#1-7「あ、いや、性的な意味でなく」

 呪文の詠唱とともに、謎変身空間が展開し、二人の服が弾け飛ぶ。


 地獄の変身タイム、はっじまっるよー。



 わたしが勾玉に口づけると、泡のカーテンが噴き上がる。


 その裏でいそいそ衣装に着替え、黄色のリボンを巻く。


 それと同時に髪は伸び、サーモンピンクに染め上がる。



 雪姫ゆきひめもまた、用意されたカーテンの裏側で着替えを済ませると、最後に白銀のティアラを装着した。


 瞬間、髪は腰元まで伸びて、雪色のツインテールに自動的にセットされる。




「さぁ、行くよ!」


 わたしは水中からばしゃりと飛び出す。


 ふりふりのミニスカートコスチュームに、ブレザーを模した形状のマント。


 脚には縞のオーバーニーソックス。リボンなんて、ハートの装飾まで施されてたりして。


 羞恥心を抑えつつ、わたしは左腕を伸ばしてポーズをきめる。


 そして、両腰のホルダーから魔法の洗剤スプレー『マジック☆凛々』を引き抜き、くるくる回して正面にかざすと。



「泡立つ声は海をも荒らす! チャァァァムサーモン!!」




 続いて雪姫が、白のハイヒールでカツンと地面を鳴らした。


 きらきら輝く白銀のティアラ。水色のコスチュームからは、珠のような肌をした太ももが覗いている。


 そのままビシッと右手で敵を指すと、ぐるりと右腕を回す。


 それとともに空から落下してくるのは、二メートルを優に超える筋骨隆々な魔法の白熊ぬいぐるみ『しずねちゃん』。



「林檎がなければ毒を喰え! チャームパウダースノウ!!」




 わたしとパウダースノウは、天に向かって伸ばした右手を重ねる。


「「世界に轟く三つの歌は、キュートでチャームな御伽のカノン」」


 甘え上戸は捨て置いて。



「「我ら魔法少女! キューティクルチャーム!!」



 そしてわたし――チャームサーモンは、両手を腰に当て堂々と決めゼリフを言い放つ。



「ちまたに溢れる社会のクズ共! この魔法少女キューティクルチャームが、今日もシュシュッと……お掃除しちゃうゾ☆」



 そしてウインク。

 もうやだ、これ。



「変身したな。それでは遠慮なく――やらせてもらう」


 そう宣言すると、黒墨くろすみはバケツを足元に置いて、コートの内ポケットに右手を入れた。


 取り出されたるは、黒光りする一丁の拳銃。


 そして左手には、黒色のペンキがべったりとついたハケ。



黒王こくおう陛下の忘れ形見――魔銃『黒一夜くろいちや』。そして王国民の証である黒いペンキ。この二つの武器が、貴様らの息の根を止めてくれる」


「気をつけてサーモン! 『黒一夜』は『ブラックエボニーダークネス王国』の支配者・黒王が用いていた、魔力を帯びた拳銃! 直撃すればコンクリートくらい簡単にふっ飛ばしちゃう代物だよっ!!」


「ぞっとしないわね。そんなもん喰らったら、いくら魔法少女でもただじゃ済まないじゃない……ちなみにペンキも、魔力製の強力なやつなんでしょ?」


「ううん。多分あれは市販品だと思うよっ!」


 ただのペンキかよ。魔銃とのギャップがひどいな。


 それじゃあペンキは気にせず、銃の方に注意を払っておけば――。



「……隙だらけだ」



 瞬間。


 黒墨がハケを大きく振るって、黒ペンキを飛ばしてきた。


 黒ペンキは見事にわたしの顔に直撃。わたしは堪らず、目を閉じてしまう。


 それと同時に、轟く銃声。



「危ないサーモンっ! 『しずねちゃん』!!」


「グオオオオオオオオオッ!!」


 ボスッという鈍い音が、目の見えないわたしの耳に響き渡った。


 わたしはコスチュームが汚れるのも厭わずに目元のペンキを拭い去ると、慌てて顔を上げる。


 そこには、パウダースノウの使役する白熊ぬいぐるみが、まるで弁慶の仁王立ちのように立ち尽くしていた。


 その心臓部には、見るも無残な銃痕が刻まれている。



「ぬいぐるみを盾にしてサーモンを庇ったか……が、直撃を受けたぬいぐるみは、ただでは済まない」


『黒一夜』から立ちのぼる硝煙に、黒墨がふっと息を吹き掛ける。


 それとタイミングを同じくして、『しずねちゃん』が膝をついてその場に崩れ落ちた。


「『しずねちゃん』!!」


 パウダースノウが悲鳴のような声を上げる。


 魔力で形成されている『しずねちゃん』は死ぬことこそないが――おそらくこの戦いの間に傷痕を修復することは不可能。


 つまり、パウダースノウは強力な攻撃手段を失ったことになる。


 わたしはギリッと歯噛みした。



 これは完全に、市販のペンキだと侮って隙を見せた、自分の責任だ。



「パウダースノウ、下がってて。ここはわたしが、食い止めてみせる」


 わたしは煮えたぎる怒りを抑えながら、魔法の洗剤スプレーを構えた。



「『マジック☆凛々』――火炎放射ッ!!」


「――『黒一夜』」



 ノズル口から射出される二つの青い火球弾目掛けて、黒墨が二発の銃弾を撃ち出した。


 銃弾は軌道上に漆黒の闇を振りまきながら、火球へと着弾し――漆黒の太陽のように、黒く瞬く。


 二つの魔力はしばしジリジリと拮抗したのち……。


 やがて、爆音とともに弾け飛んだ。



「な――?」


 思わず声を漏らしたわたしを見て、黒墨はニヤリと笑う。



「伊達にサバゲーで射撃の腕を磨いたわけではない。その程度の弾道であれば、動きを予測して直撃させることなど容易い。今の俺は百メートル先の十円玉ですら、一発で打ち抜くことができる」


