魔法少女ほのりは今すぐ辞めたい。~今すぐ辞めたいアルスマギカ#~
マジカル★プロローグ
マジカル★プロローグ#「この戦いが終わったら、魔法少女辞めるんだ」
「わたし……この戦いが終わったら、魔法少女辞めるんだ」
小さな声で呟いて、わたし――
年甲斐もないハートの飾り付きリボンが、ふわりと揺れる。
吼えるハゲワシ。踊るタンチョウ。世にも素敵なその施設は、千葉市動物公園。
吹き荒ぶ風に巻き上げられた砂塵が、眼鏡の隙間から入り込んでくる……って、いつもの茶色い縁の眼鏡は、変身したから消えてるんだっけか。そういえば。
……さっきの言葉は、わたしの飾りっけない本当の気持ち。
この戦いが終わったら。魔法少女の力でこの動物園を救うことができたら。
――魔法少女なんて、二度と関わりたくねぇ。マジで。
「そういう死亡フラグはやめるにょろ!」
必死の叫びに、振り返る。
そこにいるのは、全長百五十センチを超える二足歩行の、白蛇妖精ニョロン。
ふんどし姿のニョロンは、赤い舌をちろちろ動かしながら、なぜか生えている短い手足をブンブンと不気味に振るって。
「ユーたちは最高の魔法少女にょろ。ユーたちはこの戦いに、必ず勝つ。勝ってミーのところにきっと帰ってきて、これからもずっと魔法少女でいるんだにょろ! だから……だからそんな寂しいことは、言――」
「って、前にもやっただろこのくだり!!」
仁義なきドロップキック。
白蛇妖精は「ぐぼぉ!?」と悪の怪人みたいな悲鳴を上げて、数メートル先まで吹っ飛んだ。激突した檻の向こうから、餌が来たとばかりにハゲワシが滑空してくる。
あ、ハゲワシさんお世話になってます。どうぞ召し上がってください、きれいさっぱり。お腹壊すかもしれないけど。
「なんてことするにょろ! パートナー妖精を蹴り飛ばす魔法少女が、どこの世界にいるにょろか!!」
「ここだよ、ここ! わたしだよ!! 魔法少女らしくないでしょ? 文句いっぱいあるんでしょ? だったら即刻クビを切れ、リストラしろ! わたしは今すぐ、魔法少女なんか辞めたいんだよ!!」
――なんて言いつつも、本当は分かってる。
わたしたち――魔法少女キューティクルチャームは、千葉、埼玉、神奈川と東京の二十三区外を護る、三人組の南関東魔法少女だ。
就任九年目という気の遠くなるような、地獄の日々を送っているわたしたち。
けれど、後継者となる魔法少女をまだ1人しか見つけられていないため、泣く泣く引退できずにいる。
そんなわたしたちが魔法少女を辞める方法は、二つ。
ひとつは残る二人の次世代魔法少女を見つけて、引き継ぎをすること。
そしてもうひとつは――このクソ蛇妖精をぶっ殺すことだ。
「くっくっくっ。わたしが呪文ひとつ唱えれば、あら不思議。この魔法の洗剤スプレー『マジック☆凛々』から、激しい水流が噴出するわ。その勢いたるや、ダイヤモンドすらも真っ二つに切り裂くほど」
「にょろん?」
「さぁ覚悟しろ、白蛇の悪魔め! その気持ち悪い外見ごと、見事に切り裂いてくれるからね!!」
「サーモン、顔、顔! その邪悪な笑みは魔法少女どころか、高校生のそれですらなくなってるよっ! 例えるなら、向こうの檻にいたゴリラみたいな!! これじゃあゴリりん――ほのりんじゃなくて、ゴリりんだよっ!!」
「ぶっ殺すぞ、てめぇ」
止める振りして乙女に言っちゃいけない暴言を吐くのは、わたしと同じ魔法少女キューティクルチャームの一人――チャームパウダースノウ。
雪色のツインテールに煌く白銀のティアラ。
甘い香りを漂わせ、水色のコスチュームを可憐に着こなすその姿は、まるでおとぎの国のお姫様のようだ。
いや……違うな。
お姫様の皮をかぶった、女装趣味の変態男子高校生――
「……ちょっとぉ。サーモンったら今、失礼なこと考えなかった?」
「あんたの発言ほど失礼じゃないから安心しなよ。それよりパウダースノウ、邪魔しないでよね。わたしは今から、アルコール満載の水をこのクソ蛇にぶっかけるんだから。あっはっは、おいしい蛇酒の出来上がりってね!! ああ、早く店頭に並べたい! 売りさばいてちょっとした小遣い稼いで、新しい服を買いに行きたい!!」
「それってマムシじゃないとおいしくないんじゃない? それにぃ、お酒は二十歳になってから、だよっ★」
