episode64 ガーグノットとレグレットの内情
「全員集まったわね。それじゃあ始めるわよ」
そして、エリサのその一声で報告会が始まった。
どうやら、エリサが進行係を務めるようだ。
ひとまず、机の上を見てみると、そこには各国についての情勢を纏めた資料が置かれていた。
「ここに全部纏めてあるのか?」
「ええ。今回話す予定のことはその資料に全て纏めてあるわ」
「そうか」
資料を手に取って見てみると、そこにはレグレットとガーグノットについてのことが書かれていた。
早速、内容にサッと目を通していく。
「ひとまず、動きがありそうなのはレグレットとガーグノットね。今回はこの二国に関してのことを話すわ。エリュ、全員が読めるようにそれを机の真ん中に置いてくれるかしら?」
「ああ、悪い」
資料を読むのは俺だけではないからな。言われた通り全員が読めるように机の真ん中に資料を置く。
そして、改めて資料の内容を確認していく。
(かなりのデータ量だな)
資料には国についてのことがかなり詳しく纏められていた。経済のことや各街の内情、実際に各街を視察しての所感など様々な情報がある。
「よくこんなにデータを集められたな」
「このぐらいは大したこと無いわよ。情報を集めたとは言っても、実際にそう言えるのは各街の内情や視察しての所感ぐらいだったりするし」
「と言うと?」
「例えば、ガーグノットの経済関連のデータは国が纏めている物を入手しただけよ」
「なるほどな」
それで随分と細かいデータがあったのか。
「質問はそれだけかしら?」
「今のところはな」
「分かったわ。それじゃあ説明を始めるわね。まずはガーグノットだけど、相変わらず周辺諸国及び霧の領域、つまりここへの侵攻を計画しているわ。そして、ここ最近でその予兆となる動きが見られたわ」
(……霧の領域?)
一瞬、何のことかと思ったが、霧の領域というのは特殊魔力地帯であるここのことだ。正式な名称では無い、と言うより正式な名称は無いのだが、そう呼ばれることが多い。
それはそうと、資料によると装備品や軍需品となる物を、転生前の世界で言うところの政府に当たる機関が集めているらしい。
つまり、ガーグノットは戦争の準備をしているということだ。
「ああ、そのようだな。だが、問題はどこに戦争を仕掛けるつもりなのかだな」
リュードランが資料を見ながら思考を巡らせる。
「それに関してはもう少し内情を探ってみないと分からないけど、ここには侵攻して来ないでしょうね」
「分かるの?」
シオンがその理由をエリサに尋ねる。
「……景気が悪いからだろう」
だが、その質問には俺が答えた。
「あら、よく分かったわね」
エリサが褒めるような言い方で言う。
「まあこのぐらいはな」
このぐらいは資料のデータを基に考えれば分かることだ。別に大したことでは無い。
「二人だけで話を進めないでよ!」
話に付いて行けていないシオンが俺の肩を掴んで前後に揺さぶって来る。
「分かった。一から説明してやるから落ち着け!」
このままだと話ができないので、ひとまずシオンを落ち着かせる。
「むぅ……分かったよ」
そして、シオンが落ち着いたところで説明を始める。
「まず、ここを攻めるのは他の国を攻めるよりも遥かに難しい。例の霧があるのに加えて生息している魔物が強すぎるからな」
特殊魔力地帯とだけあって、ここに生息している魔物は他の地域に生息している魔物とは比べ物にならないぐらいに強い。
それに加えて、魔力の流れを阻害する効果がある霧が発生しているので、この地域を攻めるにはかなりの戦力が必要になる。
「さらに、ここを攻めることによって得られる物が不確定だ。国を攻め落とした場合なら確実に得られる物がある上に領地も増やせるが、過酷な環境であるこの地域の場合はそうはいかない」
国を落とす場合は戦果をある程度試算することは可能だ。
さらに、領地も得られるので長期的な目で見て得られる物もある。
それに対して、この地域は調査が進んでおらず、どの程度の資源が眠っているのかが未知数だ。
さらに、特殊な環境な上に強力な魔物が生息しているこの地域を領地に加えるのは難しい。
「そして、ここ数年の戦争は負けが込んでいて、景気が悪く余裕が無い。そんな余裕の無い状況では高い戦力が必要な上に、不確定要素の多い特殊魔力地帯への侵攻はできないということだ」
「なるほどね」
とりあえず、この説明で納得してくれたようだ。
「と言うか、景気が悪いのに戦争を仕掛けるんだね」
「景気が悪いのに、ではないな。景気が
