episode162 動き出すルートライア家

 エリュがエリサ達に合流した次の日、ルートライア家では各組織の代表が集まって、調査結果の報告会が行われようとしていた。


「揃っているな。では、始めるぞ」


 最後にルートライア家の当主であるオールドイスが席に着いたところで、報告会が始まった。


「まずは地下闘技場及び商業施設の復興状況を報告しろ」

「はい。地下闘技場の復興に関してですが、まずは崩落した天井を直していたのと、命令通りに商業施設の復興を優先していますので、地下闘技場本体の復興は進んでいません」


 地下闘技場よりも商業施設の復興を優先しているので、地下闘技場の復興は進んでいなかった。

 もちろん、それはオールドイスの指示によるものだ。

 地下闘技場の営業を再開するには闘技場本体を直すだけでなく、魔物を捕まえ直したり刻印兵を用意したりする必要がある。

 つまり、どの道すぐには再開できないので、闘技場の復興は後回しにしているのだ。


「そうか。商業施設の方はどうだ?」

「商業施設は崩落した場所とその周辺の区画は閉鎖していますが、それ以外の区画は通常通り営業しています」


 崩落した区画は当然ではあるが閉鎖して営業停止、その周辺の区画も同様だ。

 だが、それ以外の区画は営業可能なので、他の区画では通常通り営業している。


「裏マーチャット商会の方はどうなっている?」

「地下闘技場の上にある商業施設で営業していた区画は全滅したが、被害を受けたのはそこだけだ。だが、裏マーチャット商会の在庫やメインの拠点をそこに置いていた分被害は甚大で、ほとんど機能が停止した。今はメインの活動場所を移しているが、他の勢力の台頭もあって復旧まではだいぶ時間が掛かるな」


 裏マーチャット商会は商業施設にメインの拠点を置いて活動していたので、壊滅と言っても良いほどの甚大な被害を受けていた。

 さらに、これまで裏ルートの流通において覇権を握っていた裏マーチャット商会の陥落を他の同業者が見逃すはずも無く、ここで覇権を握ろうと一斉に台頭し始めているので、復旧はますます困難になっていた。


「おおよそ予想通りか。では、次は襲撃者について分かったことを報告しろ」

「はい。調査しましたが、やはり襲撃者はハイスヴェイン家の組織の者でした」


 地下闘技場の襲撃者に関しては改めて調査をしたが、結果は当初と変わらず襲撃者はハイスヴェイン家の組織の者で間違い無かった。


「逃げた奴らについては何か分かったか?」

「いえ、残念ながら行方不明になっているということしか分かりませんでした」

「行方不明? ハイスヴェイン家の奴らにも分かっていないのか?」

「はい。ハイスヴェイン家の方でも彼らのことを探しているようです」


 逃走した襲撃者に関しては行方不明になっていて、ハイスヴェイン家の方でも探していた。

 不可解な話ではあるが、当然、彼らはアーミラが操っていたことを知らないので、そうなるのも当然だった。


「……やはり、第三者によるものと見て間違い無さそうだな」


 話を聞いてオールドイスは襲撃が第三者によるものだと半ば確信する。


「やはり、エンドラース家の仕業なのでしょうか?」

「その可能性は高いが、決定的な証拠が無い」


 しかし、それを決定付ける証拠となる物は何一つ無かった。

 あるのはハイスヴェイン家の仕業に見せかけた第三者の犯行の可能性が高いという、状況証拠的なものだけだった。


「二日前の襲撃のことについては分かっているのか?」


 二日前の襲撃というのはエリュ達が別行動の際に行った襲撃のことだ。

 その襲撃ではルートライア家の配下の組織の一つが襲撃されて全滅した。


「いえ、二日前の襲撃の襲撃者に関しては不明です」


 もちろん、その件に関しても調査は進めているが、そちらについてはまだ何も分かっていなかった。


「エンドラース家の動きは?」

「調べた限りでは動きは見られませんでした」

「そうか。となると、やはりルミナの送り込んだ刺客の可能性が高いか」


 ハイスヴェイン家の仕業に見せかけるメリットがあるのはエンドラース家なので、エンドラース家の仕業の可能性が一番高いが、そうでないのであればルミナが送り込んだ刺客の仕業である可能性が高かった。


