episode7 街の探索

 話を終えて肩を落としながら冒険者ギルドを後にする。

 空を見上げると夕焼けに染まり始めていて、夕方に差し掛かろうとしていた。


「持ち物全部無くなっちゃったけど、どうする?」

「そうだな……」


 色々とやりたいことはある。


 まず一つは街を見て回ること。

 地図は持っているもののそれだけでは得られない情報もある。

 せめて、この街の主要な施設は一通り回っておきたいところだ。


 そして、もう一つは最低限生活できるだけのお金を稼ぐこと。

 とりあえず、優先度の高いこの二点を進めたいところだ。


 特に後者は重要課題だ。

 持ち物をすべて回収されてしまったので現在一文無しの状態だ。

 これでは、宿を確保するどころか食料すら入手できない。


 そう考えるとまずは仕事を探したいところだが……。


「仕事を探したいところだが、とりあえず街を見て回るぞ」

「それで良いの?」

「ああ。もうこんな時間だし、今から仕事を探したところで今日は夕食無し、宿無しになることは変わらないだろうからな。であれば、先に街の様子を見てから方針を決めた方が良いだろう」


 ここは街の様子を見て、判断材料を増やしてからどう動くか考えた方が良いだろう。

 それからでも遅くはないからな。


「それに、仕事をするにしても、街のことをある程度知っておいた方が良いだろうしな」


 当然、仕事の内容によっては街のことを知っておく必要もあるだろうからな。

 そう考えると、先に街の様子を見ておくのは悪くない。


「それもそうだね。どこから行ってみる?」

「そうだな……とりあえず、近いところから行くか」


 俺はそう言いながら地図を開く。


「まずは主要な施設の中でも一番近いこの店に行ってみるか」

「分かった。……って、すぐそこだね」

「ああ。ここからでも見えるな」

「割と大きい建物だね。それじゃ行こっか」

「ああ」


 そして、そのまま目的地に向けて歩みを進めた。






 着いたのはそこそこの大きさの二階建ての建物だった。

 地図には少しではあるが情報が書かれていて、その情報によるとこの店は冒険者向けの店らしい。

 そして、扉は二つあるが、右側の大きめの両開きの扉は店の関係者専用で、客の出入口は左側の扉になっていた。


「とりあえず、入ってみるか」

「だね」


 店の前で突っ立っていても仕方無いので、ひとまず店の中に入る。


 店に入るとそこには階段があった。他に行ける場所は無い。

 どうやら、店は二階のようだ。


「一階は完全に関係者専用か」

「みたいだねー。二階に上がろっか」

「そうだな」


 そして、そのまま階段を上って二階に上がった。


 二階に上がって辺りを見渡してみると、商品棚に武器や防具、何かの液体が入ったガラス瓶が取り揃えられていた。


「色々と取り揃えられているな。武器は剣に槍に……魔法弓?」


 商品を見て回ってみるが、店には見たことのある物から、何なのか分からない物まで様々な商品があった。


「エリュ、あれ見てみてよ」

「む? 何だ?」


 シオンに促されるままその方向を見てみると、そこには見覚えのある緑色の液体の入ったガラス瓶があった。


(あれは冒険者の遺品にあったものと同じ物か?)


 液体の色も容器の形も同じなので、冒険者の遺品にあった物で間違い無いだろう。

 ひとまず、その商品が置かれている商品棚に近付いて、それが何なのか確認してみる。


「治癒ポーションと書いてあるな」

「商品の説明とかは……無いね」


 この世界の住人からするとポーションという物は常識なのか、特に説明は無かった。


「治癒ポーションという名称から察するに、もしかして傷を治せるのか?」

「かもねー。他にも種類があるみたいだよ」


 見ると、他にも色々な種類のポーションが陳列されていた。

 魔力回復ポーションに魔力増幅ポーション、解毒ポーションなど他にもある。


 と、商品を見て回っていると、一人の女性店員に声を掛けられた。


「何かお探しですか?」


 どうやら、何か特定の商品を探しているものだと思ったらしい。


「特別何かというわけではないのだが……」

「そうですか。……当店へのご来店は初めてでしょうか?」

「ああ。この街には来たばかりでな。今は街を見て回っているところだ」

「そうでしたか。でしたら、当店についてご説明いたしましょうか?」


 どうやら、この店について説明してくれるらしい。

 知りたいことは色々とあったからな。

 向こうから話を切り出してくれたのはありがたい。


「ああ。頼む」

「当店では錬成魔法で作成した冒険者向けの装備品や道具などを販売しています。主にDランク前後の冒険者向けの商品を取り扱っています」

「錬成魔法?」


 聞いたことの無い単語が出て来たので、そのことについて少し聞いてみる。


「はい。魔法によって物質を変性させて様々な道具を作成する魔法です」

「なるほどな」

「武器とか防具とかポーションとか色々あるけど全部その錬成魔法で作ったの?」

「はい、そうです」


 どうやら、これらの物は全て錬成魔法で作ったらしい。


(錬成魔法か。中々面白そうではあるな)


