episode50 盗賊の討伐

 ちょうどその頃、エリサは観測所跡の外に出ていた。

 と言うのも、ある人物達が来ていたのを確認したからだ。


「あなた達も来ていたのね」


 そこにいたのは『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーだった。


「それはこっちのセリフだよ。エリサって冒険者じゃないよね?」


 リーダーであるアリナが代表してエリサに尋ねる。


「ええ、そうよ」

「じゃあ何であの二人と一緒にいるの?」

「あの二人の様子を見に来ただけよ」


 エリサ達の目的は変わらず、何かと興味深いことが多いエリュ達の様子を観察することだ。


「そんなことより、ここに来たということは盗賊の討伐依頼を受けて来たということよね?」


 ここに来た以上目的は分かり切っているが、確認のために一応聞いてみる。


「そうだよ。あの二人だけだと不安だからね。それに、今回は魔物じゃなくて盗賊が相手だし余計にね」

「盗賊が相手だから、ね」


(彼らの場合はむしろそれの方が向いていると思うけど)


「……? どうしたの?」

「いえ、何でも無いわ」


 彼女達には黙っておいた方が良いと判断したエリサは言わないで黙っておくことにした。


「ところで、行かなくて良いの? もう戦闘に入っていると思うけど?」


 確認したところ、エリュ達はもう本格的な戦闘に入っているようなので、そのことは伝えておく。


「そうなの? それじゃあのんびりしてはいられないね。みんな、急いで突入するよ」

「分かったよ」

「分かりました」

「はい。分かりました」


 そして、『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーは一斉に観測所跡へと向かった。


「さて、私も行きましょうかね」


 もう隠密行動を取る必要も無いので、エリサはそのまま観測所跡へと向かった。






 見付かった俺達は盗賊達を蹴散らしながら地下を駆け巡っていた。


「それで、どうするのエリュ?」

「ああ、それならもう……」


 と、シオンに方針を伝えようとしたそのとき、盗賊が部屋から通路に飛び出して来た。


「これでもくらえ!」


 そう言って斧を振りかぶって両手で振り下ろして来る。


「……当たるかよ」


 それをそれぞれ左右に別れて躱す。

 そして、そのまますれ違い様に短剣で喉を斬り裂いた。


「それで、どうするの?」


 シオンが改めて方針を聞いて来る。


「それなら大丈夫だ。この先だからな」


 目的の場所はこの先だ。このまま真っ直ぐに廊下を駆ける。


「着いたぞ」

「あれ? でも、ここって……」


 その場所を見たシオンが困惑気味に言う。


「待ちやがれ!」


 そのとき、後方から盗賊の叫び声が聞こえた。

 俺達は短剣を構えて後方を振り向く。


「残念だったな。そこは行き止まりだ」


 その盗賊の言う通り、この先は行き止まりだ。この先には広めの部屋が一つあるだけで、他には何も無い。


「ようやく追い詰めたぜ……お前ら! 畳んじまいな!」

「うおぉー!」


 そして、盗賊達が一斉に襲い掛かって来た。


「来るぞ!」

「分かってるよ」


 まずは一番前にいた剣を持った盗賊二人が襲い掛かって来る。

 そして、その剣で横薙ぎの一撃を放とうとした。


「おらぁ……あ?」


 だが、その一撃は壁に当たって止まってしまった。


「隙だらけだ」


 俺はその隙に短剣で喉を突き刺して、そのままその死体を蹴飛ばした。

 盗賊達は行き止まりに追い詰めたと思っているようだが、残念ながらそうでは無い。

 むしろ、その逆だ。俺は敢えてこの場所まで盗賊達を誘導したのだ。


 まず、この通路は狭いので一度に二人ずつでしか攻撃を仕掛けられない。

 これによって数の優位を完全に無にすることができる。

 つまり、向こうに何人いようとも常に二対二での戦闘になる。

 さらに、長い武器は使いづらいので短剣が得意な俺達の方が有利だ。


 そして、この先は部屋が一つあるだけの行き止まりなので、挟み撃ちにされることも無い。

 なので、この場所であれば俺達の方が優位に戦うことができる。


「短剣を持った奴を警戒しろ」

「分かったよ」


 盗賊達の使っている武器は短剣に剣、大剣に斧なので、最も警戒すべきは短剣を持っている盗賊だ。

 短剣持ちに気を付けつつ、一人ずつ盗賊達を片付けていく。


「おらよ!」


 斧を振りかぶって叩き付けて来るのを左手に持った短剣で受け流して、すぐに右手に持った短剣で喉を斬り裂く。

 直後にその後ろから来た短剣持ちの盗賊が右手に持った短剣を降り下ろして来るが、その瞬間に前に出て左肩で降り下ろされた右腕を受ける。

 そして、そのまま右手に持った短剣でその盗賊の喉を斬り裂いた。


「……受け取れ」


 さらに、その死体を左方向に向けて蹴飛ばす。

 すると、その死体は左にいた盗賊に当たってその盗賊を怯ませた。

 その隙を突いてシオンがその盗賊の頭を斬り飛ばす。


「大したこと無いね」

「そうだな」


 最初に戦ったときも思ったが、盗賊達の技量は低く、ゴブリンよりかはマシかもしれないと言った程度のレベルだ。

 ここでは数の優位も活かせないので、殲滅は時間の問題だろう。


 だが、そう思ったそのとき、通路の奥の方から怒声がした。


「お前ら、相手はたったの二人だろ! まだ片付かねえのか!」


 盗賊達が道を空けるように通路の端に移動すると、奥から斧を持った盗賊と剣を持った盗賊がやって来た。


「すいません、お頭! こいつらが思ったよりも強くて」


 どうやら、この斧を持った男がこの盗賊団の頭らしい。隣にいる剣を持った盗賊は、その右腕と言ったところだろう。


「だったら退いてろ! 俺様が直々に片付けてやる!」


 そう言うと、男は一気にこちらに駆け寄って来て、そのままその斧を振りかざしてきた。


(……魔力が込められているな)


