episode273 ネフィアvsクォーツウルフ
「…………」
「…………」
ネフィアとクォーツウルフは互いに睨み合ったまま対峙していた。
「グルッ!」
先に動いて膠着状態を破ったのはクォーツウルフだった。
全身に魔力を込めると、風を切って目にも留まらぬ速度で接近して、そのままネフィアに向けて爪を振り下ろす。
「っ!」
ネフィアがそれを後方に跳んで躱すと、空を切った一撃が床を砕いた。
それによって、砂煙が上がると同時に砕けた床材が周囲に飛び散る。
「ガルッ!」
だが、その程度でクォーツウルフの攻撃は終わらない。
着地してから間髪を容れずに前足で地面を蹴ってネフィアに接近して、そのまま噛み付こうとする。
「そこです!」
ネフィアはそれをギリギリで横に跳んで避けると、すれ違い様にクォーツウルフの
「私はあなたを傷付けるつもりはありません。落ち着いてください!」
「ガルルァァーーー!」
「きゃっ!」
そして、攻撃が届かない場所から宥めようとするが、クォーツウルフはクリスタルを共鳴させて、自身の周囲に雷を発生させた。
共鳴したクリスタルによって魔力が増幅されて、発生した強烈な雷撃がネフィアを襲う。
「っ……このぐらいで……」
だが、ネフィアはそれに耐えてクォーツウルフの背中に乗り続けていた。
「グルルァーーー!」
「きゃっ!」
しかし、再度放たれた雷撃で力が緩んだ瞬間に振り飛ばされてしまった。
「ガルッ!」
さらに、そのままクォーツウルフは振り飛ばされて空中にいるネフィアに向けて、増幅した魔力の全てを使ってビーム状の雷撃を放った。
「きゃーーー!」
回避行動を取れなかったネフィアはそれに直撃して、そのまま雷撃と一緒に城壁にまで吹き飛ばされた。
城壁の雷撃が直撃した部分が壊れて、ネフィアは瓦礫と一緒に落下する。
「うぐっ……痛っ!」
ネフィアは何とか立ち上がろうとするが、その瞬間に崩れ落ちて来た瓦礫が頭に直撃した。
「ガルッ!」
それによって一瞬の隙が生まれたが、討伐推奨ランクがAランクに指定されるほどの戦闘能力があるクォーツウルフ相手にその隙は致命的過ぎた。
クォーツウルフはその一瞬の隙にネフィアの目の前にまで接近していて、魔力を込めた爪で彼女を斬り裂いた。
「あがっ……」
その一撃によってネフィアは庭園の木や建築物を破壊し貫通しながら吹き飛ばされていく。
「ガルッ!」
さらに、クォーツウルフは雷を纏った高速移動で先回りして、前足でネフィアを地面に叩き付けた。
「うぐっ……ぁ……」
叩き付けられたネフィアはそのまま抑え付けられて、身動きが取れなくなる。
「グルルァ!」
「うぁ……」
クォーツウルフは動きを封じたネフィアに雷魔法で電流を送って痛め付ける。
「ぐ……ええい!」
「グルァッ!?」
そのまま一方的な展開が続くかと思われたが、ここでネフィアが反撃に出た。
彼女は魔法陣を展開して、風魔法による一文字の風の刃でクォーツウルフの腹を攻撃する。
「今です!」
そして、その攻撃で怯んだ隙に拘束から抜け出した。
「…………」
「……ごほっ……」
互いに距離を取って仕切り直しとなるが、ここでネフィアは口から血を吐き出した。
クォーツウルフの攻撃を受け続けて、彼女の身体はボロボロになっていた。
普通ならばあれだけの攻撃を受けると、体が原形を留めてすらいないだろうが、ドラゴンとの
「……大丈夫? 怪我してない?」
睨み合って次の一手を探り合っている状況でネフィアが発した言葉は、クォーツウルフを心配する言葉だった。
彼女はこれだけ傷付けられていながら、自分のことよりも相手のことを気に掛けていた。
「グル……?」
その思いが通じたのか、クォーツウルフは少し動きを止める。
「ガルッ!」
しかし、少し動きが止まっただけで、戦闘を止めるようなことはなかった。
クォーツウルフはそのままネフィアに飛び掛かって、その鋭い爪を振り下ろす。
「ぐっ……」
だが、ネフィアは何も抵抗せずにその攻撃を受けた。
「ガルッ! ガルッ!」
「ぐっ……うぐっ……」
その後もネフィアは抵抗せずに攻撃を受け続けた。
爪で斬り裂かれようが、魔法での雷撃を受けようが、何もせずに攻撃を受け続ける。
身体に傷が刻まれる度に鮮血が飛び散り、服は破けて消し飛んでいくが、それでも抵抗せずに攻撃を受け続けた。
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
攻撃を受け続けたネフィアは膝を着くが、ボロボロになりながらも何とか立ち上がる。
彼女は攻撃を受け続けたことで、体中傷だらけになって流血していて、服も破けてニーソックスが僅かに残っているだけの状態にまでなっていた。
「…………」
ここまで攻撃を続けていたクォーツウルフだったが、無抵抗なネフィアの様子を見てか、ここで動きを止める。
「……ね? 何もしないでしょ? 私はあなたを傷付けるつもりは無いよ」
「……ガルル……」
そして、ネフィアが優しく声を掛けると、クォーツウルフはゆっくりと歩いて彼女に近付いた。
「……やっと心を開いてくれたね」
「グルル……」