 ただ、面白そうではあるもののまだ魔法についてはよく分かっていない。

 聞けるのであれば魔法についての話も聞きたいが、聞けたとしても話が長くなりそうで、今すべきことではないだろう。


 とりあえず、この店のことは大体分かったので、次の場所へ向かうことにする。


「説明助かった。礼を言う。シオン、そろそろ行くぞ」

「分かったよ。店員さんありがとね」

「いえいえ。またのご来店をお待ちしております」


 そして、店員に一言礼を言ってから店を後にした。






 次に訪れたのは図書館だった。

 先程の店の近くには他にも冒険者向けの店があったが、中身はあまり変わらなそうだったのでスルーしてこちらに来た。

 全部回っていたら日が暮れそうだしな。


「思ったより大きいね」

「そうだな」


 ここはその名の通り数多くの本があり、自由にそれらを読むことができる場所だ。

 ここならばこの世界についての多くの情報が得られるだろう。


 ただ、今日のところは街の探索を優先するつもりなので、軽く様子を見るだけのつもりだ。


「とりあえず、中に入ってみるか」

「だね。……エリュ、扉の横に看板があるみたいだよ」


 シオンに言われて扉の横を見てみると、そこには確かに看板があった。

 早速、その内容を見てみると、そこには入館料について記載されていた。


「入館料が必要なようだな」


 どうやら、入るには入館料が必要らしい。

 だが、残念ながら俺達は今お金を持っていない。


「お金は無いし次の場所に行こっか」

「そうするしかなさそうだな」


 結局、図書館は外観を見ただけで終わったのだった。






 次に訪れたのは市場という場所だった。


「商店街みたいだね」

「そうだな」


 シオンの言う通り、市場は商店街のような場所だった。

 食料品や保存食を売っている店から武具を売っている店まで、様々な店があるようだ。

 活気があり全体的にかなり賑わっている。


 と、ここでシオンが何かを見付けた。


「エリュ、あそこに掲示板があるよ」


 見ると、市場の入り口の右手側に掲示板があり、そこに何枚かの紙が貼られていた。


「何か良い情報があるかもな。見てみるか」

「だね」


 早速、近付いて掲示板を確認する。


「どれどれ……テナント募集に空き店舗情報か」


 どうやら、この掲示板は販売者向けのものらしい。

 貼られていた紙を全て確認したが、他の情報は無かった。


「うーん……ボク達に必要な情報は無かったね」

「そうだな。とりあえず、市場に入ってみるか」

「うん」


 そして、そのまま市場に足を踏み入れると、そこでは活気のある声が溢れていた。


「かなり賑わってるね」

「ああ。想像以上だな」


 今までこの街を見て来た中では一番賑わっている。……まあまだこの街のことはあまり見れていないのだがな。

 そのことはさて置き、ここでは確認しておきたいことがある。


「それはさて置き、ここでは通貨についての情報を得たい」

「とりあえず、貨幣価値がどんな感じか見たいんだよね」

「ああ」


 知っておきたいのは貨幣価値がどの程度なのかということだ。

 転生前の世界とは色々と異なるので、ここで金銭感覚を掴んでおきたい。


「まあ結局のところ、先程と変わらず様子を見て回るだけだがな」

「そうだね。早速、見ていこっか」

「ああ」


 そして、軽く辺りを見回してみると、すぐ近くでちょうど売買をしていたので、その様子を観察してみることにした。


「三個か。それなら四百五十セルトだ」


 店主はそう言いながら三つの果実を差し出している。

 どうやら、この三つの果実を売るところのようだ。


「これで」


 そう言って客は銀貨を五枚渡す。


「お釣りの五十セルト、大銅貨五枚だ。まいどあり!」


 店主はお釣りとして客に大きい銅貨五枚を返す。

 すると、客は銅貨と果実を受け取って立ち去って行った。


 どうやら、セルトというのが通貨の単位のようだ。

 そして、先程の取引から大銅貨一枚で十セルト、銀貨一枚で百セルトということが分かる。


 そう言えば、冒険者の遺品には他の硬貨もあったはずだ。

 遺品にあったのは銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨の五種類だ。

 もしかしたら大金貨も存在するのかもしれないが遺品には無かった。


 また、大銅貨十枚=銀貨一枚ということから推測するに、十枚で一つ上の硬貨一枚と同価値になるという可能性が高かった。

 そうだとすると、銅貨一枚で一セルト、大銀貨一枚で千セルト、金貨一枚で一万セルトだろうか。


(まあそれももう少し見て回れば分かることか)


 そう思い、俺は再び辺りを見回そうとした。


「エリュ、あれ見てみてよ」


 だが、ここでシオンが何かを見付けたらしく、ある一方向を見ながら声を上げた。


「何だ?」


 シオンに言われてその方向を見ると、一人の少女が物を買おうとしているところだった。


「お嬢ちゃんこれ全部かい?」


 店主はそう言いながら果実がいっぱいに詰まった箱を指差している。


「ええ。後これとこれも全部お願い」


 そう言って客の少女はさらに二つの箱を指差している。

 どうやら、これらを纏めて全部買うつもりらしい。


 買おうとしているのは全身を覆うフード付きの黒い外套を纏った赤髪の少女だった。

 見たところ、年齢は十四歳前後だろうか。

 そして、瞳は左右で色が違ういわゆるオッドアイというものだった。

 右目は燃えるような赤い瞳で、左目は深く被ったフードに隠れていて分かりにくいが黒だった。

 それも黒に近いダークブラウンというわけではなく、まるで深い闇を覗き込むかのような、見ているだけで吸い込まれそうな黒色だった。


「この二箱もかい? 全部で九万五千セルトになるが……」

「これで」


 困惑気味な店主の様子を気に留めることもなく、少女は大きめの金貨一枚を差し出す。


「大金貨ですか……。お釣りの五千セルトです」


 そう言って店主はお釣りの大銀貨五枚を渡す。

 思った通り、大金貨も存在していたようだ。


「これだけ纏め買いするとは……お嬢さんはパーティーでも開くのかね?」

「まあそんなところね」


 それを聞いて店主はどこかの貴族の使用人だろうかと小声で呟く。

 確かに、パーティーを開くと言って十万セルトをポンと出して大量購入するぐらいだからな。

 それなりの人物であることには間違い無い。


「お嬢さん一人では商品を運べないでしょう。商品はどちらまで送ればよろしいですかな?」

「私が運ぶから大丈夫よ。それに送ってもらえるような場所ではないしね」


 そうは言うものの、道具も無しに四方が七十センチメートルほどの大きさの箱三つを運ぶのは難しいだろう。

 台車でもあれば問題無いだろうが、彼女は特に何も持っていない。


 そして、どう運ぶのだろうかと思案していると、突如箱の少し上の空中に魔法陣のような物が出現した。

 すると、その直後にそれらの箱が掻き消えた。


「「えっ!?」」


 想定外すぎる出来事につい声を出して驚いてしまう。


(今のは魔法か?)


 魔法陣のような物も出現していたので、魔法と見て間違い無いだろう。

 魔法が存在していることは分かっていたが、実際に見るのは初めてだ。


「それでは」


 店主にそう言って彼女は立ち去ろうとした。

 ……が、そうはせずにこちらを向いて話し掛けて来た。


「……何か用?」


 どうやら、俺達が観察していたのに気付いたらしい。そのままこちらに向かって歩いて来る。


「特に何か用があるわけではないのだが……」

「ふーん」


 そう言って彼女は俺の瞳を覗き込んで来る。

 そして、少しすると俺から視線を外し、今度はシオンの瞳を覗き込んだ。

 だが、少ししてシオンからも視線を外すと、何故か彼女は首を傾げていた。


「……どうかしたのか?」

「いえ、別に何でも無いわ」


 そう言いつつも俺とシオンに交互に視線を向けている。

 どう見ても何かを気にしている様子だ。


「ボクの顔に何か付いてる?」

「別にそういうわけではないわ。二人ともどことなく似ていると思っただけよ。……そろそろ行かせてもらうわ」


 そして、彼女は最後にそれだけ言い残すと、そのままどこかへ立ち去って行った。


「何だったんだろうね?」

「さあな。何かを気にしている様子だったが、それが何なのかまでは分からないな」


 何かを気にしていたことは間違い無いが、結局それが何だったのかは不明のままだ。

 とは言え、考えても答えは出てきそうに無いので、このことはもう良いだろう。


「すっかり日も落ちたな。街の探索はここを最後にしておくか」

「そうだね」


 日も落ちて辺りは暗くなっているので、今日のところは市場を最後に街の探索を切り上げることにした。

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