#1-8「すっごい魚だったね」
「……なんでこのワニがここにいるのよ?」
「知らねーよ。なんかさっきからずっと熱い魔法少女論を語り合ってて、おれも正直鬱陶しく思ってるんだけど」
げんなりとした顔で、かぶとが答える。
一方のニョロンたちは――。
「違うにょろ。魔法少女とはそうじゃないと、何回言ったら分かるにょろか! まったくユーは勉強不足甚だしいにょろね」
「ひぃ! 面目ないがぶ!!」
バカ蛇に上から目線で叱られたガブリコは、頭を悩ませながらガリガリと我が家の食卓で爪を研ぐ。
やめろ、人様の家の物を破壊するんじゃねぇ!
「あっはっはっは! ニョロンもガブリコも真面目だねぇ。お母さんの妖精も、そうして色々と悩んでたもんよ。魔法少女の妖精たるもの、そうでなくっちゃね」
お母さんたちの妖精は、主に魔法少女内の人間関係に頭を悩ませてた気がするけどね。
確かそのせいでストレス性の胃腸炎になって、入院したりしてたし。
「ま、それは一回置いといて。お父さんは仕事で遅いことだし、先にご飯いただいちゃいましょー。ガブリコの分も用意してるから、どうぞ召し上がれっ!」
「かたじけないがぶ、
差し出された骨付き肉を骨ごと噛み砕きながら、ガブリコは上機嫌。
ニョロンはニョロンで生卵を殻ごと丸呑みしてるし。
TVでよく見る魔法少女の可愛い妖精さんとは程遠い二匹に嘆息しながら、わたしも夕食にありつくこととした。
そうして、お母さんの作った食事をほぼ平らげ終わった頃。
「あ、そうだ。まりかちゃんの言ってた『ジャスミン』をチェックしなくっちゃ」
食器を片付けると、わたしはいそいそとリビングのデスクトップパソコンを起動させた。
そしてミーチューブの検索に、『ジャスミン』と打ち込む。
すると、『ジャスミン』の投稿したらしい楽曲の数々がずらりと現れた。
「これが女子高生のカリスマ……普通の女子高生に大人気……!!」
ごくりと生唾を飲み込み、わたしは投稿日が昨日になっている動画を開いた。
まりかちゃん曰く、最高傑作らしいからね。
果たしてどんな素敵な旋律が、天使のような歌声が流れてくるんだろう。
ドキドキするわたしの眼前に、『センチメンタル水族館』という動画が表示される。
そして――深呼吸をひとつして。
再生ボタンを、クリックした。
『 ピラルク ピラルク 淡水魚♪
グッピー うれぴー 活け造り♪
あんまりサバサバしないでね♪
思わずサメザメ泣いちゃうわ♪
ぎょぎょーん ぎょぎょーん 愛する貴方は♪
うおーん うおーん 釣れない男♪
想いはくるくるお寿司のように♪
回って回って へい一丁♪ 』
――――はぁ!?
なんだなんだこのクソ歌は!?
たまらず一時停止ボタンを押して、わたしはマウスを放るようにデスクに置いた。
ちょっと待って、ちょっと待って。
まりかちゃん曰く、最高傑作だったはずよね? これ。
わたしはもう一度、今聴いた歌を思い返してみる。
……うん。
冷静に考えても、歌詞の意味がさっぱり分からない。
タイトルが水族館のくせに、寿司の話になってるのも理解できないっていうかクソ歌じゃねーか、なんだこれ!!
あと、歌詞のイカレっぷりだけじゃなく、歌唱力のやばさも相当だ。
音程は外しまくってるし、ところどころ声は裏返ってるし、はっきり言ってわたしが歌った方がまだマシなくらいだ。
と、思うんだけど……。
「何これ……絶賛コメントばっかじゃない……」
わたしの評価とは対照的に、ミーチューブのコメント欄は肯定的な意見ばかり。
『ジャスミン最高www』『震えが止まらない……神すぎて』『世界よ、これがミーチューブだ!!』『ぽむ』――――って、今ぽむぽむさんいたよね!?
「いや待て、ほのり。まだ焦るような時間じゃないわ。たまたまこの曲が合わなかっただけかもしれないし……」
言い聞かせるように呟いて、今度は今日が投稿日の最新曲を再生してみる。
『 春先に 釣った魚を 焼いてみて
醤油をつけたら おいしくなった 』
「短歌の朗読じゃねーか! せめて歌えよ!! ふざけてんのか!?」
しかもなんでまた魚系なんだよ、もっとレパートリー増やしやがれ!
もうツッコミどころしか見当たらなくて、わたしはがっくりと頭を垂れた。
「本当に、こんなのが女子高生に人気なんだ……」
えーと、ごめん。まりかちゃん。
『ジャスミン』の素晴らしさってやつが、わたしには欠片も理解できません。
――――ああ。
わたしはもはや、身も心も魔法少女。
いつの間にか普通の女子高生とは、感覚がズレてしまっていたのね。
そう思うと胸が痛くて、思わず泣きそうになる。
明日、どんな顔してまりかちゃんと会えばいいんだろ?
『ジャスミン』の話になったら「すっごい魚だったね」とか適当に合わせるしかないか。
「一体何を聴いてたんだにょろ?」
「僕ちゃんも聴きたいがぶ!」
パソコンの前で苦悶するわたしに興味を持ったのか、ニョロンとガブリコが横から画面を覗き込んできた。
わたしはまさに死んだ魚のような目をしつつ、『センチメンタル水族館』を再生する。
『 ピラルク ピラルク 淡水魚♪
グッピー うれぴー 活け造り♪
あんまりサバサバしないでね♪
思わずサメザメ泣いちゃうわ♪ 』
「何にょろ。この変な歌は」
「やっぱり
なんて、がっくりと肩を落としていると。
「――! ビビビッと来たがぶ!!」
画面を注視していたガブリコが、唐突に声を張り上げた。
意味が分からず、きょとんとするわたし。
「何言ってんのよ、化けワニ。あんたはこのクソ歌が琴線に触れたっていうの?」
「違うがぶよ! こんな下手くそな歌はどうでもいいがぶ。そうじゃなくて――妖精の第六感が、僕ちゃんに告げているのだがぶ!!」
その言葉に、わたしはハッとする。
そういえば前に、ニョロンから聞いたんだった。
次世代魔法少女の資質を持った相手に出会うと、妖精は第六感が働いて「ビビビッと来る」って。
――ってことは?
つまりアレか? アレなのか!?
「間違いないがぶ。これこそが――」
獰猛な爪先で、『ジャスミン』の歌が流れるデスクトップパソコンを指し示して。
ガブリコは自信満々の笑みを浮かべて、高らかに謳った。
「――この歌の主こそが、二人目の次世代魔法少女……がぶよ!!」
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