episode275 ステアとフェルメットとモータス

「ステア、待て!」


 俺は抜け出したステアを追い掛けて呼び止める。


「……何? あたし忙しいんだけど?」

「別に止めるつもりは無い。行っても良いが、一人では行かせないというだけだ」


 ステア一人だけでは不安だからな。モータスを追い掛ける分に関しては問題無いので、それに俺が付いて行くというだけの話だ。


「……そう」

「……何だ? 随分と冷たいな」

「今はちょっと、ね」


 仇を目の前に思い詰めているのか、今は話し掛けて欲しくないらしい。


「……そんなに思い詰めるな。奴は逃げられはしない。少しは冷静になれ」

「…………」


 それを聞いて少しは冷静になったのか、ステアは黙り込んだ。


「まあ俺が付いておくので安心してくれ」

「……頼りにしてるよ」

「ああ。……ところで、モータスとは何があったんだ?」


 ステアがいた村を襲った盗賊団のリーダーであるということは聞いているが、それ以上のことは何も聞いていない。

 なので、そのあたりのことについてもう少し詳しく聞いてみることにした。


「…………」


 だが、彼女はただ黙り込むだけで、何も答えることは無かった。


「……少しは話したらどうだ?」

「別に良いじゃん。話したところで何かあるわけじゃないんだし」

「そうか? より理解は深まるし、皆気になっていると思うぞ?」


 その話は皆にもしていないようだし、話を聞けば分かることもあるだろうからな。

 フェルメットとの関係も気になるところなので、聞いてみることにする。


「……分かったよ。エリュは感傷とは無縁そうだし、必要なことだけ掻い摘んで話すね」

「……俺を何だと思っている? まあ良い。話してくれ」


 事情さえ分かれば良いし、時間も無いからな。

 ここは必要なことだけをぱぱっと話してもらうことにした。


「あいつがあたしの村を襲ったことは聞いたよね?」

「ああ」

「フェルメットと会ったのはそのときで、村の様子を見て立ち尽くしてたあたしを見て話し掛けて来たんだ」


 どうやら、フェルメットと会ったのは村が襲われてからすぐだったらしい。


「そうか。フェルメットには何と言われたんだ?」

「今の力ではどうにもできないだろうから、力を与えてやるって言われてね。ついでにあいつらのことも探してあげるとも言われたよ」

「それに乗ったのか?」

「うん。あのときのあたしには力も情報網も無かったからね。そうするしかなかったよ」


 まあ一介の少女にできることは限られるだろうからな。

 悪魔の誘いに乗るのはどうかと思うが、当時の彼女の状態も考えると、それにも無理はないか。


「そうか。それで、フェルメットはちゃんと約束通りに動いてくれたのか?」

「うん。魔力を付与してくれたし、あいつらのことも見付け出してくれたよ」

「ちゃんと約束は守ったのだな。流石は悪魔といったところか」


 悪魔は約束事には手厳しいらしいからな。ちゃんと約束通りにモータス達のことを見付け出してくれたらしい。


「それで、そのまま復讐しに行ったのか?」

「うん。あたしはあいつらの拠点に乗り込んで、殲滅しに行ったよ」

「だが、モータスは仕留め損ねたと」

「……うん。あいつは一目散に逃げてったからね。あいつには逃げられちゃったよ」


 そこで全員始末できていれば全てが終わっていただろうが、残念ながらモータスには逃げられてしまったらしい。


「そうか。その後はどうなったんだ?」

「逃げたモータスの行き先を調べたけど、結局何も分からなかったよ」

「それで、現在に至ると」

「まあそんなところだね」

「……さて、そろそろだぞ」


 と、ここで前方に注意を向けてみると、モータスとの距離がだいぶ詰められていた。


「そうだね。……はぁっ!」


 モータスの姿を捉えたステアは彼に向けて魔法を放つ。


「チッ……」


 ステアの放った黒い雷がモータスに迫るが、その攻撃は跳んで躱されてしまった。


「…………」


 ここでモータスは立ち止まってこちらを振り向く。


「……やっと戦う気になったみたいだね」

「……面倒な奴だな」


 モータスは少し不貞腐れながら剣を構える。


「エリュはそこで見てて」


 ステアは自分の手で決着を付けたいらしく、手を出すなと言わんばかりに俺のことを遠ざけて来た。


「……分かった」


 俺は近くの建物の上に移動して、離れつつもいつでも介入できる位置で待機する。


「…………」

「…………」

「……せいっ!」


 二人は距離を保ったまま様子を窺っていたが、先に仕掛けたのはステアだった。

 風魔法を使って素早く接近すると、そのまま両手に持った短剣でモータスに斬り掛かる。


「今の俺には効かねえな!」


 だが、その斬撃は全て剣で弾かれて、捌かれてしまっていた。


「おらよ!」


 モータスは一瞬の隙を突いて、魔力を込めた斬撃を放つ。


「っ……」


 ステアはそれを短剣で受けて防ぐが、勢いを殺し切れずに後方に飛ばされてしまった。


「悪魔から力をもらった俺に勝てると思うなよ?」

「それはこっちのセリフだよ!」


 ステアはそう言って魔法陣を展開すると、魔力を集めて魔法を放つ準備をする。


「格の違いを見せてやるよ!」


 それに対抗するようにモータスも同じように魔法陣を展開して、魔法を放つ準備をした。


「せいっ!」

「はっ!」


 そして、二人同時に魔法を放つと、正面から魔法がぶつかり合った。

 ステアが放った黒い雷とモータスが放った黒い炎がバチバチと打ち当たって、そこから闇属性の魔力の具現である黒い波動が発生する。


「わっ!?」

「チッ……」


 その結果は綺麗なまでの相打ちだった。

 互いの魔法が完全に打ち消されて、魔力の残滓と静寂だけがそこに残される。


(どちらも魔法の術式としての完成度は低いな)


