第82話 霊草エクサ
「ミゼ。この先の地形について、《叡智の道》の記憶はあるか?」
「いえ……もう殆どありません。私が参照していた記憶はかなり古いものですから、色んな道が開拓された今の時代では、通用しないケースも多いですね」
迷宮『霊樹の根』の探索を始めてから、既に一時間以上が経過した。
敵が迷宮の内部まで捜索していると予測すると、もう一時間くらいはここに留まった方がいい。
「これは……」
突き当たりの足元に、妙なものが落ちていることに気づく。
目の前で屈んだミゼが、その正体を確認した。
「石碑、ですね」
石碑は床に倒れ、苔が纏わり付いている。
もう長い間、放置されていたのだろう。
「石碑があるということは……この迷宮は第二次勇魔大戦か、それ以前に創られたものということか」
そもそも古代文明とは――第二次勇魔大戦以前に栄えた文明である。
第二次勇魔大戦が終わると同時に、その文明は何故か廃れてしまった。だから第三次勇魔大戦、および第四次勇魔大戦の際に創造された迷宮では、石碑が見つかっていない。
「トゥエイトさんは、過去にも石碑を見たことがあるんですか?」
「ああ。迷宮の深いところに潜ると、偶に見つかることがある。もっとも……石碑に刻まれているのは特殊な古代文字だから、専門家でない限り解読できないし……仮に解読できたとしても、大抵その内容は危険を報せるものだ。……正直、あまり見かけたくないものだな」
要するに石碑とは、第二次勇魔大戦以前に生きていた人間が残したメッセージである。
当時の人々は親切な者が多かったのか、迷宮の危険地帯が近づくと、石碑で注意喚起してくれる場合が多い。
「私……これ、読めます」
薄々――そんな予感はしていた。
ミゼが持つ《叡智の道》には古代魔法の使い方があるのだ。なら、古代文字に関する知識があってもおかしくない。
「なんて書いているんだ?」
「ええと――この先に秘宝あり、と書かれていますね」
「シンプル過ぎて逆に怖いな」
少し悩んだが、最終的に俺は首を縦に振った。
どのみちもう少し奥まで進みたかったところだ。危険を報せる石碑でないなら、そのまま進んでもいいだろう。
それに、敵がここまでやって来た場合、この石碑を見て引き返す可能性が高い。
迷宮に多少詳しい者ならば、石碑の先には進もうとしない筈だ。敵も流石に、古代文字を解読できるような人間を連れてはいないだろう。
「……ん?」
「トゥエイトさん、どうかしましたか?」
「前方から妙な気配を感じる。魔物ではなさそうだが……人でもないな」
しかしそれは、人型のシルエットだった。
薄闇の中心に佇む、無機質な気配。その正体は、
「ゴーレム……?」
冒険者ギルドの基礎戦闘力試験で使用されていた、ゴーレムだ。
姿形は多少違う。目の前のゴーレムは砂と土で汚れており、両腕は太く、足は短かった。良く見れば足が地面に触れていない。浮いているようだ。
ゴーレムの双眸が淡い光を灯す。
その腕が持ち上げられると同時に、俺は《靭身》を発動した。
「ミゼ、下がれ」
傍にいるミゼを下がらせると同時に、ゴーレムが襲い掛かってくる。
宙に浮いたゴーレムは、まるで独楽のように身体を回転させ、太い両腕を鈍器代わりにして攻撃してきた。
反応は俊敏ではないが、あの腕は正面から防ぐべきではない。
斜め後方に飛び退きながら、素早く《魔弾》を放つ。
射出した魔力の弾丸は、硬いゴーレムの身体を貫くことはできず、大きな音と共に弾かれた。
ゴーレムの視野が人間と比べて、どの程度のものなのかは知らないが、死角からの攻撃を試みる。隙さえ作ることができれば、王都のギルドで行ったように《瞬刃》で手早く倒すことが可能だ。
しかし、ゴーレムは俺が背後に回ると同時に、素早くこちらに肉薄した。
――何かを守っているのか?
