#1-6「はい、軽犯罪ー」

「……お待たせっ、ほのりん★」



 一階の『雪姫ゆきひめトイレ』で制服に着替え直した雪姫が、人差し指を頬に当ててぶりっ子全開に微笑む。


 黄緑を基調にしたセーラー服の上にベストを着込み、スカートは膝丈よりも上。


 相変わらず男子のくせに、わたしより可愛いな。くそっ。



 そしてわたしと雪姫は下駄箱で靴を履き替え、門扉をくぐって二人で帰路に着く。



「ったく、本当にあんたは騒ぎしか起こさないわね」


「ぶー、だってぇ。ここ最近、クラスの女子たちが『ジャスミン』の話題ばっかりしてるんだもん。魔法少女のことなんて、ひそひそ話されるくらいが関の山なのにさっ。なんだか悔しかったんだもん」


「あんたは何と戦ってんのよ……どう足掻いたって手遅れなくらい、キューティクルチャームは落ち目なのよ。もう諦めて、ひっそりと黒子のように日陰を生きるべきなのよ、わたしたちは」



 あーあ、言ってて悲しくなってきた。魔法少女なんて、今すぐ辞めたいなぁマジで。


 ……しかし。


 まりかちゃんたちが力説してたとおり、本当に女子高生の間で『ジャスミン』は爆発的な人気みたいだね。


 普通の女子高生の会話についていくためにも、今日帰ったら絶対に聴いてみないと。


 そんなことをぼんやり考えながら、人気のない裏道を歩いていると。



「――ほのりん」



 雪姫がぐいと、わたしのセーラー服の裾を引っ張った。


「な、何よ?」

「…………」


 雪姫はこちらに見向きもせず、無言で正面を見据えている。


 わたしは首をかしげつつ、雪姫の視線の先を追った。



「……え?」



 そこには、明らかに不審な格好の男が立っていた。


 年齢は三十代中頃くらいだろうか?


 黒いシャツに黒いスーツ、さらに膝下まである黒マントを羽織った、黒一色な服装。夜だというのに黒いサングラスを掛けて、目深に黒のカウボーイハットをかぶっている。


 そして黒い手袋をした右手に握っているのは、黒色をしたバケツ。



『黒』がゲシュタルト崩壊を起こしそうな、あからさまにやばげな風貌の男は、カツンカツンと靴音を鳴らしながらこちらに近づいてくる。



 雪姫が右手を広げて、わたしを後ろに押しやった。


 黒い男は不敵な笑みを浮かべると――右手の黒色バケツを眼前にかかげた。



「久しぶりだな……憎き、魔法少女たちよ」



 カラスが夜の到来を告げる夕刻。


 覚えのない黒ずくめの男に「久しぶり」とか言われる事案の発生に、わたしはちょっと動揺を隠しきれない。



「だ、誰よあんた? それ以上近づいたら警察を呼ぶ――」


「やっぱりそうか……君は第五十九番目の敵組織『ブラックエボニーダークネス王国』の漆黒暗黒三十四士が一人、一本槍の黒墨くろすみ影夜かげやだねっ!!」


「えっ、えっ? 誰だって!?」


「さすがは魔法少女キューティクルチャーム。一度戦った敵は忘れないということか。いかにも。俺は元・漆黒暗黒三十四士――一本槍の黒墨影夜だ」



 合ってるんだ……相変わらず無駄に記憶力いいな、雪姫は。


 わたしはそんな早口言葉みたいな名前、全然ピンと来ないぞ。



「ほのりんったら、また忘れてるみたいだね」


「覚えてるあんたが異常なのよ……で? あいつは一体どういう奴なのよ」


「『ブラックエボニーダークネス王国』――世界の全てを漆黒に染めようと企み、黒いペンキでそこら中を真っ黒に塗り潰したりした、邪悪な敵組織だよ。そして彼はその三十四人の幹部のうち、第一の槍としてゆっきーたちの前に現れた」


「あー……そういや、いたような気もする。やってることはしょぼいくせに、敵幹部がやたら多くて倒すのに手間取った組織。最後にはムカついた薙子なぎこが特攻を仕掛けて、十人くらいまとめて鉄パイプで殴り飛ばしたんだっけ」



