episode61 修行……?

「……二人とも朝よ。起きなさい」

「む……エリサか。今日は早いな」


 フェルメットとの模擬戦から三日が経った。

 普段は自分で起きているのだが、今日はいつもの起床時間より早い時間にエリサが起こしに来た。


「それで、何か用か?」


 わざわざこの時間に起こしに来たということは、何か用があると見て間違い無いだろう。ひとまず、用件を聞いてみる。


「傷の具合を見に来ただけよ。ということで、診せてもらって良いかしら?」

「ああ」


 そして、怪我をしていた箇所を触って具合を確認して来る。


「もう完治したみたいね」

「そのようだな」


 起き上がって軽く動いてみるが、痛みや違和感は無い。これなら修行の方も問題無さそうだ。


「早速、今日から修行に入る? それとも、大事を取って今日は止めておく?」

「今日からで頼む。シオンもそれで良いな?」

「うん」

「それじゃあ着替えたらリビングに来て。私は先に行っておくわ」


 エリサはそれだけ言い残すと足早に部屋を出て行った。


「さっさと着替えるか」

「だね」


 そして、着替えを済ませたところで、エリサの待つリビングへと向かった。






 リビングに向かうとそこにはエリサとフェリエが待っていた。


「来たわね」

「ああ。それで、何をするんだ?」


 修行するのは良いのだが、その内容をまだ聞いていない。


「あなた達の修行はフェリエが担当するから、それは彼女に聞くと良いわ」


 エリサがそう言ったところでフェリエが一歩前に出る。


「そうか。よろしく頼む、フェリエ」

「よろしく頼むよ、フェリエ」

「はい。これから鍛えて行きますので、付いて来てくださいね?」


 そう言って少し浮いて高さを合わせてから右手を差し出して来る。

 どうやら、握手を求めているようだ。こちらも右手を差し出して握手をする。

 そして、シオンも同じようにして握手したところでフェリエは地に足を着けた。


「それでは早速行きましょうか。こちらに来てください」

「ああ」

「分かったよ」


 そして、フェリエに案内されて目的地へと向かった。


「着きましたよ」


 しかし、案内されたのは予想だにしない場所だった。


「……ここはキッチンだよな?」

「そうですよ。見て分かりませんか?」


 案内されたのはキッチンだった。どう考えても修行とは関係の無い場所に思えるが……。


「ここで何をするんだ?」


 ひとまず、何をするのかを聞いてみる。


「あなた方には自分達の朝食を作っていただきます」

「……それが修行と何の関係があるんだ?」

「これが修行ですよ?」

「俺達は料理を学びに来たわけではないのだが?」

「すぐに分かります。これが食材です」


 フェリエはそう言って空間魔法で食材を取り出して渡して来る。


「いや、だから……」

「今回は野菜炒めを作っていただきます。食材はもう洗ってあるので、そのまま切ったので大丈夫ですよ」

「……少しは人の話を聞いて欲しいのだが」


 だが、フェリエは有無を言わさずに野菜を押し付けて来た。


「…………」


 この様子だと何を言っても聞く耳を持たなそうなので、仕方無く言われた通りにすることにした。

 ひとまず、渡された野菜をまな板に乗せる。


「それで、包丁はどこにあるんだ?」


 野菜を切れとは言われたが、包丁が見当たらない。どこかにしまってあるのだろうが、どこにあるのかが分からないのでその場所を聞いてみる。


「包丁なんてありませんよ」

「……は?」

「聞こえませんでしたか? 包丁はありません。必要無いですし」


 そんなことを言われてもだな……。


「食材を切るのに必要なのだが?」


 食材を切るには当然包丁は必要だ。道具も無しに食材を切ることはできない。


「仕方無いですね。見ていてください」


 そう言うと、ほうれん草のような野菜を取り出してまな板に乗せて、その野菜に向かって手をかざした。

 そして、そこから僅かに風が吹いたと思ったら、野菜は綺麗に五等分されていた。


「おー! すごーい! 何をしたの?」

「……風魔法か」

「ええ、そうですよ。と言うことで、同じようにやってみてください」


 思った通り、風魔法を使って野菜を切断したようだ。

 この魔法は鋭い風を起こして切断するという基礎レベルの魔法なので、俺達でも問題無く使うことができる。

 そして、早速、手本通りに風魔法を使って野菜を切ろうとした。


「あ、待ってください」