背後を取られたくないというより、この先に進んで欲しくないような動きだ。
ゴーレムは魔物ではない。古代文明が生きていた頃の人間が作った存在だ。なら、その創造主がこのゴーレムに何かを守らせているのかもしれない。
「トゥエイトさん! ゴーレムの動きを止められますか!?」
その時、ミゼが叫ぶ。
「何をする気だ!」
「試してみたいことがあります!」
答えになっていない。
だが、その決意を秘めた瞳に射貫かれ、俺は首を縦に振った。
迫り来るゴーレムを限界まで引き付け、衝突寸前で上空へ跳躍する。
同時に、高速で回転するゴーレムの頭頂部へ踵を落とした。
ゴン、と大きな音と共に、宙に浮いていたゴーレムはその両足を地面に打ち付ける。両足と地面の摩擦によってゴーレムの回転は緩やかになり、やがて停止した。
その隙にミゼがゴーレムの背後へ周り、腕を突き出す。
ミゼがゴーレムの後頭部に、掌を押し当てた直後――ゴーレムは両目の光を消失し、項垂れるように機能を停止した。
「……やっぱり、このゴーレムも同じ仕組みなんですね」
何が起きたのか分からない俺に、ミゼは説明する。
「ゴーレムには、機能を停止させる緊急用のスイッチが組み込まれているんです。魔力を通して、それに干渉してみました」
「……それも《叡智の道》の記憶か?」
「はい。まだ伝えていませんでしたが……恐らく《叡智の道》の開発者は、このゴーレムの開発者と同じです」
つまり《叡智の道》は、第二次勇魔大戦以前に生み出された魔法ということになる。
ミゼの頭には、二百年分の知識が詰め込まれている状態だ。
「実は、ギルドで基礎戦闘力の試験を受けた時も、開始と同時にこのスイッチを押しただけなんです。……今思えば、ズルしちゃいましたね」
「……それもミゼの実力だろう。取引をして手に入れた力というわけでもないんだ。好きに活用しても、本来文句を言われる筋合いはない」
若干の後ろめたさを感じるミゼを宥めながら、先へ進む。
狭い通路を突き進んだ先に――神秘的な光景が広がっていた。
「これは――」
広々とした地下空間に、見渡す限りの植物が生えていた。
燐光を灯す、瑞々しい緑色の植物は、どこか見覚えのあるものだ。
「霊草エクサ……ですよね?」
「……ああ」
目を見開いて驚愕するミゼに、俺は頷いた。
霊草エクサ。霊薬エリクサーを製造するために必要不可欠となる薬草だ。霊薬エリクサーはポーション類でも最上位の効果を誇る高級品だが、近年はその素材となる霊草エクサが不足しており、エリクサーが製造された例は殆どない。
貴重な薬草だ。殆どの者は、この薬草を一生目にすることなく死んでいく。
それが今、目の前に、数え切れないほど生えていた。
「驚いたな……こんなところに、エクサの群生地があるとは」
「凄い……綺麗です……」
恍惚とした様子でミゼは呟く。
霊草エクサはそれ自体が淡く光を発してるらしく、その影響で辺りは明るくなっていた。ここに至るまでの薄暗い道中も相まって、自分たちが今、現世と隔絶された神秘の中心に立っているかのように感じる。
「も、持って帰ることは、できるでしょうか?」
我に返った様子でミゼが言う。
エクサは極めて入手困難な薬草だ。もし売れば莫大な金が手に入るが――。
「いや……エクサは保存法がかなり特殊だ。道具も何も用意していない今の俺たちに、これを持ち帰る手立てはない」
そう説明すると、ミゼは目に見えて落ち込んだ。
当初の目的は資金調達のためのオーガ討伐だ。エクサを持ち帰ることができれば、俺たちの逃避行にも大いに役立つだろう。
だが、これは使える。
持ち帰ることはできなくても、エクサの群生地がこの場にあるという情報は、非常に大きな価値を持つ。
例えば――交渉材料に。
「今日はここで野宿しよう」
「こ、ここで、過ごすんですか?」
「ああ。一晩経った頃には、追手も引いているだろう」
「……霊草エクサの傍で寝るなんて、なんだか不思議な気分です」
世界一豪華な光景の中で、野宿を行うことが決定する。
翌日、俺たちは地上へ帰還した。
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