episode81 チンピラ

 翌日、四人でキーラに乗ってセントポートに向かった。

 道中では何度か魔物に遭遇したが、エリサとアーミラが倒したので、特に問題無く街まで辿り着くことができた。


「二週間振りだね」

「そうだな」

「今回は観光する時間はあるかな?」

「今回の目的は観光ではないのだが?」


 セントポートに来るのは二週間振りだが、前回訪れたときよりも早い時間に来ている。

 なので、その時間もあるかもしれないが、今回の目的は観光ではない。


「別に観光しても良いけど、用事を済ませてからにしてくれるかしら?」

「そうだな。早速、冒険者ギルドに向かうか」

「だね」


 そして、目的である素材の買い取りをしてもらうために冒険者ギルドに向かった。






 冒険者ギルドに入ると、依頼終わりの冒険者が多いのか、多くの人で賑わっていた。


「……で、何故、解体所ではなくこちらに来たんだ?」


 素材の買い取りをしてもらうのなら本部側ではなく解体所に行くべきだ。

 だが、解体所に向かおうとしたところ、エリサに止められて本部側に連れて来られたのだ。


「エルナに来てもらっているからよ」

「エルナに?」

「ええ。その方が都合が良いから、昨日連絡してこちらに来てもらったのよ」

「都合が良いって?」

「素材が素材だからよ」

「……?」


 エリサが軽く説明をするが、シオンは首を傾げている。

 どうやら、理解できていないようなので、俺が説明することにする。


「今回は素材の買い取りをしてもらうために来たわけだが、それには冒険者である方が都合が良い。これは分かるな?」

「うん」


 別に冒険者でなくとも買い取りをしてもらうことは可能だが、冒険者であった方が手続きが簡単で、さらに解体費用の免除などの特典もある。


「それで、今回の問題は買い取ってもらう素材だ」

「何か問題があるの?」

「俺達は冒険者とは言えEランクだ。Eランク冒険者が浮遊大陸の素材を持ち込んで来たらどう思う?」

「そうだね……不正に入手したと思われたり?」

「まあそう思われてもおかしくはないな。そうでなくとも、何かと面倒なのは確かだ」


 浮遊大陸は最低でもBランクが推奨されているような場所だ。Eランク冒険者に行けるような場所ではない。場所も場所だしな。


「でも、エリサ達がいるし大丈夫なんじゃない?」

「ワイバスの冒険者ギルドであればそうかもしれないが、ここではそうはいかないだろう」

「あ、そっか」


 こちらの事情を知っているワイバスの冒険者ギルドであれば問題無いかもしれないが、ここではそうでない。


「……で、その肝心なエルナが見当たらないのだが?」


 説明が終わったところで受付を確認してみるが、どこにもエルナはいなかった。


「……奥で待っているみたいね」


 カウンターの奥を示すように奥に目線を向けながら言う。

 どうやら、魔力領域を展開してエルナがいることを確認したようだ。


「そうか。それで、どうする?」

「話は通っているから呼んでもらえば良いわ」

「分かった。では行くとするか」

「だね」


 そして、全員でエルナを呼びに受付に向かおうとした。


「おいおい、ここはガキが来る場所じゃねえぜ?」


 だが、そこで冒険者の男三人が絡んで来た。彼らは同じ席で飲んでいたので、恐らく同じパーティだろう。


「何か用かしら?」


 それにエリサが対応する。


「……エリサ、放っておけ。こういう奴は碌な奴じゃない」


 こういう連中はまともな人間ではないので、基本的には関わらない方が良い。決まって俺達の殺害対象ターゲットになっていたしな。


「おいおい、俺達を誰だか分かっているのか?」


 腕を組んで威圧するように言って来る。

 だが、威圧感は無い。実力も風格も伴っていないからな。逆に小物感しか感じない。


「知らないな。エリサ、アーミラ知っているか?」


 当然、俺は誰なのかを知らない。ひとまず、エリサ達に聞いてみる。


「知らないわね」

「知らないよー」


 分かっていたことではあったが、エリサ達も知らないようだ。


「知らないのなら教えてやる。俺達は……」

「名乗らなくて良いぞ。お前達のようなチンピラのことを覚える気は無いからな」

「何だと!?」


 怒気を含んだ声で言って来る。


「どうやら、俺達の実力を知らないようだな」


 指をポキポキと鳴らしながら俺の目の前に三人が並ぶ。


(こいつらは……弱いな)