「今まで悪魔に従えられて辛かったよね? もうあなたは自由だよ」
「ガルッ!」
クォーツウルフは嬉しそうな鳴き声を上げて、ネフィアに寄り添う。
「そんなに擦り寄ったら血が付いちゃいますよ」
「ガルル……」
ネフィアは血で汚れることを理由にクォーツウルフを引き離そうとするが、制止を無視して頬擦りして来た。
「もう……血が付いちゃってるよ? 痛たた……」
「グルゥ……」
傷を抑えて痛がるネフィアを見たクォーツウルフは心配しているのか、様子を見ながら低い鳴き声を鳴らす。
「無事に宥められたようね」
と、ここで用が済んだのか、エリサ達が城の扉を開けて現れた。
「はい。何とか」
「って、大丈夫ですか!?」
体中から血を流しているネフィアを見たアレリアは慌てて彼女に駆け寄る。
「私が治療するわ。アレリアはそこで待っていてくれるかしら?」
「分かりました。……本当に大丈夫なのですか?」
「こう見えても丈夫だから、この程度なら問題無いわ。ネフィア、肩を貸すわ」
「ありがとうございます」
このまま治療しても良いのだが、移動した方が都合が良いので、一度座ることができる場所にまで移動することにした。
エリサはネフィアを支えながらベンチのある場所にまで移動する。
「あなたはじっとしていると良いわ」
「はい。お願いします」
そして、ベンチに座らせたところで、治療を始めた。
「庭園が滅茶苦茶に……」
ここで改めて庭園の状態を見たアレリアは、露骨に声のトーンを落として気落ちする。
「まあこの程度で済んだのなら良いじゃない」
「それはそうかもしれませんが、あまり良くはないです……」
「あら、言い方が悪かったかしら? 気分を害したのなら謝るわ」
「いえ、そういうわけではありませんので、お気になさらず。それにしても、本当に大人しくなりましたね」
アレリアは大人しくしているクォーツウルフを見て、そんなことを言う。
「この子も本当は優しいんですよ」
「分かるのですか?」
「はい。顔を見れば分かります。ほら、良い子の顔をしているでしょ?」
「……そうですか?」
アレリアはクォーツウルフの顔をじっと見てみるが、そこから得られる情報は何も無かった。
「エリサさんは分かりますか?」
「私にも分からないわね。ネフィアが特別なだけよ」
「そうですか? もっと理解しようとしてあげれば、分かると思いますよ?」
「それで分かるのだったら、誰も苦労しないわ」
ネフィアはそう言うが、エリサも含めて魔物のことは分からなかった。
「エリサももっと理解しようと……」
「はいはい、分かったわ……よ!」
エリサはそう言いながら包帯をきゅっときつく巻く。
「痛っ! もっと優しくしてくださいよ!」
「ガルル……」
その様子を見ていたクォーツウルフは、ネフィアに同調するように低い声を鳴らして威嚇する。
「悪かったわね。あなたもそんなに怒らないでくれるかしら?」
「グルル……」
だが、そう言って優しく宥めると、すぐに大人しくなってくれた。
「治療できたわよ」
と、そんな話をしている間に無事に治療が済んでいた。
「ありがとうございます。この後はどうしますか?」
「眠っている城にいる面々を起こしに行くわ」
「分かりました。このまま行きますか?」
「……その前に着替えたらどうかしら?」
ネフィアは服がほぼ全部破かれてしまったので、ニーソックスが僅かに残っているだけで、実質全裸の状態だった。
なので、まずは着替えてもらってから動くことにした。
「え? ……きゃっ!」
エリサに言われて自身の状態に気が付いたネフィアは、
「……誰にも見られていませんよね?」
「ええ。私達以外はいないわ。これが着替えよ」
エリサは空間魔法で着替えを取り出して、それをそのまま渡す。
「ありがとうございます」
着替えを受け取ったネフィアは手早く下着を身に着けると、そのまま順々に他の服も身に着けていく。
「あなたも装備品を作ってもらったらどうかしら?」
ネフィアは基本的に戦わないので、彼女の専用の魔法装備は用意していない。
だが、今回のようなこともあるかもしれないので、専用の魔法装備を作ってもらうことを検討しても良さそうだった。
「いえ、今回も何とかなりましたし、そこまではしなくても良いです」
「……その体でよくそんなことが言えるわね。あなたは確かに丈夫だけど、もう少し自分のことを大切にしたらどうかしら?」
「…………」
そう言われて考えるところがあったのか、ネフィアは俯いて黙り込んでしまう。
「あなたも大切な仲間よ。そのためだったら、お金は惜しまないわ」
「……分かりました」
「ワイバスに戻ったら、ルミナに頼んでおくわ」
「お願いします」
「それじゃあ私とアレリアは城にいる面々を起こしに行くわ。あなたはここでクォーツウルフの様子を見ていてくれるかしら?」
「分かりました」
「アレリア、行くわよ」
「はい」
そして、ネフィアの治療を終えたところで、エリサとアレリアは城にいる面々を起こしに向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます