episode39 遠方での依頼

 昼食後はメイルーンの借りた馬車に乗って街を出た。

 馬車に彼女の荷物は積まれていないので、荷物は全て空間魔法で収納しているものだと思われる。


「確か、一日掛かるんだったよな?」


 一日掛かるという話はエルナから聞いているが、確認のために聞いてみる。


「ええ、そうよ。到着するのは明日の昼になるわ」


 情報通り、一日掛かる距離のようだ。


「どの辺りで一泊する予定なんだ?」


 とりあえず、泊まる予定の場所が決まっているのかどうかを聞いてみる。


「ここよ」


 メイルーンはそう言って空間魔法で地図を取り出して、野宿する予定の場所を指差す。

 荷台からだと見えないので、御者台に体を乗り出して確認する。


「ちょうど荒野地帯に入ったところか?」


 指差したのはちょうど草原地帯と荒野地帯の境界付近だった。


「そうよ。荒野に入れば大きな岩があって、そこには小さな洞窟があるからそこに泊まるわ」

「なるほどな」


 洞窟の中なら見付かりにくいので、視界の広い草原に泊まるよりは安全だろう。


「あなた達も御者台に来たらどう? 良い感じのそよ風が気持ち良いわよ」


 そう言ってメイルーンが御者台に座るように誘って来る。


「少し狭くないか?」


 それは良いのだが、この御者台は二人用なので三人で座るには少々狭い。


「詰めれば座れなくはないし、大丈夫よ」

「それもそうか」


 俺は御者では無いのでこういう機会はあまり無いだろう。折角なので、この機会に体験してみることにした。

 俺達はメイルーンの両隣にそれぞれ座る。


「どう? 良い感じのそよ風でしょう?」

「そうだな」


 彼女の言う通り、心地の良いそよ風が気持ち良い。


「順調に行けば夜頃に着くと思うわ。周囲の警戒は私がしておくから、それまで休んでいて良いわよ」

「いや、それぐらいのことはするぞ」


 彼女一人に任せ切りというのも悪いので、こちらから周囲の警戒を申し出る。


「あなた達はこういう環境に慣れて無いでしょうし、少しでも温存すると良いわ」


 確かに、その通りなのだが……。


「良いのか?」

「これでも私は五十年以上冒険者をしているから大丈夫よ」


 どうやら、こう見えても五十年以上も冒険者をしているらしい。


(……ん?五十年?)


 聞き間違いだろうか。改めてメイルーンの容姿を見てみる。

 だが、その容姿はどう見ても三十代にしか見えない。


「どうしたの?」


 メイルーンは俺のその様子に気付いたのか、何用なのかを聞いて来る。


「いや、何でも無い」


 年齢を聞きたいところだが、流石に年齢を聞くのは失礼だろう。

 気になるところではあるが、ここは聞かないでおく。


「そう。ところで、今は二人ともルミナの店に泊まっているのよね?」


 話は変わって、俺達のことになる。


「ああ」

「ミィナにリーサ、『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のみんなとは仲良くやってる?」


 話は同居しているメンバーと上手く行っているかどうかということだった。


「ああ。何だんだでな。メイルーンさんは仲が良いのか?」


 メイルーンにもその質問を返してみる。


「ええ。ルミナには世話になってるし、『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーとは一緒に依頼を受けたこともあるから」

 確かに、以前ルミナに何かを頼んでいたしな。トップクラスの錬成魔法の技術を持っているルミナには世話になることが多いのだろう。

 それに、『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーと一緒に依頼を受けたことがある、か。


「どうしたの、エリュ?」


 俺が考え事をしているのに気付いたシオンが何を考えているのか聞いて来る。


「ああ。ちょっとな」


 考えていたこととは、ルミナに聞こうと思いながらも聞けずじまいになっていたことだ。

 彼女がそのことを知っているかどうかは分からないが、少し聞いてみることにする。


「メイルーンさん、レリアのことについて何か知っているか?」


 聞こうと思っていたこととはレーネリアのことだ。何も知らないという可能性が高そうだが、駄目元で聞いてみる。


「そうね……ルミナからは何か言われてる?」

「レーネリアのことはレリアと呼んでくれと言われているだけだな」


 ルミナから言われていることはこれだけだ。他にレーネリアのことについては何も言われていない。


「そのときが来たらルミナが話してくれると思うから、それまでの間はそのことに触れないようにしてあげて。あの子には色々と事情があるのよ」

「そうか」


 何と無くそんな感じはしていたが、彼女にも色々と事情があるらしい。

 そう言うのであれば、もうこれ以上の詮索はしない方が良いだろう。


「他に何か聞きたい話はある?」

「特別聞きたいことはもう無いな。俺はそろそろ荷台の方に戻らせてもらう」


 聞きたいことはもう無いので、荷台の方に戻った。

 二人用のところに三人で座っていたので窮屈だったしな。


 そして、特別することも無いので、そのまま馬車に揺られながら目的地に到着するのを待った。






 すっかり日も落ちて夜の帳が下りた頃、目的地である荒野地帯に辿り着いた。明かりも無いので辺りは真っ暗で視界が利かない。


「もう真っ暗だね」

「そうだな。それで、洞窟はどこにあるんだ?」


 ひとまず、メイルーンに今日泊まる洞窟の場所を聞いてみる。


「洞窟ならそこにあるわ」


 そう言って前方を指差すが、辺りは真っ暗なのでよく分からない。


「そう言われても暗くてよく分からないな」

「それもそうね。でも、すぐ近くだから大丈夫よ」


 そして、そのまま三十メートルほど馬車を走らせると、洞窟の前に着いた。

 洞窟自体は十メートル程度の深さしかないが、馬車のまま問題無く入れるぐらいの広さはある。一夜を明かすのには良さそうな場所だ。


「それじゃあ早速中に入りましょうか」

「ああ」

「うん」


 そして、魔法灯の明かりを点けて洞窟へと入った。






 洞穴に入った俺達は、最奥に馬車を停めて洞窟の中央付近に魔法灯を置き、馬車に背を向けて三人で並んで座った。


「とりあえず、夕食にしましょうか?」

「そうだな」


 夕食にするために袋からパンと干し肉、飲料水を取り出す。


「ボクにもちょうだい」

「ああ」


 シオンにも取り出した食料と飲料水を手渡す。

 そして、そのまま夕食となる保存食に手を付けた。


「それで、休む順番はどうする?」


 見張りをしなければならないので、全員で一斉に休むわけにはいかない。

 なので、休む順番を決める必要がある。


「私が最初に休むわ。その後に二人は休むと良いわ」


 とりあえず、メイルーンが最初に休むつもりのようだ。


「分かった。何時間ぐらいで交代すればいい?」

「四時間ぐらいで頼むわ」


 四時間ということはちょうど半分ぐらいか。


「俺達の方が割合が少ないが良いのか?」

「ええ。あなた達は慣れてないでしょうから、それぐらいで構わないわよ」


 確かに、俺達はこういうことに慣れていないからな。そうしてくれるのは助かる。


「それもそうだな。感謝する」


 とりあえず、一言礼を言っておく。


「そんなに畏まらなくても良いわよ。それじゃあ私はもう休むから、何かあったらすぐに起こしてね」


 そう言うと空間魔法で寝袋を取り出して、そのまま寝袋に包まって眠りに就いた。


「ボク達はどうする?」

「そうだな……俺が先に休んでも良いか?」


 先に休むと纏まった睡眠を取れないが、シオンの負担をできるだけ軽くするために俺が先に休むことにする。


「良いよー」


 シオンは二つ返事でその提案をあっさりと承諾する。


「二時間後に起こしてくれ」

「分かったよ。それじゃあおやすみ、エリュ」

「ああ」


 そして、袋から寝袋を取り出して眠りに就いた。






