#1-5「死んだ魚以下の目してるじゃん」

 まりかちゃんたちが一緒に帰ろうと言ってくれたから、今日はお友達記念日。



「よーし、じゃあほのりちゃん。レッツゴー!!」


 放課後になっても、今日のわたしの運勢は大フィーバー状態!


 寄り道。カフェでお喋り。ウインドウショッピング。


 これからはじまる、めくるめく幸せな光景を思い浮かべながら、わたしはうきうきと教室の扉を開けた。



「ゆっきー! ゆっきー! ゆっきぃぃいいやあああああああああ!! ゆっきー……ああ……あっあっー! あぁああああああ!!」



 教室を抜けると、そこはライブ会場でした。


 白一色に統一されたサイリウムを持って、大声を張り上げる男たちの姿は、さしずめ訓練された兵士のよう。


 そしてその中心――廊下の端に置かれた台座の上には、アイドルみたいなミニスカコスチュームを着込んだ少女もどきが、ご機嫌に君臨していた。



 その名は雪姫ゆきひめ


 わたしの幼なじみにして、魔法少女仲間だ。



「みんなぁ、声援どうもありがとう★ ゆっきーもぉ、なんだかとっても盛り上がってきちゃったっ!」



 甘ったるい声でそう告げると、雪姫は金髪のゆるふわパーマをふわふわ揺らし、まつ毛の長いぱっちりとした瞳でウインクをする。


 その佇まいは、まるで本物のアイドルみたい。


 まぁ……中身は男なんだけどね。



「うわぁ……」


 そのあまりに気色の悪い光景を見たまりかちゃんたちが、ざりっと後ずさりする。



 ああ、待って!

 わたしもそっち側に入れて、マイスイートフレンズ!!



 ……なんて、願いもむなしく。



「あ、ほのりんだっ! みんなー!! ゆっきーの大切な仲間、ほのりんが駆けつけてくれましたぁ!! みんなで呼ぼう、声を揃えて! せぇのぉ……」



「ほおおおおおのりぃぃぃぃんっ!!」



 うるせぇ死ね! 気安く呼ぶな!!



「いぇーい★ じゃあ、ほのりんー。ステージの方へどうぞー!!」


「早く来るにょろよ。魔法少女たるもの、ファンを待たせてはいけないにょろ」



 白蛇の怪物が、雪姫の隣でふんぞり返っている。


 そういえばさっきから見掛けなかったな。


 こんなところで油売ってやがったのか、ムカつく……。


 まりかちゃんたちの目がなければ、窓から突き落としてやるところなのに。



「あれあれぇ? ほのりんがこっちに来ないなぁ……ひょっとして、みんなの声援が足りなかったり? 学園のみんな! ほのりんに力を分けてあげて!! もう一回行っくよー。せぇの――」


「うわあああ、分かった! 行きます、行きますから!!」


 もう一度コールなんかされたら恥ずかしくて堪らない。


 わたしはしぶしぶ、雪姫の隣へと移動する。



 ステージとは名ばかりの、廊下の一角。


「ったく、あんたは何やってんのよ。放課後だっていうのに、こんなバカ騒ぎ起こして……お願いだから静かにしててよ。こうした行為のひとつひとつが、魔法少女の地位を貶めるのよ」


「何言ってんのさ、ほのりん。こうした草の根運動のひとつひとつが、魔法少女の好感度アップに繋がるんだよ? それにぃ、ゆっきーは気付いてしまったんだよっ。時代は『歌』なんだってことに!!」


「歌、ねぇ……そりゃあTKY23なんかもアイドル売りしてるけどさ。別にわたしたちがそれに対抗しても仕方ないんじゃない? 連中に人気で勝てるなんて、到底思えない不人気っぷりだし」


「甘い、甘いよほのりん。シュガートーストのようにっ!! 確かに今のゆっきーたちじゃあ、TKY23に勝つ見込みはない……けどけど? 少なくとも身近な相手には勝ちたいじゃない!! そう、例えば『ジャスミン』みたいなっ!」


 また出てきた。ミーチューブの歌い手『ジャスミン』。


「そんなにいい曲歌ってるわけ? その『ジャスミン』っていうのは?」


「ゆっきーは彼女をライバルだと思ってるからねっ。敵の曲を聴くのはしゃくだから、あえて聴いてないっ!!」



 いや、そこは聴いとけよ。対抗意識の方向性が間違ってるだろ。


 それに魔法少女のライバルが歌い手っていうのも、なんか違う気がするし。


 しかし雪姫は、白い目で見ているわたしのことなど気にする様子もない。



「それじゃあみんなー! ほのりんも来たところで、ライブをはっじめっるよー!! ゆっきーが昨日、作詞作曲したんだっ。ではメンバー紹介ぃ――ギター、ニョロちゃーん!!」


「にょろーん」


 どこから取り出したのかギターを抱えて、ニョロンが不敵な笑みを浮かべる。


 いやいや、弦まで届いてねーぞその短い手!? 諦めろよ、試合終了だろ!



