こんな意味不明なことをする知り合いは、魔法少女だけで十分よ!!



「ベイビーカモーン!」


「へぐっ!?」


 まりかちゃんが、勢いよく雉白くんにヘッドバッドをきめた。


 それを合図に、てぃろ姉さんたちもヘッドバンギングの勢いでもって、雉白くんに頭突きの応酬を行っていく。



 それはそれは、世にも恐ろしい光景なんだけど……。


 フルボッコになる雉白くんを見てちょっとだけ「ざまあ」と思ってしまうわたしは、悪い女なのでしょうか? 神様。



「ほのりん、大変だよっ!」


 そこへ雪姫ゆきひめが、息を切らせながら飛び込んでくる。



「どうしたのよ、雪姫? 大変さならこっちも負けてないと思うんだけど……」


「ああ、こっちのクラスもかっ! ゆっきーのクラスでも、いきなり女子の一部が暴れ出したかと思うと、ヘッドバンギングとか頭突きとかするもんだから、大変なことになってるんだよっ!!」


「雪姫のクラスでも?」


 何これ、どういうこと?


 普通の女子高生たちが急にヘッドバンギングをはじめるだなんて……意味不明の極みなんですけど。


 なかばパニック状態なわたしは、友人たちの奇行をただただ見守るばかり。



 そうこうしてるうちに――ボロ雑巾のようになった雉白くんの胸倉を掴んだまま、まりかちゃんたちはふっと、呆けたように口を開けて立ち尽くした。


 その瞳には先ほどまでとは違い、普段の生気が戻ってきている。



「私……今まで何してたんだっけ?」



 他の四人も正気に戻ったようで、机や椅子が無数にひっくり返った教室を見渡して、何事かとおろおろしはじめた。


 そして、どさりと床に落とされる、満身創痍の哀れな雉白くん。



「……かすかにょろけど、さっき暴れていたときに、魔力の気配を感じたにょろよ」


 教室の後ろから近づいてきたニョロンが、耳打ちしてきた。


「ってことは、八十七番目の悪の組織登場……ってことだよね?」


 雪姫のその言葉に、わたしはふと昨日のやり取りを思い出す。



 ――俺の目的は、『ブラックエボニーダークネス王国』の意思を継ぐ、新たなる組織を結成すること。


 ――そして必ずや、世界を漆黒に染め上げてみせる。




 確信はない。


 だけど、昨日の会話。そして女子高生を狙った卑劣な手口。




「……ひょっとしてこれって、黒墨くろすみの仕業なの?」

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