episode82 スカイトード

 浮遊大陸に戻ってからさらに二週間が経過した。修行は今日が最終日で、明日にはワイバスに戻る予定だ。


「意外と早いものだな」

「だね」


 一か月に及ぶ修行期間だったが、あっと言う間に終わってしまった。


「そうじゃの。足りなかったというのであれば、延長しても構わんぞ?」

「いや、流石にいつまでも修行だけをしているわけにはいかないからな。それはまたの機会にさせてもらう」


 もう十分に学べたからな。今回はこのぐらいで切り上げておくのが良いだろう。突き詰めると切りが無いからな。


「それで、今日で最終日だが、何をする予定なんだ?」

「それはじゃな……む、二人が戻って来たようじゃな」


 フェルメットが今日の予定を言おうとしたそのとき、エリサとアーミラが外から戻って来た。


「戻ったわ」

「帰ったよー」

「帰ったか。二人ともどこに行っていたんだ?」


 俺達が起きたときには既に二人は朝食を摂り終えて外に出て行っていたので、俺は二人が向かった先を聞いていない。


「すぐそこまでよ」

「……答えになっていないのだが?」


 それだとどこに行っていたのかが分からないし、そもそも俺が聞きたいのはそういうことではない。


「見付かったかの?」

「ええ。北側にいたわ」


 どうやら、外に行っていたのはフェルメットに何かを頼まれていたからのようだ。


「何を頼んでいたんだ?」


 とりあえず、依頼内容を本人に聞いてみる。


「二人にはスカイトードを探すよう頼んでおいた」

「スカイトードを?」


 スカイトードは一か月前に戦ったカエルの魔物だ。

 前回は見た目に反して強く、俺達では倒せなかったので、結局フェルメットに倒してもらったな。


「ああ、そうじゃ。今日は今回の修行の集大成としてスカイトードの討伐をしてもらおうかと思っての」

「なるほどな。それで二人にスカイトードを探させていたのか」


 どうやら、今回の最後の修行はスカイトードの討伐のようだ。これでどのぐらい成長したのかを見るつもりなのだろう。


「でも、あのカエルかなり強かったよね。ボク達で倒せるのかな……」


 それを聞いてシオンは少し不安そうだ。


「今のお主らなら問題無いはずじゃ。何せ妾が修行させたやったのじゃからな。ニシシ……」

「……実際のところはどうなんだ、エリサ?」


 一番信用できるエリサに意見を聞いてみる。


「彼女の言う通り、今のあなた達になら大丈夫よ」

「そうか。分かった」


 エリサがそう言うのであれば安心だな。


「……エリュよ。お主は妾のことが信用できないのかの?」


 そのやり取りを見たフェルメットが俺の目の前にまで顔を寄せて、威圧するように言って来る。


「いや、そういうわけではない。念のために確認を取っただけだ」

「つまり、妾の言うことが信用できなかったから確認を取ったのじゃな?」

「いや、そういうつもりは……」

「そうなのじゃな?」


 目を妖しく光らせながらさらに強く威圧して来る。


「いや、その……悪い。俺が悪かった。許してくれないか?」

「仕方が無いので許してやろう。妾は寛大じゃからな」


 結局、押し負けてこちらが謝ることになってしまった。


「結局謝るんだ。格好悪ーい」


 そして、アーミラがここぞとばかりに叩いて来る。


「そうだよ、エリュ。この前絡まれてたときみたいにビシッと言わないと!」


 さらに、何故かそこにシオンが乗って来る。


「今回は相手が相手だろう。流石に敵わないと分かっている相手に無理はしない。それに、今回は俺に一切非が無いとは言い切れないからな」


