episode25 魔法陣

「二人に聞くけど、そもそも魔法陣という物がどんな物だと思ってる?」


 そもそも、魔法陣がどんな物か、か。これまでのことから推察すると、そうだな……。


「魔法の行使を補助する物か?」

「うーん……ボクもエリュに同じかな」

「なるほどね。広義的に言えば間違ってはいないかもしれないけど、そうではないわね」


 どうやら、ルミナが求めた答えではなかったようだ。


「じゃあ魔法陣ってどんな物なの?」

「魔法陣というのは魔力を流すことで記述しておいた術式を起動するという物よ」

「ふむ……なるほどな」

「いまいちピンと来ていないようね」

「まあな」


 まあ流石にそれだけの説明だとな。


「これから詳しいことを説明するけど良いかしら?」

「ああ、頼む」

「まず、魔法陣は効果術式と形成術式の二つの要素によって構成されているわ。効果術式というのはその魔法陣の効果そのもので、さっき魔法陣の説明のときに言った"記述しておいた術式"の部分に該当する物よ」

「その効果術式は通常の術式と何か違うのか?」

「基本的には変わらないわ。ただ、場合によっては少し術式を調整する必要があるわね」


 何か特殊な物かとも思ったが、どうやら普通の術式と変わらないらしい。ルミナはそのまま説明を続ける。


「そして、形成術式というのは効果術式を纏めて保持させるための物よ」

「つまり、術式を形成術式によって纏めた物が魔法陣ということか?」

「そういうことよ」

「それで、魔法陣はどうやって展開するの?」


 魔法陣がどういう物なのかは分かったが、まだ肝心な魔法陣の展開の仕方が分からない。


「形成術式を展開してそこに効果術式を紡いで行けば良いわ。実際にやってみるわね」

「ああ、頼む」


 実演してくれるのはありがたい。百聞は一見に如かずとも言うしな。


「まず、これが形成術式よ」


 そう言うと、ルミナの右手側に地面と垂直に魔法陣が出現した。

 だが、その魔法陣はどこか違和感があった。


(模様が少なくないか?)


