#1-2「眼科行ってこいよ、雉白」
そして、食卓についてからも絶望的な辱めを受けたのち。
当然とばかりについてくるニョロンと距離を取りつつ、わたしは学校へと向かった。
ゴールデンウィーク明けだっていうのに、なんだか休んだ気がしないなぁ。魔法少女システムのせいで、わたしの身体はボロボロだ。
止まらないあくびを抑えつつ、ガラッと教室の扉を開ける。
『86番目の敵組織討伐おめでとう! 我らが女神・チャームサーモン!!』
……あー、はいはい。
またこのパターンか。分かりやすい奴らだな。
黒板に書かれたその不快な文字列に、わたしは心底げんなりする。
そんなわたしの気持ちなど露知らず。
「キューティクルチャームのこれまでの功績とおおおおおお! これからの活躍を祈念してええええええ!!」
特攻服にはちまき姿。今日も校則無視な格好で、坊主頭をしたクラスメート・
「フレええええ、フレええええええ、ほ・の・りぃぃぃぃぃ!! ラブリー、プリティー、ほのりぃぃぃぃぃ!! 愛してるぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「あ、雉白団長ずるい! 俺だって愛してるよぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぼ、僕も愛してますぅぅぅぅぅ!!」
や、お断りです。死んでください。
学級崩壊レベルで狂乱騒ぎをしている男連中を、わたしは冷ややかに見つめる。
その氷の視線をどう勘違いしたのか、我らが私立
「あー、魔法少女がクラスにいるとうっさいなぁ」
「モテモテでうらやましいこと」
なんでわたしが攻撃対象になるんだよ。悪いのはあいつらだろ、むしろ慰めてよ!
そんな思いもむなしく、一部の心無い女子たちはわたしを指差して、何やらひそひそ話をはじめる。
魔法少女ってだけで、この理不尽な仕打ち。本当に害悪しか生み出さないな、魔法少女。
いっそ大声で「やめてよ!」とか言えたら楽なんだろうけど……。
学校でのわたしは、生真面目な学級委員。
おまけに人と話すのが苦手な小心者ときている。
家族や魔法少女仲間にだったら、もっと強気に話せるんだけどね。
はぁ。なんでわたしってば、こんな性格なんだろう……。
なんて、自己嫌悪に陥っていると。
「やめなよ、男子!!」
ガタンと椅子から立ち上がって、一人の女子がよく通る声で叫んだ。
突然の出来事に、水を打ったように教室が静まり返る。
「な、なんだよ。俺たちは
振り回していた旗を床について、雉白くんは不満げな表情を浮かべる。
そんな雉白くんを虫けらのように見やり、その少女は腰に手を当てた。
「喜ぶ? ねぇ、有絵田さんの顔をよく見てごらん? あれが喜んでいる顔に見える?」
「ああ。最っ高の笑顔だ」
眼科行ってこいよ、雉白。
「バッカじゃないの? どう見ても嫌がってるじゃない。こんな気持ち悪い応援で喜ぶ女子なんていないわよ。いつもいつも大騒ぎして、有絵田さんが可哀想。ねぇ、みんな。そう思うでしょ?」
彼女の呼び掛けに、周りの何人かの女子が「そうよねぇ」「謝れよ」「ほんと、バカ」と呼応する。
おおお、ありがとうございます。ありがとうございます!
もっと言ってやってください皆さま!!
「ぐぬぬ……」
「何よ。じろじろ見ないで、気持ち悪い」
雉白くんと少女が、バチバチと火花が飛び散る勢いで、睨みあう。
そんな一触即発の空気の中。
「――腐ったミカンの理論を知っているか、貴様ら」
ナイフのように鋭い声色が、教室の空気を切り裂いた。
黒板の前に立っていたわたしは、おそるおそるドアの方へと振り返る。
「と、
お団子に纏めたヘアスタイル。黒のジャケットの下から覗く、綺麗な形をした鎖骨。タイトスカートから伸びた白い脚は、うらやましいほどに細い。
赤いルージュを塗った唇で、悪魔のようににっこりと微笑み――我らが担任・塔上先生はぐしゃぐしゃに散らかった教室を見渡した。
「腐ったミカンがひとつあると、他のミカンも全て駄目になる……先人は実に素晴らしい格言を残したものだよ。まさに今の貴様たちを表した言葉だ。腐った魔法少女が一人いるせいで、クラス全てがおかしくなる。なぁ有絵田? 魔法少女っていうのは、実に罪深い存在だとは思わないか?」
え、わたしのせい!?
何その言い掛かり。
「ちょっと待てよ、塔上先生。男・雉白、俺たちの魔法少女をバカにされて黙っているわけにはいか――」
「誰が喋っていいと許可した、雉白?」
教室に吹き荒ぶ大豪雪を、誰もが幻視した。
その圧倒的な塔上先生の迫力に、飛び出しかけた雉白くんもピタリと足を止める。
「雉白。私は何度、その悪趣味な暴走族衣装を持ち込むなと言っただろうな? そのふざけた旗もそうだ。一度で理解できないクズには、何度言葉を尽くしても無駄だと重々承知している。ゆえに私は、貴様にこれ以上注意するつもりはない。社会に出て、その薄っぺらい脳みそで仕事もろくに覚えられず、怒鳴られなじられ悩み苦しんだのちに死ね」
言葉の暴力で雉白くんを一蹴して、塔上先生は再びわたしの方に向き直る。
「にょろーん……」
おい、何わたしを盾に隠れてやがるんだ!
肝心なときに役に立たないな、この悪徳蛇妖精!!
「化け蛇。お前の始末は後だ。まずは……有絵田。このバカ騒ぎの責任をどう取るのか、四文字以内で説明してもらおうか」
文字数、制限厳しいな!? 「すみません」でも字余りだぞ。
そもそも何を言ったところで、この人が納得するはずがなけどね。
塔上先生は、わたしたちが活動をはじめる前から――ずっと魔法少女嫌いだから。
高三に進級してから約一か月。
事あるごとに先生から嫌味を言われ、だけど魔法少女として活動せざるを得なくって。
その結果、さらなる罵声を浴びせられて……。
わたしの学園生活は、まさに負のスパイラルだ。
「言い訳のひとつも口にせず、黙っていれば時間が解決するとでも思っているのか? さすがは笑顔を振りまくだけで、ゴミのような応援団にちやほやされる魔法少女だな。発想が既に腐っている」
「す……すみません……」
「字数オーバーだ。ちゃんと人の話を聞いていたのか、愚か者め」
どうしろっちゅーねん。
キリキリと痛むお腹を押さえながら、わたしは力なくうな垂れた。
……あーあ。
もうやだなぁ。こんな生活。
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