episode24 初めての依頼

「着いたね」

「ああ」


 それからほどなくして森の入り口の前に着いた。

 二日前にはあった二人の冒険者の遺体は既に回収されたらしく、どこにも見当たらない。


「もうこの辺りからは魔物が出るから注意してね」

「分かった」

「分かったよ」

「早速、森の中を探しに行きたいところだけど、その前にやることがあるから少し待ってくれるかしら?」

「ああ。それは構わないが、何をするんだ?」

「それは見ていれば分かるわ」


 ルミナはそう言って馬車の前に立つと、馬車に向けて手をかざした。

 すると、馬車の下に魔法陣が出現して、馬車の周りに薄い膜のようなものが張られた。


「おー! なんかできたよ!」

「これは結界か?」

「そうよ。これは光属性の防御魔法を応用したもので、外敵の侵入を防ぐことができるわ」

「そうなんだ」


 そう言ってシオンは興味津々な様子で手で結界に触れる。

 しかし、結界に触れたその手は阻まれることなく結界をすり抜けて、その勢いのまま前方に転んでしまった。


「痛ぁ!?」

「大丈夫か?」


 結界を通り抜けて、転んだシオンの正面に回ってから右手を差し伸べる。


「うん」


 そして、シオンは差し出した俺の手を取って起き上がった。


「……どうした?」

「エリュは優しいね」


 シオンはそう言って俺の手を引き寄せると、そのまま抱きしめるようにして俺の手を抱えた。


「……離してくれるか?」

「えー……ちょっとぐらい良いじゃん」

「そう言われてもだな……」


 そう言いつつ隣の方に視線を移す。


「…………」


 隣を見るとルミナがじっとこちらを見ていた。

 あのー……シオンさん? 隣にルミナがいることを忘れていませんかね?


「相変わらず二人とも仲が良いわね。ただ、街の外だから魔物が出ることは忘れないでね」

「ああ、分かってる。シオン、離してくれるか?」

「しょうがないなー」


 そう言うと、シオンは渋々といった様子で俺の手を離した。


「ところで、普通にすり抜けることができたが、結界はちゃんと機能しているのか?」


 外敵の侵入を防ぐとは言っていたが、こうも簡単にすり抜けられると、とてもそうは思えない。


「結界自体はちゃんと機能してるわ。結界をすり抜けたのは私達は通り抜けられるようにしているからよ」

「そうなのか?」


 試しに足元に転がっていた小石を拾い上げて結界を出る。

 そして、結界に向かって小石を投げてみると、小石はすり抜けることなく弾かれた。


「確かに、機能しているみたいだな」

「でも、この結界って壊れないの?」


 確かに、それは気になるところだ。少なくとも決して壊れないということは無いだろう。


「魔力が足りなくなったら消滅するし、攻撃されて耐えられなくなったら壊れるけど、この辺りに出没する程度の魔物には壊せないから大丈夫よ」

「魔力の方は大丈夫なのか?」

「そっちも大丈夫よ」

「そうか」


 とりあえず、結界のことは気にしなくても良さそうだ。


「さて、そろそろ行きましょうか」

「そうだな」


 そして、依頼をこなすべく三人で森の奥の方へと向かった。






「さて、この辺りかしらね」


 森の中をある程度進んだところでルミナはそう言って立ち止まった。

 どうやら、この辺りに目的の魔物がいるようだ。


「二人とも討伐対象のことは覚えているわね?」

「ああ」

「もちろん」


 昨日、魔物図鑑を見て学んだので今回の討伐対象のことはバッチリだ。


「魔物の特徴なんかを知っておくことは重要よ。情報があれば優位に戦えるし、格上が相手でも対処できることもあるわ」


 情報は最大の武器と言っても過言ではないからな。

 ゴブリンと戦ったときも情報が無かったがために無駄に色々と警戒することになったしな。


「とりあえず、近くにフォレストウルフがいるみたいだから、そっちの依頼からこなしてみたらどう?」

「っ!」


 ルミナにそう言われて、すぐに鞘から短剣を抜いて両手に構える。

 そして、そのままシオンと背中合わせになって周りを警戒する。


 少々気が緩み過ぎていた。だが、反省は後だ。

 ひとまず、聞き耳を立てて、周囲の音を探ってみる。


(風が強いせいでよく分からないな)