 受け流して反撃したいところだが、斧に魔力を込めて魔力強化をしているようなので、この攻撃は下手に受けない方が良いだろう。

 なので、ここは下がって回避することにする。


「下がるぞ」

「うん」


 すぐにシオンに指示を出す。

 そして、斧が振り下ろされたタイミングに合わせて、バックステップで後ろの部屋まで下がってそれを躱した。

 斧が叩き付けられた石の床が割れて破片が周囲に飛び散る。


「思ったよりも威力が高いね」

「そうだな」


 やはり、下手に受けなくて正解だったな。


「おらぁ!」

「叩き潰してやる!」


 だが、それで攻撃は終わらない。そのまま続けて攻撃を仕掛けて来る。


「シオン、少し下がっていろ」


 俺は短剣をすぐに鞘に納めて、刀に手を据える。


 そして、間合いに入った瞬間に二人纏めて叩き斬った。

 斬られた二人の盗賊が部屋の端の方まで吹き飛ばされる。


「……ほう?」


 胴体を真っ二つにするつもりで放った一撃だったが、吹き飛ばされただけでダメージは入っていないようだ。

 どうやら、剣を持った盗賊が剣で受けて防いだらしい。


「シオン、雑魚の方を頼めるか?」

「分かったよ」


 他の盗賊達が部屋に雪崩込んで来られると困るので、シオンに抑えておいてもらう。


「その剣……ミスリル合金製か?」


 見たところ、この盗賊の持っている剣はミスリル合金製の物のようだった。

 ミスリルは耐久性、魔力伝導率共に優れた魔法金属だが、産出量が少なくかなり高価な物だ。

 ミスリル合金はその名の通りミスリルを使った合金のことで、相性の良い物質と混ぜた合金にすると、さらにその効果を上げることができる。

 特にミスリル九割に対してマギアライトという魔力伝導率に非常に優れた水晶を一割混ぜた合金、通称ミスリライトという合金は高価ではあるが非常に優秀だ。


 だが、この剣はミスリライトではなくアダマス錬成鋼だ。どちらもルミナの店で実物を見たことがあるので間違い無い。

 アダマス錬成鋼はミスリルとアダマス鋼とエメラルを一対八対一で混ぜたアダマス鋼をメインとした合金で、値段の割に耐久性と魔力伝導率が優秀だ。


 ちなみに、アダマス鋼は魔力伝導率はそんなに高くないが、耐久性が高めの魔法金属で、比較的産出量の多い金属だ。

 そして、エメラルは魔力伝導率が高い水晶でそこそこ値が張る。


「ああ、そうだ。売り払ってやろうかとも思ったが、折角なので使わせてもらうことにしたのだよ」


 やはり、この剣は奪った物のようだ。


「お前の持っているそれも良さそうじゃないか。これはかなり稼げそうだな」

「……? 何の話だ?」


 この盗賊の頭は何を言っているのだろうか。要領を得ない。


「それを売れば金になるということだ!」


 そう言ってその斧を振りかぶって一気に距離を詰めて来る。


 ああ、そうか。そういうことか。理解した。

 どうやら、この盗賊達は勘違いをしているらしい。


 俺は右腕に込められるだけの魔力を込めて、降り下ろされた斧を右手に持った短剣に受け止める。


「何!?」


 あっさりと攻撃を受け止められた盗賊の頭が驚いた様子で声を上げる。


「……狩られるのはそちらだぞ?」


 そのまま左手に持った短剣で斧を突くと、その一撃で斧はバラバラに砕け散った。


「っ!?」


 そして、驚き気味に怯んでいるところに、すかさず右手に持った短剣で喉を突き刺した。

 そのまま斬り捨てるようにして右側に短剣を抜く。


「後はお前だけだな」

「っ!」


