episode62 魔力のコントロール

「や……やっと……」

「お……終わったね」


 それからしばらくして野菜を全て切り終えた。大きさはバラバラだが、切ることはできたのでこれで上出来だろう。


「痛っ!」

「いてっ! ……何もしていないだろ」


 ここで何もしていないにも関わらず、フェリエが光魔法で形成した鞭で叩いてきた。


「何もしていないからですよ。生で食べる気ですか? まだ炒める工程が残っていますよ?」

「それはそうだが、少しぐらいは休ませてくれないか?」


 ここまでっ続けだったので、だいぶ疲労が溜まっている。

 なので、少しは休みたいところだ。


「話すことができるのならまだまだ大丈夫ですね。安心してください。倒れたらベッドまで運んであげますよ」

「……全然安心では無いのだが?」


 つまり、倒れるまでやらせるということだよな?


「早く作業に入ってください」


 フェリエはそう言って鞭で叩いて来る。


「いったいな……わざわざ鞭で叩かないでくれるか?」

「無駄口を叩く暇があるなら早く作業に入ってください。早くしないと服が無くなりますよ?」


 光魔法で形成した鞭で叩かれまくったので服はボロボロだ。既に半分近くが破けて無くなってしまっている。


「……分かった」


 口答えすると鞭で叩かれるので、素直に指示に従うことにした。

 ひとまず、キッチン内にあるコンロに向かう。


 だが、そこでフェリエが前方に回り込んでそれを止めて来た。


「……何だ?」

「今回はコンロを使わずに野菜炒めを作っていただきます」

「「…………」」


 落胆してその場に膝を着き、手の平を床に着く。

 まあそうだよな。この鬼畜妖精が普通にさせてくれるわけがないよな……。


「フライパンはそこに入っています。調味料はここです」


 フェリエはこちらの様子を一切気に留めることなく次の指示を出して来る。

 だが、指示通りにしないことには終わらないので、気を取り直して次の工程に移ることにした。


「分かった」

「分かったよ」


 早速、確認してみるとフライパンは数種類あったが、いずれも至って普通の物だった。

 ひとまず、適当な大きさのフライパンを取り出す。

 調味料に関してはかなりの数があるが、料理に興味の無い俺達には使いこなせないので、塩コショウだけ使っておけば良いだろう。


「今回も起動術式と変換術式だけでお願いしますね」

「ああ。一応確認するが火魔法で良いんだよな?」

「そうですよ。それでは作業に入ってください」

「ああ」

「分かったよ」


 早速、火魔法の術式を使って熱を発生させて、フライパンを温める。

 だが、少ししたところでフェリエが鞭で俺達のことを叩いて来た。


「いったいな……まだ何もしていないだろ」

「その火力では何時間経っても終わりませんよ? もっと火力を上げてください」

「そう言われてもだな……」


 当然ではあるが、火力を上げるとその分制御が難しくなる。

 今の火力を維持するのでもやっとなので、これ以上火力を上げると制御が利かなくなるだろう。最悪、暴走する危険もある。

 しかし、このままだといつになっても終わらないのも事実なので、言われた通りに火力を上げることにした。少しずつ魔力の量を増やして徐々に火力を上げていく。

 魔力の量を増やしていくにつれて制御がしにくくなっていくのが分かるが、ここで止めてしまっては前には進まないので、構わずに魔力の量を増やしていく。

 そして、ついにそれが抑え切れなくなるほどになった。


(ここからだな)


 ここで制御し切れるかどうかが問題だ。これができなければいつになっても野菜炒めは完成しない。何とか魔力を制御しようと集中する。


「おわっと……」


 しかし、制御し切れずに軽い爆発が起きてしまった。当然のようにフェリエが鞭で叩いて来る。


「はい、やり直しです」

「……分かっている」


 野菜を切ったときとは違って維持する必要があるので難易度が高い。


(これは時間が掛かりそうだな……)