「いつまで遊んでいるのですか、先輩方」
呆れたようなため息とともに、髪の毛お化けがわたしの手を掴んだ。
左目を覆い隠し、膝に達するほど伸びた漆黒の髪。学ランをアレンジしたような珍妙なコスチューム。
学帽風キャップからは小さな白い羽根が、腰元からは黒い羽根に見立てたひらひらが、それぞれ生えている。
グレーのブーツでカツンと地面を鳴らし、わたしたちの後継者の一人――
「今は最終決戦の真っ最中。ふざけている場合ではないのですよ?」
「ふはははは、ようやく思い出してくれたか! もうこのまま忘れられるのではないかと心配しておったぞ!!」
パンダの着ぐるみの口から髭面を晒しているおっさんは、ノワールに気付かれると嬉しそうに笑い声を上げる。
もぉ、嫌なこと思い出させないでよねノワール。
この着ぐるみのおっさんは、パンダ兄さん。
わたしたちキューティクルチャームの八十六番目の敵――『パンダさんジャイアント』とかいうふざけた名前をした組織の、ラスボスだ。
「『全ての動物を開放し、世界をひとつのサファリパークに変える』――それこそが我らパンダさんジャイアントの至上命題!」
動物愛護団体が血迷ったような目的だな、相変わらず。
呆れるわたしを尻目に、パンダ兄さんはドクロ印の分かりやすいスイッチをかかげた。
「このスイッチを押せば、千葉市動物公園内の檻は全て破壊される! そうすれば動物たちは野に放たれ、たちまち千葉県は動物たちの楽園と化す!! ふははははは、独立動物自治国家・千葉の誕生なのだよ!!」
「な……なんてこと! このままじゃあゴリりんたち動物に蹂躙されて、人間社会はめちゃくちゃになっちゃうっ!! なんて恐ろしいんだ、八十六番目の敵組織・パンダさんジャイアント!!」
「次にゴリりんって言ったら必殺技ぶち込むからな、覚えとけよ」
「野性の猛りが野を穿ち、人は悪魔の贄となる……これが預言者たちの記した滅びのはじまりだとすれば、なんとも皮肉なレクイエムですね? サーモン先輩」
ノワールがなんか言ってるけど、サーモンさん華麗にスルー。
つーか、こんなしょっぱい計画なのに、よくそんなに盛り上がれるな。二人とも。
わたしは嘆息しつつ、腰に手を当て一歩前に出る。
「ったく。そんなに動物たちの楽園が作りたいなら、上野動物園を攻めなさいよ。そうすればわたしたちは管轄外、こうしてゴールデンウィークに呼び出されて嫌な思いをすることもなかったってのにさ」
東京の事件発生率が高いことから、近年設置された東京二十三区魔法少女『TKY23』。
上野であれば彼女たちの管轄地域だから、こちらにお鉢が回ってくることはなかったはずなんだ。
「ふははははは、上野の魔法少女は残虐非道で有名だからな! べ、別に上野動物園が嫌いなわけじゃないんだからのぅ?」
「気持ち悪いからツンデレっぽい喋り方をすんな! っていうか何それ、つまりあんたが上野の魔法少女にビビッたせいで、わたしたちは一時間弱も電車に揺られて休日出勤をさせられたってこと?」
「まぁまぁサーモン。逆に考えようよ。神奈川や埼玉みたいな遠方じゃなくてよかったって。千葉住まいに優しい出動だよっ★」
「よくないわよ! マンガのまとめ買いしたせいで金欠なわたしに、モノレールの出費はでかいのよ!? ノワールのワープで来ればよかった!!」
「
ああ、くそっ。何もかもムカつく。こんな世界、滅びてしまえばいいのに。
怒りのあまり頭をガリガリと掻き毟っていると、ふいにポケットの中で携帯が振動をはじめた。
わたしはパンダ兄さんそっちのけで、RINEを開く。
差出人は『なぎこ』。
そう。もう一人の魔法少女――チャーム番長こと
【元気か? あたしは、病気だ。お腹が痛くて死にそう】
【本当に。嘘じゃなく。真面目に】
【なので、今日の出動は欠席で。ノワールいるし、大丈夫だろ?】
【体調は戦いが終わる頃には治るから、お気になさらず。それでは】
「……ちっ」
わたしは豪快に舌打ちをして、携帯をポケットにしまった。
うん、腹痛じゃ仕方ないよね。
ここ数週間、魔法少女の呼び出しのたびにお腹痛いらしくて心配だなぁ。ちくしょう、あのサボり魔め。
薙子の顔を思い浮かべながら、わたしは「死ね」と小さくお見舞いの言葉を呟く。
「薙子先輩は、またお休みですか?」
