第1章閑話 神域にて佇む者1

 神域、それはこの世界と同じ理を持ち別次元のどこかに存在すると言われている領域。

 そこでたった一人で佇む神と名乗った者、マキナは地上を映した球体状の魔力空間を通して自身が送り込んだ転生者の様子を眺めていた。


「彼は……いえ、彼らは無事なようですね」


 そして、その様子を見て無事なことを確認した彼女は呟くようにそう言った。


「やはり、この場所に送ったのは正解だったようですね」


 もちろん、彼女はこの場所には適当に飛ばしたわけではない。この世界の中でも情勢が安定していて、平穏に生活しやすい場所を選んでエリュ達二人を飛ばしていた。


「この世界の理にも馴染んで来ているようですね」


 理の異なる世界に馴染むにはそれなりに時間が掛かるとも思われていたが、その予想に反して既に二人はだいぶこの世界に馴染んでいた。


「これは彼らの適応力と言うよりも周囲の者達の影響が大きいと見て間違い無さそうですね」


 二人の適応力が高かったということが一因であることに違いは無いが、それ以上に周りの者達の影響は大きかった。

 特に慈愛の精神を持ち彼らを受け入れ、魔法の扱いにも長けたルミナの存在は非常に大きく、彼女がいなければここまで早く新しい世界に馴染むことができていなかったと言っても過言では無い。


「そして、周囲の環境は人に強い影響を与えます。もちろん、彼らも例外では無いでしょう」


 人格や性格は周囲の環境によって形成されるのはもちろんのこと、場合によっては既に形成された人格や性格にも影響を与えることもある。


「しかし、人の性格はきっかけ一つで簡単に変わってしまうことがある一方で、そう簡単には変わらないという矛盾を孕んだ不思議なものでもあります」


 だが、人の性格とは不思議なもので、きっかけとなる出来事があれば容易に変わってしまうという変化しやすい一面を持っている一方で、そう簡単には変わらないという不変的な側面も持ち合わせている。


「彼らがどう変わっていくのか、それとも何も変わらないのか、それは誰にも分かりません」


 未来のことについて予想をすることは誰にでもできるが、未来のことが分かる者は誰一人として存在しない。

 もちろん、それは神だと名乗った彼女自身も例外ではなかった。


「しかし、一つ確かに変わった点はあるようですね」


 だが、エリュには一つだけ確実に言える大きな変化があった。

 それは他者に対する情だ。明らかに以前よりも思いやりの類の感情が強くなっている。

 特にシオンに対しては慈愛の類の感情も見受けられた。


「ただ、芯となっている根底の部分は変わっていないように見えます。あくまで私の印象ですが」


 ただ、それとは対称的に悪人に対しての残虐なまでの無情さは変わっていないように見えた。


「とは言っても、彼らはまだ転生して一か月も経っていませんし、今後どうなるのかはまだまだ分かりませんね」


 とは言え、エリュ達はまだ転生して一か月も経っておらず、きっかけ一つで彼らの運命が大きく変わる可能性もあるので、今後どうなっていくのかはまだまだ予想がつかない。


「それに、彼女もまた大きく彼らに関わって来そうですし、大きく運命が変わるかもしれませんね」


 そう言って視線を移したのはエリュ達が市場で会った全身を覆う黒い外套を纏った少女、エリサだった。


「彼女は彼らのことについて何か気になることが、いえ、気付いたことがあるようですね」


 市場でも何かを気にしていた彼女だったが、エリュ達を見てあることに気が付いているようだった。


「そのこと自体は直接彼らに影響は与えませんが、それを気にした彼女が関わることになれば話は別です」


 新たな出会いは大きなきっかけになり得るので、それによって大きく運命が変わる可能性は十分にある。


「彼らの新しい物語は幕を開けたばかりです。彼らがどんな過程を辿ってどんな結末を迎えるかは分かりませんが、彼らをこの世界に送り込んだ者として、最後の管理者として私はそれをただ見届けるだけです」


 そして、マキナは最後にそれだけ言うと地上を映した魔力空間を閉じた。

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