 だが、そんなことを思っていても何も始まらないので、さっさと再挑戦に移ることにした。先程と同じように徐々に魔力量を増していく。

 そして、少ししたところで先程暴走してしまったときと同じぐらいの魔力量にまで達した。


「……こんなところか」


 先程は制御し切れなかったが、今度は暴走させずにここまで火力を上げることができた。集中してその状態を維持する。


「良い感じに温度が上がって来ましたね。それでは、そろそろ油を引いてください」

「分かった」


 言われた通りに油を取ろうと左に視線を移す。

 だが、そのときだった。すぐ目の前で爆発が起こったのは。


「あ……」


 油を取る際に意識をそちらに向けていたので、魔法の方が暴走して爆発してしまった。


「その程度で途切れていては料理はできませんよ」

「……別に料理をするために修行をしているわけではないのだがな。……痛ぁ!?」

「無駄口が多いですね。この程度のこともできないのに無駄口を叩いている暇はありませんよ。早くやり直してください」

「ああ」


 そして、その後も何度も失敗をしながら繰り返し挑戦した。






「やっとここまで来たな」


 二十回近く挑戦してようやく野菜を炒める段階にまで辿り着いた。

 気を抜くと術式が霧散したり、暴走したりするので、意外と時間が掛かってしまった。


「そうですね。それでは、火を絶やさないように野菜を炒めてください」

「ああ」


 魔法の制御に意識を割きながら切った野菜を取って熱したフライパンに投入する。


「フライパンを振ってください。焦げますよ」

「ああ」


 指示通りに焦げないようにフライパンを振る。……かなり小さめに。


「もっと大きく振ってください。それだと、振っている意味がありませんよ」

「それはそうかもしれないが……」


 術式の維持に支障が出て来るので、あまり他のことに意識を割きたくない。

 とは言え、指示に従わないと鞭で叩かれそうなので、素直に指示に従うことにした。

 フライパンを振ることにはあまり意識を割かないようにして、術式の維持を最優先にする。


「次は調味料ですね。そうですね……まずはこれとこれを入れて、味が十分に染みたらこれを入れて……」

「塩コショウだけで良い!」


 あまり色々と味付けする余裕は無いので、ここは単純な味付けが良いだろう。フェリエの指示を無視して塩コショウに手を伸ばす。

 だが、その手を鞭で弾かれてしまった。


「……何をするんだ」

「私の言うことを聞いていなかったのですか? 使うのはこれとこれと……」

「だから、塩コショウだけで良い!」

「味付けも重要……いえ、味付けこそ重要です! これによって料理の出来が……」

「今はそんなことは良い! ……あっ……」


 そんなやりとりをしていると、術式の維持ができずに霧散して火が消えてしまった。


「おい、ここまで来るのにも時間が掛かったのに、どうしてくれるんだ?」


 この段階に至るまでに二十回近く挑戦しているので、結構苦労している。


「あなたが私の言うことを聞かなかったからですよ」

「塩コショウだけで良いと言った……ぐっ!?」

「……どうやら、お仕置きが足りないようですね。それでは、その体に教えて差し上げましょう」


 そう言うと、フェリエは光魔法で五本の鞭を形成して滅多打ちにして来た。


「ぐっ……がっ……」


 もうお仕置きという域を遥かに超えている。完全にただの暴力だ。


「分かった。分かったからもう止めろ!」

「時間は掛けませんから大丈夫ですよ。二度と無駄口を叩けないようにして差し上げます」

「痛い! もう分かったから止めろ! おい、聞いているのか!」


 しかし、フェリエは一切聞く耳を持たない。

 そして、そのまましばらく体中を叩かれ続けてボコボコにされたのだった。






「や……やっと終わった……」

「……だね。……うぐっ……」


 疲れ果てて二人同時に床に倒れ込む。

 かなり時間は掛かったが、何とか野菜炒めを完成させることができた。


「火の通りが少々まばらですが、ギリギリ合格ということにして差し上げましょう」

「そうしてくれると助かる」


 出来が悪いので作り直しと言われると流石に無理だ。これ以上は動ける気がしない。