 その手口までは分からないが、ルミナの刺客となれば只者では無い可能性が高いので、何かしらの細工ができたとしてもおかしくはない。


「何か手を打ちますか?」

「そうだな……では、こちらから動くことにするか」

「分かりました。どう致しますか?」

「エンドラース家の裏組織を一気に叩き潰す」


 そして、オールドイスが考え出した作戦はエンドラース家を潰すことだった。


「エンドラース家を潰すのですか? 現在の当主のセミアスは無能ですし、このままハイスヴェイン家と争わせる方が得策だとは思いますが?」


 エンドラース家はハイスヴェイン家と争っていて、さらに現在のエンドラース家の当主であるセミアスは無能なので、このまま争わせておいた方が何かと都合が良い。


「確かにそうかもしれないが、一番困るのはルミナに介入されることだ。そうなる前にエンドラース家を叩き潰す」


 エンドラース家自体は割とどうにでもなるが、問題はルミナだった。

 ルミナは家を離れてワイバートの者になっているが、元居たエンドラース家を利用して動いて来る可能性がある。

 なので、そうなる前にエンドラース家の戦力を削っておくことにした。


「分かりました。具体的にどう致しますか?」

「エンドラース家の裏組織に一斉に襲撃を掛ける。実行は今夜だ」

「今夜ですか? 流石にそれは早すぎませんか?」


 一斉襲撃となるとそれなりに準備が必要で時間が掛かるので、夜までに準備を整えるのは難しい。

 なので、せめて数日は準備の時間が欲しいところだった。


「準備に時間を掛けると感付かれて例の刺客に妨害される可能性がある。準備は万端でなくても良い。今夜に仕掛けるぞ」


 しかし、準備に時間を掛けると感付かれてしまう可能性があるので、万全の準備が整わないことを承知の上で今夜の内に仕掛けることにした。


「これから襲撃計画を立てる。お前は各所に襲撃の準備をするよう伝えろ」

「畏まりました」


 指示を受けて『護邸近衛団バトルサーヴァント』のリーダーのメイドはすぐに行動に移る。


「では、始めるぞ」


 そして、ルートライア家では襲撃計画についての会議が始められた。






 ルートライア家で会議が行われた次の日、俺は今日も元奴隷達と模擬戦をしていた。

 今相手にしているのはルピア、アルフ、レビットの三人だ。

 流石に一度に全員の相手をして指導するのは難しいからな。三、四人ずつに分けて模擬戦を行っている。


「はぁっ!」

「せいっ!」

「はっ……」


 アルフとレビットは二人同時に仕掛けて来るが、俺はそれを適当な金属で作った木刀のような形状の物を使った斬撃で防ぐ。

 適当な金属で作った物を使っているのは、模擬戦だとこのぐらいの物がちょうど良いからだ。

 木刀だとすぐに折れてしまうし、普段使っている刀だと確実に怪我をするからな。わざわざ作ってまで用意したのだ。


「チッ……中々近付けないな」

「まあこれでも普段は刀を使っているからな!」

「ぐわっ!」

「うわっ!?」


 俺は攻撃の隙を突いて、横薙ぎの斬撃を放って二人を纏めて吹き飛ばす。


「まだ行くぞ?」


 もちろん、これだけで終わるつもりは無い。そのまま吹き飛んで行く二人を追い掛けるようにして接近して、追撃を仕掛ける。


「このぐらいは……」

「余裕です!」


 だが、二人は吹き飛ばされながら空中で体勢を立て直した。


「行きます!」


 さらに、それと同時にルピアが火魔法を使って形成した炎の槍を飛ばして来る。


「少しは成長しているようだが、その程度では俺には通用しないな」


 だが、その程度の攻撃は俺には通用しない。必要最低限の動きで炎の槍を躱して、武器に風属性の魔力を込めて斬撃を放つ。


「きゃっ!」

「ぐっ……」

「うわっ!?」


 すると、それによって発生した爆風で三人は斬り裂かれて吹き飛ばされた。


「……大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「この程度の攻撃なら余裕だ」