 二週間前に冒険者ギルドにいた威張っているだけのチンピラとはわけが違う。

 威厳も威圧感も別次元なほどに違うからな。比較対象にすらならない。

 それこそ、ゴブリンとドラゴンを比べるようなものだ。


 また、フェルメットのことを完全には信用し切っていなかったことは事実だ。

 なので、その点はきちんと謝っておく。


 ……かと言って、今後、彼女を全面的に信用し切ったりするようなことはしないがな。


「さて、話はそのぐらいにして帰る準備をしてくれるかしら?」

「あれ、もう帰るの? スカイトードはどうするの?」

「スカイトードは帰るついでに狩って行くわ」


 そう言えば、スカイトードは北にいると言っていたな。

 確かに、それなら帰りに狩って帰ることができる。


「分かった。では、早速、準備するとするか。シオン、行くぞ」

「うん」


 そして、エリサに言われた通りに帰る準備を進めた。






 準備ができたところで、スカイトードがいたという北へと向かった。

 目的地にはすぐに着いて、今は離れた岩陰からスカイトードの様子を見ているところだ。


「やっぱりカエルだね」

「そうだな」


 やはり、何度見てもただ大きいだけのカエルだ。頭では強いことが分かっていても中々それが結び付かない。


「それはそうと、三体いるようだが大丈夫なのか?」


 前回戦ったときは一体だけだったが、今回は三体いる。

 単体でもかなりの戦闘能力だったが、大丈夫なのだろうか。


「今のあなた達なら大丈夫よ」

「そうか」


 今までもエリサにそう言われたときは大丈夫だったので、彼女がそう言うのであれば大丈夫なのだろう。


「魔力に対して割と敏感だから近付くだけで見付かるわ。だから、不意打ちは難しいわね」

「分かった」


 前回戦ったときはそれが理由で見付かったのか。


「今のあなた達なら正面から挑んでも問題無く勝てる相手のはずよ。油断せずに挑みなさい」

「分かった」

「分かったよ」


 この魔物の強さは十分に理解しているつもりだ。問題は無い。


「シオン、準備は良いか?」

「うん」

「では、行くぞ」

「分かったよ」


 そして、岩陰を飛び出して、そのまま討伐対象ターゲットに向かって駆け出した。






「ゲコッ?」


 ある程度近付いたところで、スカイトードがこちらの存在に気が付いた。


「ゲコッ!」


 そして、舌を高速で打ち出して攻撃を仕掛けて来る。


「はっ……」

「よっと……」


 その攻撃は見たことがあるので問題無い。俺は必要最低限の動きでそれを躱す。

 そして、そのまま舌を掴んで動きを封じようとした。


「む……」


 しかし、滑って掴むことはできなかった。意外に滑るようなので、舌を掴んで動きを封じるというのは難しそうだ。


「ゲコーーッ!」


 ここで一体のスカイトードが跳躍の構えを取った。

 その体勢や角度などから判断するに、俺に跳び掛かろうとしているようだ。


(ここだな)


 跳躍のタイミングに合わせて刀に手を据えて『帰属する刻限オリジンコード』を発動させる。

 これは以前にも使った疑似的に時間の流れを遅くしたような感覚になるアレだ。これのことに特に名称は付けていなかったのだが、フェルメットに勝手にそう名付けられた。


(さらに遅くなっているように感じるな)


 フェルメットに言われてこの技も練習したので、以前よりも精度を上げることができるようになった。

 そして、今は効果を最大にしている状態だ。その分反動も大きくなるが、それは状況に応じて効果量を調整すれば良い。


(纏っている風魔法の軌道や魔力の流れ、僅かな動きまで全てが分かるな)