 動きや魔力の感じから察するに、Eランク冒険者程度の実力のようだ。殺ろうと思えば簡単に殺れる。


「そいつらを庇って格好付けようってか?」

「別にそんなつもりは無いのだが」


 俺よりも強いからな。むしろ、俺が庇われる側だ。


「その女達は俺達がもらっておいてやるぜ」

「こちらから願い下げよ」

「同じく」

「アタシも同じく」


 三人が迷うことなく即答する。


「今の内から俺達に付いておいた方が良いぜ?」

「そうだぜ? これからどんどん成果を上げて高ランクになるからな」

「…………」


 もうここまで来ると救いようが無いな。


「いかにも雑魚キャラって感じだね」

「そうだな」

「……おいおい、それはこの俺達への宣戦布告と取っても良いんだよな?」

「先に仕掛けてきたのはそちらだろう?」


 最初に絡んで来たのは向こうの方だ。俺達が悪いわけではない。

 まあこの馬鹿共には言っても無駄だろうが。


「痛い目を見ないと分からないようだな」

「それはこちらのセリフなのだが?」


 それこそこちらのセリフだ。

 やはり、馬鹿には何を言っても無駄のようだ。


「最後に言っておくが、止めておいた方が良いと思うぞ?」


 どうせ聞く耳を持たないだろうが、一応最終警告をする。


「どうやら、俺達に盾突くつもりのようだな。だったら、その体に教えてやるよ! ……は?」


 そして、俺に殴り掛かろうと声を上げた直後、男は抜けた声を出した。

 それもそのはずだ。殴ろうとした瞬間に俺の姿が消えたのだから。


「っ!?」


 そして、男はここでようやく気が付いた。背後から自分の喉元に短剣が当てられていることに。


「気付くのが遅すぎるだろう。余裕で五回は殺れたぞ?」


 男が気付いたところで短剣を鞘に戻す。


「……どうした?」


 少しだけ殺気を込めてそう言うと、俺を恐れるかのように二、三歩離れて距離を取った。

 冒険者の男達の先程までの余裕は完全に消え去っていた。その眼差しは俺に対する恐れで染まっていた。何故、俺の姿が突然消えて後ろにいたのかも理解できていない様子だ。


 別に俺はそこまで難しいことはしていない。

 まず、僅かな動きで視線を誘導して、俺から視線が外れた瞬間に視界から外れることで姿を消した。

 そして、そのまま最小限の動きで後ろに回り込むと同時に短剣を鞘から抜いて、それを男の首に当てるという動作を音を立てずに行っただけだ。


「そのぐらいにしたらどうですか?」


 そう言ってカウンターの奥から現れたのはエルナだった。

 どうやら、騒ぎを聞き付けて来たらしい。


「仕掛けて来たのはこいつらの方なのだが?」

「それは分かっています」


 そして、問題を起こした男達にゆっくりと近付く。


「問題を起こしたのはあなた達ですね?」

「俺達は少し礼儀を教えてやろうとしただけだぜ?」


 男達が悪怯れた様子も無くそう答える。


「……そうですか」

「つまり、悪いのは俺達じゃ……ぐはっ!?」


 ここでリーダーと思われる男が突然床に叩き付けられた。

 そう、これはエルナの風魔法だ。かなり加減をしているので火力は無いが、強烈な風で男は床に叩き付けられた。


「おい、このアマ! 何をしてくれるんだ!」

「ぶちのめされたいのか!」


 リーダー以外の二人の男が怒った様子で声を上げる。最早、掴み掛かりそうな勢いだ。


「これがあなた達の言う『礼儀』なのでしょう? 何か問題でも?」

「俺達のは冒険者としての礼儀だ。お前は冒険者では無いだろう!」

「冒険者のライセンスはまだ返納していませんので、私は冒険者ですよ?」


 エルナはそう言って冒険者カードを取り出す。

 確認すると、そこには本人の名前にパーティ名、冒険者ランクなどの情報が書かれていた。


「お前が冒険者? それにBランクだと!? どうせ偽物だろう!」

「冒険者なのに冒険者カードが本物かどうかも見分けられないのですか?」

「このアマ、言わせておけば……」


 そして、リーダーの男が立ち上がって武器を構えようとする。


「……? 何だ?」


 ここで男はギルド内がざわついていることに気が付いた。


「エルナ・フォルトリアって、あの"疾風の銀狼"?」

「『月夜の双璧ルナティアレゾナンス』って、もしかして最強と噂されたあの?」


 ざわついているのは周りの冒険者達がエルナのことを噂しているからだった。

 どうやら、皆エルナのことを知っているらしい。ワイバスではそんな感じはしなかったが、かなりの有名人のようだ。


「彼女は何者なんだ? 普通のギルド職員ではないようだが?」


 エルナのことを知らない冒険者の一人が、同じパーティのメンバーに彼女のことについて尋ねる。


「八年ほど前まで活躍していたBランク冒険者パーティよ」

「Bランクにしては皆知っているようだが、そんなに有名なのか?」

「ええ。言わば、一世代前の最強ね。噂によると、報告していないだけで相当な実績を上げているらしいわよ。本当かどうかは分からないけど、Sランク級という話も聞いたことがあるわ」

