episode288 訪れた日常
「二人とも、起きなさい」
「む……」
「ん……」
その声で俺達は目を覚ます。
「……どうした、エリサ? 少し早いようだが?」
その声の主はエリサだった。
普段の起床時刻よりは少し早いが、ひとまず、早く起こした理由を聞いてみることにする。
「別に深い理由は無いわ。起きた時間がいつもよりも早かったから、そのままあなた達を起こしただけよ」
「そうか」
どうやら、俺達がまだ寝ていたのでそのまま起こしただけで、特に理由は無かったらしい。
「アーミラも……起きているな」
もちろん、一緒の部屋にいるアーミラも起きていて、彼女は寝巻を脱いで着替えようとしていた。
「……とりあえず、着替えるか」
「だね」
いつもの時間になるまで二度寝するわけにもいかないからな。さっさと着替えてしまうことにした。
俺達も寝巻を脱いで下着姿になる。
「入るわよ」
と、ここでその声と共にドアがコンコンとノックされた。
「どうかしら?」
そして、そのままルミナが部屋に入って来る。
「……何がだ?」
「折角同じ部屋になったのだし、防音加工もしてあるから、好きなだけやっちゃって良いのよ?」
「……仕方無く同じ部屋に迎えただけだろう?」
フィルレーネ、ネフィア、ヴァルトの三人がワイバスに住むことになったが、ルミナの店に空き部屋が一つしかなかったからな。
ヴァルトにはその空き部屋を使ってもらえば問題無いが、そうなるとフィルレーネとネフィアが泊まる部屋が無い。
なので、エリサとアーミラを俺達の部屋に移して、二人が泊まっていた部屋にフィルレーネとネフィアに泊まってもらうことになったのだ。
「と言うか、いつの間に防音加工なんてしたんだ……」
もちろん、防音加工なんて頼んでいないからな。
ルミナが俺達がいない間に勝手に改造していたらしい。
「まだ朝食までは時間があるわ。そのまま下着も脱いでしまって、ベッドインしても良いのよ?」
「いや、何故そうなる」
「ほら、あなた達ももっと積極的にならないと、エリュは振り向かないわよ?」
「うわっ!?」
ここでルミナはアーミラを俺の方に向けて強く押すと、そのまま俺は彼女に押し倒された。
「っと……ルミナさん、そういうことはだな……」
「あら、何か問題でもあるのかしら?」
「いや、問題しかないと思うが?」
「裸だって見せ合った仲なのに、下着姿で押し倒されるぐらいのことを気にすることはないでしょう?」
「…………」
ルミナに何を言っても聞きそうにないので、これ以上は何も言わないことにした。
「ちょっと! エリュはボクのものだよ!」
と、ここでその様子を見たシオンがその上に覆い被さって来た。
「おい、シオンは余計なことをするな!」
「あらあら……盛り上がっているわね」
「どこがだ!」
俺はそう声を上げながら、隙を見てすり抜けて脱出する。
「あら、面白くないわね。まあ良いわ。私はもう行くわね」
ルミナはこれ以上の進展は無いと判断したのか、ここで踵を返して部屋を出て行った。
「……俺はさっさと着替えて朝食に向かわせてもらう。お前達も早く着替えろ」
今ここでするようなことも無いからな。俺はさっさとリビングに向かうことにした。
そして、俺は手早く着替えてからリビングに向かったのだった。
リビングに集まった俺達は全員が集まったところで朝食を摂っていた。
「あなた達はこちらに来てから一週間になるけど、どうかしら?」
ここでルミナはフィルレーネ、ネフィア、ヴァルトの三人にこちらでの生活についての所感を尋ねる。
機構天使の討伐を終えてから数日後に三人はこちらに移り住んだが、それからさらに一週間が経過していた。
なので、そろそろこちらでの生活にも慣れて来ているものだと思われた。
「買い物に困りませんし、快適ですよ」
ネフィアはこちらでの生活を気に入っているようで、ここで過ごすことに前向きなようだった。
「まあ向こうよりかは快適ではあるな」
ヴァルトも意見は概ね同じで、悪くは思っていないようだ。
「……面倒」
だが、フィルレーネはそう思っていないようだった。
「手伝いをするのは当然だろう?」
こちらに来てからは彼女も手伝いをさせられているからな。
どうやら、それが気に入らないらしい。
「そうよ、フィルレーネ。あなたは今まで怠惰に過ごしていたのだから、そのぐらいのことはしなさい」
エリサは怠惰であるということを指摘して、俺の意見に同意する。
「まあ共生するとはそういうことだ。諦めて受け入れることだな」