 二人とも魔法については詳しくないらしく、ただ力任せに魔力をぶつけ合っているだけだった。


(ヴァージェスの術式がいかに優れているのかが分かるな)


 彼の組んだ術式であれば、より少ない魔力でより威力の高い魔法を放つことができただろうからな。

 やはり、長年の研究の末に極限まで最適化された術式は違うな。


「……少しはやるみたいだね。あのときは一目散に逃げたくせにね」

「…………」


 それを聞いたモータスは思うところがあったのか、先程までの調子付いた様子から一転して黙り込んでしまった。


「だんまり? まあ良いや。ここで終わりにさせてもらうよ!」


 ステアはそう言って大きく跳躍すると、そのまま短剣を速度に乗せて斬り掛かった。


「…………」


 モータスはそれを黙って剣の刀身で受け止める。

 ステアは上から仕掛けたので、体重がそのまま乗せられているはずだが、魔力強化で全身を強化しているので、それを難なく受け止めていた。


「俺もお前とは決着を付けようと思ったところだ!」


 モータスはそう言って剣に魔力を込めると、ステアを上に向けて押し飛ばした。


「じゃあちょうど良いね。それじゃあ終わらせよっか!」


 空中で体勢を立て直したステアはそのまま空中から魔法を放つ。


「……そうだな!」


 モータスは前方に疾走して、ステアの魔法攻撃を躱しながら距離を詰める。


「おらよ!」


 そして、ステアが着地した瞬間を狙って斬撃を放った。


「くっ……」


 ステアは攻撃を捌いていくが、先に攻められたからなのか、防戦一方で押されてしまっていた。


「甘いな!」


 ここでモータスは隙を突いて一文字に斬撃を放つ。


「っ!」


 ステアはそれを両手に持った短剣で受けて防ぐが、その一撃で吹き飛ばされて、後方にあった倉庫の扉に叩き付けられてしまった。


「死にな!」


 さらに、モータスはそのまま魔法で追撃する。


「ぐっ……」


 ステアは体勢を崩していたからなのか、それを躱すことができずに直撃してしまった。

 その一撃によって倉庫の扉が破壊されて、そのまま倉庫内に吹き飛ばされる。


「ここで終わらせてやるよ!」


 もちろん、モータスはその隙を逃すようなことはしない。すぐに接近して、追撃を仕掛ける。


「終わらせないよ!」


 だが、もちろんそう簡単には終わりはしない。

 体勢を立て直したステアが斬撃を受け止めると、そのまま斬撃の応酬が始まった。


「せいっ!」

「おらっ!」


 斬撃を放つたびに周囲にある物が斬られて、斬られた物が床にちまけられる。


(食料を置いてある倉庫のようだな)


 外から倉庫の様子を見てみるが、この倉庫は食料が保管されている倉庫のようで、小麦粉や果実が積まれていた。

 まあその果実は今や無残な姿になっていて、小麦粉は袋を斬られたことで宙を舞っているが。


「ここは……せいっ!」


 ここで何かを思い付いた様子のステアはすれ違い様にモータスを攻撃しながら倉庫の外に飛び出す。


「これでどう!」


 そして、倉庫から飛び出すと、すぐに振り返って火魔法を放った。


「何だ? その貧弱な魔法は?」


 だが、魔法の知識があまりないステアがこの短時間で放てる魔法など、高が知れていた。

 彼女の放った魔法は小さな火球を飛ばすだけのもので、最早、攻撃とも呼べないような魔法だった。


(なるほどな。そういうことか)