「Sランクって……流石にそれは盛り過ぎなんじゃないか?」

「でも、特殊魔力地帯を二人だけで調査していたりもしたらしいわよ」


 エルナが戦闘するところを見たことが無いので分からなかったが、かなりの実力者だったようだ。

 どれも噂でしかないようだが、火のない所に煙は立たぬとも言うしな。あながち嘘とも言い切れないだろう。


「『月夜の双璧ルナティアレゾナンス』だか"疾風の銀狼"だか知らないが、俺達を誰だか分かっているのか!?」


 ここまで来てもまだどうにかなると思っているのか、リーダーの男がエルナを指差しながら声を上げた。

 もうこいつはどうしようもないし、こんな奴はさっさと殺ってしまった方が世のためだが、ここはエルナに任せることにする。


「Eランク冒険者ですか。実績も……無に等しいですね。それに問題を起こすことも多いと。……無能ですね」


 エルナが取り出した資料を見ながら言う。

 どうやら、持っている資料はこの冒険者に関しての資料のようだ。


「無能かどうか……試してみな!」


 そして、三人が一斉にエルナに襲い掛かった。

 だが、一メートルほどのところまで近付いた瞬間に三人纏めて吹き飛ばされた。

 そのまま冒険者ギルドの壁を突き破って、隣の建物の壁に叩き付けられる。


「何だ何だ!?」

「飛んで行ったぞ!?」


 そして、ギルド内がさらに騒がしくなる。中には何が起こったのか分かっていない者もいる。


「……速いな」

「だね」


 もちろん、俺達には見えていた。エルナは間合いに入った瞬間に居合斬りで三人を斬っていた。

 居合斬りとは言っても、鞘から剣は抜かずに斬っていたがな。


「後はお願いできますか?」


 エルナが他の受付嬢に硬貨の入った袋を渡しながら後処理を頼む。


「修理費は彼らに払わせますので大丈夫ですよ」

「そうですか」


 それを聞いて、エルナはそっと硬貨の入った袋を片付ける。


「さて、邪魔者は片付きましたし、本題に入りましょうか」

「そうね」


 チンピラのせいで余計な時間を取られたが、ここに来た目的は素材を買い取ってもらうことだ。

 これでようやく本題に入ることができるな。


「素材の買い取りは向こうでしますので、来てくださいますか?」

「ええ、良いわよ」

「それではここのギルドマスターを呼んできますので、先に行っておいてくださいますか?」

「分かったわ」


 そして、エルナはギルドマスターを呼びにギルドの奥へと向かった。


「それじゃあ私達は先に向かいましょうか」

「そうだな」

「分かったよ」

「うん」


 ひとまず、言われた通りに先に解体所に向かってエルナを待つことにした。






 解体所で数分待つとエルナとギルドマスターと思われる男性がやって来た。


「その人がギルドマスターの人?」


 シオンが確認するように尋ねる。


「はい、そうです」

「私がここの冒険者ギルドのギルドマスターです」


 その男性が一歩前に出て軽く自己紹介をして来る。


「先にルミナに渡す素材を渡しておくけど、それで良いかしら?」

「ええ、それで構いませんよ」


 そして、エリサが空間魔法で素材を取り出して渡す。


「雲海の白鉱、天雷竜の核、蒼天の花弁、真闇結晶、永夜月光、確かに受け取りました。責任を持ってルミナに届けておきます」

「……む?」

「どうかしたのですか?」