 そう、今までに見た魔法陣と比べると明らかに模様が少ないのだ。

 何と言うか、空っぽの魔法陣といった印象を受ける。


「魔法陣の模様が少ない気がするのは気のせいか?」

「気のせいではないわよ。よく気付いたわね」


 どうやら、気のせいではなかったようだ。


「ここに効果術式を紡いでいくわ。魔法陣をよく見ていてね」

「分かった」

「分かったよ」


 そして、言われた通りに魔法陣を見ていると、魔法陣に変化が現れ始めた。

 そう、魔法陣に模様が刻まれ始めたのだ。

 そして、みるみるうちに模様が刻まれていき、少しするとその変化は止まった。


「これで魔法陣は完成よ」


 どうやら、魔法陣が完成したようだ。先程とは違って魔法陣にはしっかりと模様が刻まれている。


「それで、その魔法陣は何の魔法陣なんだ?」

「昨日、魔法を教えるときに見せた魔法と同じ物よ」

「あの氷の魔法か?」

「ええ、そうよ。とりあえず、起動してみせるわね」


 そう言うと、魔法陣の中央から昨日見たものと同じ、高さ十センチメートルほどの氷の塊が出現した。

 そして、それを近くにあった木に向かって飛ばすと、着弾すると同時に大きな氷塊を形成した。


「ほんとだ。昨日のと同じ魔法だね」

「そうだな」


 相変わらずの破壊力で直撃した木は粉々に砕け散っている。

 それはそうとして、どうやら形成術式というのは魔法陣のベースとなるもので、そこに術式を紡いでいくことで魔法陣が完成するようだ。


 それは分かったのだが、ここで疑問が一つ。


「ところで、わざわざ形成術式を使う意味はあるのか?」


 効果術式が通常の術式と変わらないのであれば、わざわざ形成術式を使って魔法陣を組む必要は無いように思える。


「ええ、理由は色々とあるけど……どこから説明しましょうかね」


 そう言ってルミナは悩んだ様子で物思いにふける。


「そう言えば、さっき結界を張ったときは持続型魔法陣がどうとか言ってたけど、他の型の魔法陣もあるの?」


 ここでシオンがそんな疑問を投げ掛ける。

 確かに、それは少々気になるところだ。


「そうね……じゃあその説明をしましょうかね」

「うん、お願い!」

「とりあえず、魔法陣の型については起動型と持続型の二つを覚えておけば良いわ」

「それだけか?」


 もっと色々な種類があると思ったが、それだけなのだろうか。


「ええ。基本はこの二つで他は特殊な型になるから今はこの二つだけで良いわ」

「そうか」


 一応、他の種類の物も存在しているようだ。


「さて、持続型については説明したからもう良いわね?」

「ああ」

「起動型は持続型とは違って一回起動して効果を発揮したらそれで終わりね。主に強力な魔法を行使する際に使うわ。さっき使ったのもこの起動型よ」

「なるほどな」


 割と名称通りのものだったようだ。それは良いのだが……。


「それで、結局、何故わざわざ魔法陣を使うんだ? それだと、特に起動型の魔法陣を使う意味が無さそうだが」


 二つの型の違いは分かったが、この説明だとわざわざ魔法陣を使う理由が見当たらない。


「簡単に言うとその方が楽だからよ。難易度の高い魔法になると術式が複雑になる上に量も増えるけど、そうなると術式の維持も難しくなるわ。そうなったときに起動型魔法陣を使うと詠唱が楽になるのよ」

「なるほど……?」


 そう言われても、火の玉を飛ばすだけの簡単な魔法しか使ったことがない俺達にはよく分からない。


「そうね……術式って維持していないと霧散しちゃうでしょ?」

「ああ、そうだな」


 昨日、魔法の練習をしたときにも一回あったが、術式は意識して維持しないと霧散してしまう。


「でも、魔法陣に効果術式として術式を記述すると、術式が魔法陣に組み込まれるから、その術式の方は維持しなくてもその魔法陣の維持……と言うより、その形成術式を維持するだけで術式を維持できるようになるわ」