 この状態なら全てを把握することができる。

 まずは最適な場所に必要最小限の大きさで氷魔法による魔力障壁を張って風魔法を防ぐ。

 必要最小限の大きさにしたのは魔力障壁は小さい方が強度が上がるからだ。その方が単位面積当たりの魔力量が多くなるからな。


 さらに、身体には雷属性と風属性の魔力を、刀には光属性の魔力を込める。

 そして、雷魔法と風魔法を纏ったことにより可能になっていた超速の動きで居合斬りを放った。


「グァッ!?」


 斬撃をなぞるように光の残像が残り、真っ二つに斬られたスカイトードが残された慣性で飛んで行く。


「「ゲコッ!?」」


 それを見た残った二体のスカイトードが驚いたような様子を見せる。

 どうやら、俺の動きを捉えることができず、仲間が斬られて初めて気付いたようだ。


「ゲコッ!」

「ゲコゲコッ!」


 そして、スカイトード達は警戒を強めて俺達から距離を取った。


「っ……」


 ここで『帰属する刻限オリジンコード』の反動が来る。

 だが、使用時間が一瞬だったので反動はそんなに大きくなかった。

 ひとまず、戦闘に大きな影響は無さそうだ。


「「ゲコッ!」」


 スカイトード達は距離を取ったところで魔法陣を展開して来た。

 二体同時に魔法を使っていて、全部で四十個の魔法陣が展開されている。


 どうやら、接近戦は危険と判断して遠距離戦に持ち込むことにしたようだ。


「シオン」

「うん」


 向こうがその気ならこちらもそれで対抗させてもらう。

 まずは杖を取り出して、シオンと共に魔法陣を展開する。

 普通に空間魔法を使っているが、今回の修行で空間魔法も教えてもらったので、これも無事に使えるようになった。


 そして、魔法陣を各三十個ずつ、合計六十個の魔法陣を展開する。

 複雑な魔法を大量に展開することはできないが、簡単な魔法であればこのぐらいはできる。


「ゲコーーッ!」

「燃え尽き、凍てつき……消し飛べ!」

「っええぇぃ!」


 そして、それぞれの魔法がぶつかり合った。


「ゲコォーーッ!?」


 純粋にこちらの方が量が多かったので、押し勝つことができた。

 だが、簡単な魔法で威力が低かったので、ダメージは通っていないようだった。


「ならば、これはどうだ?」


 俺は杖を片付けて、今度は魔法弓を取り出す。


「シオン」

「うん」


 シオンは俺のその一言で意図を汲み取って動いた。

 右手に順手で剣を、左手に逆手で短剣を装備して、雷魔法と風魔法を使った超速移動で一気に距離を詰める。


「行くよ!」

「ゲコッ!」


 そして、二体のスカイトードの風魔法とシオンの斬撃がぶつかり合った。

 一対二ではあるが、防御重視の立ち回りをしているので問題無く捌けている。

 その隙に俺が魔法弓を構えて術式を組み込む。


「……撃つ」


 そして、魔力を込めて魔法弓から五本の矢を放った。

 放たれた矢はシオンを迂回するように外側から回り込んで、スカイトード達に迫る。


「ゲコッ!」


 スカイトード達は上に跳躍することでそれを回避した。

 だが、俺の攻撃はこれで終わりではない。それらの矢の軌道を上方向に変更して追撃をする。


 さらに、シオンも武器を魔法銃に替えて銃撃と魔法で追撃を仕掛ける。

 それに対して、スカイトード達は飛行することでそれらを回避しようとした。


(……ここだな)


 ここで『帰属する刻限オリジンコード』を発動させて狙いを定める。

 スカイトードの飛行は風魔法が使われているので、速度が速い上に複雑な軌道を描くことが可能だが、俺達の攻撃によって移動が制限されている。

 なので、このタイミングであれば十分に撃ち落とすことは可能なはずだ。


「……貫く」


 そして、雷属性と光属性の複合属性である最速の矢がスカイトード達の頭部を貫いた。

 頭部を撃ち抜かれて絶命したスカイトード達はそのまま落下して、地面にべちゃっと叩き付けられる。


「終わったな」

「だね」


 戦闘が終わったところで死体を回収しに向かう。


「頭残ってないね」

「そうだな」


 かなりの高威力だったので、頭部は消し飛んでしまって残っていない。


「二人ともお疲れ様」

「意外にやるじゃん!」


 そこにエリサとアーミラが歩み寄って来る。


「まあ妾が教えてやったのじゃからの。このぐらいはできて当然じゃな」

「……そうだな」

「どうしたのじゃ?」


 俺の様子に違和感があったのか、フェルメットが何事かを聞いて来る。


「ああ、ちょっとな。……フェルメット、少し良いか?」

「なんじゃ?」


 姿勢を正して正面を向いて改まる。


「俺達がここまで成長できたのはフェルメットのおかげだ。礼を言わせてくれ」


 俺達がここまでの実力を身に付けられたのは、フェルメットが付き合ってくれたおかげだ。

 なので、ここで改めて礼を言っておく。


「ボクからもお礼を言うよ!」


 俺に続いてシオンも一言礼を言う。


「なんじゃ、そんなことか。妾が気紛れにしたことじゃ。そう気にするでない」


 そうは言いつつも、フェルメットは悪く無さそうにしている。


「私には対しては何も無いのですか?」


 フェリエが空間魔法で俺達とフェルメットの間に上下逆さになって浮いた状態で現れて、上から話し掛けて来る。

 上下逆さになっているので重力でスカートが捲れてしまいそうだが、風魔法を使って捲れないようにしているようだった。

 わざわざそんなことをするぐらいなら普通にしていれば良い気がするが、そこは気にしないことにする。


「もちろん、フェリエもだ。礼を言う」

「フェリエもありがとね」


 もちろん、最初に修行をしてくれたフェリエにも感謝している。


「さて、そろそろ行きましょうか」

「そうだな。そう言えばこの後の予定を聞いていなかったが、どうするつもりなんだ?」


 この後の予定をまだ聞いていなかったので、ここで聞いておくことにする。


「セントポートで一泊してからワイバスに戻る予定よ」

「分かった。では、行くとするか」

「うん!」


 そして、浮遊大陸での用事は全て済んだので、ワイバスに帰ることにした。

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