episode51 デート?

「む……んー……もう朝か」


 窓から陽光が差し込み、いつもの天井が視界に入った。

 晴れ渡った心地の良い朝のはずだが、いまいち気分は優れない。

 やはり、昨日『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーと喧嘩のようになってしまったのが気掛かりだ。


「二人ともおはよう」


 そこにルミナが挨拶しながら部屋に入って来た。


「ああ、おはよう」

「おはよー」


 俺達は普通に挨拶を返す。

 だが、そこで何か違和感があったのか、ルミナが目の前まで来てこちらの顔を覗き込んで来た。


「どうかしたのか?」

「気分が優れないようね」

「…………」


 表情に出しているつもりはなかったのだが、ルミナにはお見通しだったらしい。


「『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のみんなから話は聞いているわ」


 どうやら、既に話を聞いていて、昨日あったことは把握しているようだ。


「もう帰って来ているのか?」

「ええ、朝方に帰って来て、今はみんな睡眠を取っているわ」

「そうか」


 既に帰って来ているということは、あの後は休むことなく夜通しで帰って来たということか。

 まあそれもそうか。捕まえた盗賊達を連れておく必要があったからな。

 昨日は休みを取る予定だった彼女達には少々悪いことをしたな。


「外でも出歩いてみたらどう? ここにいても気分は晴れないと思うわよ?」


 外か……。特にすることは無いが、彼女の言う通りここにいても気が滅入るだけなので、それも良いかもしれないな。


「それもそうだな。シオンもそれで良いか?」

「うん」

「朝食の方はもうすぐ用意できるわ。出掛けるときは魔法の通信機は忘れずに持って行ってね。それと、夕方頃からは雨が降るかもしれないから、それまでに帰って来ると良いわ」