「って言うと?」
どうやら、これも説明をする必要がありそうだな。
「GDPのようなことが書かれている項目を見てみろ」
「ええっと、国内総生産だっけ? これかな?」
俺が言った通りにシオンがその項目を確認する。
そこには生産物の生産量やその取引量の詳細が書かれていた。他の項目もあるが、今はあまり関係が無いので気にしなくても良いだろう。
「あのー……じーでぃーぴー? って何ですか?」
だが、ここでネフィアがそんな質問をして来た。
「私も聞いたことが無いわね」
エリサもその単語を聞いたことが無いらしい。
どうやら、この世界にはその単語が存在していなかったようだ。
実際、資料にはその項目は「生産の統計(詳細)」と書かれていて、「GDP」や「国内総生産」といった単語はどこにも見当たらない。
まあ日本語で書かれているわけでは無いので、書かれていないのも当然と言えば当然なのだが、そういう意味ではない。それに当たる単語が見当たらないのだ。
そもそも、GDP(国内総生産)と言うには色々と要素が足りていないので、正確に言うとGDP(国内総生産)では無いのだが、似たようなものだったのでそう言っただけだ。
「それは気にしないでくれ。とりあえず、この項目を見てくれれば良い」
この世界には存在しないものもあるのでこれの説明は難しく、また本題とは直接関係が無いので省くことにする。
「装備品とか軍需品の生産が多いみたいだね」
「ああ、そうだ。ガーグノットの国内の産業は戦争関連の物が多い」
資料によると装備品や軍需品、食料の生産が多く、これらが産業のメインになっていた。
「それを国が買い取って戦争をしているんだね」
「ああ。もう戦争を前提に経済が成り立っている状態だ」
最早、ガーグノットの経済は戦争特需によって成り立っていると言っても過言ではないほどだ。
「それで、戦争を止めたくても止められないんだね」
「そういうことだ」
戦争を止めると経済が回らなくなるので、戦争をしないという選択肢が無い状態だ。戦争をしたいかどうかに関係無くな。
「でも、国の方はお金は大丈夫なの? 戦争ばかりしてたらすぐにお金が無くなりそうだけど?」
「まあ奪った領地から絞り取っているみたいだからな。その資料を見てみろ」
シオンに分かるように国の収入に関してのことが書かれた項目を指し示す。
「どれどれ……うわー……かなりの重税だね」
全体的にこの国の税は重いが、特に元々ガーグノットの民ではなかった者に課せられた税は非常に重い。まともに生活できているのかが疑問になるほどだ。
「視察結果を纏めた資料を見れば分かるかもしれないけど、元々ガーグノットの民だった者にですらかなりの重税で、一般人の生活は決して楽では無いわ。元々ガーグノットの民だった者ですらそんな状態だから、そうでない者はかなり苦しい生活をしているわね。特に食料不足は深刻よ」
エリサが補足説明をする。
「そうなのか」
「そうなんだね」
資料だけでは分からないこともあるので、そう言った補足説明は助かるな。
「他の収入は装備品の輸出に……奴隷取引?」
「そのようだな。まあここにはその詳細な内容までは書かれていないようだがな」
この資料はあくまで国の収入に関しての資料なので、各項目の詳細までは書かれていない。
例えば、輸出に関してはカテゴリーごとの輸出金額しか書かれておらず、輸出先などの詳細までは書かれていない。
「それは私が説明してあげるわ」
ここでエリサがその詳細の説明に入る。
「装備品の輸出に関してだけど、流石に戦争相手である隣国には売っていないわ。少し離れた国に売っていて、レグレットがメインの取引相手ね。今回の報告会には不要だと思って持って来ていないけど、貿易に関しての資料もあるから見たかったら後で見ておくと良いわ」
「いや、別に良い」
別にその詳細を知りたかったわけでは無いからな。
「そう、分かったわ」
「それで、奴隷取引っていうのは?」
シオンが奴隷取引について尋ねる。
「反乱分子を捕らえて奴隷として他国に売り飛ばしているのよ。国がこんなのだから反乱分子は多いしね」
「処刑はしないのか?」
普通なら処刑されそうなものだが、何故そうしないのだろうか。
「それだけ財政が厳しいのよ」
「なるほどな」
それほどまでに厳しい状況ということか。
「その反乱分子についてだけど、集まってレジスタンスを結成して反乱を企てているらしいわ」
まあいつ反乱が起きてもおかしくないような状況だったからな。
むしろ、そうなるのは必然だと言える。