 しかし、風が強く葉擦れの音で他の音がかき消されてしまっていて、よく分からなかった。

 なので、神経を研ぎ澄まして辺りの気配を探る。


「……向こうか?」


 南側から何かの気配がする。ここはシオンに南側を警戒させて俺が辺りを警戒するのが良いだろう。


「シオン、南側を」

「分かったよ」

「このまま標的ターゲットに接近、俺は辺りを警戒する」

「うん」


 そして、横に並んで南側へと歩を進める。

 だが、ここでルミナがそんな俺達を呼び止めるように口を開いた。


「そんなに警戒しなくても、フォレストウルフ以外の魔物はいないわよ」

「分かるのか?」

「ええ、この辺りには南側にフォレストウルフが四体いるだけで、他の魔物はいないわ」

「何で分かるの?」


 随分と正確な情報だが、何故分かったのだろうか。

 もちろん、気配を探ったりすればある程度は分かるが、ここまで正確には分からないはずだ。


「魔力を使って探知する方法があるのよ」

「なるほどな」


 どうやら、魔力を使って探知する方法があるらしい。

 気付かなかったが、森に入ってからはずっとルミナが警戒してくれていたようだ。


「そこまで警戒しなくても今日は私がついているから大丈夫よ。危なくなったら助けてあげるわ」

「それはそうだが……」


 確かに、元Bランク冒険者のルミナがいれば安心ではある。

 しかし、警戒は怠らない。そういうことが油断に繋がるからな。


 そして、警戒を怠らないように注意しながら討伐対象のいる南側へと向かった。






 警戒しつつ南方向に三十秒ほど歩いたところで、遠くの方に四つの影が見えた。

 ひとまず、音を立てないように素早く木の裏に隠れて様子を窺う。


「エリュ、あれはもしかして?」

「ああ、間違い無い。あれがフォレストウルフのようだな」


 そこにいたのは体長が一メートルほどの四体の狼だった。

 図鑑でも見たので間違い無い、あれがフォレストウルフだ。図鑑では見たが、実物を見るのは初めてだ。


「まだこっちには気付いてないみたいだね」

「そうだな」


 まだこちらに気付いた様子は無いので、とりあえず観察してどうするかを考えることにした。


 まず、フォレストウルフと戦う上で気を付けるべきは牙と爪だ。これらを活かして噛みつきや引っ掻きをして来る。

 逆に言うと気を付けるべき点はそれだけだ。それだけかとも思うかもしれないが、図鑑にも最弱クラスの魔物と書かれているだけあって、大した魔物ではない。


 正面から戦っても問題無く倒せそうだが、できれば不意打ちで喉を掻き切って一撃で倒したい。

 と言うのも、できるだけ傷付けずに倒したいからだ。


 フォレストウルフは買い取り対象の魔物なので、傷付けると買い取り価格が下がってしまう。

 牙や爪は武器や防具の素材に、毛皮は服の素材になるからな。

 ちなみに、肉も食用にはなるが、あまり美味しくはないので、そんなに買い取り金額は高くない。


 そう言った理由からできるだけ傷付けずに倒したいが、四体いる上に人間と比べると嗅覚や聴覚が優れているので、この魔物を完全な不意打ちで片付けるのは難しいだろう。


「エリュ、方針は決まった?」

「ああ」


 観察が済んだところで、シオンに今回の方針を説明する。


「分かったよ」

「方針が決まったみたいね。私はこの辺りから見させてもらうわね」

「分かった」

「それじゃあ行こっか」

「ああ」


 そして、ルミナ見守られながらフォレストウルフの討伐へと向かった。






 現在、事前に決めた方針通りにシオンと別れて討伐対象にギリギリ気付かれない位置で待機している。

 今回の戦闘はシオンがメインだ。その理由としては、単純に近接戦闘においては俺よりもシオンの方が戦闘能力が高いからだ。


 俺はどちらかと言えば一点に集中するよりも全体を見て状況を把握する方が得意だが、シオンはその逆だ。

 なので、転生前は戦闘時にはシオンの方をにして目の前の敵に集中してもらって、俺は周囲の状況を見て指示を出すという形を取っていた。


(さて、シオンの方の準備は終わったか?)