霧の領域の基地ではフェリエが使用人のような役割をして、ほとんどのことをこなしていたが、普通はそうではないからな。
使用人を雇っている上流階級の者ならともかく、ここはそうではないので、それぞれで助け合いながら生活するのが普通だ。
なので、こちらで生活する以上は受け入れてもらう他ない。
「……うん」
「……珍しいな。反抗して来るものだと思っていたが」
彼女の性格を考えると、何かと文句を言うものだと思っていたからな。反抗して来ないとは意外だ。
「……悪いとは言ってない」
「そうだったか」
どうやら、面倒だとは思っているが、それを悪いとは思っていなかったらしい。
「フィルレーネ、それ取ってー」
ここでシオンがフィルレーネの前にあった料理を取るよう言う。
「……めんどい」
だが、面倒がってそれを断られてしまっていた。
「……先程言ったばかりなのだが?」
先程、手伝いをすると言ったばかりだからな。手の平を返すのが早過ぎる。
「……面倒なことに変わりは無い」
「痛っ!」
しかも、尻尾でペチンと叩かれてしまった。
「おい、気に食わないからと言って叩くな」
「…………」
俺はフィルレーネに注意するが、彼女は聞く耳を持たない。
「……後で言っておくか」
今言っても騒がしくなるだけだろうからな。説教は後ですることにした。
「それにしても、かなり賑やかになったわね」
エリサは賑やかな食卓を見て、そんなことを言う。
「そうだな。……これからはこの日常が続くのか」
「そうね。でも、それが良いと思わない?」
「まあな」
こんな騒がしい日常も平和だからこそだからな。
平穏の証でもあり、別に悪いことではないので、今は勝ち取った日常を享受することにする。
「それにしても、他のメンバーは良かったのか? 向こうに残して」
結局、こちらに来たのはフィルレーネ、ネフィア、ヴァルトの三人だけだからな。
他のメンバーは今まで通りに霧の領域の基地で過ごしている。
なので、そのあたりのことについてエリサに少し聞いてみることにした。
「彼らが自分で決めたことよ。私が口を出すことじゃないわ」
「まあそれはそうだが……」
「たまには様子を見に行くつもりだし、今までと変わらないだけの話だから、気にする必要は無いわ」
「……それもそうだな」
数人がワイバスをメインに活動するようになっただけで、根本的には何も変わっていないからな。
俺達が口出しするようなことでもないので、これ以上は特に言及しないことにする。
「今夜の予定は空けているわね?」
ここでルミナが今夜の予定を空けているかどうかを確認して来る。
「ああ」
「もちろん、空けているわよ」
今夜は機構天使の討伐が終わった記念にパーティーを行う予定だからな。ちゃんと予定は空けてある。
「そう。それなら良いわ」
「さて、さっさと朝食を済ませるか」
ゆっくりと食べても良いが、時間を掛ける意味も無いからな。
その後は手早く朝食を済ませて、のんびりと夜までの時間を過ごしたのだった。
その日の夜、俺達はパーティー会場である建物に集まっていた。
「おー……色々あるね」
「そうだな」
会場は二百人以上が入る大きさで、テーブルの上には豪華な料理が並べられていた。
「それにしても、こんなに大きな会場で良かったのか?」
今回集まるのは機構天使の討伐に関わったメンバーだけだからな。
数十人規模の会場で十分なので、こんなに大きな会場を借りる必要は無い。
なので、そのあたりのことをルミナに聞いてみることにする。
「他に空いている会場が無かったらしいわ」
「そうか」
会場を手配したのはレイルーンらしいが、他に会場が無かったのなら仕方無いか。
(まあ特に問題は無いし、別に良いか)
大は小を兼ねると言うしな。
実際、会場が大きいことによる問題は特に無いので、このままパーティーを楽しむことにする。
「全員集まったわね」
と、会場の様子を眺めていたところで、レイルーンが扉を開けて現れた。
「ええ。それじゃあ始めましょうか。みんな、食べて良いわよ」
そして、全員が集まったところで、パーティーが開始された。
「エリュはどれにする?」
「そうだな……とりあえず、これとこれにしておくか」
料理はかなりの種類があり、選択肢は多いからな。
迷いどころだが、ひとまず、主食となるパンを取って、適当にその近くにある料理を取ることにする。
「じゃあボクはこれとこれと……」
「……取り過ぎではないか?」
シオンは大量に料理を取っているが、食べ切ることができる量かと言われて怪しいぐらいの量を取っていた。
