episode272 城の地下には
結界の外にいるメンバーは城の近くで魔物に対処していた。
と言うのも、悪魔が姿を現すと同時に城門から魔物が飛び出して来たからだ。
「思っていたよりも魔物が多いな」
「そうだね。って言うか、あれで全部じゃなかったんだね」
「まあそれはそうだろうな」
魔物を運ぶにしては馬車が少なかったからな。あれで全部でないことは初めから分かっていたことだ。
「ブモーーー!」
「わっ!? こちらに来ています!」
と、ここでラッシュボアがアレリアに向けて突進していた。
「……邪魔だ」
「ブモッ!?」
俺は氷魔法でラッシュボアの真下から氷柱を形成して打ち上げて、宙を舞うラッシュボアの頭部に狙いを定めて短剣を投擲した。
投擲した短剣は真っ直ぐと飛んで行き、狙った通りに頭部に突き刺さる。
「あ……ありがとうございます」
「当然のことをしたまでだ。気にするな。とにかく、俺達から離れるなよ?」
「はい。それは分かっています。分かっていますが……」
アレリアはそこまで言うと、言葉を濁す。
「どうした? 言いたいことがあるのなら、はっきりと言え」
「えっと……お城の方がどうなっているのかが気になって……」
どうやら、魔物が飛び出して来ているのを見て、城のことが気になっていたらしい。
「ふむ……ならば、見に行ってみたらどうだ?」
「そう言われましても、城は危険なのですよね?」
「いや、もう魔物は外に出ているし、奴もフェルメットと交戦中だからな。残っている魔物はいるかもしれないが、逆に言うと危険はそれだけしかないと思うぞ?」
この状況で城に戦力を残しておく意味も無いし、例の潜入者の狙いは俺達に加勢されないように時間を稼ぐことだろうからな。
俺達を殲滅できれば奴の目的は果たされることになるので、残った戦力を全てこちらに
そう考えると、城の中は比較的安全だと思われた。
「……お父様方も無事でしょうか?」
「わざわざ始末する意味も無いし、状況的にそんな余裕も無いだろうからな。たぶん大丈夫だと思うぞ?」
「それはそうかもしれませんが……」
大丈夫なことを頭では理解していても、やはり城の面々が気掛かりで仕方無いらしい。
「エリサ、ネフィア、アレリアに付いて行ってやってくれるか?」
城内には何かしらの術式が仕込まれている可能性が高いからな。
戦力的にはエリサが抜けても問題無さそうなので、ここはエリサとネフィアに行ってもらうことにした。
「分かったわ。二人とも行くわよ」
「……良いのですか?」
「レーネリアもそろそろ合流するし、私がいなくても何とかなるわ。担いであげるから、さっさと行くわよ」
「うわっ!?」
エリサはそう言ってアレリアを肩に担ぎ上げる。
「ネフィア、付いて来られるわね?」
「はい。付いて行くだけなら」
「魔物は私が片付けるから、あなたは後ろから付いて来ると良いわ」
「分かりました」
「それじゃあ行くわよ」
そして、エリサ達は魔物を蹴散らしながら城に駆けて行った。
「アリナ、そちらの方は大丈夫か?」
「うん。そんなに強い魔物はいないし、この調子なら大丈夫だよ」
「そうか。……む?」
と、ここで視界の端に見覚えのある一人の人物が映った。
(あいつは……モータスか)
そこにいたのは暗殺組織のリーダーであるモータスだった。
部下は引き連れていないようで、他の人物は見当たらない。
「あいつだけ逃げたのか?」
シオン達の方の様子を見た感じだと、部下のほとんどは殺られたようだからな。
彼だけが逃げ出したと見て良さそうだった。
「あ、逃げてった」
しかし、俺達の姿を見た彼はすぐにどこかに行ってしまった。
「……ちょっと用事を思い出したから行くね」
だが、その様子を見たステアがそれを追い掛けて行ってしまった。
「ちょっと、ステア!」
「待て、流石にこれ以上は戦力を減らせないぞ!」
アリナはそれを追い掛けようとしたが、俺はすぐにそれを止めた。
これ以上戦力を減らしてしまうと、広範囲をカバーできないからな。今行かせるわけにはいかない。
「でも……」
「どうしましたか?」
と、ここで自分が担当していた敵が片付いたのか、レーネリアが合流して来た。
「ステアがモータスを追い掛けて行ってしまってな。どうしようかと思っていたところだ」
「そうだったのですね」
「レーネリア、この場を任せても良いか? ステアは俺が追い掛ける」
「分かりました。こちらはお任せください」
「ああ。では、また後で会おう」
そして、この場を他のメンバーに任せたところで、俺はステアを追い掛けたのだった。
城門を潜ったエリサはアレリアを降ろしてから城の様子を見ていた。
「中々立派な城じゃない」
「あ、ありがとうございます」
「とりあえず、城壁の上に仕掛けられている術式を確認してみるわね。ネフィア、アレリアのことは任せたわよ」
「分かりました」
エリサはネフィアにアレリアの護衛を任せると、風魔法を使って城壁の上にまで跳んで移動する。
