episode197 盗賊の正体

 その夜、俺達は襲撃対象ターゲットとなり得る馬車を尾行して、例の犯人が現れるのを待っていた。


「リメットは置いて来て良かったの?」

「ああ。彼女の実力だと足を引っ張る可能性があるからな」


 相手が実力者となると、リメットの実力では力不足だからな。今回は彼女はキーラのいる倉庫で待機させている。


「まあそれもそうだね。それにしても、中々現れないね」

襲撃対象ターゲットをある程度絞れれば良かったのだがな。そこまで調べる時間は無かったし、そもそも完全な特定が困難な以上、あまり詳しく調べる意味も無い」


 調査をして襲撃対象ターゲットを絞っておきたいところだったが、調べるほどの時間は無かったからな。

 それに、襲撃対象ターゲットを絞ることはできても、完全に特定することはできないので、そんなに調査に力を入れる意味も無い。


「それもそうだね」

「お前達、話をしていないで尾行に集中しろ」

「はーい」

「分かっている。……む?」


 と、ここで前方から馬車を狙っていると思われる何者かの気配を感じた。


「前方にいるな。建物の上だ」


 その気配から察するに、襲撃者は建物の上にいるようだった。


「……いたな」


 気配を頼りに探ってみると、襲撃者らしき人物を発見することができた。

 その人物は倉庫の上にいて、馬車を監視して機会を窺っているようだった。


「うーん……姿までは分からないね」


 襲撃者らしき人物は情報通りに黒い外套を纏っていたので、その姿を確認することまではできなかった。


「……動くぞ」


 その人物はぴょんと高く跳ぶと、そのまま馬車に向けて急降下した。

 俺とシオンはいつでも動けるようにすぐに構える。


(襲撃者は女か)


 急降下の際に襲撃者の顔が見えたが、襲撃者は二十代の女のようだった。


「うわっ!?」

「何だ!?」


 上からの急降下による襲撃で馬車は破壊されて、突然の襲撃に馬車の御者や護衛は混乱する。


「行くぞ!」


 彼女が例の人物であることが確定したので、早速、捕まえることにした。

 俺は素早く接近して、空間魔法を使って積み荷を回収していた女に短剣で攻撃を仕掛ける。


「くっ……」


 それを受けて女は回収を中止して、風魔法を使って高く跳んで逃走を試みた。


「そう簡単に逃げられると思うなよ?」


 だが、当然、逃がしたりはしない。すぐに俺も同じように風魔法を使って跳んで追い掛ける。


「面倒なのがいるね!」


 女は空中で振り返ると、俺の一撃を短剣で受け止めた。


「はっ……」

「せいっ!」


 そして、そのまま空中での戦闘になって、互いの短剣での斬撃がぶつかり合う。


「そこそこやるようだが、大したことはないな」

「くっ……」


 彼女はそこそこ速いが、この程度の速度では俺の攻撃に対応することはできない。襲撃者の女は俺の攻撃を防ぎ切れずに、短剣での一撃が直撃する。


「っ……」


 その一撃で彼女は大きく吹き飛ばされると共に、纏っていた外套が吹き飛ばされる。


「……捕縛する」


 俺達の目的は彼女を捕まえることだからな。このまま逃がすわけにはいかない。

 俺はすぐに風魔法を使って空中で跳んで追い掛けて、魔法銃の銃口を彼女に向けて撃つ。

 すると、銃口から小さなラグビーボール状の弾が放たれて、数メートルほど進んだところで弾から捕縛用の網が展開された。


 そう、今回使ったのは捕縛用の弾で、撃つと捕縛用の網が展開されるというものだ。

 魔法銃は物理的に弾を打ち出すのではなく、魔力で形成した魔法弾を打ち出す物なので、使うには専用のアタッチメントが必要になるが、それは事前に取り付けておいた。


「捕まらないよ!」


 だが、襲撃者の女は吹き飛ばされながらも体勢を立て直して、風魔法を使って上に跳んでそれを躱した。


「……手間を取らせないでくれるか?」

「それはこっちのセリフだよ!」


 そして、距離が空いたことで、戦闘は仕切り直しになった。


(シオンとアデュークは何をしている?)