 しかし、それをフェリエに止められてしまった。


「何だ?」

「制御術式は使わないでください」

「……大丈夫なのか? 最悪、暴走する危険もあるが?」


 制御術式というのは術式を構成する基礎術式の一つで、その名の通り魔力の流れの制御を行って魔法を安定させるための術式だ。

 別にこれが無くても魔法を使えなくはないが、当然魔力の流れが安定しなくなる。

 なので、魔力をコントロールし切れずに暴走したり、そもそも魔法自体をうまく起動できなかったりするので、半ば必須になる術式だ。


 ……と、説明してみたが、その前に魔法についてを説明した方が良いか。

 魔法の構築というのは様々な基礎術式を組み合わせて一つの術式にするというもので、言わばプログラミングのようなものだ。

 もちろん、使われるのはプログラミング言語などではなく、魔術言語と呼ばれる特殊な言語だが。


 また、基礎術式というのは、その名の通り魔法の基礎となる術式の総称で、これらを組み合わせることによって魔法を構築する。

 例を挙げると、魔法の基盤となると同時に魔法を起動するのに必要な起動術式、魔力を各属性に変換する変換術式、魔力の流れを制御する制御術式などがある。


「この程度の術式であれば、暴走したとしても大したことにはならないので大丈夫です」


 ……それは大丈夫と言えるのだろうか。


「と言うより、起動術式と変換術式だけでお願いします」

「接続術式もダメか?」


 接続術式というのは基礎術式の一つで、術式同士を繋ぐために必要になることがある術式だ。

 術式の組み合わせによってはうまく作用しなくなったり、効率が落ちたりする場合があるので、その際にそれらをうまく繋ぐために必要になる。


 また、組み合わせる術式に合わせてその内容を変える必要があるので、基礎術式の中でも構築難易度が高い。

 だが、それと同時に非常に重要になる術式で、これによって魔法の完成度が決まると言っても過言ではないほどだ。


「そもそも、この程度の術式に接続術式は必要無いですよ。そんなことも分からないのですか?」


 そう言われても、魔法については初心者も同然なのでその判断が付かない。

 と言うか、先程からずっと思っていたことだが、この妖精口が悪いな……。


「分からなくて悪かったな」


 だが、そのことに口を出すと面倒なことになりそうなので止めておくことにする。

 そして、まな板の上に乗った野菜に向けて風魔法を起動した。


「む……」


 しかし、鋭く切れる風を起こすことができず、ただ吹き飛ばしただけになってしまった。シオンも同様だ。

 やはり、制御術式無しで魔力をコントロールするのは難しい。

 そもそも、制御術式を使ったとしても、これだけ正確にコントロールするのは至難の技だ。


「やはり、難し……痛ぁ!?」

「いっったあぁーい!?」


 そのとき、フェリエに光魔法で形成した鞭のようなもので尻を叩かれた。それも思い切り。


「やり直しです。早くしてください」

「わざわざ叩かなくても良いだろ……痛ぁ!?」

「口答えしないで早くしてください。いつになっても終わりませんよ?」


 そう言いながら何度も尻を叩いて来る。


「分かった! 分かったから叩くのを止めろ!」


 吹き飛ばしてしまった野菜をまな板の上に戻して再挑戦する。

 しかし、結果は先程と同じだった。

 そして、再びフェリエに尻を叩かれる。


「いてっ……失敗する度に叩くのは止めて欲し……いっったあぁぁーー!?」


 思い切り尻を叩かれて、体が軽く浮き上がる。どう考えても威力がおかしすぎるだろ……。

 魔力強化でダメージは軽減しているが、このままだと最後まで持たないだろう。


「口答えをして良いとは言っていません。早くやり直してください」

「エリサ! フェリエを何とかしてくれ!」


 食卓にいるエリサに助けを求める。


「……私からは頑張りなさいとしか言えないわね」

「そう言わずに何とか……痛ぁ!?」

「どこへ行くのですか? まだまだこれからですよ?」


 しかし、それを拒否された上に連れ戻されてしまった。


「では、早くやり直してください。早く成功させないと朝食が昼食になりますよ?」

「……分かった」

「……分かったよ」


 再び野菜をまな板の上に戻して再挑戦するが、やはり結果は変わらない。

 そして、失敗したところで当然の権利であるかのようにフェリエが尻を叩いて来る。


「……罰を受けたくてわざと失敗しているのですか?」

「俺にそんな属性は無い!」

「ボクもだよ!」

「でしたら、早く成功させてください。私も暇ではないので」