「分かった。……どうした、シオン?」


 シオンが珍しく何かを考えるような素振りを見せているので、その内容を聞いてみる。


「朝食は外で摂るのでも良い?」


 何を考えているのかと思ったら、朝食のことについてだった。


「ええ、良いわよ」


 ルミナはその提案を即答で承諾する。


「良いのか?もう朝食は用意しているのだろう?」


 それは良いのだが、わざわざ朝食を用意してもらっているのに、それを摂らずに外食をするのは少々悪い気がする。


「『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーの分に回すから気にしなくても良いわよ」

「そうか。わざわざ用意してくれたのに悪いな」

「気にしなくても良いって言っているのに。まあ良いわ。それじゃあ私はもう行くわね」


 そして、ルミナはそう言い残して部屋を後にした。


「とりあえず、着替えるか」

「だね!」

「……何故そんなに嬉しそうなんだ?」


 シオンは朝食を外で摂ることを決めたあたりから何故か嬉しそうにしている。

 彼女のことなので、ある程度その理由は推測できるが、ひとまずその理由を聞いてみる。


「何でも無いよ。早く着替えて行こ!」

「分かった! 分かったから引っ張るな!」


 嬉しそうにしている理由ははっきりとは分からないが、機嫌を損ねているわけではないので別に気にする必要は無いだろう。

 それに、俺の勘が正しければすぐに分かることだろうしな。


 そして、着替えだけして朝食は摂らずに街の散策へと向かった。






「エリュは行きたいところはあるの?」

「そう言われても特に目的は無いからな……」


 外に出たは良いが、気分転換に散策しに来ただけなので、どこに行くかは決めていない。


「シオンはどこか行きたいところはあるか?」


 俺は特に行きたいところは無いので、シオンの要望を聞いてみる。


「うーん、そうだね……それじゃあ商業エリアはどう?」

「商業エリアか」


 商業エリアはその名の通り多くの店舗が集まっていて、この街の商業の中心になっているエリアだ。

 この街に最初に来たときに訪れた市場もこの商業エリア内にある。


「分かった。それでは早速向かうか」

「うん!」


 そして、行き先が決まったところで早速目的地へと向かった。






 しばらく歩いたところで市場へと到着した。


「ここに来るのも一か月振りぐらいか?」

「だね」


 市場は一か月前に来たときと変わらず、活気に溢れて賑わっていた。


「……で、商業エリアと言っても広いが、どこに行くんだ?」


 商業エリアの中でルミナの店から一番近いのが市場なので、ひとまずここに来たが、商業エリアは広い。

 なので、商業エリアのどこに行きたいのかを聞いてみる。


「ボクが行きたいのはもっと奥の方かな」

「そうか、分かった。ならシオンが先行してくれ」


 行き先はシオン任せなので、ここはシオンに先行させた方が良いだろう。


「そうだね、エリュ」


 だが、シオンは先行すること無く手を繋いできた。


「……俺は先行しろと言ったのだが?」

「えー……それぐらい別に良いじゃん」


 そう言って俺の腕に抱き付いて来る。


「はぁ……まあ別に良いか」


 歩くことにそんなに支障は無いので、問題は無いだろう。

 そして、そのまま市場を抜けて目的地へと向かった。






「ここが来たかった場所か?」

「そうだよ」


 着いたのは食べ物関連の出店が集まっているエリアで、食べ歩きをするのにはちょうど良い場所だった。


「ここで朝食を摂るのか?」

「そうだよ。それじゃあ早速行こっ!」


 シオンはそう言って手を引っ張って来る。


「待て! そんなに強く引っ張るな! 時間はあるのでそんなに急ぐな!」


 まだ朝なので、夕方まではまだまだ時間はある。


「それもそうだね。まずはどれにする?」

「それはシオンの好きにして良いぞ」


 別に俺は何でも良いからな。ここはシオンに任せることにする。


「じゃあまずはあれにしよ」


 シオンが選んだのはサンドイッチだった。

 見たところ、どれも肉と野菜を具にした物のようだ。


「ああ、分かった。それで構わないぞ」

「エリュはどれにする?」

「そうだな……シオンと同じ物で良いぞ」


 俺はどれでも良いので、ここもシオンに任せることにする。


「分かったよ。おじさん、これを二つちょうだい」

「それ二つか。なら三百セルトだ」

「……エリュ」

「ああ」


 お金は俺が持っているので、俺が代金ちょうどの銀貨三枚を渡す。


「毎度あり! 二人とも仲が良さそうだが、もしかしてデートかい?」


 商品を受け取ったところで、店主がそんなことを聞いて来た。

 確かに、仲が良いように見えるのかもしれないが、別にそういうわけでは無いので、ここはきっちりと否定しておく。


「別にそういうわけでは……」

「そだよー」


 だが、そこで俺が言い切る前にシオンがそれを打ち消すように言った。

 朝食を外で摂ると決めたときから嬉しそうにしていたのはそういうことだったか。


「おい」

「えへへ♪」


 そして、シオンは人目もはばからずに腕に抱き付いて来る。


「……行くぞ」


 それをすり抜けるようにしてほどき、そのまま近くにあったベンチへと向かう。


「あ! 待ってよー」


 シオンはそう言ってすぐに追い掛けて来る。

 そして、そのまま俺の隣に座った。


「とりあえず、食べるか」

「だね」


 早速、買って来たサンドイッチに口を付ける。


「次は何が良いかなー」


 シオンはまだ食べ終わってもいないのに次のことを考えている。


「とりあえず、飲み物を探さないか?」


 それはそうと、まだ飲み物を買っていないので、どこかで買っておきたい。

 これだけ食べ物を売っているところなので、どこかに飲み物も売っているだろう。


「だね。飲み物を売っているところは……あった!」


 見渡すと、飲み物を売っているところはすぐに見付かった。


「適当に何か買ってきてくれるか?」


 俺はそう言ってシオンに硬貨を渡す。


「分かったよ」


 そして、お金を受け取ったシオンは意気揚々と飲み物を買いに行った。


(デート、か……)


 まあたまにはこういうのも悪くないか。

 とりあえず、今日ぐらいはシオンに付き合ってやることにした。


「エリュー! 買って来たよ!」

「ああ」


 シオンが買って来た飲み物を受け取る。


「それで、次はどうするんだ?」

「エリュ、珍しく乗り気だね」

「まあたまにはこういうのも良いかと思ってな」


 受け取った飲み物を飲みながら答える。


「そうなんだ」

「ああ。今日はシオンに付き合うぞ」

「それじゃあ次はあれ食べない?」


 シオンの指差した先を見ると、それはクレープの屋台店だった。

 どうやら、クレープを食べたいらしい。


「もちろん、構わないぞ。行くか」

「うん!」


 早速、クレープの屋台店に向かう。


「いらっしゃいませ。どれにいたしますか?」

「エリュ、ボクが選んで良い?」

「ああ、構わないぞ」

「それじゃあこれで」


 すぐに決まったシオンが注文する。


「さて、俺はそうだな……」

「待って、エリュ」


 メニューを見て注文を決めようとしたが、それをシオンが止めて来た。


「一緒に食べよ」

「ああ……あ?」


 一瞬、理解できずに抜けた声を出してしまう。


「もちろん、良いよね?」

「そう言われてもだな……」


 一緒にということはそういうことだよな? それは流石に躊躇うというか何というか……。


「こちら、ご注文の品になります」


 と、そんなことを考えている間にシオンの注文した品が完成していた。


「ありがとー。それじゃあエリュ、行こっか」


 そう言って先程座っていたベンチに戻っていく。


「はあ……まあ今日は付き合うと言ったからな。それぐらいのことはしてやるか」


 少しため息をつきながらシオンの後を追ってベンチに戻る。


「はい、エリュ」


 そして、ベンチに座ったところで、シオンがかじりかけのクレープを渡して来た。


「ああ。…………」


 受け取ったクレープを見ると、上部が全てかじられていて、かじりかけの部分を避けて食べることはできなさそうだった。

 絶対わざとやったよな、これ。


 ここでシオンの方に視線を移すと、じっとこちらを見て食べるのを待っていた。


(こうなれば仕方無いか)


 俺は意を決してかじりかけのクレープにかぶり付く。

 ふむ、味は悪く無いな。


「次はボクだね!」


 シオンはそう言って俺からばっとクレープを奪い取る。

 そして、大きく口を開いてわざわざ俺がかじったところに向かってかぶり付いた。


「次はエリュだよ。はい」

「…………」


 もうこうなったらあまり考えないようにした方が良さそうだ。気に留めないようにしながらクレープをかじる。

 そして、その後は交互にクレープをかじって食べた。


「ふう……次は何する?」

「それはシオンが決めてくれ。今日は付き合うぞ」

「分かったよ。それじゃあ次はあっちに行こ!」


 そして、その後はシオンと一緒に商業エリアを見て回って、夕方前までの時間を過ごした。

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