episode160 地下闘技場襲撃の報告

 地下闘技場襲撃の件はすぐにルートライア家の当主であるオールドイスの耳にも入った。


「地下闘技場が襲撃されただと?」

「はい。地下闘技場が何者かの襲撃に遭い、商業施設も崩落したようです」


 リグサイドの各所から連絡を受けた『護邸近衛団バトルサーヴァント』のリーダーのメイドが概要を説明する。


「現時点で分かっているだけの情報を教えろ」

「はい。地下闘技場が十数人の集団に襲撃されて天井が崩落して、地下闘技場と商業施設に大きな被害が出ました」

「襲撃者は全員始末したのか?」

「いえ、少なくとも二人には逃げられました」


 「少なくとも」と言ったのは、闘技場で暴れていた二人については逃げられたことが分かっているが、内部に侵入した三人のことについては分かっていなかったからだ。


 そう、エリュとシオンは崩落の混乱に紛れて、リメットは闘技場を経由せずに外に出たので、気付かれていなかったのだ。


「そうか。どの程度の被害が出ている?」

「地下闘技場は使い物にならない状態で、商業施設は裏マーチャット商会が保有する区域が全滅しました」


 攻撃を受けた上に瓦礫が落とされた地下闘技場が壊滅してしまったのはもちろんのこと、商業施設の裏マーチャット商会が保有する区域はごっそりと崩落してしまったので、被害は甚大だった。


「地下闘技場は内部もやられたのか?」

「そこまではまだ確認が取れておりません。今すぐに確認するよう指示を出しますか?」

「いや、そこまではしなくて良い。襲撃者については何か分かっているのか?」

「はい、既に判明しています。襲撃者はハイスヴェイン家の配下の組織の者です」

「ハイスヴェイン家……?」


 それを聞いたオールドイスは首を傾げる。

 だが、彼がそのことに疑問を抱くのも当然だった。

 と言うのも、ハイスヴェイン家はエンドラース家を先に潰そうと動いているはずなので、このタイミングでルートライア家に対して仕掛けて来るとは思えないからだ。


「間違い無いのか?」

「はい。報告によるとそのようです」

「…………」


 再度確認を取ったオールドイスは考え込む。


(どういうことだ?)


 状況的にはハイスヴェイン家の者の仕業とは考えにくいが、ハイスヴェイン家の者が襲撃を行ったという事実がそこにはあった。


(他の組織の者が依頼したとは考えにくい。やはり、ハイスヴェイン家の仕業か?)


 他の組織の者からの依頼という可能性もあるが、その可能性は限り無くゼロに近かった。

 と言うのも、そのような依頼をされても受けるはずが無いからだ。


 そもそも、ハイスヴェイン家はエンドラース家と争っている状況なので、ルートライア家にまで手を出している余裕は無い。


 それに、この国の最大勢力であるルートライア家が運営する地下闘技場の襲撃となると、かなりの戦力を必要とする。

 そんな余裕の無い状況で戦力を割いてまで地下闘技場に手を出すかと言えば、答えは否だ。


(となると、現時点では配下の組織の独断による暴走と見るのが妥当か)