「できるのならそうしてる。……む?」


 と、そんなやりとりをしていたそのとき、リビングに誰かが入って来た。


「……騒がしいぞ」

「ちょっと! さっきからうるさいよ!」


 入って来たのはアデュークとアーミラだった。


「アデュークにアーミラでしたか。こちらが朝食になります」


 フェリエがそれを出迎えて、用意しておいた二人の朝食を空間魔法で取り出してそれぞれに渡す。


「騒がしい理由を聞いているのだが?」

「エリュとシオンの修行をしているだけですのでお構いなく」


 そして、フェリエは二人にそれだけ伝えると俺達の元に戻って来た。


「アデューク、アーミラ、どっちでも良いからフェリエを何とかしてくれないか?」


 アデュークとアーミラにも助けを求める。


「……諦めろ」

「頑張ってねー」


 しかし、二人にもそれを拒否されてしまった。

 どうやら、救いは無いらしい。


「さて、続きをしましょうか」

「……はぁ……」


 そして、諦めてため息をつきながら再挑戦するが、やはり結果は変わらない。


「痛あぁーー!?」

「痛あぁーーい!」


 もちろん、失敗と同時に光魔法で形成した鞭で尻を叩かれる。


「しばらくは騒がしくなりそうだな」

「だねー」


 そして、その後も再挑戦と失敗を繰り返して、いたずらに時間が過ぎて行った。






「こ……これでようやく半分か……」

「そうだね……」


 それからしばらくして、渡された野菜の半分ほどが切り終わった。

 うまく均等に切ることができずに大きさはバラバラだが、特に何も言われないので気にしないことにする。


「無駄口を叩く暇があるなら早く切ってください。たったこれだけの野菜を切るのにどれだけ時間を掛けているのですか?」


 そう言ってフェリエが光魔法で形成した鞭で尻を叩いて来る。


「……ったいな……シオン、大丈夫か?」

「うぅ……お尻が痛い……あまり大丈夫じゃないかも」


 ことあるごとにこの鬼畜妖精に尻を叩かれたので、その部分の服が破けてしまっている。

 シオンに至ってはショートショーツの後方部分がほぼ全部破けて無くなっていて、それどころか下着までもが破けて尻が丸出しになっている状態だ。


「無駄口を叩くなと言ったのが聞こえなかったのですか?」

「痛っ……」

「痛ーい! ……あ」


 その一撃でシオンのわずか残っていたショートショーツの後方の部分も破けて、下着と一緒にはらりと落下した。


「エリュー。全部破けちゃった」

「っ!? わざわざこちらを向くな!」


 俺はすぐにそこから目線を外す。シオンは下半身が裸の状態なので、当然見えてしまっている。まあ本人はわざとやっているのだろうが。


「エリュ、遠慮せずに見ても良いんだよ?」

「良いから早く着替えて来い!」

「むー……しょうがないなぁ……」


 渋々といった様子で了承したシオンはキッチンを出ようとした。

 だが、フェリエがその前方に回り込んでそれを止めた。


「どこへ行くのですか? まだ野菜も切り終わっていませんよ?」

「……それはシオンの状態を見て言ってくれるか?」

「他には誰も見ていませんし大丈夫ですよ。着替える暇があったら、早く野菜炒めを完成させてください」

「流石にそれは酷くないか?」


 この状態で続行させるのは流石にどうかと思うのだが。


「本人が気にしていないようなので問題は無いでしょう。早く作業に戻ってください」


 確かに、そうかもしれないがそういう問題では無い。

 しかし、これ以上言っても聞いてくれそうにないので、作業に戻ることにした。まな板の上に乗せた野菜に向けて風魔法を放つ。


「ふむ、今度はうまく行ったな」


 流石にそろそろ慣れて来たので成功率は上がって来ている。それでもまだ失敗することの方が圧倒的に多いが。


「いっったあぁーーい!」


 シオンは失敗したようだ。尻を押さえてのたうち回っている。


「大丈夫か?」

「うぅ……直接叩かれると結構痛い……」


 まああの威力だからな。魔力強化でダメージを軽減しているとはいえ、あれが素肌に当たるとかなり痛むだろう。


「仕方が無いですね。では、素肌の部分を叩くのは止めましょう」


 そう言うと、今度は尻ではなく背中を叩いた。


「うぐっ……」


 痛そうにはしているが、先程よりはマシなように見える。

 そして、その後は残った半分の野菜を切る作業を進めて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る