「ほう? 詳細は?」
アデュークがその詳細を尋ねる。
「水面下で動いているからあまり情報は得られていないわね。詳細は今後調査する予定よ」
「そうか」
それを聞いて興味が薄れたのか、ソファーの
「そのレジスタンスがどうかしたのか?」
「うまく利用すればガーグノットの今の体制を崩せると思ってね」
「つまり、今のガーグノットを崩壊させるつもりということか?」
「ええ、そういうことよ。今の体制を崩せば静かになるでしょうしね」
まあここに攻め込んで来る可能性のある国なので、こちらとしては潰れてくれると助かるということか。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「状況を見てレジスタンスに介入していくつもりよ」
「介入?」
「ええ。レジスタンスと言っても小規模よ。それだけでは軍には勝てないでしょうから」
確かに、それはそうなのだが……。
「介入する必要はあるのか? わざわざそんなことをしなくても、勝手に破綻して滅んでいきそうだが?」
かなり国内の状況が悪いので、放っておいても今の体制が破綻して崩壊するだろう。
最早、次の戦争で負けたらそうなる可能性が高い。
「それはそうだけど、確実にそうなるとは限らないから」
「それもそうか」
確かに、確実な方法を取る方が良いか。
「とりあえず、ガーグノットについてはこのぐらいね。次はレグレットについての報告をするわね」
そう言うと、今机の上に広げている資料を片付けて新たな資料を取り出した。
「レグレットに関しての資料よ。ひとまず、目を通しておくと良いわ」
言われた通りに資料に目を通していく。
そして、全員がある程度資料に目を通したところで、エリサが説明を始めた。
「ごたついていた国内はだいぶ落ち着いたみたいよ」
「らしいな」
アデュークが一つの資料を手に取って、目を通しながら答える。
「ごたついていたという話は聞いていたが、具体的にはどんな感じなんだ?」
以前にルミナからその話は聞いていたが、詳しいことは聞いていない。
なので、この際にその詳細を聞いておくことにする。
「そうね……王が代替わりしたことは知っているかしら?」
「ああ。それは知っている」
「今まではハイスヴェイン家が王族に付いていたけど、王が代替わりしたことでそこに付け入る隙ができたのよ」
「と言うと?」
「新しい王に代替わりして体制が整っていないところに付け入ろうとしたのよ。今までは体制が整っていて付け入る隙が無かったから」
「なるほどな」
王が代替わりして新体制が整っていないところに取り入ろうとしたということか。
「それで、貴族達が王族に取り入ろうと首都であるリグノートに集まって動いていたから、国内がごたついていたということよ」
「なるほどな。ただ、それだと国内がごたついていたと言うより、リグノートがごたついていたというように思えるのだが?」
「他の街では貴族達が王族に取り入ろうとリグノートに行って不在になっている隙に、街に残った貴族がのし上がろうと動いていたから、他の街もごたついていたわ」
「……かなり混沌としていたんだな」
「まあそういうことよ」
ルミナからはただごたついていたとしか聞いていなかったが、そんなことになっていたのか。
「それで、結局どうなったんだ?」
リュードランがその結末を尋ねる。
「エンドラース家とルートライア家がうまく取り入ったらしいわよ」
「そうか」
エンドラース家とルートライア家か。そう言えば、ルミナもそんなことを言っていたな。
と、そんなことを考えていたところで、ある一つの資料が目に入る。
「これは?」
「それはエンドラース家とルートライア家の家系図よ」
「そのようだな。……む?」
家系図は重要な情報ではないので適当に流し読んでいたのだが、ある名前を見てそこで目が止まった。
「どうしたの、エリュ? 何か気になることでもあったの?」
「ああ。ここを見てみろ」
エンドラース家の家系図にあったその名前を指し示す。
「あれ? これってもしかしてルミナさん?」
そこにはルミナ・フォン・エンドラースと記載されていた。ルミナがこの街の出身なことは分かっているので、その可能性は十分に考えられる。
同じファーストネームの別人ということも考えられるが、根拠も無くその可能性を示しているわけでは無い。
あの店――元々は店は無くアトリエだけだったらしいが――は当時十三歳だったルミナが街に来たときに建てて住んでいたらしいが、当然それにはお金が必要だ。