「結局、何事も無かったな」

「だね」


 昨夜は交代で見張りをしたが、何事も無く朝を迎えた。

 起床後は荷物を纏めてすぐに出発して、今は馬車に揺られながら朝食を摂っているところだ。


「そうね。到着は昼頃になるからのんびりしていて良いわよ」


 道中何事も無く進んでいるので、当初の予定通り到着は昼頃だ。

 それは良いのだが……。


「何も無いのは良いけど暇だね」


 することが無いので少々暇を持て余している。


「そうだな。装備品の確認でもしておくか」

「だね」


 何もせずにただ待っているだけなのも何なので、装備品を改めて確認することにした。


 まずは俺の装備品からだ。

 武器は以前と変わらず、短剣三本に刀一本、魔法銃一丁に剣一本、そして防具は今着ているこの服とコートとパンツだ。

 服とパンツは見た目は普通の物と変わらないが、中には薄い皮が入っていて、刻印術式も刻んでいる。

 なので、多少ではあるが防御力はある。

 膝下まで丈があるコートにも同じように刻印術式を刻んだ皮が入っているが、こちらの皮の方が少し厚めになっている。

 もちろん、どの防具も動きを阻害しないように作ってある。


 次はシオンの装備品だが、武器に関しては俺と全く同じだ。

 防具は膝下まである皮製のブーツに皮製の膝当て、羽織っているカーディガンコートの計三つだ。カーディガンコートには俺が装備している物と同様に刻印術式を刻んだ薄い皮が入っている。

 また、シオンの防具も全て動きを阻害しないように作ってある。


「こんなところか」


 確認したところ、どの装備も不備は無さそうだ。


「そうだね。残りの時間はどうする?」


 そう言われても、もう特にすることは無いからな……。


「そうだな……のんびりしていれば良いのではないか?」

「それもそうだね」


 そして、することの無い俺達はのんびりと景色を眺めながら目的地に到着するのを待った。






「この辺りかしらね」


 しばらく馬車を走らせてちょうど正午頃になったところで、メイルーンがそう言って馬車を停めた。

 辺りを見渡してみるが、昨夜泊まったのと同じぐらいの大きさの洞窟が一つあるだけで、他には特に何も見当たらない。


「あの洞窟に何か用があるのか?」


 他には特に何も見当たらないので、この洞窟に用があると見て間違い無いだろう。


「あの洞窟に特別用があるというわけでは無いわ。馬車を停めておくにはちょうど良いというだけよ」

「なるほどな」


 どうやら、この洞窟に馬車を停めて依頼の対象の魔物の討伐に行くつもりのようだ。

 確かに、開けた場所に馬車を停めておくと魔物に襲われる可能性が高いからな。できるだけ目立たない場所に停めた方が良いだろう。


「あの洞窟に馬車を停めて来るから、もう討伐の方に行って来て良いわよ」

「分かった」


 とりあえず、馬車の方はメイルーンに任せたので良さそうだ。

 なので、俺達は討伐に向かうことにする。


「デザートバードなら西の方にいると思うわ。私は反対側に行くから頑張ってね」

「ああ。シオン、行くぞ」

「うん」


 そして、馬車の後方から飛び降りて西の方へと向かった。






「何も無いね」

「そうだな」


 歩き始めて十分ほどが経過した。

 しかし、今のところ変わり映えのない景色が続いている。


「エリュ、あれ見て」

「む?」


 シオンに言われて右手側を見てみると、そこには大きな窪地があった。


「かなりの大きさの窪地だな。だが、ここからだとどのぐらいなのかがよく分からないな。近寄ってみるか」

「だね」


 ここからだと全貌が分からないので、近付いて確認してみることにした。


 目の前にまで行って確認すると、その窪地は直径五十メートル近くある円形の大きな窪地で、深さは十メートル近くあった。

 さらに、その中心付近に大きな鳥がいるのが確認できた。間違い無い。討伐対象であるデザートバードだ。


「見付けたな」

「だね。全部で五体かな?」


 ここから見た感じだとデザートバードは全部で五体いるようだ。


「それで、どうする?」


 シオンが今回の方針を聞いて来る。


「今回は普通に戦うしかないな」


 障害物が無く見通しが良いので、不意打ちを仕掛けることは不可能だ。

 なので、必然的に真っ向からの戦闘になる。


「分かったよ。それじゃあ行こっか」

「ああ」


 そして、右手には短剣を、左手には魔法銃を構えて窪地へと飛び降りた。

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