第1話 フレール☆できたよ初めての友達

#1-1「まだ続くのかよ、このクソイベント」

 ジリリリリリリ――………。



「――ふぁ~あ」


 ぼんやりしながら、けたたましい音を鳴らす目覚まし時計を足で止める。


 そして、わたし――有絵田ありえだほのりはバサリと布団をかぶり直した。



 栗毛色の髪をくしゃりと掻き揚げ、薄ピンクのパジャマの胸元を整えて、再びめくるめく夢の世界へ。


 だって昨日は休日だってのに、パンダ野郎のせいでゆっくり眠れなかったからね。


 二度寝だってするわよ、人間だもの。


 というわけで、神様お願い。あと5分だけ……。



「「魔法少女はいねがあああああ!!」」

「ぎゃあああああああ!?」



 唐突に布団を剥ぎ取られたかと思うと、わたしは首根っこを掴まれてベッドの上に座らされた。


 え、なになに?


 何が起きてるか分かんないっていうか、眼鏡外してるからよく見えないんですけど。



「いねが」

「あ、どーも……」



 謎の乱入者が、ご丁寧にわたしの茶色い縁の眼鏡を手渡してくれる。


 わたしは眼鏡を掛け、おそるおそる顔を上げた。



「「魔法少女はいねがあああああ!!」」

「ひぃぃぃ!?」



 そこにいたのは――二体のなまはげ。


 それぞれ赤と青の鬼の面をかぶり、包丁の代わりに洗剤スプレーを構えている。

 つり上がった目と、大きな牙の覗く口元は、正直なところ結構怖い。


 ……っていうか、なんでなまはげがうちにいるのよ!?



「魔法少女、いねが?」


「いや、遺憾ながらいるけどさ……朝っぱらから、一体なんの冗談なのよ。お母さん、お父さん」



 我が家でこんなふざけたことをする人たちを、わたしは二人しか知らない。


 ふっふっふ、と含み笑いを漏らして、なまはげたちはその面を脱ぎ去った。



「「八十六番目の敵組織討伐、おめでとう! ほのり!!」」



 そして腰ミノから取り出したクラッカーを鳴らし、洗剤スプレーに詰めた水らしきものを頭上に噴射する。


 わぁ綺麗。貧相なわたしの部屋に虹が架かったわ……。



「――って、やめろやめろ! マンガとか教科書とか濡れちゃうじゃないのよ!! ああ、クラッカーのテープでベッドの上ぐちゃぐちゃ……どんな恨みがあったらこんな嫌がらせができるのよ!?」


「あっはっはっは、ほのりったら照れ隠しに文句なんか言っちゃってぇ」


「わざわざ東北からなまはげの衣装を取り寄せた甲斐があったね、麦月むつきさん」


「照れ隠しじゃなくて、迷惑だって言ってんのよ!! わたしのせっかくの二度寝タイムをどうしてくれんだ!? それに前から言ってるでしょ――お願いだから、魔法少女の話題は出さないでって!!」



 顔を真っ赤にして抗議するが、わたしのおバカな両親はどこ吹く風。


 二人で腕を絡ませて、小躍りなんかしていやがる。



「はぁ……ったく、相変わらず、うっせぇ家だな。なんなんだよ、朝っぱらから」



 栗毛色の短髪小僧が、パジャマ姿のまま気だるげに現われる。


 このやんちゃそうな顔をした中学生は、わたしの生意気な弟――有絵田かぶとだ。


 なまはげダンスを繰り広げる意味不明な両親を一瞥すると、かぶとは深く深くため息をついた。



「まーた魔法少女がどうとかはやし立ててんのかよ。いつまで経っても成長しねぇ家族だな。十七歳の高校三年生が、年甲斐もなく恥ずかしい格好で魔法少女やってんだぞ? 人としておかしいだろ。注意しろよ、親なんだから」


「誰が人としておかしいだ! もういっぺん言ってみろ、このバカ弟!!」


「本当のことだろ! 引退宣言したくせに、結局魔法少女に戻ってやがるし。なんだかんだで、ノリノリで魔法少女やってんじゃねーの?」



 違うのに。


 わたしは自分の後継者――もゆを見つけた時点で、前線を退くつもり満々だったんだ。


 だけど、南関東魔法少女は三人一組。


 残る雪姫ゆきひめ薙子なぎこの後継者が見つかるまで引退は無効だと、魔法少女を統括する異次元世界――魔法連盟アルスマギカが判断を下してくれちゃって。



 その結果がこの有様だ。



 二度寝は邪魔され、なまはげに嫌がらせをされ、散々としか言いようがない。



「この間のTV中継の後、姉ちゃんがうちの中学でなんて言われてるか知ってるか? 『変態男フェチのコスプレ女』だぞ? 弟として、どんなに恥ずかしいか……」


「待って。ちょっと待って。今、死にたくなるフレーズが聞こえた気がするんだけど、姉ちゃんは聞かなかったことにするわよ?」


「やーいやーい。お前の母ちゃん、魔法妊婦少女ー。お前の姉ちゃん、変態男フェチのコスプレ女ー。結局辞めない、変態魔法少女ー」


「よーし、案内しろかぶと。そいつら全員、魔法で二度と生意気な口が聞けない身体にしてやる!!」


「むにゃむにゃ……ほのーり、駄目にょろー……魔法少女はいつもキュートでチャーム……そんな冴えない眼鏡面するなにょろー……」



 これだけのバカ騒ぎにも動じず惰眠を貪っていた蛇の怪物が、失礼極まりない寝言を口にした。


 この妖怪と称しても差し支えない化け蛇こそが、わたしを魔法少女にした諸悪の根源――白蛇妖精ニョロンだ。


 ちくしょう。のんきに寝やがって。


 こいつさえ来なければ、わたしもかぶともこんな目に遭わずに済んだってのに。


 ふつふつと怒りが湧いてきたので、取りあえず掻き集めた紙テープの束をニョロンの口の中へ叩き込んでやる。


「もごー!! もごー!!」と何やら喚いているが、気にしない。



「あっはっはっは! いいじゃない、言いたい奴には言わせておけば。アンチが付くのは人気者の証拠よ?」



 お母さんが能天気な顔をして、さらりと言ってのける。


 ……そうね。確かに人気者なら、少しの悪口くらい耐えられるかもしれないわ。うん。


 だけど、わたしの属する魔法少女キューティクルチャームは、この春で就任9年目。


 世間様にはとっくに飽きられて、人気の『に』の字すら見当たらない。一部の魔法少女オタク連中を除けば、大半がアンチな状態だ。



 ――もう辞めさせてちょうだいよ、お願いだからさぁ。


「まぁ、そんなほのりでも、現役時代の麦月さんの人気には敵わないけどね!」

「もぉ、あなたったら! 大好き!!」



 なまはげのお面持ったままいちゃつくなよ。なんの儀式だよ。


 こんな頭の煮え立った二人が、わたしの境遇を客観的に見れるだろうか。


 いや、無理だね。知ってたけどね。



「……とにかく。三人とも部屋出てってよ。学校行く準備するんだから」


「はいはーい。分かったわよ」


「それじゃあお父さんたちは下で、『パンダさんジャイアント』討伐祝いの準備をして待ってるからね」


 まだ続くのかよ、このクソイベント。



 わたしは心の底から絶望して、がくりと頭を垂れた。



 足元ではニョロンが、口の中をテープで満たしてもごもごしてるけど――無視無視。

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