 すげーなサバゲー。良い子のみんなじゃ絶対マネできない気がするけど。


「パウダースノウ。こいつって昔っからこんなに強かったっけ?」


「ううん。かつての黒墨影夜かげやは、さっきの火球弾一撃で倒せる程度の弱小幹部だったはず。恨みの力を元にして、血の滲むような努力でパワーアップしたとしか」


「――ちっ。珍しくまっとうに敵らしい敵がきちゃったわけか。それじゃあ、こっちも本気で行くしかないわね」



 そう言って、わたしは二つのスプレーを重ね合わせる。


 閃光とともに現れるのは、等身大の巨大なスプレー缶。



「悪意も穢れも、これ一本!」



 決めゼリフと同時にスプレー缶を抱きかかえ、シャカシャカと振りまくって。



「サーモン・マーメイドバブルデリーター!!」



 虹色に煌く泡の大群を、一斉に射出した。



 これこそがチャームサーモンの必殺技。

 直撃したもの全てを消滅させる、大量の魔力が篭められた一撃だ。



 こいつで『黒一夜』とペンキを消し飛ばして、丸腰になったところを縄で縛って、警察に突き出してやる!



 ――――が。



「この程度、サバゲーでは日常茶飯事だったよ」


 黒墨は涼しい顔で『黒一夜』を構えると、近づいてくる泡のひとつひとつ目掛けて、正確に黒色の弾を射出していく。


 泡は弾丸とぶつかると、弾丸を消し飛ばして消滅してしまう。


 その結果――泡はひとつとして目標物まで到達することなく、消え去ってしまった。



「そんな……必殺技さえ効かないなんて……」


「降伏するか? もしも降伏して俺に従うというのなら、命だけは助けてやらなくもないぞ? 俺は女子高生が――嫌いではない」


「えっ?」


「あ、いや、性的な意味でなく」


「…………」


 なんか不穏な発言を聞いたような気がするけど、うん聞かなかったことにしよう。



 今回の敵は、超強敵。

 復讐という目的意識を持った、まさに悪の中の悪なんだから。



「嫌だよっ! どうせ降伏したら乱暴する気でしょう? えっちな本みたいに!」


「………………しないよ?」


「待て! お前、今パウダースノウ見ながら思いっきり頭の中で迷っただろ!? もういいよ、台無しだよ。復讐に燃える強敵だと思ったら、はいはいロリコンでしたー!! 分かってたけどね。どうせまともな敵なんて来ないんだよね。知ってましたー。はい、知ってましたー!!」


「今日もテンション高いですね、サーモン先輩……」



 うわっ、びっくりした!!


 黒墨が女子高生好きの変態だと分かって、思いっきりやさぐれてたわたしのそばには、いつの間にやら髪の毛お化けことノワールアンジェが立っていた。


「まったく――パウダースノウ先輩から大ピンチと聞いて、空間転移ワープまでして来たっていうのに。何を遊んでいらっしゃるのですか?」



 嘆息するノワール。


 いや、遊んでたわけじゃないんだけどさ。



「で? あの黒ずくめの男を倒せばよいのですか? なんだかさっきから舐め回すようにわらわのことを見てくるので、いささか不愉快なのですが」


「……ふむ。女子中学生か。ふうん。女子中学生ね」


 もう駄目だな。


 あいつは復讐鬼なんかじゃない――ただのロリコンだ。


 わたしは排水溝の生ゴミを見つめるような目で、黒墨を睨みつける。その視線に気付いたのか、黒墨はこほんと咳払いをして、その漆黒のマントを翻した。



「増援が来てはこちらが不利。今日のところは引くとしよう」


 そう言って、自身の足元目掛けて『黒一夜』を数発撃ち込んだ。


 噴出した黒煙が、まるで煙幕のように黒墨の全身を覆い隠していく。


「俺の目的は、『ブラックエボニーダークネス王国』の意思を継ぐ、新たなる組織を結成すること。そして必ずや、世界を漆黒に染め上げてみせる。その障害となるであろう貴様ら魔法少女は、必ず俺が始末してくれる。必ずや……な」



 もはやどんな捨てゼリフを吐いても、ロリコン疑惑のせいで台無しですよ。黒墨さん。



「それではまた会おう……魔法少女たち」


 黒煙が消え去った先には、もはや黒墨の姿は影も形も残されていなかった。



「新たな悪の組織の出現だね、サーモン。しかもかなりの、強敵だよ?」


「……はぁ。そうね」


 確かにパウダースノウの言うとおり、戦った感じは珍しく強い相手だったんだけどさ。



 どことなく釈然としない気持ちを抱えながら、わたしは静かに変身を解いた。

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