episode8 夜は訪れて
あの後は市場を一通り見て回ってから街の探索を終えた。
今は近くにあった適当なベンチで休憩中だ。
「さて、今日得られた情報を纏めていくか」
「そうだね」
ひとまず、今日の街の探索で得られた情報を纏めることにした。
「……まあ纏めると言っても、主に得られたのは通貨の情報ぐらいだがな」
他の情報も多少は得られたものの、結局得られた重要な情報は通貨に関してのことぐらいだった。
まあ数時間ほど街を散策しただけなので、大した情報が得られないのも当然と言えば当然なのだが。
「だね。とりあえず、その情報だけでも纏めてみよっか」
「そうだな。まず、通貨の単位はセルト。貨幣は硬貨で価値の低い順に銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の六種類」
「銅貨が一セルトで、一つ上の貨幣になるごとにその価値は十倍になるんだよね」
「ああ」
今日市場で確認できたのはその六種類の硬貨のみで、他の貨幣は確認できなかった。
この世界の通貨は硬貨のみで紙幣は存在しなさそうだ。
「それよりも重要なのは……」
「転生前の世界と比べて貨幣価値がどんな感じなのかだよね」
そう、それが今回一番確認しておきたかったことだ。
この世界で生活していく上で、金銭感覚を掴んでおくことは重要だが、貨幣価値がどの程度なのかが分からないと、金銭感覚を掴めない。
「ああ。結論としては一セルト=一円の感覚で問題無さそうだったな」
転生前の世界とは物価が異なるので一概にそうとは言えないが、感覚としてはそのぐらいで問題無さそうだった。
「だねー。転生前と変わらないのは助かるね」
「そうだな」
転生前と感覚が変わらないのはかなりありがたい。感覚が違うと、それに慣れる必要があるからな。
「今日得られた情報はこんなところか」
「そうだね」
「とりあえず、少々早いが今日はもう休むか」
時間的には少々早いが、辺りはもう暗くなっているので、今日は休んで明日に備えた方が良さそうだった。
「だね。でも、お金がないから宿は取れないけど、どうするの?」
宿泊施設に泊まれれば良いのだが、シオンの言う通りお金がないので泊まることはできない。
であれば、野宿するしかないだろう。
「まあここで休むしかないな」
「だよねー……」
シオンが落胆しながら答える。
「こうなることは探索前にも言ったと思うが?」
「まあ分かってたことだけど、いざそうなるとね」
確かに、その気持ちは分からなくもない。
来たばかりで勝手の分からない異世界で野宿するともなれば不安はあるだろう。
だが、残念ながらそれ以外の選択肢は無いので受け入れるしかない。
「とりあえず、シオンから休んでくれ。その間は俺が起きておく。適当な時間で起こすので、そのときは……」
「ボクが起きていれば良いんだよね?」
「ああ。それはそうとシオンは寒くないか?」
シオンは半袖にショートショーツという軽装だ。このまま野宿するには寒いだろう。
「それは大丈夫だよ」
シオンはそう言うと、俺の膝の上に座って来る。
「確実に痺れるから膝の上は止めて欲しいのだが……」
「でも、このままだとボク風邪ひいちゃうよ?」
「……とりあえず、これを使え」
俺はそう言いながら着ているコートを脱いで、それをそのまま渡す。
「むう……分かったよ」
そして、シオンは渡されたコートを掛布団にしてベンチに横たわった。
……俺を膝枕にして。
「あのー……シオンさん?」
「……ダメかな?」
シオンが可愛らしい笑顔を浮かべながらそう言って来る。
「いや、それぐらいは構わないが」
俺はそう言いながらシオンの頭を優しく撫でる。
「えへへ♪」
撫でられたシオンは随分と嬉しそうにしていた。
ひとまず、これで安心して眠れるだろう。
森でも似たようなやりとりをしたような気がするが、それは気にしないでおく。
と、そんなやりとりをしていると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
その方向を見ると、そこには会話しながらこちらへ近付いて来る五人の人影があった。
「エルナにミーシャも手伝ってもらって悪いわね」
「いえ、このぐらいは構いませんよ。ミーシャまで手伝ってもらわなくても大丈夫でしたのに」
「いえいえ、ルミナさんには色々とお世話になっていますし、このぐらいはさせてください」
聞き覚えのある声は冒険者ギルドの職員のミーシャと受付をしていた女性だった。
他に三人の女性がいるが、知らない人物だ。
「あれ、そこにいるのはエリュさんにシオンさん?」
そして、ミーシャがこちらの存在に気付いて話し掛けて来た。
「ミーシャの知り合い?」
「はい。ちょっと色々とありまして。エリュさんにシオンさんです。今日街に来たばかりだそうですよ」