「私もです」


 三人とも俺の風魔法による攻撃を受けたが、魔力強化による防御があるので無事だった。


「とりあえず、三人とも着替えろ」


 だが、無事だったのは身体だけで、服はそうでは無かった。

 三人とも俺の攻撃によって服は破けてほとんど残っておらず、見えてはいけないところも見えてしまっている。


「エリサ、着替えを出してくれ」

「分かったわ」


 すぐにエリサは着替えを取り出して三人に渡す。


「エリサ、少し良いか?」

「何かしら?」

「ある程度丈夫で耐性のある魔法装備を作らないか? どうせその内必要になるだろうし、模擬戦をする度にこうなるのはどうかと思うが?」


 どうせそれぞれに合った魔法装備を作ることにはなりそうだからな。そうなるのであれば先に作っておいた方が良いように思える。


「魔法装備は確かに作っておきたいけど、必要な素材が無いでしょう?」

「それは分かっている」


 素材があるのなら迷わず作っているからな。もちろん、そのことは分かっている。


「だったら、どうするつもりなのかしら?」

「素材が無いなら手に入れるまでだ」


 だが、素材が無いのであれば買うなり狩るなりして手に入れれば良いだけの話だ。


「それならアーミラに取りに行かせるのが良さそうね。食料も必要だし、ちょうど良いわ」

「そうだな」


 服を作るための素材はもちろんのことだが、それ以外にも食料が必要だ。

 食料はかなり多めに持って来ていたが、もちろん二十人も増えることなど想定していなかったので、このままだと食料が足りなくなる。

 なので、食料を手に入れるついでに服を作るのに必要な素材を手に入れるというのが、一番良さそうだった。


「アーミラには後でこのことを伝えておくわ。とりあえず、あなたはこのまま彼女達の相手を頼むわね」

「それは構わないのだが、他の三人に相手させるという選択肢は無いのか? 必ずしも俺が相手する必要は無いと思うが?」


 刻印術式の調整具合を確認しているエリサはともかくとして、他の三人であれば誰が相手しても良いはずだ。

 なので、必ずしも俺が相手する必要は無いように思える。


「あなたに相手をさせているのはそれが一番都合が良いからよ」

「都合が良い?」

「ええ。アーミラはうっかりやりすぎる可能性があるし、リメットだと力不足よ。だから、相手をさせるとしたらあなたかシオンになるわ」


 確かに、アーミラはうっかり加減をし損ねてやりすぎる可能性があるし、リメットだと刻印術式で強化された元奴隷達を相手にするには力不足だ。

 なので、エリサのその言い分は分かる。


「それで、シオンに相手させない理由は何だ?」

「どちらかと言えばあなたの方がうまくできそうだったからよ」

「なるほどな」


 まあそれなら分からなくもない。


「だが、そこまで強い理由は無いし、それならシオンに相手させたので良くないか?」

「何故かしら?」

「魔法装備を作ってからなら問題無いが、今の状態だとな……」


 そう言いながら着替えている三人に視線を移す。


「それが何か問題があるのかしら?」

「いや、どう見ても問題あるだろ」

「本人達が気にしていないし、別に良いんじゃないかしら?」

「……そうか?」


 アルフとレビットはそこまで気にしてなさそうだが、ルピアは割と気にしているように見える。


「多少見られるのは仕方無いし、あたしはそこまで気にしてないぞ。ただ、あまり意識して見られるとな……」

「そうですね」

「……見られてしまうのは仕方が無いかもしれませんが、恥ずかしいのであまり見ないで欲しいです」


 思った通り、アルフとレビットの二人はそこまで気にしていないようだったが、ルピアはそうでは無かった。


「……だそうだが?」

「あら、そうなのね」


 だが、エリサはそれを聞いても無関心といった様子だ。


「……普通にシオンに相手をさせれば良くないか?」