なぜか嬉しそうに笑うと、ノワールがえっへんと胸を張った。
「それでは仕方ないですね。薙子先輩の穴は、神の子たるわらわが埋めてみせるのです」
「そうがぶ! ここはノワールの実力を、世に知らしめる絶好の機会がぶよ!」
ボクサーパンツ一丁の、全長百五十センチ近くある二足歩行の巨大ワニ妖精――ガブリコは、右目に掛けた片眼鏡をくいと直しながら、ノワールに声援を送っている。
後輩陣がやる気満々なんだし、わたしもう、ゴールしてもいいかなぁ。駄目かなぁ。
そんなことを夢想しながら、本日何度目か分からないため息をつく。
「うおおおおおおおおおおお! キューティクルチャーム&ディアブルアンジェ、俺たちが来たぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
爆弾が爆発したような歓声が、背後から巻き起こった。
うわぁ、来ちゃった。
「サーモオオオオオオン! ファイトだあああああああああああああ!!」
「パウダースノウ! パウダースノウパウダースノウ! アーッ!! ああーっ!!」
「番長はまたお休み……はぁ……ノワールううううううう!! ノワァーッ!!」
この猿山の猿よりモンキーな連中は、学校公認の部活動『魔法少女キューティクルチャーム応援団』。
別に頼んでもないのに現場に現れては、恥ずかしさを煽るように野太い声援を送ってくる、ちょっと頭の残念な人たちである。
「今日も命果てるまで応援するぜ、俺たちの愛する魔法少女たち!!」
サーモン推しチームのリーダー、坊主頭のクラスメート・
今すぐ果ててしまえばいいのに、そんな命。
心の中で毒を吐きながら、だけど直接そんなことを言う勇気もなくって、わたしは適当に愛想笑いを返した。
応援団が「ヒョオー!!」と沸き立つ。キモい。
「あのー、そろそろ閉園時間になるんですけど……」
動物園のスタッフさんが、一際騒がしいわたしたちに迷惑そうな視線を向けてくる。
うるせぇ、千葉市動物公園のピンチなんだぞ! 少しは危機感持てよ!!
「ママー、大きな蛇とワニが檻の外にいるよー。見に行ってもいい?」
「だめよ! あれは動物なんかじゃない。モンスターよ……っ!!」
通行人に至っては、わたしたちを残念そうな目で見ながら、遠巻きに去っていく。
ちくしょう、こちとら世界のために頑張ってるっていうのに……。
「応援する奴らはうざいし、一般人は冷たい……わたしたち、なんで魔法少女なんてやってるんだろうね?」
「みんなー! 今日も応援ありがとうー!! 魔法少女と握手したい人はぁ、順番に並んで待っててねっ★」
「今宵は満月。魔天の魔力に触れるとき、もしか神のご加護があるかもしれませんね?」
「ノリノリで何やってんだ、あんたたち!? 劇場で僕と握手、なんてしてる場合じゃないでしょうが!!」
「あのー、そろそろスイッチ押しちゃうぞー? おーい、聞いてるかー?」
「うっせぇ、黙ってろパンダ野郎!! 言われなくても今からボコボコにしてやるから、覚悟しろ! ボコボコだからな、ボッコボコッ!!」
苛立ち混じりにわたしが宣言をすると、応援団が踊れや歌えの大騒ぎをはじめる。
一般人の皆さんはそれを見て、ますますわたしたちを軽蔑の眼差しで見てくるし。
ああ。
もう。
「こんな生活、やってられっかぁぁぁぁぁぁ!!」
かくして。
相変わらず一人欠席という不測の事態にもかかわらず、わたしたちは数分と掛からず『パンダさんジャイアント』を壊滅させた。
当然、千葉市動物公園は無傷。
これでキューティクルチャームが滅ぼした敵組織は、八十六番目。
ここ一・二か月の間に三組織も壊滅に追い込んでいるという、魔法少女としては異例のハイペースだ。
普通は一年か、短くても三か月くらい掛けて、凶悪なひとつの敵組織を倒すものだと思うんだけどね。
――――ああ。
なんでわたしは、まだ魔法少女なんてやってるんだろう。
沈みかけた真っ赤な太陽を見上げて、思わずたそがれる。
そして、太陽に向けて手を伸ばしながら、ぽつりと呟くのだった。
さっさと残りの後輩を見つけて……魔法少女なんて、今すぐ辞めたい。
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