episode41 上空に現れたのは

 上空に現れた影が俺達に向かって急降下して来る。


「シオン、構えろ!」


 シオンに指示を出しつつ、短剣と魔法銃を抜いて構える。

 そして、急降下してそのまま俺を踏み潰そうとして来たのを、飛び出すようにして跳んで避けた。


「グルルル……」


 現れたのはレッサーワイバーンだった。こちらを睨み付けるように横目で視線を送りながら、低い唸り声を上げている。

 そう、先程のデザートバード達はこのレッサーワイバーンから逃げていたのだ。

 そして、ちょうど撒いたところで俺達を見付けて襲い掛かって来ていたのだ。


「エリュ、どうするの?」

「そうだな……」


 俺達はEランク冒険者になったばかりなのに対して相手はDランク推奨の魔物、それもDランク推奨の魔物の中でも最強と言われているレッサーワイバーンだ。ここは戦わずに逃げるべきだろう。

 ルミナもEランク冒険者がレッサーワイバーンの相手をするのはまず無理だと言っていたしな。


 だが、ここは周りが崖で囲まれた窪地で、崖も十メートル近くあるので簡単には逃げることができない。


「グオォォーー!」


 と、そんなことを考えていたところでレッサーワイバーンが咆哮を上げながら襲い掛かって来た。


「っと……」


 翼を大きく振りかぶって叩き付けて来るのをバックステップで躱す。

 すると、翼が叩き付けられた地面にひびが入り、そこから岩の破片が飛び散った。

 かなりの威力なので、直撃すればただでは済まないだろう。


「それで、どうするの!?」


 シオンが判断を急かすように声を上げる。


「仕方無い、戦うぞ!」


 ここから逃げることはできなさそうなので、仕方無く戦うことにした。


「グルォォーー!」


 レッサーワイバーンが叫び声を上げながら翼を振り回して来る。

 俺達はそれを躱しながら隙を見て魔法銃で攻撃を仕掛ける。


「この程度の攻撃だと効かないか」


 しかし、硬い皮膚を持つレッサーワイバーンには全く効いていなかった。

 比較的軟らかい腹のあたりを撃っても傷一つ付かない有り様だ。


「ならば、これはどうだ?」


 軟らかい部位にすら攻撃が通らなかったが、それでも攻撃が通りそうなところはある。

 それは眼と口の中だ。この二か所であれば皮膚には覆われていないので、問題無く攻撃が通るだろう。


 ただ、口の中を狙うには口が開いた瞬間を狙う必要があるため少々難易度が高い。

 なので、ここは眼を狙うべきだろう。眼を撃ち抜くことができれば、仕留められなくても大きな隙を作ることはできるはずだ。

 そして、隙ができれば逃げるチャンスも生まれるだろう。


「シオン、眼を狙うぞ」

「分かったよ」


 早速、眼を狙って魔法銃で攻撃を仕掛ける。

 しかし、その銃撃は翼に防がれてしまった。


(やはり、隙を突く必要があるな)


