episode150 脱走の協力者

 それからさらに数日が経過したある日の昼下がり、俺とシオン、エリサはルミナに呼ばれて冒険者ギルドの応接室に来ていた。


「遅くなって悪いわね」


 しばらく待っていると、ルミナがギルドマスターであるレイルーンと共に部屋に入って来た。


「何をしていたんだ?」

「エルナに店の方を任せていたのよ」

「なるほどな」


 どうやら、店をエルナに任せて来ていたので遅くなったようだ。

 エルナはスノーファでの大規模討伐戦の事後調査をしていたが、二日前に帰って来ていたので今はこの街にいる。

 ちなみに、保留になっていた魔物の買い取りに関しても決まって、ワイバートとノースレイヴとで素材を分けて買い取ることとなった。

 買い取りの方も既に終わっていて、代金ももう支払われた。


「それで、何の用なんだ?」


 呼ばれてここに来たは良いが、まだ用件は聞いていない。

 なので、早速その用件を聞いてみることにする。


「それは向こうで話すわ」

「向こう?」

「ええ。案内するから付いて来て」


 その場所を尋ねるが、来れば分かると言わんばかりに背中を向けて歩き始めてしまった。


「……とりあえず、付いて行くか」


 この様子だと聞いても答えてくれそうに無いので、そのまま付いて行くことにした。






 二人に連れられて着いた場所はレイルーンの家だった。

 今は居間だと思われる部屋で食卓に着いて向かい合って座っている。


「お待たせしました」


 そして、そのまま待っていると、メイドが人数分の紅茶を持って来た。


(……六人分?)


 しかし、用意された紅茶は六人分あって、何故か一人分多かった。


「メリーフも座って」

「分かりました」


 そして、紅茶を持って来たメイドもルミナに促されて席に着いた。

 どうやら、紅茶が六人分あったのは彼女も話に参加するからのようだ。


「それで、何故メイドである彼女もいるんだ?」


 これから何かの話をするようだが、メイドである彼女が一緒にいる理由が分からない。普通であればメイドである彼女は下がるはずだ。


「それは、これから話すことに彼女も関係があるからよ。ひとまず、自己紹介してくれるかしら?」

「分かりました。私はメリーフ・ウールモット。見ての通りのメイドです」


 そして、軽く自己紹介をすると、座ったまま丁寧に礼をした。


 ここで改めて彼女の容姿を確認してみることにする。

 年齢は十三歳ぐらいだろうか。ちょうどレーネリアと同じぐらいの年齢に見える。

 髪は腰のあたりまで長さがある白いロングヘアで、もこもことした毛量の多いその髪は後ろで纏められている。


 また、黄色いつぶらな瞳をしていて、頭部には渦巻状の黒い角がある。

 見たところ、角は羊の物のようで、彼女は獣人ビーストのようだ。


「俺達のことは聞いているか?」

「はい。あなた方のことは伺っております」

「そうか」


 であれば、俺達の自己紹介は必要無さそうだな。


「それで、今日は何の話をするために集まったんだ?」


 こうして集まったのは良いが、まだ何の話をするのかを聞いていない。

 なので、そろそろそのことを聞いてみることにする。


「こうして集まってもらったのはあなた達に依頼したいことがあったからよ」

「依頼?」

「ええ。端的に言うとリグノートに行ってイヴリアを保護して来て欲しいのだけど、そう言われても分からないと思うから順を追って話すわね」

「分かった」


 依頼内容はイヴリアという人物を保護して欲しいとのことのようだが、ひとまず話を聞いてみることにする。


「三年半ほど前にレーネリアを保護したことについては以前に話したから知っているわね?」

「ああ」

「そのときの詳しいことを話すわね」

「分かった」


 以前にレーネリアについてのことを話してもらったが、そのときは詳しいことは話してくれなかった。

 だが、今回は詳しく話してくれるようなので、とりあえず話を聞いてみることにする。


「レーネリアが家を脱走してレイルーンに保護されたことは知っているわね?」

「ああ」


 それは以前に聞いたからな。もちろん、知っている。


「その脱走に際してだけど、いくらレーネリアに実力があったとは言っても、当時の彼女の精神状態や置かれている環境を考えると、一人での脱走はできなかったわ」

「つまり、脱走に協力した人物がいると」

「ええ、そうよ。彼女の脱走に協力した人物が二人いるわ」


 以前に話を聞いたときにも思っていたことだが、やはり協力者がいたようだ。


「その協力者がルートライア家のメイドだったメリーフとイヴリアよ」

「なるほどな。それで、今回は彼女も話に参加しているのか」


 どうやら、彼女はルートライア家のメイドをしていたらしく、レーネリアの件に関しての関係者だったようだ。


「と言うか、何故ルートライア家のメイドがレイルーンさんの家のメイドをしているんだ?」

「それは最後まで話を聞けば分かるわ」

「そうか」


 ことあるごとに質問していると話が進みそうに無いので、とりあえず最後まで話を聞いてみることにした。


「レーネリアを家から逃がすに当たって問題は二つあったわ。一つは監視。もう一つはレーネリアの精神状態よ」


(かなり酷い仕打ちを受けていたらしいし、自由は認められていなかったと言っていたな)


 確かに、当時のレーネリアの精神状態を考えると一人での脱出は不可能に近いし、屋敷の監視はレーネリアを逃がさない意味もあっただろうからな。脱走させるに当たっては色々と問題がある。


「だから、メリーフとイヴリアは二手に別れることにしたのよ」


 まあ一人は付き添いが必須で、監視の目を忍んで脱走しなければならないことを考えると、そうするのが妥当だな。


「それで、メイド長で信頼の厚かったイヴリアは監視のシフトを自分に一任するよう進言して、脱走に都合の良いようにシフトを組んで、メリーフはレーネリアに付き添うことにしたらしいわ」