 後は剣を持った盗賊だけだ。頭を殺られて動揺しているようなので、ここで一気に決めることにする。


 右手に持った短剣を投擲して牽制しつつ接近し、接敵と同時に左側の腰に装備した短剣を右手で抜刀しつつ攻撃、そのまま両手に装備した短剣で連続攻撃を仕掛ける。


(他の盗賊達よりかは強いな)


 そもそも、装備している武器が強いというのはあるが、それを抜きにしても他の盗賊達よりかは強い。

 だが、それもあくまで他の盗賊達と比べての話だ。俺からすれば大した相手ではない。向こうは防戦一方だ。


「おらっ!」


 だが、そのとき防戦一方だった盗賊が隙を見て切り払って来た。

 それをバックステップで距離を取って躱す。


「…………」

「…………」


 距離が空いたため仕切り直しとなった。互いに武器を構えて睨み合う。

 そして、再び接近戦に持ち込もうとしたそのとき、剣を持った盗賊が口を開いた。


「明日にはここを出てトンズラするつもりだったのによ……どうしてくれるんだ?」

「……そうか。それは良かった」


 明日逃げる予定だったのか。それはちょうど良かったな。


「お前……ふざけてんのか!?」


 盗賊の男は怒気を含んだ声で叫ぶ。


「……? 何がだ?」

「お前のせいで盗賊団は壊滅だ。これから稼ぐつもりだったのによ」

「だから良かったと言っているのだが?」

「こいつ……」


 随分とお怒りのようだが筋違いにもほどがあるな。

 この盗賊達は理不尽に殺されたわけではなく、殺されるべくして殺されたのだから。


「それとだ。壊滅ではない。全滅だ。お前達のようなクズ共は皆殺しだ」

「こんなところで終わるかよ!」


 男はそう叫ぶと同時に剣を振り上げて、一気に距離を詰めて来る。


「……やはり、人は変わらないものだな。お前達のような存在そのものが害悪なクズ共も、そして……俺もな!」


 ここで俺は殺害対象ターゲットに向けてこれまでにないほどの強い殺気を向ける。


「っ!?」


 その殺気を前に盗賊の男は蛇に睨まれた蛙も同然だった。すくみ上がって怯んで何もすることができない。

 俺はすぐに両手に持った短剣を手放して、刀に手を据える。


 そして、隙だらけの盗賊に向けて誅殺の一刀を放った。

 魔力を込めた一撃で突風が吹き、斬り飛ばされた頭が床で二回跳ねて転がる。


「……さて、シオンの方の援護に行くか」


 頭は倒したがこれで終わりではない。まだ手下達が残っている。

 そして、すぐに短剣を回収して、シオンの援護へと向かった。






 シオンの援護に向かうと、そこには盗賊達の死体が積み上がっていた。


「そちらは……大丈夫そうだな」

「そっちも終わったみたいだね」

「ああ。それはそうと、残りの奴らはどうした?」


 見たところ、死体は全部で三十人分ぐらいしかない。これで全員では無かったはずだ。


「途中から何人か逃げ出しちゃったからね」

「……そうか。すぐに追うぞ」

「うん」


 何人かは逃げ出してしまったらしいが、こちらは一人たりとも逃す気は無い。すぐに殺害対象ターゲットを追い掛ける。


 だが、駆け出した直後に一階に続く階段の辺りから大きな物音がした。


「……行くぞ」

「うん」


 すぐに音のした方向へと向かう。

 そして、一階に続く階段に着くと、彼女達がいた。


「二人とも大丈夫だった!?」


 そこにいたのは『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーとエリサだった。アリナが心配そうにしながら聞いて来る。