 無闇に撃っても簡単に防がれてしまうので、何とか隙を突いて狙うしか無さそうだった。


「グルルァァーー!」


 右翼を振りかぶって叩き付けて来たのを俺から見て右側、つまり内側方向へと飛び込むようにして回避する。

 先程までは追撃のしにくい外側に回避していたが、それだと眼を狙うのは難しいので、内側へと回避した。


 そして、眼に狙いを定めて魔法銃のトリガーを引いた。

 しかし、その瞬間に頭を動かされたので、顎に当たってしまった。

 もちろん、ダメージは通っていない。


 やはり、近距離ではあるものの、下から撃っているので眼を狙うのは難しい。上から狙えれば楽なのだが、レッサーワイバーンは体長が三メートル近くある。

 魔力強化をして跳べば上から狙えるが、翼で簡単に防がれてしまうだろう。


「グアァァーー!」


 先程の攻撃が気に障ったのか、怒気を含んだ咆哮を上げながら左翼を引いて攻撃態勢へと移った。

 振りかぶっているのではなくそのままの高さで翼を引いているので、叩き付けるのではなく薙ぎ払うつもりなのだろう。

 これはバックステップで後方に離れて回避したいところだが、飛び込むように回避したせいで態勢が万全ではない。

 この態勢から後方に回避しようとしても間に合わないので、薙ぎ払いを伏せて回避する。


 すると、放たれた薙ぎ払いは空を切り、その場に風が巻き起こった。


「ったく、危ない……なっ!」


 だが、レッサーワイバーンの攻撃は終わらない。両翼を何度も叩き付けて俺を叩き潰そうとして来る。

 それを何とか転がって回避するが、このまま回避し続けるのは難しいだろう。


「させないよ!」


 そのとき、シオンがその場で高く跳び上がって、上から眼を狙って魔法銃で攻撃を仕掛けた。

 その攻撃は全て翼で防がれてしまったが、隙を作るには十分だった。俺はその隙に素早く起き上がって距離を取る。


「助かった」


 今回は本当に助かったからな。シオンに一言礼を言っておく。


「それで、どうする?」


 シオンが今後の方針を聞いて来る。


「ふむ、そうだな……」


 攻撃は割と単調なので全て回避できているが、問題は何一つダメージを与えられていないことだ。皮膚が硬く、傷一つ付いていない。

 少なくとも魔法銃では傷一つ付けることもできなさそうだった。


 何とか策を弄したいところだが、純粋に攻撃力と防御力が高いのである程度の地力が求められる。

 だからこそ、ルミナもEランク冒険者がレッサーワイバーンの相手をするのはまず無理だと言ったのだろうが。


 しかし、俺達にはその地力が足りていないので、かなり厳しい状況だ。

 だが、まだ八方塞がりというわけではない。今のところは魔法銃での攻撃しか試していないので、他の武器での攻撃が通るという可能性はまだ残っている。


「とりあえず、他の武器での攻撃も試してみるぞ」


 魔法銃での攻撃が通らないことは分かったので、魔法銃をしまって両手に短剣を装備する。


「分かったよ」


 そう言ってシオンも俺と同じように両手に短剣を装備する。

 とりあえず、こちらの攻撃で一番攻撃力が高いのは刀を使った居合い斬りだ。

 普通に刀で斬るのと変わり無いと思うかもしれないが、居合い斬りの方が集中しやすく、それに伴って魔力強化の精度も高いのだ。

 なので、普通に斬るよりも威力が高い。

 何とか隙を見て叩き込みたいところだが、ひとまず短剣で様子を見る。


「挟撃する形で行くぞ」

「分かったよ」


 こちらは数の優位があるのでそれを活かして攻撃を仕掛けることにした。

 俺は右に、シオンは左に駆けてそれぞれの方向から攻撃を仕掛ける。


 それに対してレッサーワイバーンはシオンの方を見て、そのまま左翼で薙ぎ払って来る。

 シオンはそれを跳躍して躱し、そのまま空中から攻撃を仕掛ける。


「っ!?」


 そして、背後を取った俺も同時に攻撃を仕掛けようとしたが、そのとき右から強い衝撃受けた。

 何かと思ってその方向に視線を移すと、そこにあったのはレッサーワイバーンの尻尾だった。


 そう、シオンに対して左翼による薙ぎ払いを放つと同時に俺に対しては尻尾による薙ぎ払いを行っていたのだ。

 俺は尻尾に打たれてそのまま吹き飛ばされる。


 一方、シオンは空中から攻撃を仕掛けているが、レッサーワイバーンはそこに噛み付こうと口を開いた。