「これが結界を張るために使っていた魔法道具みたいね」
城壁に上って確認してみると、城壁の四隅にはクリスタル状の魔法道具が設置されていた。
「とりあえず、解析してみましょうか」
城壁に上ったところで、早速、魔法道具に触れて解析を始める。
(……結界を張るためだけの物みたいね)
軽く術式を解析してみたが、仕込まれているのは結界を張るために必要な術式だけのようで、洗脳するために必要な術式は組まれていなさそうだった。
「このぐらいにしておきましょうか」
エリサは解析を終えたところで、城壁から飛び降りる。
「どうでしたか?」
「城壁の魔法道具には結界を張るための術式しか仕込まれていなさそうだったわ」
「仕込まれていなさそうだったということは、全部は調べていないのですか?」
それを聞いたアレリアは何故、全部は調べなかったのかと言わんばかりにそんなことを尋ねる。
「流石にこの短時間で全部調べることはできないわ」
「それはそうかもしれませんが、一部を見ただけで分かるのですか?」
普通は術式の一部を見ただけでは、その術式の全容を把握することはできない。
なので、少し調べただけではそこまで分かるとは思えなかった。
「ええ。術式のメインとなる部分を見てみれば大体分かるわ」
並の術者だと難しいが、エリサであれば術式のメインとなる部分を見るだけで判断可能だった。
「そうなのですね。ところで、魔法道具は壊さなくて良かったのですか?」
「結界自体に害は無いし、別の用途にも転用できそうだから、壊さずに後で回収するわ」
結界は外部から内部を見えなくする効果と魔力を遮断する効果があるだけなので、放置しても特に問題は無い。
加えて、術式を書き変えることで他のことにも利用できそうなので、壊さずに後で回収することにしたのだ。
「分かりました」
「まずは地下を目指しましょうか。そこに魔法道具に魔力を供給している施設があるはずよ」
また、魔法道具を調べてみたところ、魔力は地下から供給されているようだったので、そこに魔力の生産と供給をする施設があると見て良さそうだった。
「このまま城内の案内をお願いできるかしら?」
「分かりました。それでは――」
「っ! アレリア!」
「うわっ!?」
だが、城に向かおうとしたそのとき、突然、右方向から火球が飛んで来た。
エリサは素早くアレリアを担ぎ上げて、後方に跳んで火球を躱す。
「……クォーツウルフなんて珍しいわね」
そこにいたのはクォーツウルフという体長が四メートルほどの狼の魔物だった。
クォーツウルフは頭部や足に魔力を増幅するクリスタル状の物を持っている魔物で、そのクリスタルを共鳴させることで強力な魔法を使うことができる。
そのため、戦闘能力が非常に高く、討伐推奨ランクはAランクに指定されている。
「どうするのですか?」
「私が相手するわ。あなたはネフィアと一緒に城に向かってくれるかしら?」
「……いえ、私が相手します」
エリサは自分が相手しようとするが、ネフィアが前に出て自分が相手すると言い出した。
「……行けるのね?」
「はい」
「分かったわ。それじゃあそちらは任せたわよ」
「良いのですか? ネフィアさんは戦えないのですよね?」
ここでその様子を見ていたアレリアはエリサにそんな確認をする。
「戦えないわけじゃなくて、争いが嫌いなだけよ」
「そうなのですか?」
「ええ。一応、最低限の戦闘訓練は受けさせているから、遅れを取ることは無いはずよ」
ネフィアは基本的に戦わないが、戦闘にも対応できるように最低限の戦闘訓練は受けている。
なので、この程度の相手であれば十分に対応することは可能だった。
「分かりました。気を付けてくださいね?」
「はい。こちらのことは任せてください!」
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
そして、クォーツウルフの相手をネフィアに任せたところで、エリサとアレリアは城に向かった。
「グルル……」
クォーツウルフはネフィアと対峙すると、低い声を鳴らして警戒の色を見せる。
「……大丈夫だよ。安心して良いからね」
「グルッ!」
ネフィアは優しく話し掛けて宥めようとするが、クォーツウルフは鋭い爪を光らせながら素早く彼女に飛び掛かった。
「わっ!?」
ネフィアは身を翻して、必要最低限の動きでそれを躱す。
クォーツウルフは風魔法を使って加速して超高速で接近していたので、普通の非戦闘員であれば対応できなかっただろう。
だが、ネフィアは戦闘訓練を受けていて、戦闘訓練の相手と比べれば遅いので、簡単に見切ることができていた。
「……大丈夫。落ち着いて。私は何もしないよ」
「グルル……」
ネフィアは引き続き宥めようとするが、警戒は解けそうになかった。
「……これはちょっと苦戦しそうかな? でも、私がやるしかないですよね」