「コーラスぅ――ほのりんー!!」


「はぁ!? 何勝手にメンバーに加えてんのよ!! あんたが昨日作った曲なんて、わたしが知るわけ――」


「聴いてください。『ゆっきーマーチ』」



 曲名だけでもう駄曲だと分かってしまう絶望感。


 ニョロンは案の定、弦に手が届かなくってギター本体をバンバン叩いてるし。



 ああ、もう! この女装野郎は、なんでいつもこう余計な騒ぎを起こすんだ!!


 わたしは苛立ちのあまり、頭をガリガリと掻き毟る。



 ――と、そこへ。



「雪姫くん、やめなよ。迷惑だよ」



 ファンたちの歓声を切り裂いて、怜悧な一言が廊下に響き渡った。


 サイリウムを持った男たちの視線が、一斉にその少女のもとへと注がれる。


 そんな視線の集中砲火の中、仁王立ちしている勝気なその少女は――まどかまりかちゃん。



「廊下でこんな大騒ぎして、いいと思ってるわけ? 周りの連中もバカみたいに盛り上がっちゃってさ……どうかと思うよ」


「ふぇ? でもでもぉ、ちゃんと理事長の許可は取りつけてきてるよ★ ほら、許可証だって持ってるしっ」



 雪姫はこの私立雪姫高等学園における、理事長の孫というポジションだ。


 孫に甘い理事長様は、雪姫の願いなら校則すら割とあっさり捻じ曲げるくらいだから、こんな許可証程度は簡単に発行してくれる。


 ひどいときには、『男子トイレ』『女子トイレ』に加えて『雪姫トイレ』を設置するなんて、金をドブに捨てる行為もやったくらいだからなぁ。



「許可取ればいいってもんじゃないでしょ? 私たち一般人からしたら、うるさいばっかで迷惑なのよ。それに……ほのりちゃんだって嫌がってるじゃない!」


「ほのりんが?」


 つぶらな瞳をますます丸くして、雪姫は小首をかしげる。


 そして、わたしのことを一瞥すると。



「そんなことないよぉ。なんたって、ほのりんは魔法少女★ 目立つことには慣れてるもん。人前で歌って踊るなんて朝飯前だよっ」


「お前、これまで一体わたしの何を見てきたんだ……」


 的にかすってすらいない幼なじみの発言に、わたしは心底げんなりとする。



「何が朝飯前よ! ほのりちゃん、死んだ魚以下の目してるじゃん!!」


「そんなのいつものことだよっ!!」


 誰のせいだと思ってんだよ、誰のせいだと。



「とにかく! 私はあなたみたいなノリノリで魔法少女やってる変態は、絶対に認めないんだからね!! いつか必ず、あなたの毒牙からほのりちゃんを救い出してみせる!!」



 雪姫を指差して宣言するまりかちゃんに、みきさやさんたち四人が同意の拍手を送る。


 それに対抗して、雪姫の取り巻きたちはサイリウムを振りつつブーイングの嵐。


 ライブ会場並に盛り上がっていた廊下が、一触即発の空気に切り替わる。



 ……ちょっと、これはやばいんじゃない?


「ゆ、雪姫! 今日のところはここら辺にしときなさいよ!!」


「えー、まだ一曲も歌ってないよ? せっかくアイドルっぽい服を新調してきたのにぃ」


「言ってる場合か! 空気を読め空気を!!」



 唇を尖らせる雪姫の腕を掴むと、わたしはそそくさと駆け出した。


 ギターと格闘しているニョロンは、どうでもいいので捨てていく。



「あ、ほのりちゃん!」


「ご、ごめんなさい、まりかちゃん!! わたし、今日のところは雪姫を連れて帰ります。色々迷惑掛けちゃってごめんね!」


「ほのりちゃんが謝ることじゃないよ! ――明日!! 明日こそは、絶対絶対、一緒に帰ろうねぇ!!」



 背中から伝わる温かなまりかちゃんの言葉が、わたしの心に染み渡っていく。



 思わず目頭が熱くなるのを感じながら、わたしは雪姫を連れて階段を駆け下りた。

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