「つまり、形成術式の維持の方が簡単になる場合に有効ということか」

「ええ、そうよ。理解が早くて助かるわ。と言うか、そもそも魔法を行使する際は普通は魔法陣を使うわ」

「そうなのか?」


 昨日は魔法陣無しで魔法を使ったが、どうやら魔法陣を使ってで魔法を使うのが普通らしい。


「ええ。昨日やった魔法陣無しでの詠唱は略式詠唱と呼ばれる方法よ。そもそもの話をすると、略式詠唱よりも魔法陣を使った詠唱の方が魔力のコントロールが安定するわ」

「そうなんだ」

「形成術式自体に補助術式を組み込んだり他にも色々なことができるけど、発展的な内容になるから今はこのぐらいにしておくわね」


 そう聞くと魔法陣を使う方がメリットがあるように思える。


「とりあえず、魔法陣を使った魔法を使った方が良いということか?」

「そうね。略式詠唱も相手に分かりにくいなどのメリットはあるけど、魔法陣を使った方が何かとメリットが多いから、とりあえずそっちを使うと良いわ」


 とりあえず、魔法の練習は魔法陣を使ったものを練習するのが良さそうだ。


「ところで、錬成魔法のときに使ってた魔法陣はどうなの? 使った後も魔法陣が残ったままになってたけど?」


 先程から使っている魔法陣は一度使うと消滅するようだが、錬成魔法のときに使っていた魔法陣はそのまま残っていた。

 やはり、通常の魔法陣とは違う物なのだろうか。


「使っても消えないのは刻印術式による魔法陣だからよ」

「刻印術式とは何なんだ?」


 昨日のティータイム中に何気なくその単語が出て来ていたが、その意味は聞いていない。

 なので、ここでそのことについて聞いてみることにした。


「そう言えば、その説明はしていなかったわね。刻印術式というのはある特殊な方法で刻んだ術式のことよ」

「通常の術式とは何が違うんだ?」

「通常の術式は一度使うと消えちゃうけど、刻印術式は使っても消えないわ。魔法装備や魔法道具にはこの刻印術式が使われているわね」

「その服もか?」


 初対面のときにも少し気になっていたが、ルミナの着ているアフタヌーンドレス風の服には何か意味のありげな文字か記号のような物が刻まれている。

 これが刻印術式なのだろうか。少し聞いてみることにする。


「ええ、そうよ。よく分かったわね」


 まあそれらしき物が刻まれているからな。


「それで、その服にはどんな術式が刻まれているんだ?」

「魔力増幅術式や魔力伝導高速化術式、魔力収集術式とか他にも色々とあるわ」

「結構多いんだな」


 他にも色々あるということは、今言ったのは一部なのだろう。思っていたよりも多いな。


「これでも結構良い素材を使って作っているから、かなりの量の術式を入れられるわよ」


 どうやら、かなり高性能なものらしい。冒険者時代に使っていた物と見て間違い無いだろう。


「そうなんだ。例えばどんな素材を使ってるの?」

「天喰らいの髭とマナリリスの臨界繊維の糸をメインにエターナルドレイクの核を融解浸透させたものよ。もちろん、その後は超越魔力圧縮付与をして限界まで強化しているわ」


 天喰らいとエターナルドレイクは魔物、マナリリスは植物だろうか。

 どの程度なのかは分からないが、とりあえずかなり高性能な防具だというのは分かった。


「よく分からないけど凄そうだね」

「そうね。これを買おうと思ったら億は行くわね」

「「億!?」」


 思いもよらない金額に声を上げる。そんなにするのか。


「さて、魔法陣の基礎知識も教えたことだし、そろそろ本題に戻りましょうか」


 そう言って一度しまっていた持続型魔法陣を維持するための補助用の道具だというクリスタルを取り出す。


「今から術式を教えるからあなた達で探知してみて」


 忘れかけていたが、今は依頼の討伐対象のゴブリンを探すために魔力探知をしようとしていたところだった。


「それでどっちがやってみる?」


 ここで俺とシオンのどちらが魔力探知をするかを聞かれる。


「シオン、どうする?」


 俺は別にどちらでも良いので、ここはシオンに聞くことにする。


「ボクはどっちでも良いよ」


 そう言われても、俺もどちらでも良いのだが……。


「そうだな……今回は俺がやる」

「分かったわ。まず、これが形成術式よ。今回は持続型魔法陣だから術式維持用の術式を組み込んでいるわ」


 そう言うと、ルミナの目の前に術式が浮かび上がった。

 どうやら、これが今回使う術式のようだ。


「分かった」


 そして、その術式を詠唱すると、地面に魔法陣が出現した。


「次はこの術式よ」

「ああ」


 次に効果術式の部分の術式を詠唱すると、魔法陣に模様が浮かび上がった。


「できたみたいね。後はこの術式で魔法陣を起動したら終わりよ」

「分かった」