「終わったようね」

「む?」


 声がした方を見るとそこにはエリサがいた。見たところ、ちょうど部屋に入って来たところのようだ。


「ああ、ちょうど今終わったところだ」

「そうみたいね。…………」

「……? どうしたんだ?」


 ここでエリサが何かを気にした様子で俺達のことをじっと見て来る。


「何で上を脱いでいるわけ? シオンに至っては全裸じゃない」


 光魔法で形成した鞭で叩かれまくったので、服はほとんどが破けて無くなってしまっている。

 俺の場合は上半身は裸、下半身は裸では無いがほとんど残っていない状態で、シオンに至っては全裸だ。


「……あの鞭で叩かれたせいでほとんど服が残らなかっただけだ」


 床に散らばった服の残骸を指し示しながら言う。


「あなたがシオンを襲ったわけじゃなかったのね」

「……俺を何だと思っているんだ?」


 このまま問いただしたいところだが、今はその気力も無いので止めておくことにする。


「まあ良いわ。それで、これがあなた達が作った昼食?」

「いや、昼食ではなく朝食だ」


 時間的にはもう昼前だが、これは朝食だ。朝からずっと作っていたからな。


「……朝からずっと作っていたのね」

「そういうことだ」

「……動ける?」

「正直厳しいな」


 色々と疲れたので、これ以上は動ける気がしない。


「仕方が無いわね……私が部屋まで運んであげるわ」


 そう言うと、エリサは俺達を肩に担ぎ上げた。


「助かる」

「ありがとー」

「このぐらいは別に良いわよ。朝食は部屋で摂ると良いわ」

「分かった」

「分かったよ」


 そして、作った野菜炒めをエリサが空間魔法で収納したところで、そのまま部屋へと向かった。






 部屋に着いたところで、俺達はそっとベッドの上に降ろされた。


「着替えて食事を摂ったら仮眠でも取ると良いわ」

「ああ、そうさせてもらう」

「野菜炒めは机の上に置いておくわ。それじゃあ私は行くわね」


 エリサはそう言い残すと、俺達の作った野菜炒めを机の上に置いてから部屋を出て行った。


「さて、ひとまず着替えるか。と言いたいところだが……」


 かなり心身が疲労しているようで、思ったよりも体が動かない。

 しかし、着替えないわけにもいかないので、何とかベッドから起き上がろうとする。


「うぅ~……疲れた……えいっ!」

「おわっ!?」


 だが、起き上がろうとしたそのとき、シオンがいきなり抱き付いて押し倒して来た。


「な……何をしているんだ?」

「もう疲れたからこのまま寝るー」

「寝るのは着替えてからにしろ!」

「……? どうしたの、エリュ? 心拍数上がってるよ?」


 裸のまま抱き着かれると俺も上は着ていないので、胸が直接当たってその感触が直に伝わって来る。軟らかい感触やその……女性としての特徴ある部分だとか諸々だ。

 なので、心拍数が上がって当然と言うか何と言うか……。


「とりあえず、離れろ!」


 シオンを横に退けてから押して離れる。


「むぅ……遠慮しなくても良いのに」


 起き上がってから手で胸を下から持ち上げるようにして、その小さな……いや、ほとんど無い胸を強調して来る。


「わざわざ見せ付けて来るな! 早く着替えろ!」

「しょうがないなー」


 そう言うと、シオンはベッドから降りて服の入ったタンスに向かって行った。

 だが、ベッドを降りた直後に派手に前方に倒れ込んでしまった。


「シオン!?」

「むぐぅ~……もう動けないー……」


 どうやら、力尽きて動けなくなったらしい。


「はぁ……仕方無いな……」


 仕方が無いので俺が代わりに着替えを取り出す。


「寝間着は確かここに……あったな。ほら、着替えだ。自分で着替えろ」


 今から仮眠を取るので寝間着で良いだろう。シオンの分の着替えを渡してから自分も着替える。


「……早く着替えろよ」


 着替え終わったところでシオンの方を見てみたが、うつ伏せに倒れたまま全く動いていなかった。


「動けないって言ったじゃん。エリュが着替えさせてよ」

「何故、俺が?」

「エリュしかいないんだもん」


 確かに、それはそうなのだが……。


「…………」


 シオンの様子を見てその状態を良く観察する。


(本当に動けなさそうだな)