「ああ」

「うん」


 俺達は無傷なので問題無い。盗賊達が思っていたよりも弱かったからな。

 それはそうとして、だ。


「ところで、何故『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーがここにいるんだ?」


 確か、彼女達は今日は休みだったはずだ。


「それはもちろん二人が心配だったからだよ」

「そうだったのか」


 どうやら、心配してわざわざここまで来てくれたらしい。


「ところで、こちらの方で盗賊を見かけなかったか?」


 それはそうと、逃げ出した盗賊達がいるはずなので、逃げられる前に見付け出さなければならない。

 逃げるとしたら真っ先にここに来るはずなので、彼女達ならそれを見ている可能性が高いだろう。

 もし見ていないとなると、既に逃げ出したということになるが……。


「それならここにいるよ」


 見ると、途中で逃げ出したと思われる盗賊達が捕らえられていた。

 どうやら、彼女達が捕まえてくれたらしい。


「捕まえてくれたのか」

「そうだよ」


 ひとまず、取り逃がさずに済んで一安心だな。


「もう少しで逃げられるところだったのによ」

「全く、タイミング悪く来やがって」


 だが、盗賊達には全く反省の色が見えない。


「…………」


 そこに静かに、ゆっくりと、気配を消して一歩ずつ歩み寄る。


 そして、間合いに入ったところで、素早く居合斬りを放った。

 一陣の風が吹いて、世界の全てが静まり返ったかのような静寂が訪れる。


「……何故止めた?」


 しかし、その一撃はレーネリアに止められてしまったいた。魔法で魔力障壁を張った上で杖で受け止めている。

 だが、かなりの威力だったので、その杖に罅が入ってしまっていた。


「リーダーの方針なので」

「それだけか?」


 レーネリアの目を真っ直ぐと見ながら尋ねる。


「…………」

「…………」


 そして、互いに無言のまま鍔迫り合いが続く。


「ちょっと! 二人とも何やってるの!」


 だが、ここでアリナが間に割って入って来る。


「……何故そいつらを生かしている?」


 盗賊達を生かしているのはアリナの方針のようなので、直接本人にその理由を聞いてみる。


「もう戦う気が無いんだし、そこまでしなくても良いでしょ?」

「そうか? どう考えてもここで殺しておいた方が良いと思うが?」


 どう考えてもこいつらをわざわざ生かしておく必要は無い。

 むしろ、ここで殺しておいた方が良い。


「シオン」

「うん」


 その一言で俺の意図を察したシオンは刀に手を据えながら盗賊達に駆け寄る。


「レリア、シオンの方を止めて!」

「分かっています」


 そして、シオンが盗賊達に向けて居合斬りを放つが、その一撃はまたしてもレーネリアに止められてしまった。


「っ!」


 攻撃は防がれてしまったが、その一撃でレーネリアの杖が折れた。

 それを見たシオンは返しの刃で追撃を加える。


 だが、そのときだった。すぐ近くから何者かに威圧されたのは。


「っ!?」


 その威圧によって全員の動きが止まる。

 この威圧感、間違い無い。これはエリサの連れだと言う人物によるものだ。

 俺はエリサに向けて「どういうことだ」と視線でメッセージを送る。


「……止めたのはこのままだと収拾がつかなくなりそうだったからよ。悪く思わないでね」

「…………」

「…………」

「…………」


 再び辺りに静寂が訪れる。


「二人は私が送っておくわね。『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のみんなは普通に帰ると良いわ。二人とも行くわよ」


 この様子だと抵抗しても無理矢理連れて行かれそうなので、ここは素直に従うことにした。

 そして、そのままエリサに連れられるままミストグリフォンに乗って街まで戻った。

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