「そんなに信頼されていたのか」


 監視のシフトの決定となると余程、信頼されていないと任されたりはしないからな。かなり信頼されていたようだ。


「イヴリアさんはとっても優秀だったんですよ」

「そうだったのか」


 同じくルートライア家でメイドをしていたメリーフがそう言うのであれば間違い無いな。


「それで、予定通りにイヴリアが監視の隙を作って、メリーフが付き添ってリグノートの街を出たらしいわ」


 計画は予定通りに行ったらしく、無事に街を出ることができたようだ。


「その後は?」

「街を出た二人は偶然レイルーンに見つけられて保護されたわ」

「そうか。それで、イヴリアの方はどうなったんだ?」


 だが、気になるのはイヴリアの方だ。今回の依頼が彼女を保護することなのでまだ生きていることは確定だが、その後どうなったのかが気になるので、それを聞いておくことにする。


「彼女はルートライア家でメイドを続けているわ」

「レーネリアを逃がしたことは問われなかったのか?」


 普通に考えれば彼女を逃がしたことを問われて処罰されるはずだ。最低でも解雇、最悪処刑されてもおかしくは無い。


「ええ。うまく隠し通したから大丈夫だったそうよ」

「そうか」


 まあそうでなければ今もメイドを続けていられるはずがないからな。それも当然か。


「それで、レーネリアから事情を聞いた私は事実関係を確認しにエルナと一緒にリグノートの街に向かったわ。そして、そこで脱走が事実であることと、イヴリアがメイドを続けていることが分かったわ」


 レーネリアを保護した後はすぐに動いたらしく、迅速に事実関係や状況を把握することができたようだ。


「さらに、そこでイヴリアに接触することにも成功したわ。それからはイヴリアに情報を送ってもらって、ルートライア家の動きを探っていたわ」

「なるほどな」


 それでルートライア家の内情にも詳しかったのか。


「それで、今回、内通していたことがバレたということか?」

「まあそんなところね。それじゃあ事情を話したところで、改めて依頼するわね」


 ルミナは一通り話し終えたところで、そう言って俺達の方を真っ直ぐと見て姿勢を正す。


「三人にはイヴリア・ローゼンの保護をお願いするわ」


 そして、改めて依頼の内容を伝えて来た。


「ああ」

「分かったわ」

「ところで、ルミナさんやレイルーンさんはどうするんだ?」


 俺達がリグノートに行ってイヴリアの保護に向かうのは良いが、ルミナやレイルーンの動き次第ではこちらの動きを変える必要があるので、二人はどうするのかを聞いておくことにする。


「私達はワイバスで待機しているわ」

「リグノートには行かないのか?」

「ええ。私達が直接動くと大事おおごとになる可能性があるから、少し様子を見るわ」

「そうか」


 確かに、この二人が直接動くと事が大きくなる可能性があるからな。それも仕方が無いか。


「アデュークとアーミラも呼ぶか?」

「ええ、お願いするわ」

「分かった。それで、イヴリアが今どうしているのかは分かるか?」


 ひとまず、今のイヴリアの状況を聞いておくことにする。


「リグノートで潜伏しているらしいわ」

「詳しい場所は分からないのか?」

「場所を転々として潜伏しているから、今それを聞いても意味は無いと思うわよ」

「それもそうか」


 確かに、今の潜伏場所を聞いたところで、現地に行った頃にはそこにはいないだろうからな。今ここでそれを聞いても意味は無い。


「では、俺達は準備に入る。エリサはアデュークとアーミラに連絡をして話を付けておいてくれ」

「分かったわ」

「シオン、行くぞ」

「うん」


 そして、話が纏まったところで、準備のために市場へと向かった。






 市場で食材を買い揃えたところで、俺達はルミナの店に戻った。


「食材は……十分ね」

「ああ。それで、方針は決まったか?」


 俺達が市場で食材を買い揃えている間にエリサには計画を立ててもらっていたからな。

 とりあえず、今回の方針を聞いてみることにする。


「私達は準備が整い次第、アデュークとアーミラは明日の朝に出発してもらう予定よ。合流はレグレットに入ってからで、リグノートの近くにある森で合流するわ」

「分かった。エリサはレグレットに行ったことがあるんだよな?」

「ええ。何度もあるわ」

「そうか。では、合流までは完全に任せるぞ」


 その森のことはよく知らないが、そこはレグレットに行ったことがあるエリサに任せておけば問題無さそうなので、彼女に全て任せることにする。


「それで、保護とは言っても具体的にどうするつもりなんだ?」


 ルミナからの依頼はイヴリアの保護だが、具体的なことは何も言われていない。

 まあやり方はこちらに任せるということなのだろうが、とりあえずエリサに考えがあるのかどうかを聞いてみる。


「アデューク以外でリグノートの街に普通に正面から入って、保護対象であるイヴリアを探すわ」

「アデューク以外で?」


 普段なら五人で行くところだが、今回は何故かアデュークだけ捜索に参加させないらしい。


「ええ。ちょっと事情があるから」

「事情?」

「まあそれはあまり気にしなくて良いわ。とにかく、イヴリアの捜索は四人で行うわ」

「分かった」


 その事情とやらが気になるところだが、この様子だと聞いても答えてくれそうに無いので、今は置いておくことにする。


「そして、イヴリアを見付け次第合流して街を出るわ」

「分かった」

「とりあえず、計画はこんな感じよ。それじゃあ行きましょうか」

「ああ」


 そして、準備が整ったところで、ワイバスの街を出発した。

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