 もちろん、ステアも意味も無くその魔法を放ったわけではない。

 ある狙いがあってその魔法を放っていたのだが、モータスはそのことに気付いていなかった。


「そんなものは……っ!?」


 モータスは剣に魔力を込めて構えるが、そこで彼にとって予想だにしないことが起こった。

 と言うのも、火球が倉庫内に到達した瞬間に大爆発が起こったのだ。


「あれだけ小麦粉が舞ってるところに火を近付けたら、当然こうなるよね?」


 そう、倉庫内には小麦粉が舞っていたので、粉塵爆発が起こったのだ。

 ステアはこれを狙って攻撃にもならないような火球を放っていた。


「そんなものが効くかよ!」


 しかし、粉塵爆発程度の攻撃が魔力強化で全身を強化している相手に効くはずもなかった。


「――どこに行った?」


 だが、目を眩ませるには十分だった。

 モータスは爆発の際にステアを見失っていて、周囲に視線を向けて彼女のことを探していた。


「――上だよ」

「がっ……」


 ステアのことを見失っていたモータスは真上から放たれた魔法に反応することができなかった。

 モータスは彼女が放った黒い雷に直撃して、大きく怯んでしまう。


「っせええぇぇぃ!」


 そして、ステアは怯んだモータスに向けて急降下して、込められるだけの魔力を込めた一撃を放った。


「ぐああぁぁーーー!」


 その一撃によってモータスは両腕を斬り飛ばされて、大きな悲鳴を上げる。


「これで……終わりだよ!」


 そして、トドメの一撃と言わんばかりに心臓に短剣を突き立てようとした。


「――止めておけ」


 ここで俺はステアに素早く近付いて、腕を掴んでそれを止める。

 そして、そのまま短剣を取り上げた。


「……何? 止めないで欲しいんだけど?」

「それは分かっている。……少し待ってくれ」


 俺はモータスが何もできないように魔力を封じる拘束用の魔法を使って、彼の動きを完全に封じる。


「……どういうつもり?」

「アリナ達の前で見せるわけにはいかないと思っただけだ」

「エリュ、ステア、大丈夫!?」


 担当していた魔物が全て片付いたのか、ここでアリナ達が合流して来た。


「ああ。そちらは大丈夫だったか?」

「うん。こっちは全部片付いたよ。そっちはどう?」

「見ての通り、ちょうど決着したところだ。……ステア」


 ここで俺は先程取り上げた短剣をステアに返却する。


「……何?」

「どうするのかはお前に任せる。そいつを殺そうが誰も文句は言わない。だが、本当にそれがお前のすべきことなのかをよく考えることだな」

「…………」

「お前はもう復讐に拘る必要は無い。お前の進む道は既にあるだろう? まあ因縁に完全な決着を付けるというのであれば止めはしないが」


 俺にはステアの心中のことなど分かりはしないが、彼女にはもう進む道があるし、その道に復讐は必要無いからな。

 ここで殺す必要が無いということだけは分かる。


「だが、ここより先に足を踏み入れると後戻りはできない。それは心得ておけ」


 ただ、恨みがあるのは確かなので、それを晴らすために殺すというのであれば止めるつもりはない。

 と言うのも、別に俺は復讐が悪いことだとは思っていないからだ。

 復讐で殺されるのは因果応報で、殺されるべくして殺されるだけの話だからな。

 泣き寝入りするなど論外で、むしろ俺は復讐を推奨している方だ。


 復讐は何も生まないので復讐をすべきでないと言う者もいるが、俺はそうは思わない。

 復讐しないことこそ何の解決にもならないし、復讐すれば次の段階には進めるからな。


 もちろん、その結果訪れるのは虚無かもしれないが、復讐に囚われて何もできないよりはマシだし、報いを受けさせただけでも十分意味はある。


「……まあ今更変わらないかもしれないがな」


 とは言ったものの、彼女は既にモータス以外の盗賊団のメンバーは殺っているので、モータスを殺ろうが変わらない気がするがな。


「まあお前が殺らないのであれば、俺が『殺戮の執行者』として始末しておいてやる」

「…………」


 ステアは壊れた天井の隙間から差し込む光によって妖しく光る短剣を静かに眺める。


「……もう良いよ。はい」


 そして、頷いて決心した様子を見せると、短剣をこちらに投げ渡して来た。


「……そうか。では、お前達はもう行ってくれ。ここから先はお前達が見るべきものではないからな」


 この先は表で生きる彼女達が見るべき光景ではないからな。彼女達には行ってもらうことにする。


「もう済んだようじゃな」

「っ!」


 だが、ここでフェルメットが俺とモータスの間に割り込む形で上から現れた。


「誰が始末しようと何も変わらぬであろう? そんな些細なことで悩むとは、人間も変わったものじゃな」


 フェルメットはそう言って、着地と同時に刈り取ったモータスの首をこちらに投げ渡して来る。


「……まあ人間なんてそんなものだ。些細なことで悩み、ありふれた日々を謳歌する。悪魔にとってはつまらないかもしれないが、人間にはしがらみが多いからな。小さなことでも悩むものだ」

「そんなものかの? まあだからこそ面白いのじゃがな」

「そうか。……それはそうと、こんなものを渡されても困るのだが?」


 首を飾るような趣味は無いからな。こんな物を渡されても困る。


「妾も要らぬぞえ。要らぬのなら、適当に捨てておくがい」

「俺に処理を押し付けられても困るが……まあ元々自分で処理するつもりだったし、別に良いか」


 アリナ達が行った後に自分で処理するつもりだったからな。

 予定としては特に変わりは無いので、このまま俺が処理しておくことにした。


「では、処理が済み次第、城に向かうがい。もう全て片付いたようじゃからな」

「分かった。では、すぐに処理をするので、少し待っていてくれるか?」

「分かったよ。それじゃあみんなそこで待とっか」


 そして、その後はモータスの死体の処理を行って、それが終わったところで城に向かって他のメンバーと合流したのだった。

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