第81話 不真面目な迷宮探索
「……撃ちますか?」
黒い狙撃杖を構え、敵の存在を認識した上で、ミゼはそう言った。
それはつまり――殺しますか? と訊いているようなものだ。
人間を殺す。俺にとっては当たり前のようにこなしてきたその行為だが、誰しもが俺のような性格ではない。人によってはこの一線を越えることで、死ぬまで引き摺るトラウマを抱えることすらある。
「……引き金から指を外せ。そういう役目は俺が背負う」
「トゥエイトさんにだけ、背負わせたくはありません」
咄嗟に出てきた言葉は、却ってミゼの覚悟を硬くしてしまったようだった。
例えばエリシアなら……彼女は恐らく、一線を超えても正気を保つことができるだろう。そういう精神的な強さを持っている。
例えばグランなら……あの男もかつては戦場に出ていた兵士だ。その時点で人の死に耐性はついている。
しかし、ミゼは……多分、抱え込んでしまう性格だ。
これは差別ではない。向き不向きの問題である。
俺は、狙撃杖に取り付けられた『遠視晶』を掌で塞ぎ、ミゼの方を見た。
「敵はまだ俺たちに気づいていないんだろう。今、撃てばこちらから居場所を伝えるようなものだ」
不服そうに唇を尖らせるミゼに、続けて言葉を伝える。
「いつか、ミゼにも引き金を引いてもらう時がくるかもしれない。だが今はその時ではない」
「……分かりました」
正直、ミゼが遠慮なく人を撃てるようであれば非常に助かる。
今は俺一人で対応できているが、この先、何があるかは分からない。撃ちますか? と俺に訊いた彼女の覚悟は、きっと無駄にならないだろう。
「下手に焦っては怪しまれる。できるだけ自然に距離を取ることにしよう」
「でも、どこに向かいますか? あの方角に敵がいると、村には戻れませんし……」
ギルドで入手した地図を見つめ、溜息混じりに答える。
「迷宮しかないな」
一瞬ミゼが目を輝かせたことは敢えて無視した。
まあ、これで先程の剣呑とした空気が弛緩してくれるなら、儲けものである。
ギルドの受付嬢からは、準備もせずに近づくのはお薦めしないと言われたが、背に腹はかえられない。
「迷宮……『霊樹の根』」
迷宮の入り口である洞穴に辿り着くと同時に、ミゼが呟いた。
どうやらミゼはこの迷宮を知っているらしい。
「《
「はい。以前の所有者が、この迷宮について知っていたみたいです。実際に探索したことはないようですが……地図を見たことがあるようで、中の構造について多少の記憶があります。案内はお任せ下さい」
便利な力だ。それを使いこなしつつあるミゼは、戦闘面ではともかく、こういう状況では頼もしい存在となりつつある。
「敵は暫くこの辺りを捜索する筈だ。迷宮の中にもある程度は入ってくるだろう。できれば深いところまで潜っておきたいな」
「承知しました。では案内しますね」
今回は態々、交戦する必要はない。
やり過ごせばいいだけだ。
洞穴は斜め下に続いており、迷宮の内部に入ると同時に幾つもの分かれ道が現れる。
迷宮『霊樹の根』。その名の通り、木の根のような細い道が、無数に張り巡らされた迷宮だ。
「あ、これ。薬草ですね」
迷宮の壁面には、外ではあまり見ない植物が生えていた。
これも『霊樹の道』の特徴なのか。薬剤の調合に使える植物が多く見られる。
「……あれをやるか」
機関の兵士だった頃の経験を思い出す。
あの時に学んだ、迷宮探索のノウハウが役に立つ筈だ。
「ミゼ。そこにある赤い薬草と、緑色の苔。それと紫の花を採取してくれ」
「分かりました。……何かに使うんですか?」
「まあな。出番があるかは分からないが……」
指定した薬草の組み合わせから、俺が何を調合する気なのか察せられるかと思ったが……どうやらミゼの《叡智の道》には、この調合に関する知識はないらしい。薬学の研究は日進月歩であるため、過去の記憶があてにならない場合も多いのだろう。
二人で薬草を集めた後、迷宮の深部へと向かう。
「この先に、魔物が多数います」
「……そうみたいだな」
こちらも魔物の気配を感知して、頷いた。
細い通路の先に、大きな部屋がある。その部屋に最低でも十体の魔物がいた。
「迂回することも可能ですが、その場合、かなり遠回りになってしまいまして……」
「……いや、迂回はしない」
戻って他の道を探しても、今のペースなら敵に見つからないだろう。
だが、ここは魔物が潜む迷宮だ。想定外の事故が起こる可能性は十分あるため、油断して敵に近づくのは憚られる。
「このまま進む。……と言っても、馬鹿正直に魔物と戦う必要はない」
「何か作戦があるんですか?」
「ああ。迷宮には色んな攻略法があるからな……今回は、俺が昔働いていた場所で教わった方法を使おう」
つまり、機関で教わった迷宮の攻略法だ。
入り口で集めた薬草の出番である。
「ミゼ、《錬金》でマスクを作れるか?」
「マスク、ですか?」
「ああ。形はこんな感じで――」
地面に図を描き、イメージをミゼに伝える。
《叡智の道》によって高度な魔法制御力を手に入れたミゼは、悩みながらも的確に目当てのものを作成した。
「トゥエイトさん。これ、マスクというか……」
やがて完成した代物を見て、ミゼは複雑な顔をする。
「ガスマスクだ」
ミゼがマスクを《錬金》で作る傍ら、俺は薬草の調合を進めていた。
比率に注意しながら全てを混ぜ、磨り潰す。小型の魔法具で火を生み出し、抽出した透明な液体を蒸発させる。
「それ、まさか……」
「睡眠ガスだ。充満するまで待つぞ」
もくもくと立ちこめた白い煙が、通路の先にある部屋に充満した。
「よし……そろそろ行くか」
マスクを装着したまま待機すること数分。音を立てずに部屋の中へと入る。
無数の魔物が眠りについているのを傍目に、俺たちは先へ進んだ。
「こ、こんな攻略法が、あるんですね……」
「迷宮は地下空間……部屋の大小はあれど密室だ。ガスは有効な武器となる」
機関の仕事で迷宮に入る時は、大抵ガス系の武器を用意していた。
十体近くの魔物が潜んでいると推測していたが、予想より数が多い。
立ちこめる白煙の中を進むと、出口を塞ぐように二体の魔物が眠っていた。
「邪魔だから殺すか」
「……惨い」
パン、パン、と指先から《魔弾》の放たれる音が響いた。
呆気なく息絶えた魔物たちの上を歩いて、部屋の出口へ向かう。
ミゼは終始、物言いたげな様子だった。
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