とりあえず、取るのであれば確実に食べられるだけの量にして欲しいところだ。
「大丈夫だって!」
「だと良いが。では、席に戻るか」
料理はもう取り終わったからな。さっさと席に戻って食事にすることにした。
「あら、シオンは随分と沢山取ったのね」
席に戻ったところで、シオンの皿に山盛りに盛られた料理を見たルミナがそんなことを言う。
「まあね」
「まあそれは良いわ。それじゃあ夕食にしましょうか」
そして、全員が料理を取り終わったところで、食事が始められた。
「……これでようやく一件落着といったところだな」
これを最後に機構天使のことを話に上げることは無いだろうからな。
これで完全に機構天使の一件は終わりということになる。
「……そうね」
それを聞いたエリサはこれまでのことを思ってか、深く息を
「これからはもうゆっくりと過ごすと良いわ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「……エリサ、ルミナさん、少し良いか?」
ここで俺は二人の方を向いて改まる。
「何?」
「何かしら?」
「改めて礼を言っておこうと思ってな」
エリサとルミナの二人には特に世話になったからな。
彼女達には改めて礼を言っておくことにする。
「そんなに改まらなくても良いわ」
「いや、言っておかないと気が収まらないからな。改めて礼を言わせてくれ」
これはこちらの気持ちの問題だからな。
その必要は無いかもしれないが、礼を言わせてもらうことにする。
「……分かったわ」
「仕方が無いわね」
それを聞いたルミナとエリサはこちらを向いて改まる。
「シオン」
「分かってるよ」
俺が一言そう言うと、シオンは一度食事を止めて、二人の方を向いて改まった。
「この街に来てからかなり世話になった。礼を言おう。これからも世話になるが、よろしく頼む」
「ボクからもよろしくお願いするよ」
俺とシオンはこれまでの感謝とこれからの挨拶をして、丁寧に礼をする。
「ええ。これからもよろしく頼むわ」
「私もよろしく頼むわね」
それを受けて、ルミナとエリサも丁寧に挨拶を返して来た。
「ああ」
「それじゃあこのまま夕食を楽しみましょうか」
「そうね」
話が済んだところで、二人は食事に戻る。
「……エリュ」
ここでシオンが静かに話し掛けて来る。
「どうした?」
「これからもずっと一緒だよ?」
「……当然だ」
これからは特に目的は無く、ワイバスで過ごすつもりだからな。
これまでのような大きなことは起こらないと思われるので、のんびりと過ごせるはずだ。
「……さて、今は夕食を楽しむか。焦る必要は無いのだからな」
「だね」
これからはのんびりと過ごせるし、時間もあるからな。
焦らずに今後の生活を楽しむことにする。
「……マキナはこの結末を見越していたのか? いや、考えるだけ無駄か」
彼女はこうなることを見越して俺達をこの場所に送ったのか。それとも、この結果は偶然だったのか。
少々気になるところではあるが、俺達には知る由も無いので、考えても意味が無さそうだった。
「感謝しているぞ、マキナ」
だが、どうであれ彼女には感謝しかないからな。
改めて感謝の言葉を述べておく。
「……どうしたの、エリュ?」
ここでその様子を見ていたシオンが何事かと聞いて来た。
「いや、何でも無い。気にするな」
俺は思考を切り上げて、夕食に手を付ける。
(表立って話に出すことはもう無いだろうが、決して忘れはしないぞ)
マキナや機構天使のことを話題にするのはこれで最後になる可能性が高いだろう。
だが、謝意を忘れるつもりは無いので、胸の奥にしまっておくことにした。
そして、これから訪れる日々に思いを馳せながらその日を過ごしたのだった。
最初はマキナの下に魂が迷い込むという偶然から始まったものだった。
だが、その偶然が俺達に新たな始まりを与えてくれた。
そして、そこから始まった出会いと冒険は確かに俺達を大きく変えた。
しかし、始まりがあればいつか終わりは訪れる。
今がそのときで、俺達が経験することになるであろう波乱は落ち着いて、安静が訪れた。
それは運命による結末か。それとも、努力の結果か。それは誰にも分からない。
だが、機構天使の討伐に成功して、平穏が訪れたという事実は確かなものだった。
そして、俺達の異世界冒険譚はこうして幕を閉じたのだった。
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