 そして、オールドイスの出した結論はそれだった。


「おおよそのことは分かった。だが、この件は不審な点が多い。引き続き調査を進めろ」


 しかし、そうだとしても襲撃のタイミングが都合が良すぎるなど、不審な点はある。

 なので、調査はまだまだ続けることにする。


「畏まりました」

「他に報告は?」

「地下闘技場で捕らえていた奴隷と魔物が逃げ出しました」

「状況は?」

「現在、総力を上げて魔物の捕獲を行っています」


 地下闘技場から逃げ出した魔物は街に出て各所に被害を及ぼしていた。

 なので、リグサイドにいるルートライア家の配下の者を総動員して事態の鎮圧に当たっていた。


「魔物は討伐して構わん。速やかに殲滅するよう伝えろ」

「捕獲しなくてもよろしいのですか?」

「どうせ闘技場が直るまでは使い物にならん。維持費も掛かるし、全て処分しろ」

「畏まりました。……入りなさい」

「失礼します」


 リーダーのメイドが呼ぶと、『護邸近衛団バトルサーヴァント』のメンバーのメイドが部屋に入って来る。


「各所に逃げ出した魔物は全て討伐するよう伝えてください」

「畏まりました」


 そして、指示を受けたメイドはすぐに部屋を出て、各所への連絡を始めた。


「それで、奴隷の方はどうなった?」

「奴隷の方は行方不明です」

「行方不明? 一人も見付からんのか?」

「はい。魔物の対処に追われて、そちらに手が回っていない状況です」

「目撃情報すら無いのか? あれだけの人数だ。誰か見ているだろう?」


 奴隷は全部で二十人とそれなりの人数なので、誰にも見られずに逃げ出すことは困難だ。

 なので、誰かに見られている可能性が非常に高い。


「残念ながら目撃情報すらありません」

「……となると、逃げた奴らが連れて行った可能性が高いか」


 バラバラに逃げたのだとしたら確実に目撃されているはずなので、誰かが纏めていることは確実だった。

 そして、その最有力候補となるのが逃げられてしまった襲撃者達なので、その者達が奴隷達を率いて逃げたと見て間違い無さそうだった。


「逃走した奴らを探すよう各所に伝えておけ」

「畏まりました」

「事態が収束したらそれまでに分かったことと併せて報告しろ。以上だ」

「それでは失礼します」


 そして、報告を終えたメイドは部屋を後にした。


「……結局、現状では真相は分からんか」


 現時点では情報が不足しているので、事の真相はまだ分かりそうに無かった。


「まあ良い。いずれ分かることだ」


 だが、それもいずれ分かることなので、焦る必要は無い。

 そんなことを考えながら、オールドイスは現地に向かう準備を始めた。






 混乱に乗じてリグサイドを出た俺達は近くの森で休んでいた。


「さて、無事に襲撃が成功して街を出たは良いが、こいつらをどうするつもりなんだ?」


 地下闘技場の襲撃に成功して無事に街を脱出したは良いが、問題は奴隷達をどうするのかだった。


「そうだな……面倒を見れる場所があれば良いが……」

「……待て。お前はこいつらの面倒を見るつもりなのか?」


 どうやら、リメットはこのまま奴隷達の面倒を見るつもりでいるらしい。


「このまま放り出すわけにもいかないだろ?」

「それはそうかもしれないが、そこまでしてやる必要は無いだろう?」

「……エリュ、お前は何とも思わないのか?」

「いや、別にそういうわけではない」

「それなら、何故、放り出そうとするんだ? 面倒を見てやろうとは思わないのか?」

「余裕があればそれでも良いが、今はハイスヴェイン家とルートライア家を相手しているところだ。そんな余裕があると思うのか?」


 余裕のある状況であれば面倒を見てやっても良いが、今はそんな余裕は無いからな。奴隷達の面倒を見るつもりは無い。


「まあ別に良いじゃない。大した負担じゃないし、面倒を見てあげたらどう?」


 ここで話を聞いていたエリサがそんな提案をして来る。


「そう言われてもだな……」

「……うまくやれば戦力になると思うわよ」


 渋っている俺の様子を見たエリサは囁くようにしてそう伝えて来る。


「確かに、そうかもしれないが……」


 この奴隷達は刻印術式によって強化されているので、こちらに加えることができれば戦力になるだろう。

 だが、戦力になるとは言ってもせいぜいDランククラスなので、必要かと言われれば別にそうでも無い。


「とりあえず、ここだと街に近いから、もう少し離れたところで面倒を見るわ」

「……意見ぐらいは聞いて欲しかったな」


 しかし、俺の意見を聞くことも無く、奴隷達の面倒を見ることが決まってしまった。


「エリュ、あなたはまず馬車を作ってくれるかしら?」

「馬車を?」

「ええ。これだけの人数で動くとなると歩くわけにもいかないでしょう?」


 確かに、奴隷は全部で二十人いるので、この人数で移動するのであれば馬車が欲しいところだ。


「分かった」

「作りは適当で良いから、全員が乗れる大きさで頼むわ」

「分かっている。他に作って欲しい物はあるか?」

「後は全員分の服を作ってくれるかしら?」

「服か……」


 ここで奴隷達の方を見てみると、彼らは膝下まである大きなボロボロのシャツのような物を一枚着ているだけだった。


「最低限着れれば良いから、デザインは無地で良いわ」

「そうするつもりだ」

「作製は明日からで良いわ」

「良いのか? 別に俺は今から作製に取り掛かっても良いが?」

「流石に街の近くは警戒度が高いから、移動は見付からないように明日の夜から始めるわ。だから、明日の夜までに完成させてくれれば良いわ」

「そうか」


 それなら明日から作り始めたので問題無さそうだな。


「服のサイズは私が測っておいてあげるわ」

「分かった」

「それじゃあ今日はもう休むと良いわ」

「ああ、そうさせてもらう」


 そして、今日はもうすべきことが無いので、早めに就寝することにした。






 イヴリアの護衛をしているアデュークとヴァルトは、エリサから地下闘技場の襲撃が成功したことを伝えられていた。


「どうやら、うまく行ったらしいな」

「そのようだな」

「まあそれも当然のことだな。ルートライア家だか何だかは知らんが、我らの戦力があれば余裕であろう。それはそうと、奴らも気付き始めているようだな」

「そうだな」


 まだ一週間も経っていないが、監視者も違和感に気付き始めているようだった。


「そろそろ方法を変えるか?」

「いや、エリサからの指示は無いし、その必要は無いだろう。向こうの動きを見てから対応したので問題無い」


 違和感を抱いてはいるようだが、監視を続けていることに変わりは無い。

 それに、向こうが動くまではこちらも動く必要が無いので、このまま護衛をしている振りを続けることにした。


「そうか。……もうしばらくは暇になりそうだな」

「……暇では無く平和と言え」


 そして、二人はその後も護衛をしている振りを続けるのだった。

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