 シオンのことなのでわざとやっているという可能性もあったが、見たところ本当にもう動けない状態のようだった。


「分かった」


 仕方が無いので着替えさせることにした。後ろから起こして座らせた状態にして服を着せていく。


 そして、着替えが終わったところでベッドにそっと寝かせて、俺もその隣で横になった。

 余っ程疲れていたのかシオンは既に眠りに落ちていた。

 かく言う俺もかなり疲れていたので、ベッドに横たわったところですぐに眠りに落ちていた。






「さて、そろそろ昼食の時間かしらね」


 エリュとシオンを運び終わったエリサはそう呟きながらリビングに戻る。


「戻って来ましたね。昼食はもう少し時間が掛かるので、少々お待ちください」


 フェリエが昼食の準備をしながら言う。


「分かったわ。とりあえず、ここで待たせてもらうわね」


 そして、エリサはそう言って食卓に着いた。


「お昼できてるー?」


 ちょうどエリサが食卓に着いたタイミングでアーミラが部屋に入って来る。ネフィアにフィルレーネ、アデュークにヴァルトも一緒だ。


「昼食はもう少し時間が掛かりますので、少々お待ちください」

「いつもならこの時間にはできてるのに珍しいね」

「あの二人の修行をしていたので」

「ふむ、エリュとシオンか」


 ヴァルトが宙に浮かせた椅子に足を組んで座りながら言う。


「それで、どうだったのだ?」

「朝食が昼食になりましたよ」

「我はそういうことを聞いているのだはないのだが?」


 椅子に座ったままフェリエの目の前に転移してから言う。


「そうですね……その話は昼食を作ってからで良いですか?」

「ああ、それで構わん」


 そう言うと、ヴァルトは元の位置に転移した。


「まだ時間が掛かるみたいなので、私はみんなの様子を見て来ますね」


 ネフィアはそれだけ言い残して魔物達の世話をしに行った。


「アタシはリビング側で待ってるから、できたら呼んでね」

「……私も」

「俺もそうさせてもらう」


 そして、アーミラ、フィルレーネ、アデュークの三人はリビング側へと向かい、ソファーに座って料理が完成するのを待った。






 それから少しして料理が完成した。食卓はエリサ、フェリエ、アーミラ、フィルレーネ、アデューク、ヴァルトの計六人が席に着いて昼食を摂り始める。


「それで、あの二人はどうだったのだ?」


 ヴァルトがフェリエにエリュとシオンを修行させての所感を尋ねる。


「今のところはまだまだですが、中々筋は良さそうですよ」

「そうか」

「そもそも、何をさせたの?」


 アーミラが修行内容を尋ねる。


「料理をさせただけですよ?」

「……絶対普通に料理させただけじゃないよね?」

「普通に風魔法で食材を切らせて、火魔法で焼かせただけですよ?」

「ふーん……そうなんだ」


 あまり興味が無さそうにしながら一口大に切られたワイバーンの肉を口に運ぶ。


「……制御術式は使わせたの?」


 それを聞いたエリサが一つ質問をする。


「使わせていませんよ。起動術式と変換術式だけを使わせました」

「あの二人も良くそれでできたわね」

「……? それぐらいは普通じゃないの?」


 エリサの反応を不思議に思ったアーミラが聞き返す。


「あの二人はまだ基礎レベルの魔法しか使ったことがないのよ? 普通はここまでできないわ」

「そうなの!?」


 それを聞いたアーミラが驚嘆の声を上げる。


「ほう? かなり筋が良いということのようだな」


 ヴァルトもそれを聞いて興味津々だ。


「ええ。ルミナに聞いた話だと魔法適性は高くて、属性適性に関してもかなり優秀らしいわよ」

「ふむ、そうなのか。後で測ってみるとするか」

「そうね。二人は今頃、仮眠を取っているでしょうし、その間に測定しておけば良さそうね」

「結果が出たらアタシにも教えてよね」

「ええ。測定が終わり次第すぐに教えてあげるわ」


 そして、その後は六人でのんびりと閑談して、昼食の時間を過ごしたのだった。

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