「シオン!」


 このままだとシオンが危ない。しかも、空中なので回避も難しい。


 だが、俺は吹き飛ばされて態勢が完全に崩れているので、援護はできない。

 そして、レッサーワイバーンはシオンがすぐ目の前まで来たところでガブリと噛み付いた。


 だが、シオンは噛み付いてくるタイミングに合わせて足を後方に振り上げて態勢を変えることで攻撃を躱し、そのまま上から首に抱き付いた。


「グルァァ!?」


 シオンのその行動が想定外だったのか、レッサーワイバーンは驚いた様子で暴れ始めた。


「暴れないでぇぇーー」


 そう言いながらシオンは振り落とされないようにしがみ付く。

 かなり暴れているが、シオンを振り落とそうとそちらに意識を向けているので隙だらけだ。

 暴れている間にこちらはもう態勢を立て直しているので、すぐに短剣を鞘にしまって一気に接近する。


 そして、間合いに入ったところで腹に向けて居合斬りを放った。

 その一撃はレッサーワイバーンの皮膚を掠めて、その皮膚に傷を付けた。

 本当はもう少し踏み込んで攻撃したかったが、暴れていて下手に近付くのは危険だったので、刀の先端が掠めるぐらいの間合いにしておいた。


「グアッ!?」


 レッサーワイバーンは初めてのダメージに少し戸惑いを見せる。

 もちろん、その隙を見逃したりはしない。その隙に先程斬った箇所を狙って返しの一撃で追撃する。


「む……」


 しかし、その一撃は翼の骨に当たって刀が折れてしまった。

 だいぶ暴れていたので、攻撃を放った瞬間に翼が攻撃の軌道上に入って、そこに当たってしまったのだ。


(翼の骨は硬いとは聞いていたが、まさか刀が折れるとはな)


 翼の骨は非常に硬く、ルミナの話によるとレッサーワイバーンの骨の中で最も硬いらしい。

 非常に丈夫で武器の素材としてよく使われるので、錬成魔法で武器を作っていたときにその話を聞いていたのだ。


 それはそうとして、だ。


「シオン、大丈夫か?」


 シオンは暴れるレッサーワイバーンの首にまだしがみ付いている。


「これぐらい大丈……」

「グルルァァーーー!」


 そのとき、首の後方にしがみ付いているシオンをどうにかしようと、背中を叩き付けるように後方に勢い良く倒れた。


「おわっと……」


 シオンは叩き付けられる直前に手を離して、飛び出すようにレッサーワイバーンから離れた。

 そして、すぐに起き上がって態勢を立て直す。

 レッサーワイバーンの方もすぐに起き上がった。


「大丈夫か?」


 態勢を立て直したところで改めて尋ねる。


「ボクは大丈夫だよ。エリュの方こそ尻尾で殴り飛ばされてたけど、大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ」


 魔力強化で全身を強化していたので、この程度ならば問題無い。

 ただ、怪我は無いが刀は折れてしまった。とりあえず、必要の無い折れた刀を投げ捨てて、短剣を鞘から抜いて構える。


「ボクの刀使う?」

「ああ」

「分かったよ。はい」


 そう言って鞘に入ったままの刀を渡して来る。


「助かる。それと、シオンは回避重視で戦ってくれ」


 ここでついでに今回の方針も伝えておく。


「分かったよ。エリュはどうするの?」

「俺は隙を見て攻撃を叩き込む」


 とりあえず、軟らかい腹の部分であればダメージが通ることは分かったからな。首に攻撃が通せれば良いのだが、首は硬いので攻撃が通るかどうかは微妙なところだ。

 試したいところではあるが、刀が折れてしまう可能性もあるので迂闊に試すわけにはいかない。


「グルルルァァァーーーー!」


 そのとき、レッサーワイバーンがこれまでにないほどの大きな雄叫びを上げた。

 どうやら、傷付けられたことが気に障ったらしく、そのことで怒っているようだ。


「あれ? 怒ってる?」

「そのようだな」


 レッサーワイバーンはこちらを敵意の籠った眼差しでぎろりと睨み付けて来る。

 それに対してこちらも短剣を構えていつでも迎え撃てるようにしておく。


(ここからが本番といったところか)


 恐らく、ここからが本格的な戦闘になるだろう。そんなことを予感しながら敵の次の動きに備えた。

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