 そして、最後にその術式で魔法陣を起動すると、魔法陣の模様が回るように動き出した。

 恐らく、これが効果を発揮している状態なのだろう。


「バッチリね。後はこのクリスタルをリンクさせれば完成よ」

「どうすれば良いんだ?」

「クリスタルに魔力を流して、それを魔法陣に接続する感じにすれば良いわ」

「分かった」


 言われた通りにまずクリスタルに魔力を流す。

 すると、クリスタルの中を魔力が循環しているような感覚がした。


 そして、そのままその魔力を魔法陣にも流すようにすると、クリスタルだけでなく魔法陣でも魔力が循環しているような感覚がした。


「もう手を離しても大丈夫よ」


 そう言われて手を離すと、クリスタルは宙に浮いたまま魔法陣の中心に移動した。


「おー! 浮いてるね」

「そうだな。これで完成か?」

「ええ」


 どうやら、これで完成のようだ。実際にやってみると難易度は高くなかったので、割とあっさりできた。


「それで、どうやって探知するんだ?」


 魔法陣が完成したのは良いものの、肝心な魔力探知のやり方はまだ教えてもらっていない。


「探知のやり方は簡単よ。魔法陣の中で魔力を流して集中すれば良いわ」

「それだけか?」


 随分と簡単だが、たったそれだけなのだろうか。確認のために聞き返す。


「ええ。魔力探知のための術式は魔法陣に組み込まれているから、それだけで大丈夫よ」


 どうやら、これだけで問題無いようだ。

 問題無いことが分かったところで、言われた通りに魔法陣の中に入って魔力を流す。


 すると、魔法陣の中心から波動が広がっていくような感覚がした。


「どう? 分かった?」

「かなりの数の反応があるな。ただ、何の反応なのかまでは分からないな」


 反応があるということは分かるのだが、それが何の反応なのかまでは分からない。

 そもそも、この魔法陣でそれが判別ができるのかも分からないが、そこはルミナに聞けば良いだろう。


「何の反応なのか判別はできないのか?」

「できるわよ」


 どうやら、判別することは可能なようだ。


「どうすれば良い?」

「魔力反応の違いから判別できるわ。ただ、あなた達にはまだ難しいから今は気にしなくて良いわ」

「そうか」


 残念ながら今の俺達に判別するは難しいようだ。


「さて、問題はどの反応がゴブリンかどうかだが……ルミナさん、頼めるか?」


 俺達には判別ができないので、ここはルミナに頼るべきだろう。


「ええ、任せて。……と言ってももう分かっているのだけど」

「そうなのか?」


 分かっているとは言っているが、ルミナが魔力探知を使った気配は無い。

 いつの間に探知したのだろうか。少々気になるところだ。


「ええ。その魔法陣の探知範囲からだとそうね……探知範囲ギリギリにいる五体がゴブリンで間違い無いわ」


 今回探知した中に討伐対象のゴブリンがいたようだ。

 ……それはそうとして、だ。


「ルミナさんは何故分かったんだ? 魔力探知を使った素振りは見られなかったが」

「魔力探知なら使ったわよ。いえ、使ったと言うより使っているというのが正しいわね」

「と言うと?」

「今こうしている間も魔力探知は発動させているわ。と言うより、魔力探知は常に発動させているわね」


 どうやら、魔力探知は目標を探すときだけに使っているというわけではなく、常に発動させているらしい。


「それで、フォレストウルフのときもすぐに分かったのか」

「ええ、そうよ」


 フォレストウルフのときにすぐに分かったのはそういうことだったのか。納得した。


「それにしても、かなりの数の反応があったが、他のは大丈夫なのか?」

「他の反応は動物の反応だから大丈夫よ」


 それでやたらと数が多かったのか。それは良いのだが……。


「これだと、魔力探知は反応が判別できないと使えなくないか?」


 魔物だけでなく動物にも反応してしまうとなると、何の反応なのかを判別できないと役に立たないということになるのだが……。


「そういうことになるわね」

「と言うことは、今回俺が魔力探知をした意味は……」

「ええ。あまり意味は無かったわね」


 俺が言い切る前にルミナが言った。


「…………」

「そんな顔しないの。何事も経験よ。ね?」


 確かに、それはそうなのだが……。気にしても仕方が無さそうなので、もう今回のことは気にしないことにした。


「さて、そろそろ行きましょうか」

「そうだな。シオン、行くぞ」

「うん」


 そして、魔法陣に使っているクリスタルを回収して、依頼をこなすべく討伐対象のいる場所へと向かった。

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