「女の子だけじゃなくて男の子もいるのよ? あまり見たくない物もあるでしょうし、あなたが相手した方が良いと思わない?」

「いや、シオンなら気にしないと思うぞ?」


 元々俺とシオンは一つだったしな。その点に関しては問題無い。


「と言うか、それなら男は俺が、女はシオンが相手すれば良くないか?」


 それに、そのことを気にするのであれば別々に相手すれば良いだけの話だ。


「でも、わざわざ相手を変えるなんて面倒でしょう?」

「それはそうかもしれないが、理由が弱くないか?」

「別にあなたが困ることは無いし、そこまで問題かしら?」

「普通に俺も困るのだが?」


 見られる彼女達はもちろんのこと、俺も目のやり場に困ると言うかだな……。


「もう全員の裸を見ちゃっているし、今更じゃないかしら?」

「そういう問題か?」


 そういう問題ではないと思うが、これ以上このことについて言及しても仕方が無さそうなので、もうこの話は切り上げることにする。


「何だよ? 別に気にしないって言ってるだろ?」

「……アルフは見られたいのか?」

「……まあ助けてもらったし、見たいって言うなら断らないぞ」


 そう言うと、アルフは少し頬を赤らめながらこちらから視線を外した。


「……あら、連絡ね。盛り上がっているところで悪いけど、ちょっと待ってくれるかしら?」

「……別に盛り上がっているわけでは無いのだが?」


 と、ここでエリサの端末に連絡が入ったので、ひとまず通信が終わるまで待つことにする。


「どうしたんだ?」


 通信が終わったところでエリサにその内容を尋ねてみる。


「ルミナから重要な連絡があるそうよ」

「重要な連絡?」

「ええ。内容はまだ聞いていないから、これから話をしに行くわ。とりあえず、模擬戦は中断して洞穴に戻るわよ」

「分かった」


 そして、連絡を受けた俺達はルミナと直接、連絡を取るために洞穴に戻った。






 洞穴に戻ると、シオン、アーミラ、リメットの三人が専用の通信機の前で待機していた。


「来たね」

「ああ。早速、繋いでくれるか?」

「分かったよ」


 洞穴に戻ったところで、早速、専用の通信機を使ってルミナと通信をする。


「聞こえているかしら?」

「ああ。ちゃんと繋がっているぞ」

「そのようね」

「それで、重要な連絡とは何だ?」


 通信が繋がったところで、早速、本題に入る。


「昨夜、ルートライア家によってエンドラース家の裏組織が一斉に襲撃されたわ」

「ルートライア家が?」

「ええ。恐らく、あなた達の動きを見て私に介入される前に潰そうとしているのだと思うわ」

「なるほどな」


 ルートライア家からすれば、ルミナに介入されるとエンドラース家を潰すことが難しくなるからな。

 俺達の動きを見て、危機感を覚えて動いたという可能性は考えられる。


「それで、ルミナさんはどうするつもりなんだ?」

「直接リグノートに向かってエンドラース家に介入するわ」

「そうか。俺達はどうすれば良い?」

「あなた達もリグノートに向かってもらうわ」

「俺達も、か」

「何か問題があるのかしら?」

「ああ、ちょっとな」


 ここでルミナに地下闘技場の奴隷だった者達の面倒を見ていることを説明する。


「そうなのね。それなら、面倒を見る側とリグノートに向かう側とで別れると良いわ」

「分かった」

「到着時刻は目処が立ったら連絡するわ。それじゃあ通信を切るわね」

「ああ」


 そして、話が纏まったところで、通信を切った。


「……それで、どうする?」


 この五人を二手に分ける必要があるが、ここはエリサにどうするのかを決めてもらうことにする。


「そうね……それじゃあエリュとアーミラでリグノートに向かってくれるかしら?」

「分かった。アーミラ、準備するぞ」

「分かったよ」


 そして、俺とアーミラはいつでもリグノートに向かえるように準備を整えることにした。

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