 そう思いシオンの方を見ると、既に鞘から短剣を抜いて構えていた。

 どうやら、準備は万端のようだ。俺も鞘から短剣を抜きシオンに合図を送る。


 そして、タイミングを合わせてそれぞれ一番近いフォレストウルフに向けて短剣を投擲した。


 投擲された短剣は真っ直ぐと飛んで行き、寸分違わずにフォレストウルフの頭部を捉えた。


「アオォン!?」


 頭部に短剣が突き刺さったフォレストウルフが断末魔を上げて崩れ落ちる。


 そして、俺達は短剣が命中すると同時に勢い良く駆け出した。


「グルッ!」

「ガルルッ!」


 俺達の存在に気付いたフォレストウルフ達がそれぞれ視線を向けて来る。

 しかし、突然の音無き遠距離攻撃による二方向からの不意打ちによって明らかに戸惑っている。どちらに注意を向ければ良いかも分かっていない様子だ。


「行くよ!」


 そこにシオンが俺から見て奥側にいたフォレストウルフに接敵して、右手に持った短剣で頭部に向けて斬撃を放った。


 その初撃は跳躍で間一髪で回避されたものの、その直後に左手に持った短剣で放った突きが正確に頭部を捉えた。

 着地の瞬間を狙った一撃を回避できるはずもなく、頭から血を吹き出しながらフォレストウルフは崩れ落ちた。


 これで残りは一体だ。


「ガルルッ!」


 その残った一体がこちらに向かって飛び掛かって来る。

 俺はそれを左に九十度回りながら一歩分ほど右側に移動して回避すると同時に、左手に持った短剣を手放す。

 そして、すれ違い様に空いた左手で空中にいるフォレストウルフの左足を掴み、一気に持ち上げるように腕を上げてからすぐに手を離した。


「ガルッ!?」


 すると、フォレストウルフは前方に半回転して背中から叩き付けられた。


「これで終わりだ」


 そして、そのまま右手に持った短剣で隙だらけのフォレストウルフの喉を切り裂いた。


「終わったね」

「ああ」


 戦闘前には色々と考えたが、戦闘自体はあっさりと終わった。


「私が見守る必要も無さそうだったわね」


 戦闘が終わったことを確認したところで、ルミナがこちらに歩み寄って来る。


「でしょー?」


 シオンが得意気な様子で言う。


「……調子に乗って足をすくわれるなよ?」


 慢心が油断に繋がるからな。それだけは避けたい。


「分かってるって」

「だと良いのだが」


 本当に分かっていてくれれば良いのだが。


「とりあえず、これは私が預かっておくわね」


 そして、ルミナが空間魔法でフォレストウルフの死体を収納した。


「次はゴブリンの討伐だな」


 ひとまず、フォレストウルフの討伐依頼サクっと終わったので、次はゴブリンの討伐だ。

 こちらはフォレストウルフとは違って初見ではない分、安心感はある。


「だね。でも、どこにいるんだろうね?」

「それは探すしかないだろう」

「だよねー……」


 シオンが探すのが面倒だと言わんばかりに気落ち気味に言う。

 俺達も魔力を使って探知できれば良いのだが、残念ながらその方法を知らない。

 今回はルミナがいるので彼女に探してもらえるが、いつもそういうわけにはいかないので、魔力を使った探知の方法は早めに学んでおきたいところだ。


「ルミナさん、ゴブリンの居場所は分からないの?」

「そうね……あなた達で魔力探知をやってみる?」

「ああ」


 ちょうど魔力探知の方法は早めに学んでおきたいと思っていたところだ。

 なので、この際に学んでおくことにする。


「分かったわ。ちょっと待ってね」


 そう言うと、空間魔法で高さ十数センチメートルほどの正六角柱の各底面に六角錐が付いた形状の、高さ二十センチメートルほどの物体を取り出した。

 その物体は水晶のような物質でできていて、透き通った白色をしている。


「これを使うと良いわ」


 そして、そのまま取り出した物体を渡して来た。


「これは?」

「このクリスタルは持続型魔法陣を維持するための補助用の道具よ」

「持続型魔法陣?」


 聞いたことの無い単語が出て来たので、いつものように聞き返す。


「持続型魔法陣というのは維持することで効果を発揮する魔法陣のことよ。さっき使った結界もこの持続型魔法陣ね」


 どうやら、その名の通りに維持している間だけ効果を発揮する魔法陣のようだ。


「それで、どうやって使うんだ?」

「使い方は簡単よ。魔法陣を設置したらこの道具とリンクさせるだけよ」

「リンクさせるだけと言われてもだな……」


 簡単とは言うものの、その説明だけだとよく分からない。


「まあ実際にやってみたほうが分かりやすいわね。まずはこの魔法陣を展開してみて」


 そう言うと、ルミナの足元に魔法陣が出現した。それは良いのだが……。


「……どうやって展開すれば良いんだ?」


 魔法の使い方については学んだが、魔法陣の展開の仕方は学んでいない。

 なので、魔法陣を維持する以前に、どうすれば魔法陣を展開できるのかすら分かっていない。


「そう言えば、魔法陣についての説明をしていなかったわね。そうね……この際だから魔法陣について説明しましょうか?」


 魔法陣についての説明をするのかどうかを聞いて来るが、これを断る理由は無い。この折角の機会を逃す手は無いだろう。


「ああ。頼む」

「分かったわ。それじゃあ説明するわね」


 そして、風吹く森の中、ルミナの魔法陣講座が始まった。

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