 それは良いのだが、ここで一つ気になることがあった。

 そう、襲撃者の女を捕らえにここに来ているのは俺だけで、何故かシオンとアデュークが来ていなかったのだ。


「……逃がさないぞ?」

「くっ……」


 襲撃者の女は俺が考えている隙に逃げようとしていたが、もちろん逃がしたりはしない。俺はすぐにそれを追って、追撃を仕掛ける。


「仕方無いね……それじゃあ本気で行くよ!」


 襲撃者の女はそう言って風魔法を使って風を纏うと、短剣を構え直した。


「その程度では結果は変わらないな」


 それに対抗して、こちらは風属性と雷属性の複合属性の魔法で風と雷を纏う。


「はっ!」

「せいっ!」


 そして、互いに同時に相手に接近して、再び短剣での斬撃の応酬になった。


「ほらほら、行くよ!」

「……遅いな」


 先程とは比べ物にならない速度だが、それでも対応できないような速度ではない。

 俺は斬撃を確実に防ぎながら、安全なタイミングで攻撃を叩き込んでいく。


「くっ……強いね」

「本気を出していないので、そう感じるのではないか?」


 本気を出すとは言っていたが、彼女は本気を出していないようだった。

 見たところ、Bランク以上の実力はあるようなので、本気を出せばもっとやれるはずだ。


「あたしが本気を出すと、余計な被害が出かねないからね」

「ならば、さっさと降伏してくれないか? 足掻いても結果は変わらないぞ?」


 彼女がどうしようと、どうせ結果は変わらないからな。こちらとしては手間が増えるだけなので、諦めて降伏して欲しいところだ。


「結果が変わらないかどうか、試してみたらどう!」


 そう言うと、彼女はさらに攻撃速度を上げた。


「確かに、速度は上がった。だが、軽いな」


 確かに速度は上がっているが、その一撃は軽い。俺はより強い魔力を込めて、それよりも重い斬撃を正面からぶつける。


「っ……これはちょっとマズいかな?」


 俺の方が速度も威力も上回っているので、襲撃者の女は少しずつ押されていた。


「マズいといったレベルではなく、もう終わりだな」

「うぐっ!?」


 斬撃を無理に防いで僅かに体勢が崩れた隙を突いて蹴りを放つと、その一撃が彼女の腹を直撃した。

 その一撃によって彼女は大きく吹き飛ばされる。


「さて、終わりにしようか」


 この隙を突いて一気にこの戦いを終わらせることにした。

 俺は短剣に魔力を込めて、吹き飛んで行く彼女に狙いを定める。


「エリュ、ライカ、そこまでにしろ」


 だが、攻撃をしようとしたそのとき、下の方からそんな声が聞こえて来た。

 確認すると、建物の屋上にはシオンと拡声器を持ったアデュークがいた。


「何だ? と言うか、今まで何をしていた? ……って、ライカ?」


 二人が今まで何をしていたのかも気になるが、それよりもアデュークは気になることを言っていた。

 そう、それは襲撃者の女のことだと思われる「ライカ」という名前を言っていたことだ。


 ひとまず、そのことを聞いてみたいところだが、襲撃者の女に逃げられると困るので、彼女に注意を向けたまま待機することにする。


「……アデューク?」


 アデュークの姿を見た襲撃者の女は、そのことが信じられないと言わんばかりに目を見張ると、目を擦ってからその姿を再確認する。


「アデューク!」


 そして、それが決して幻影などではなく、確かにそこに存在しているということを確認したところで、彼のいる場所に向けて降下した。


「……俺も下りるか」


 俺もそれに続いてシオン達のいる場所に向けて降下する。


「アデューク! ……うわっ!?」


 襲撃者の女は建物の上に下りたところでアデュークに向けて飛び掛かるが、それを躱されて柵に激突してしまった。


「ちょっと! 何で避けるの!」

「……面倒だからだ」

「久々に会ったのに、それは酷くない?」

「アデューク、その女とは知り合いか?」


 二人で話をしているところで悪いが、まずは二人の関係を聞くことにする。


「昔ちょっとな。こいつはライカ、ただの知り合いだ」

「ただの知り合いじゃないよ! あたしは『幻影の明星ファントムブリゲード』のサブリーダーだったんだからね!アデュークとは知己の仲だよ!」


 ライカは聞かれていないにも関わらず、自慢気にそのことを話し始める。

 名前を知っている時点で知り合いなのは分かっていたが、どうやらそれなりに深い関係だったらしい。


「『幻影の明星ファントムブリゲード』か……確か、アデュークがリーダーを務めていた義賊団だったな?」


 『幻影の明星ファントムブリゲード』という組織の名前は聞いたことがある。『幻影の明星ファントムブリゲード』はアデュークがリーダーを務めていた義賊団で、数年前に壊滅したとのことだった。


「……知っていたのか」

「まあな。数年前に壊滅したと聞いたが、本当なのか?」

「……話すほどのことでもない」


 詳しいことを聞こうとしたが、あまりそのことについては話したくないのか、はぐらかされてしまった。


「そうか。それで、どうする? 騎士団に引き渡すのか?」

「えっ!? あたし捕まるの!?」


 アデュークに彼女の処遇について相談しようとしたが、それを聞いたライカは驚いた様子を見せた。


「それはまあ物を盗んだわけだからな。当然ではないか?」

「えーーっ!? そんなー……。アデューク、もちろん騎士団に連行したりはしないよね?」

「……ああ。とりあえず、倉庫に戻るぞ。話はそれからだ。ライカ、付いて来い」

「はーい」


 そして、アデュークはライカを連れて倉庫に向かった。


「とりあえず、俺達も戻るか」

「だね」


 ひとまず、話は倉庫に戻ってからすることになったので、俺達も戻ることにした。






 倉庫に戻った俺達はリメットに事情を説明していた。


「そんなことがあったのか」

「ああ。それで、どうするんだ? ルートヴィルには捕まえると言ったが、引き渡すつもりは無いんだよな?」


 ルートヴィルには犯人を捕まえると言ったが、引き渡すつもりが無いとなると、依頼を達成することができない。


「そこは交渉して何とかする」

「そうか」


 アデュークがそう言うのであれば、ここは彼に任せることにする。


「それにしても、何故アデュークはすぐに止めに来てくれなかったんだ?」


 犯人がライカだと分かった時点で止めに入って来てくれれば良かったのだが、アデュークはそうはしなかった。

 ひとまず、その理由を聞いてみることにする。


「……面倒なことになると思ったからだ」

「それで躊躇っていたのか?」

「まあな」

「ちょっと! あたしに会いたくなかったって言うの!?」

「さあ、どうなのだろうな」


 ライカの問いに対して、アデュークは曖昧な答えを返す。


「まあ俺にとってはもう過去のことだということだ」

「だからって、あたしのこと忘れようとしてたの?」

「そういうわけではない。俺にも今があるということだ」

「……シオン、リメット」

「うん」

「ああ」


 久々に会ったということもあり、積もる話もあるようなので、ここは二人だけで話をさせてやることにした。

 シオンとリメットは俺の意図を汲み取って、それに合わせて動き始める。


「アデューク、俺達は先に休んでおくぞ」

「分かった」


 そして、俺達は寝巻に着替えたところで、すぐに寝袋に潜って眠りに就いた。






 翌日、俺達はルートヴィルのいる奴隷商館に来ていた。今回も昨日と同じように応接室に案内されている。


「それで、今日は何の用だ?」

「今日は報告をしに来た」

「何の報告だ?」

「昨夜、今回の騒動の犯人を捕まえたので、その報告をしに来た」

「もう捕まえたのか?」


 それを聞いたルートヴィルは驚いた様子を見せながら確認して来る。


「ああ。彼女が今回の騒動の犯人だ」


 俺はライカに視線を向けて、彼女が犯人であることを示す。


「……本当か?」

「ああ。これが証拠となる盗品だ」


 俺とアデュークは空間魔法を使って、ライカから回収しておいた盗品を取り出す。


「見ただけでは分からないだろうから、盗品のリストと照らし合わせて確認してくれ」

「……分かった。後で確認しておこう」

「それと、一つ頼みたいことがあるのだが、良いか?」

「何だ?」

「……アデューク」


 昨日、アデュークが自分で交渉をすると言っていたからな。ここは全て彼に任せることにする。


「頼みというのはライカの扱いについてだ」

「ふむ、どうして欲しいんだ? ひとまず、言ってみろ」

「では、単刀直入に言おう。ライカを騎士団には引き渡さないでくれるか?」


 アデュークは早速ライカの扱いに関しての交渉に入る。


「ふむ……それで、どうするつもりなんだ?」

「こちらで身柄を預かっておく。もちろん、もう活動させないし、帰る際にワイバスまで連れ帰るつもりだ」

「連れ帰るとは言うが、そもそもそいつとはどういう関係なんだ?」


 それを聞いたルートヴィルは二人の関係を尋ねる。

 まあ普通は赤の他人を連れ帰るとは言わないだろうからな。二人には何かしらの関係があると思うのも当然か。


「ただの知り合いだ」

「それで騎士団には引き渡して欲しくないと?」

「まあそういうことだ。お前の目的は騒動の収拾だろう? 見たところ、騎士団に引き渡すことに拘ってはいないようだし、これでも目的は果たされると思うが?」


 ルートヴィルは犯人を捕まえろとは言っていたが、その目的は騒動の収拾だ。

 なので、アデュークの提案を受けても彼の目的は果たされることになる。


「確かに、それでも私の目的は果たされる。だが、それだと私にメリットが無いように思えるが?」


 だが、ルートヴィルの言うように、彼にはアデュークの提案を受けるメリットが無いように思えた。


「果たしてそうかな?」

「と言うと?」

「騎士団と俺達、どちらに恩を売っておいた方が得かという話だ」


 ここからどう交渉するのかと思ったら、アデュークはルートヴィルに対してそんな選択を突き付けた。


「……良いだろう」


 ルートヴィルは少し考えた後、アデュークの提案を受け入れた。


「では、これで交渉成立だな。それで、リコットについては何か分かったのか?」

「いや、昨日依頼されたばかりだからな。まだ調べられていない」

「そうか」


 残念ながら、リコットの居場所についてはまだ分かっていないらしい。


「その件に関しては分かり次第、使いの者を送ろう」

「分かった。では、帰るぞ」

「ああ」


 そして、ルートヴィルへの報告を終えたところで、俺達は奴隷商館を後にした。






 エリュ達が去った後の奴隷商館では、いつものように営業が行われていた。

 ルートヴィルはいつものように部屋で事務作業をしている。


「今よろしいでしょうか?」


 事務作業をしていると、従業員が部屋の扉をノックして入室の許可を求めて来た。


「構わん。入れ」

「失礼します」


 許可を出したところで従業員が部屋に入って来る。


「こちらが報告書になります」

「ふむ、ご苦労」


 ルートヴィルは報告書を受け取って、それをそのまま机の上に置く。


「それにしても、あっという間に解決しましたね。ルートヴィル様はこれを見越して依頼したのですか?」

「少なくとも、騎士団よりは早く解決できただろうからな。流石にここまで早く解決するとは思っていなかったが」


 騎士団よりも確実に、かつより早く解決できるとは思っていたが、ルートヴィルもここまで早く解決するとは思っていなかった。


「それにしても、あれで良かったのですか?」

「騎士団に少しの恩を売るよりも、奴らを敵に回す方が面倒だと思っただけだ」


 ルートヴィルにとって一番面倒なことは、エリュ達を敵に回すことだった。断ったことで敵に回るほどのことにはならないだろうが、友好的に接しておいた方が何かと都合が良い。


「それに、あれを断ると余計に面倒なことになる可能性があったからな」

「面倒なこととは?」

「一番面倒なのは奴らと騎士団が衝突することだな。そうなっては本末転倒だ」


 ルートヴィルの懸念はエリュ達と騎士団が衝突することだった。

 そうなると、余計に騒ぎは大きくなってしまうので、本末転倒になってしまう。


「それで、彼らの提案を受けたと」

「まあそんなところだな」

「そうでしたか。それでは、私はそろそろ失礼します」


 報告書の提出が済んだ従業員は部屋を後にして業務に戻る。


「さて、私はこれの確認だけして、リコットとやらの調査を進めるか」


 そして、ルートヴィルは先程の従業員から受け取った報告書の確認を始めた。

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