 そんな数だけ多い組織の第一の刺客なんて、覚えてるわけないわよ。そりゃ。



「んで? その滅びたはずの組織の幹部さんが、一体なんの用なわけ? 今さらのように復讐でも遂げに来たってのかしら」


「――――その通りだ」



 轟と、激しい風が吹き抜けた。


 黒墨はカウボーイハットを押さえつつ、じっとこちらに視線を向けている。


 サングラスの下の瞳に宿るのは――紅蓮の炎。



「我らが偉大なる黒王こくおう陛下はおっしゃった!」



 ビリビリと空気が振動する。


「『たとえ王国が滅びようと、我らが大いなる目的は不滅である』……と。その言葉を糧にして、俺はこの数年間を過ごしてきた。日中は仕事に励み、夜は筋トレ。休みの日はサバゲーで射撃の訓練。パソコン教室にも通い、パソコンスキルの向上にも努めてきた。辛く、過酷な毎日だった……!!」


「って、充実した毎日じゃないの! おとなしく一般社会で生活してろよ!!」


「そうはいかない。三十三人の仲間と、黒王陛下と約束をしたからな……必ずや、この世界を漆黒に染めてみせると」



 そう言ってバケツからハケを取り出すと、黒墨はブロック塀にべったりと黒いペンキをなすりつけた。

 はい、軽犯罪ー。



「覚悟しろ、魔法少女キューティクルチャーム」



 そんな、バカらしい言動を取ってるくせして。


 黒墨は底冷えするほど低い声で、ゆっくりと告げた。



「今度こそ――邪魔な貴様らを、倒す」



 ぞくりと鳥肌が立つのを感じる。頭ではなく、身体が理解した。


 こいつ――かなりやばい奴だ!



「雪姫、もゆに連絡を取って! わたしは薙子に連絡するから!!」


「り、りょうかい!」


 こいつの相手は、二人だけじゃあ心許ないわ。


 わたしは震える指先で携帯を操作して、薙子にコールする。



 頼む、薙子。電話に出てくれ……っ!



「おー、ほのりかぁ。なんのようだぁ? あひゃひゃひゃ」



 やたらと上機嫌というか、テンションが突き抜けた感じで、薙子が電話に出た。


 なんか嫌な予感を覚えながら、わたしは早口に状況を説明する。



 ――が。



「まほーしょーじょお? なんだそれぇ? なぎちゃんわかんなーい。うひゃひゃ!!」


「分かんない、じゃないわよ! 今日は斬新な切り口でサボろうとしてるわね……そんな手に引っかかるわたしじゃないからね!!」


「んー? なにいってんのかわかんないのらぁ……なぎちゃんはしごとおわったばっかで、つかれてるのらぁ。おーい、おやじぃ。酒もってきてぇー!!」


「酒!? 分かったぞ、お前ガチで酔っ払ってやがんな!」


「んー? なぎちゃん、よくわかんないにゃあ……」


「うっせぇ、猫語で喋るな気色悪い! お前、酔っ払うと甘え上戸になるんだな。普段とのギャップが半端ないっていうか、後で恥ずかしくて死にたくなるぞ絶対」


「うふふぅ。なぎちゃん、しらなーい。ほのりぃ、だいすきだにゃあー」


「ひぃぃぃ!?」



 もうあまりの気持ち悪さに、わたしは思わず携帯の電源を切ってしまう。


 薙子。普段はクールな姉御タイプなのに、酔っ払うとにゃんにゃんしちゃうんだな。


 知らなかったっていうか、知りたくもなかったよ……。


 まぁ今度、脅しの材料にでも使うか。なんて思っちゃう、今日この頃。



「ほのりん! もゆちんは急いで駆けつけてくれるって!! 薙ちゃんは!?」


「使い物にならん」


 バッサリと言い捨てて、わたしはポケットから桃色の変身アイテム――キューティクル勾玉を取り出した。


「もゆが来るまでこいつが待ってくれる気がしないわ。変身するわよ、雪姫」


「おっけぃ。よーし、行くぞぉ★」



 元気いっぱいに言うと、雪姫もまた変身アイテム・キューティクルミラーをかかげる。




「キューティクル勾玉エナジー! チャームアップ!!」


「キューティクルミラーエナジー! チャームアップ!!」

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