「エリサ、真闇結晶と永夜月光はどうしたんだ?」


 昨日、ルミナに渡す素材として確認したのは雲海の白鉱、天雷竜の核、蒼天の花弁の三つだけだ。真闇結晶と永夜月光の二つは知らない。


「あなた達と合流する前に二人から受け取っておいたわ」

「そうなのか」

「見たいのなら見ても良いわよ」


 エリサが俺の言おうとしていたことを先読みして言って来る。


「折角の機会だしな。そうさせてもらう。エルナさん、渡してもらっても良いか?」

「はい、どうぞ」


 そして、エルナから真闇結晶と永夜月光を渡された。

 まずは真闇結晶を細かく見てみることにする。

 真闇結晶は黒い結晶で、非常に強い闇属性の魔力が込められていた。特殊魔力地帯の素材とだけあって、普通の素材とは比べ物にならないほどに強い魔力が込められている。


 次に見終わった真闇結晶をエルナに返して永夜月光を見てみる。

 永夜月光はその名称からだと何なのかは良く分からないが、見たところ水晶類の素材のようだった。水晶自体は透明なようだが、内部は黒色だ。

 黒色とは言っても純粋に真っ黒というわけではなく、内部で黒い霧が発生しているかのような感じで、場所によって明度が違う。

 さらに、その中心からは淡い光が放たれている。

 この素材の見た目を一言で言うのなら、透明な水晶の中に闇が広がり、その中心から淡い光が発せられている、と言った感じだ。


「とっても綺麗だね」

「そうだな」


 夜の闇に月光が差しているかのようなその見た目は幻想的で美しく、これ単体でも観賞用として十分なほどだ。


「そろそろ良いですか?」

「ああ」


 こちらも見終わったので、永夜月光をエルナに返す。


「では、売却予定の素材を出していただけますか? それを見てから色々と決めますので」


 この街の冒険者ギルドのギルドマスターを差し置いてエルナが話を進めていく。


「分かったわ」


 そして、エリサが昨日選別しておいた売却予定の素材を取り出す。


「思っていたよりも量がありますね。これらは全て買い取りで良いのですね?」

「いえ、一部の食用の肉は返してもらうわ」

「つまり、解体した一部の食用の肉を返して、それ以外は全て買い取りということ良いのですね?」

「ええ」


 全て買い取りに出すのかと思っていたが、一部の肉は食料として返してもらうようだ。


「では、返却して欲しいものを選んでいただけますか? それらを優先的に解体しますので」

「分かったわ」


 そして、必要な物をエリサが選んでいく。


「明日の朝までには査定を終わらせておきますので、代金と返却される食用の肉は明日の朝に取りに来てください」

「分かったわ。それじゃあ行きましょうか」

「ああ」

「だね」

「うん」


 そして、用事が済んだところで、冒険者ギルドを後にした。






 冒険者ギルドを出た後は屋台の並ぶ場所へと向かうことにした。

 もちろん、目的は夕食を摂ることだ。


「明日はどうするの?」


 シオンがエリサに明日の予定を尋ねる。


「明日は朝に冒険者ギルドで代金を受け取ったら、そのまま浮遊大陸に戻るわ」

「分かったよ」


 そして、その後は夕食を摂ってから宿に向かって、明日に備えて早めに就寝した。

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