ネフィアは警戒を強めるその様子を見て苦戦の予感をさせながらも、自分がやらなければと気を取り直す。
そして、冷静にクォーツウルフを見据えて、向こうの動きに対応できるように構えた。
城に向かったエリサとアレリアは扉を開けて城に突入していた。
「……随分と静かですね」
城に入って様子を確認してみるが、そこは無人であるかのように静まり返っていた。
「兵士が出迎えて来るかと思ったけど……全員眠っているみたいね」
入口の近くにいた兵士の様子を見てみるが、兵士は深く眠りに就いていた。
城内がこれだけ静まり返っていることから察するに、城内にいる者は全員が眠らされているようだった。
「わざわざ眠らせたのですね」
「騒がれると面倒だったからじゃないかしら?」
例の潜入者が支配下に置いているので、騒ぎを見ても動かない可能性が高い。
だが、完全な催眠下には置いていない上に、指示する余裕も無いので、念のために眠らせたものだと思われた。
「まあそれならそれで都合が良いわ。このまま地下に向かいましょうか」
「分かりました。こちらになります」
アレリアはそのままエリサを地下に続く階段がある場所に案内する。
「ここです」
「確かに、結界が張ってあるわね」
そう言われて階段の先を見てみると、そこには聞いていた通りに結界が張ってあった。
「とりあえず、調べてみるわね」
「お願いします」
エリサは階段を下りて結界の前にまで移動すると、結界に触れて解析を始める。
「どうですか?」
「ただの物理障壁みたいね。罠は仕掛けられていなさそうだから、このまま破壊するわよ」
「分かりました」
「周囲に多少の被害が出るでしょうけど、それは良いわね?」
「はい。それは構いませんが、できるだけ被害が出ないようにしていただけると幸いです」
「分かっているわ。それじゃあ行くわよ」
そう言うと、エリサは一直線上に三つ連なった複合術式による魔法陣を展開する。
そして、そこから炎の槍を形成して、それを結界に向けて飛ばした。
「うわっ!?」
エリサが放った魔法は着弾点で大爆発を起こして、結界を破壊した。
だが、アレリアはその際に発生した爆風によって、尻餅を着いてしまった。
「大丈夫かしら?」
エリサは転んだアレリアに向けて優しく手を差し伸べる。
「はい。何とか」
アレリアはその手を取って立ち上がる。
「それじゃあ修復される前に行きましょうか」
「修復ですか?」
「ええ。見て分からないかしら?」
そう言われて結界の方を見てみると、結界が少しずつではあるが修復され始めていた。
「本当ですね」
「それじゃあ急ぐわよ」
「分かりました」
そして、二人はそのまま結界の内部に侵入した。
「さて、魔力を供給している場所を探したいところだけど……向こうみたいね」
「分かるのですか?」
「ええ。魔力の流れを見れば分かるわ。それじゃあ行きましょうか」
魔力の流れを見て魔力の供給場所を特定したエリサ達はそのままその場所に向かう。
「ここね」
そして、扉を開けて部屋に入ると、部屋の奥には巨大なクリスタルが設置されていた。
「あれがそうですか?」
「間違い無くそうでしょうね。確認してみるわ」
エリサはクリスタルに近付くと、台座に触れて解析を始める。
「何か分かりましたか?」
「魔力の生産と供給を行っていたのはこの魔法道具で間違い無いわ。このクリスタルは魔力を貯蔵しておく物みたいよ」
「そうなのですね。停止させることはできますか?」
「今やっているところよ。……こんなところかしら?」
そして、台座に術式を打ち込むと、部屋の明かりがぱっと消えて、部屋が真っ暗になった。
「うわっ!? 何ですか!?」
「魔力の供給が停止したから魔力灯の明かりが消えただけよ。これを使うと良いわ」
エリサは空間魔法で魔力灯を取り出して、それをそのままアレリアに渡す。
「ありがとうございます」
「城内に魔法道具が仕掛けられているみたいだけど、回収は後で良いかしら?」
「はい。それで構いませんよ」
「それじゃああなたの一族を起こしに行きましょうか」
「……加勢しなくて良いのですか?」
それを聞いたアレリアはそんなことを尋ねる。
「ええ。戦力は十分だし、大丈夫よ。それよりも、状況の説明が必要でしょう?」
「……分かりました」
「そんなに心配しなくて良いわ。これまでも何とかして来たし、リュードランも待機させてあるから大丈夫よ」
必要な戦力は見積もって振り分けているし、万一に備えてリュードランがいつでも動けるように待機しているので、向こうのことは任せておいて問題無い。
「信頼されているのですね」
「当然よ。それじゃあ私達は私達のすべきことを……と言いたいところだけど、その前にネフィアの様子を見に行きましょうか」
「そうですね」
そして、城の地下の装置を停止させた二人はネフィアの様子を見に向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます