episode194 酒場での賭け

 酒場中が盛り上がる中、俺と男との賭けが始められようとしていた。


「さて、改めてルールを確認しておこう。ゲームはコイントスだ。この男がコイントスを行って、その後に俺がその裏表を当てる。そして、俺が五回当てれば俺の勝ち、俺が一回でも外せばこいつの勝ちだ。間違いは無いな?」

「ああ。それで良いぞ」

「では、始めるか」


 ルールの確認が終わったところで、早速、賭けを始めることにした。

 俺は袋から一枚の金貨を取り出して、それを男に渡す。


「…………」


 だが、金貨を受け取った男は注意深くその金貨を確認していた。


「……何だ? 俺が何か仕込んでいるとでも思っているのか?」

「当然だ。何をされるか分からないからな」


 どうやら、彼はイカサマを警戒しているらしい。


「そんなに気になるのであれば、自分のコインを使ったらどうだ?」


 俺はコインに仕掛けをするつもりは無いからな。こちらとしてはコインは向こうに用意してもらっても問題無い。


「……そうさせてもらう」


 男はそう言って金貨をこちらに返すと、自分の持っていたコインを取り出した。


「確認させてもらうぞ」

「ああ。良いぞ」


 何か仕込まれていると困るので、コインを渡してもらって確認する。


(特に何も仕込まれてはいないな)


 確認してみたが、コインには特に何も仕込まれていなかった。

 確認が終わったところで、男にコインを返す。


「では、始めるぞ?」

「ああ」


 そして、遂に俺と男との賭けが始められた。男が親指に乗せたコインを弾いて、一回目のコイントスが行われる。


 弾かれたコインは真上に飛んで、二メートルほどの高さにまで浮かび上がると、その下にある男の左手の甲に吸い込まれるように落下し始めた。


「……さあ、どっちだ?」


 そして、左手の甲の上に落下したコインを右手で隠したところで、そのコインの裏表を尋ねて来る。


「……表だ」


 俺は表を宣言する。


「…………」


 俺が宣言したところで、男は全員がコインの裏表を確認できるようにゆっくりと右手を退けた。


「……表だな」


 確認すると、コインは俺が宣言した通り表だった。


「おおーー!」

「当てたぞ!」


 それを見た周りの者は喚声を上げて盛り上がる。


「まだ一回当てただけだ。ゲームはまだ四回ある」


 男は裏表を当てられてしまったが、まだゲームは四回あるからなのか余裕を見せている。


「そうだな。では、さっさと次を始めるか」

「言われなくてもそのつもりだ」


 観戦者達の興奮が冷め止まぬ中、すぐに次のゲームが始められた。

 男は先程と同じようにコイントスをする。


「……裏だ」


 俺は今度は裏を宣言する。


「……また当てたか」


 二回目のコイントスの結果は裏だった。

 その結果を見た観戦者達は喚声を上げてさらに盛り上がる。


「……どうした?」


 男は何かを気にした様子でこちらを見ていた。

 その理由におおよそ察しはつくが、揺さぶりを掛ける意味も込めてそのことについて尋ねてみる。


「……何でも無い」

「そうか」

「……おい」


 ここで男は仲間を呼んで小声で何かを話し始める。


(一応、話を聞き取ってみるか)


 何を話そうとしているかは大体分かるが、一応、話の内容を聞き取ってみることにした。

 俺は聞き耳を立てて男達の話の内容を聞き取っていく。


「お前達、気付いたか?」

「ああ。あの余裕、間違い無い。奴は何か仕組んでいるな」


 思った通り、彼らは俺のイカサマを疑っていた。


「あの条件で勝負を受けた時点で何かおかしいと思ったんだ」

「このままだと負けるのか?」

「とにかく、奴の動きをよく見ておけ。分かったな?」

「ああ」


 そして、俺の動きをよく見ておくよう指示したところで、彼らは解散した。


「……話し合いは済んだか?」

「余裕振りやがって……すぐに吠え面かかせてやる!」


 男は焦りを隠すようにそう言うと、コインを弾いて次のゲームを始めた。


「さあ、どっちだ?」

「裏だ」

「……チッ」


 コイントスの結果は俺の宣言通り裏だった。

 これで俺は三勝なので、後二勝すれば俺の勝ちだ。


「このまま行けば、あいつが勝つんじゃないか?」

「俺はあいつが勝つ方に賭けるぜ!」


 それを見た観戦者達の盛り上がりはさらに加速して、彼らの間で別の賭けも始まっていた。


「やっぱり、お前何か仕組んでんじゃねーか!?」


 だが、ここで男は声を上げながらテーブルを叩いて勢い良く立ち上がった。


「何も仕組んでいないぞ?」


 それに対して、俺は正直に何も仕組んでいないと答える。


「お前はここまで勝ったのが偶然だと言うのか!?」

「確率は八分の一だろう? 偶然、起こってもおかしくはない確率だとは思うが?」


 コイントスの裏表を三回連続で当てる確率は八分の一なので、確率的にはイカサマを疑うほどのものでもない。


「まあ勝負師の勘というやつだな」

「……エリュは堅実だし、勝負師とは真逆だと思うが?」


 外野からそんな言葉が飛んで来るが、それはスルーしておく。


「……お前ら、何か分かったか?」

「いや、何も」

「何かしてるようには見えなかったぞ」


 男達はイカサマを疑って話をしているが、俺はイカサマをしていないので完全に無駄話だ。


「どうした? 最初の頃と比べて、明らかに余裕が無くなっているようだが?」


 最初の頃は余裕を見せていた彼らだったが、もうその余裕は完全に消え去っていた。

 もちろん、この機会を逃す俺ではない。ここで彼らを崩すために挑発気味な言動でさらに揺さぶりをかける。


「うるせえ! おら、次行くぞ!」


 男は俺の挑発に対して声を荒らげると、コインを弾いて次のゲームを始めた。


「さあ、裏か表か……どっちだ!」


 余裕が無くなって来たからなのか、男は迫るようにして答えを聞いて来る。


「裏だ」

「…………」


 俺が裏を宣言すると、男は少し緊張した様子でゆっくりとコインを隠している右手を退けた。


「っ!」


 コインはまたしても俺の宣言通りに裏だった。

 男は感情を抑え切れずに、勢い良く腕を振り上げて握った拳でテーブルを叩く。

 また、その際に左手の甲の上に乗っていたコインが飛んで行ってしまった。


「また当てたぞ!」

「おいおい……本当にあいつが勝つんじゃねえか?」


 後一勝というところにまで迫って、観戦者達の盛り上がりは最高潮に達していた。


「お前、何かやってるだろ!」

「何度でも言うが、俺は何も仕組んでいないぞ?」


 彼らはまだイカサマを疑っているようだが、先程も言ったように俺は何もしていない。


「イカサマだと言うのであれば、証拠を出すことだな」


 さらに、ここで外野からそんな声が飛んで来た。


「……アデュークか。用は済んだのか?」

「まあな」


 声がした場所から人込みを掻き分けて現れたのはアデュークだった。

 どうやら、情報収集が済んで、こちらの様子を見に来たらしい。


「ほら、コインだ」


 ここでアデュークはそう言って右手に持っていたコインを弾いて飛ばして来た。


「ふむ、先程のコインか」


 確認すると、それは男が腕を振り上げた際に飛んで行ったコインだった。

 コインはちょうど彼の方に飛んで行っていたので、ついでに拾っていてくれたらしい。


「何だお前は?」

「部外者は黙ってろ!」


 男達は口を出して来たアデュークに対して、邪魔をするなと言わんばかりに文句を言う。


「……この街でのルールは分かっているな?」


 それに対してアデュークは特に言い返すことは無く、男達に対してそう尋ねた。


「「「…………」」」


 だが、男達はそれに答えることなく黙り込んでしまった。


「分からないのであれば教えてやろう。ルールは二つ。賭けの内容は両者の合意の下で決定される。不正を指摘された場合はその時点で敗北とする。以上だ」


 そして、アデュークはこの街でのルールとやらを説明した。

 どうやら、この街なりの賭けに関するルールがあったらしい。


「……アデューク」

「何だ?」

「それだと、不正をしてもバレなければ良いというように聞こえるのだが?」


 アデュークは「不正を指摘された場合」と言ったが、普通は「不正が発覚した場合」といったような言い方をするのが普通だ。

 この言い方だと、不正をしてもバレなければ良いと言っているように聞こえる。


「ああ、そうだぞ。不正に気付けなかった方が悪いということだな」

「そうか」


 つまり、イカサマを見抜けるかどうかも実力の内ということか。


「まあそういうことだ。イカサマを疑うのであれば、証拠を出すことだな」

「そうだそうだ!」

「証拠を出せー!」


 観戦者達はアデュークに同意して、それを後押しする。


「……そろそろ始めないか? 皆待っているぞ?」


 観戦者が待っているので、さっさと次のゲームを始めることにした。

 俺はアデュークから受け取ったコインを男に渡す。


「……そうだな」