そして、家を建てるとなればそれなりにお金が必要なはずだが、普通は十三歳の少女がそれだけのお金は持っていないだろう。
だが、貴族であるならばそれだけのお金を初めから持っていたことにも納得できる。
「ああ。それと、これも見てみろ」
気になった名前はもう一つある。ルートライア家の家系図を見ると、そこにはレーネリア・フォン・ルートライアと記載されていた。
「これって……」
「ああ、その可能性はあるだろうな」
レーネリアと言えば『
「エリサ、ちょっと良いか?」
「何?」
「なあ、このルミナというのは……」
「ええ、あなた達の知る彼女よ」
思った通り、彼女のことだったようだ。
「と言うか、逆に聞くけど一緒に住んでいたのに名前も知らなかったのかしら? 調べればすぐに分かることなのに」
「む……」
そう言われると返す言葉も無い。
「それと、もう一つ。このレーネリアという人物について聞きたいのだが良いか?」
ルミナのことは分かったので、次はレーネリアのことの聞いてみる。
「家系図を見ての通りルートライア家の末女よ。ただ、現在は行方不明らしいわ」
「行方不明?」
「ええ。三年ほど前から行方不明らしいわよ」
「三年前か……」
三年前と言えば、ルミナが店でレーネリアの面倒を見始めた時期と一致する。
だが、断定するにはまだ早いな。
「行方不明って……何故なんだ?」
ひとまず、行方不明になった経緯を聞いてみる。
「色々と憶測は飛び交っていたけど、結局のところそうなった経緯は不明よ。私もルートライア家の内情までは知らないから分からないわ」
「そうか」
残念ながら、エリサにもその経緯は分からないようだ。
「ただ、懸賞金を懸けて探しているみたいよ」
「懸賞金?」
「ええ。確か、一億セルトの懸賞金が懸かっていたはずよ」
「「一億!?」」
思わぬ金額につい声を上げてしまう。
「何故そんなに懸賞金を懸けてまで探しているんだ?」
「自分の娘なんだから探すのは当たり前だと思うけど?」
「それはそうだが……」
確かに、エリサの言う通り行方不明になっている自分の娘を探すのは当然のことと言えるだろう。
だが、何と無くそんな感じでは無い気がするのだ。
まあ何の根拠もないただの直感ではあるがな。
「聞きたいことは以上かしら?」
「……ああ」
これ以上の情報は得られそうにないので、質問はここで切り上げることにした。
「そう言っておきながら、まだ何か聞きたそうな顔をしているけど」
「だが、これ以上の情報は無いのだろう?」
「そうね。私はこれ以上の情報は持っていないわ」
私
「他に情報を持っている者がいるということか?」
「ええ、そうよ」
「誰だ?」
「分からないかしら?」
「そう言われてもだな……」
そう言われても、こちらも分からないから聞いているのだが。
「いるじゃない。親しい人物でレグレットが出身の貴族が」
と、そこまで言われたところで気付いた。
確かに、いるな。親しい人物でかつレグレットが出身の貴族という都合の良い人物が。
「……ルミナさんか」
「ええ、そうよ。あの国が出身の貴族だから、裏事情なんかも知っていると思うわ」
確かに、十三歳のときまでとは言え、貴族としてレグレットにいたルミナなら裏事情を知っている可能性は十分にある。
それに、何やらレグレットについて調べている様子だったしな。あの国のことについては彼女に聞くのが一番良いだろう。
「それもそうだな。それと、一応聞いておくが、エンドラース家とルートライア家は対立関係にあるのか?」
「ええ、そうよ。今はハイスヴェイン家も覇権を取り戻そうとそこに加わって、三つ巴の状態らしいわ」
「つまり、未だに国内は混沌としていると?」
「混沌としている、と言うほどでは無いわね。前までは貴族全体が動いていたけど、今はその三家が動いている感じよ」
「そうか」
一応、ある程度は落ち着いて来たということか。
「そんな感じで落ち着いてきてはいるけど、まだ争ってはいるからここに攻めて来ることは無いでしょうね」
「では、結論としてはどちらも攻めて来ることは無いということだな?」
リュードランが確認するように聞く。
「ええ、そうよ。さて、今回の報告会はここまでにしようと思うのだけど、何か質問はあるかしら?」
エリサが最後に質問が無いかを聞くが、質問をする者はいなかった。
そして、そのまま解散となって報告会は終了した。
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