ミーシャがそう言って俺達のことを紹介する。
「冒険者ギルドのミーシャと……エルナで合っているか?」
「そう言えば、名乗っていませんでしたね。冒険者ギルド職員のエルナ・フォルトリアです」
一番奥にいたエルナがこちらに数歩ほど歩いて来てから名乗る。
「それで、その三人は?」
ミーシャとエルナは面識があるが、他の三人とは面識が無い。
なので、彼女達のことを聞いてみることにした。
「私はルミナよ。錬成魔法道具店を経営しているわ」
最初に口を開いたのは左目に眼帯をした三十代ぐらいの女性だった。
左目は眼帯をしているので分からないが、右目は深海を覗き込むかのような深い青色の瞳だ。
青紫色の腰まで届くロングヘアに暗い紫色のアフタヌーンドレスのような服装で大人の女性らしさを演出している。
服は銀河を模したかのような柄で、本人の雰囲気と相まってどこかミステリアスな印象を受ける。
さらに、よく見てみると星を模したその柄は何か意味のありげな文字か記号らしきもので描かれていた。
そして、目を引く……いや、目を引いてしまうのは左腕が無いことだった。
と、ここで左腕に目線を向けていることに気付いたのか、一言付け足して来た。
「これは昔ちょっとね。まあ大したことじゃないわ。気にしないで」
何かがあったからそうなっているのだろうが、これには触れるべきではないだろう。
「次はあたしね。あたしはミィナ。ルミナさんのお店で働いています」
次に自己紹介したのは琥珀色の瞳をした元気のある十五歳前後と思われる少女だった。
少し薄めの赤色の髪は長時間後ろで纏められていたのか、若干ではあるが癖がついている。
赤いミニスカートに腹のあたりから
その羽織のようなものにはたくさんの内ポケットが付いているようで、そこには小瓶に入れられた何かの薬品が入っている。
また、スカートに取り付けられたベルトのようなものにはたくさんのポーチが取り付けられていて、多くの物が入れられるようになっていた。
「最後は私ね。私はリーサ。ミィナ同様ルミナさんのお店で働いているわ」
最後に自己紹介したのは、十八歳前後と思われる少女だった。
瞳は暗い赤色で、胸元あたりまである瞳と同じ暗い赤色の髪は後ろで纏められている。
また、着ているブラウン色のローブ風の服にはたくさんのポーチ取り付けられていて、こちらも多くの物が入れられるようになっていた。
「ところで、こんなところで何をしているのですか?」
全員の自己紹介が終わったところで、ミーシャがそんな質問をして来る。
「少し休んでいるところだ」
「そうなのですか」
「……いつまで休むつもりなのですか?」
その返答に対してミーシャは納得した様子だったが、何かを察したエルナは一つ質問をして来た。
「明日の朝までのつもりだが?」
その返答を聞いたエルナはため息をつく。
「明日の朝までですか……って、ええっ!?」
ミーシャが耳と尻尾を立てながら声を上げる。
「もしかして、宿泊施設の場所が分かりませんでしたか? お教え致しましょうか?」
「街の地図は持ってるので、場所は分かってる」
「じゃあ何で……」
ミーシャは悲しげに声を落とす。
「お金を持っていないのですか?」
ここでエルナが再びため息をつきながらそう言った。
「……ああ」
「ええっ!? 大丈夫なんですか!?」
エルナは予想通りだったのか特に驚いた様子は無かったが、ミーシャはそうではなかった。
「三日は水がなくても死なないとも言うし、二日ぐらいは大丈夫だろう。それまでに何とかすれば良いだけだ」
「はぁ……それは大丈夫とは言わないのでは?」
エルナが三度目のため息をつきながら冷たい声で言い放つ。
だが、ルミナは少し考えた後、俺達に向けて思い掛け無いことを言った。
「仕方無いわね……とりあえず、私の店に泊めてあげるわ」
何と俺達を彼女の店に泊めてくれると言うのだ。
「良いのか?」
「部屋はいくつか空いているから大丈夫よ」
完全に野宿コース一直線だと思っていただけに、非常にありがたい申し出だ。
「では、世話になる。シオンもそれで良いな?」
「もちろんだよ」
そう言いながらシオンは掛布団にしていたコートを俺に渡して立ち上がる。
「それじゃあ行きましょうか。ミーシャとエルナは買い出しの手伝いありがとね」
「いえいえ、いつも何かとお世話になっていますしお気になさらず」
「遠慮は要りませんのに。では、私達はギルドの方へと戻りますので」
そう言ってミーシャとエルナは冒険者ギルドへと戻って行った。
「それじゃあ私達も行きましょうか。こっちよ。付いて来て」
そして、ルミナを先頭にして五人で彼女の店へと向かった。
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