#1-3「お友達だし下の名前で呼び合おうイベント」

 午前中の授業が終了したところで、わたしはぱたりと机へと突っ伏した。


 昨日の戦いによる肉体疲労に加えて、塔上とうじょう先生から精神攻撃も受けたもんだから、心身ともに疲弊しきっている。


 お昼休みの教室では、クラスメートたちが今日のご飯はなんだ、放課後はどこへ行こうだと、思い思いに盛り上がっている。



 ……いいなぁ。



 魔法少女なんて恥ずかしい肩書きの上に、引っ込み思案でパッとしない性格なわたしには、非常に切ないことにクラスの友達がいない。


 そんなわたしにとって、お昼休みなんて特段楽しいイベントでもなんでもない。どちらかといえば、苦痛の方が大きいくらいだ。


 あーあ。お昼ご飯どこで食べようかなぁ。トイレかなぁ。



有絵田ありえださん。ご飯一緒に食べない?」


 ――その少女の呼び声は、天使のラッパのようでした。



「え、え!? わ、わたしですか!?」


 思いがけないお誘いに、わたしは瞬間的に身を起こす。


 弁当箱を片手に、机のそばに立っていたのは――朝、雉白きじしろくんの迷惑な応援に苦言を呈してくれた少女。


「ま、まどかさん」


 そばかすが特徴的な、小柄で快活そうなその少女は、わたしのひとつ前の席の円さん。


 今年初めて同じクラスになった子だから、必要最低限の話しかしたことないんだけど……一体どうして、わたしなんかとお昼を?



「いきなり話し掛けてごめんね。びっくりしたよね?」


「あ、いえ……大丈夫、です」


「しっかし朝のアレ。ひどいよねぇ、塔上先生。そもそも騒いでたのは雉白くんと私なんだし、有絵田さんを叱るのはおかと違いだと思うんだけど」


「あはは、まぁ塔上先生は魔法少女嫌いで有名ですから……」


「魔法少女、ねぇ」


 円さんが眉をひそめて、わたしの顔を覗き込む。



「ねぇ有絵田さん。魔法少女って、やっぱり大変?」


「え。ええ、まぁ……。いつ悪の組織が現れるか分からないから心休まらないですし、おまけに……」


「変な応援団もついてくるし?」



 言い当てられて、わたしは一瞬固まった。


 そんなわたしを見て、円さんは「えへへっ」と可愛く笑って。



「だよねぇ。朝も言ったけど、はたから見ても雉白くんたちって気持ち悪いもん。なんか必死すぎっていうか、この歳になって魔法少女なんか応援してんなよって感じ。有絵田さんだって嫌々やってるだろうに、迷惑だよね」


「そう! そうなのよ!!」



 円さんの言葉にスイッチが入って、わたしは思わず拳を握り締めた。



「わたしだって好きで魔法少女やってるわけじゃないのに、大声でバカみたいに応援なんかして。近所迷惑だし、恥ずかしいし、もううんざり……」



 興奮してそこまで喋ったところで、わたしは「しまった」と心の中で漏らした。


 学校でのわたしは、学級委員を務める優等生。


 魔法少女ってだけで悪目立ちしちゃうから、これ以上変な噂を立てられないよう、おとなしく過ごそうと心掛けてきたのに。


 つい自分の気持ちを理解された嬉しさから、喋りすぎてしまった……。



「――よかったぁ。有絵田さん、やっぱり魔法少女嫌がってるんだね」

「え?」



 なぜか嬉しそうな笑顔を浮かべて、円さんは人差し指を立てて片目を瞑る。



「この間の中継、見てたよ。エビルなんちゃらとの最終決戦……すごい嫌そうな顔しながら、だけど一生懸命頑張ってたよね、有絵田さん。それを見て、私は確信したね。喜んでやってるわけじゃないんだって」


「あ、当たり前です。あんな恥ずかしいこと、喜んでやるわけないじゃないですか……」


「あはは、クラスメートなんだから、敬語とかいいってー。ほら、私も有絵田さんのこと、ほのりちゃんって呼ぶから」



 ほのりちゃん? ほのりちゃん! ほああああ、ほのりちゃんっ!!



 これが世に言う『お友達だし下の名前で呼び合おうイベント』ってやつか! やばい、興奮してきた!! 



 クラスメートはみんな、『有絵田さん』か『委員長』としか呼んでくれないもんね。


 友達いねぇな、わたし。



「よ、よろしくお願……よろしくね。円……まりかちゃん」


 おそるおそる下の名前で呼び返す。



 まりかちゃんは「えへへっ」と笑って、手を差し出してきた。


 その手を握り返す。この握手こそが、友情成立の証。




 こうしてわたしに――クラスの友達ができました。

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