 これ以上、話をしても無駄だと分かったのか、最後のゲームを始めることにしたようだった。

 男は親指にコインを乗せてコイントスをする。


「……さあ、どっちだ?」

「……表だ」


 俺は今度は表を宣言した。


「…………」


 そして、観戦者達が固唾を呑んで見守る中、コインの裏表を確認するために右手が退けられた。

 確認すると、コインは俺の宣言通りに表だった。


「……俺の勝ちだな」


 これで五勝なので、賭けは俺の勝ちだ。


「うおおーーー!」

「あいつが勝ったぞ!」


 その結果を見た観戦者達は一斉に喚声を上げて沸き上がった。


「では、約束通りこれはもらって行くぞ」


 そして、観戦者達の喚声が止まぬ中、俺は賭け金である硬貨の入った袋を回収して席に戻った。


「楽勝だったね」

「そうだな」


 完全にこちらの手の平で転がすことができたからな。シオンの言うように簡単に勝つことができた。


「さて、夕食にするか」

「そう言えば、それがメインだったね」


 ここに来た目的は夕食を摂ることだからな。賭けをしている間に料理は届いていたので、さっさと夕食を摂ることにした。


「あのー……」


 だが、夕食に手を付けようとしたそのとき、最初に男と賭けをしていた少女が俺達に話し掛けて来た。


「む、何だ?」

「いえ、どうすれば良いのかお聞きしようと思いまして」

「……ああ、そうか」


 彼女の身柄も賭けの対象だったからな。先程の賭けで彼女は俺の物になったということになるので、所有者である俺の指示を待っていたらしい。


「お前の所有権は放棄する。自由にして良いぞ」

「えっと……良いのですか?」


 俺の返答が余程、想定外だったのか、少女はぽかんとしながらそんなことを確認して来た。


「元々そのつもりだったからな。帰って良いぞ」


 元々彼女のことは解放するつもりだったからな。彼女の処遇に関してはそれで問題無い。


「折角なら夕食も摂って行くか?」

「いえ、そこまでしていただくには……」


 夕食を一緒に摂らないかと誘うが、少女は遠慮してそれを断ろうとする。


「そのぐらいは気にするな。これがメニューだ」


 このままだと断られ続けそうなので、俺は少女に押し付ける形でメニュー表を渡した。


「……分かりました」


 そして、断ってもこちらが諦めることはないと悟ったのか、少女は諦めてメニュー表を見始めた。


「そう言えば、何でコインの裏表が分かったのですか?」


 と、ここで少女が先程の賭けでのトリックがどんなものだったのかを尋ねて来る。


「普通に見て答えただけだ」


 だが、俺はトリックと言うほどのものなど使っていない。普通に見て、裏表を確認して答えただけだ。


「どういうことですか?」

「普通にコインの動きを見て答えただけだ。あの程度であれば、目で追えるからな」

「目で追えるって……あの速度で回転するコインをですか?」

「そうだが?」


 コイントス程度であれば、問題無く目で追える速度だからな。

 普通に動きの速い実力者の攻撃を見切るよりも簡単だし、この程度であれば余裕だ。


「……できて当たり前みたいに言っているが、普通はできないからな?」

「そうか? リメットは分からなかったのか?」


 リメットはCランククラスの実力はあるからな。彼女の実力であれば見切ることは不可能では無いはずだ。


「……逆に聞くが、シオンとアデュークは分かったのか?」

「もちろん!」

「当然だ」

「……実力者ってこんなものなのか……?」


 リメットは頭に手を当てて、自分の中の常識を再確認する。


「まあもっと実力を付ければ、自然と見切れるようになるはずだ」

「……だと良いけどな」

「ところで、何故お前はあいつらと賭けをしていたんだ?」


 食事中は暇なのと、少々気になるので、夕食を摂りながらここで賭けをしていた理由を聞いてみることにした。


「酒場の近くを通ったところで、あの人達に賭けを申し込まれたのです。後はあなた方の知る通りです」

「十万セルトのためにあの条件を呑んだのか? どう考えても割に合わないと思うが?」


 奴らが賭けていた金額はたったの十万セルトだ。どう考えてもこちらの出した条件に見合う金額ではない。


「十万セルトもあれば当分みんなで暮らしていけますし、賭けの条件も有利だったのでつい……」

「他に一緒に暮らしている者がいるのか?」

「はい。孤児で集まって暮らしています」


 どうやら、彼女は孤児らしく、他の孤児と一緒に協力して暮らしているらしい。

 言われてみれば彼女の服はボロボロで、身なりはあまり良くないからな。孤児であることにも納得だ。


「そうか。……今日は好きなだけ食べろ。代金はこちら持ちなので、遠慮無く頼むと良いぞ」

「ですが、他のみんなに悪いですし、私だけいただくわけにも……」


 好きに注文するよう伝えるが、自分だけ食べるのは他のメンバーに申し訳ないと、かなり遠慮気味だった。


「では、持ち帰りのメニューを頼むか? それなら全員分頼めるぞ」


 だが、それならば全員分注文すれば良いだけの話なので、俺は持ち帰りのメニューを注文することを提案した。


「良いのですか? かなりの金額になると思いますが……」

「問題無い。好きなだけ頼め。それで、暮らしているのは何人だ?」

「二十人です」

「そうか。では、持ち帰りのメニューから二十人分頼むと良い」

「分かりました」


 そして、少女はメニュー表を見て注文する料理を選び始めた。


「では、俺達はさっさと食べるか」

「だね」


 既に料理が届いている俺達は、彼女が注文した料理が届き次第すぐに出られるように、さっさと夕食を済ませてしまうことにした。

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