episode4 街へ!

「……何も無いな」

「そうだねー」


 ゴブリンとの戦闘を終えてから五分ほどが経過した。

 しかし、未だに変わり映えのない景色が続いている。


 まだ森を出てからそんなに時間は経っていないので、まだまだ道が続いていても不思議ではないのだが、前にいた世界でこんなに広大な自然の中を歩いたことは無い。


 ほとんど変わることのない景色を前に、同じ場所をループしているのではないかとさえ思えて来る。


「この草原がどこまで広がっているかだが……ん?」


 そのとき、先程まで続いていた変わり映えの無い景色に変化が訪れた。


(あれは……道か?)


 見てみると、そこには南北に伸びる道があった。

 それも、ここまでの道とは違い石造りの道だった。


 とりあえず、この道を辿って行けば人里には辿り着けそうだ。

 当ての無い旅路にようやく明確な前進が見られたことに胸を撫で下ろす。


「……ようやくだな」

「みたいだね」


 だが、そのとき道の南側に何かの影が見えた。

 一瞬、魔物かと警戒するが、その形がはっきりとしたところで警戒を解いた。


「あれは……馬車か?」


 それは四輪の屋根付きの荷馬車だった。

 そして、当然のことではあるが、そこには御者がいるのが確認できた。


 そう、この世界に来てから初めての人間である。


「人もいるみたいだね。通り過ぎちゃう前に早く行こっか」

「そうだな」


 そして、そこに間に合うように早歩きで歩を進めた。






 御者台には二人の人間がいた。

 一人は小太りした商人風の男で、護身用なのか剣を一本携帯している。

 もう一人は鎧を纏って大剣を装備している男で、恐らく護衛であろう。


(とりあえず、この世界のことについて色々と情報を聞き出したいところだが、どう話を切り出すべきか……)


 最低限、人のいる場所は聞き出したいところだ。

 恐らく、この道は街同士を繋ぐ道だろう。

 そのため、道に沿って行けば辿り着けるだろうが、どちらが人のいる場所に近いかまでは分からない。


 ひとまず、他の情報は人のいる場所に着いてからでも遅くはないので、人のいる場所について聞いてみる方針で行くことにした。


「おや、こんにちは。こんなところで会うとは、旅の方か依頼帰りの冒険者といったところですかな?」


 と、そんなことを考えていると、向こうから声を掛けて来た。


 聞いたことの無い言語で話し掛けられたが、普通に理解することができた。

 先程も文字が読めた件といい、やはりマキナがこの世界の言語を理解できるようにしてくれていたらしい。


 それはそうと、向こうから話を振ってくれたのは助かる。

 とりあえず、ここは話を合わせた方が良さそうだ。

 冒険者というものが何なのかはよく分かっていないので、ここは旅の者ということにしておくのが良さそうだ。


「まあ旅の者といったところだな」

「そちらのお嬢さんと一緒にですかな?」

「まあな」

「そうだよー」


 シオンも適当に話を合わせる。


「やはり、あなた方もワイバスの街へ行かれるのですか?」

「ああ」


 あなた方も、と言うことは彼はワイバスの街へと向かっているらしい。

 どうやら、北にワイバスの街とやらがあるようだ。


「ここで会ったのも何かの縁でしょう。折角ですし、街まで乗って行かれますか? 荷物が多いので少々狭いかもしれませんが」

「良いのか?」


 と、ここで商人がそんな提案をして来た。

 何と、馬車に一緒に乗せてくれるらしい。


「ええ、構いませんよ」

「では、乗らせてもらう。シオンもそれで良いな?」

「うん」


 この又と無い機会に乗らない手は無いので、馬車に一緒に乗せてもらうことにした。

 そして、俺達が荷台に乗り込んだところで、馬車はワイバスの街に向けて出発した。






 荷台に俺達を乗せて馬車が走り始めたが、道が石造りになっただけで、相変わらず長閑のどかな草原が広がっている。

 馬車には初めて乗ったが、案外乗り心地は悪くない。


(さてと……この機会に色々と聞いておきたいな)


 これだけ荷物が積まれていることから察するに、彼は商人だと思われる。

 であれば、情報には詳しいだろう。

 色々と聞いてみるにはちょうど良い。


「この辺りのことについて知りたいのだが良いか?」

「この辺りのことについてですか。ふむ……どこか国内の村から来られたのかと思いましたが、他の国から来られたのですかな?」


 国内の村か国外から来たか、か。

 国内の村から来たものだと思ったのは俺達、特にシオンは軽装だからかだろう。


 まあ確かにどう見ても長旅をするような格好ではないからな。

 異世界から転生してきたというのが事実ではあるが……どう考えても、それを言うという選択肢は無いな。


「村から来たのだが外に出たことは無くてな。外のことには不案内なんだ。商人であれば、そういうことにも詳しいのではないかと思ってな」

「そうですな。では、まずワイバスのことからで良いですかな?」

「ああ。頼む」


 これから向かう街の情報は優先して聞こうと思っていたので、ちょうど良い。

 そのままワイバスのことについて聞いてみることにする。


「ワイバスはこの国ワイバートの首都であり、人口、面積共に国内一を誇っています。このことはご存知ですね?」

「ああ、もちろんだ」


 もちろん、知りませんでした。


「そして、治安も良いです。この国はどこも治安が良いですが、特にワイバスは一番とも言われていますな」

「それは安心できそうだな」


 治安が良いというのは安心だ。勝手の分からない異世界で治安の悪い街というのは不安すぎる。


「ええ。私がこの国で商売することにした理由の一つでもありますからな」


 まあ治安が良い方が良いというのは間違い無い。

 理由の一つということは他にも理由はあるだろうが、今聞くようなことではないな。


「大きな街なので、色々なものが集まります。大きな冒険者ギルドもあり冒険者も多いですな」


 そう言えば、冒険者というものが何なのか知らないな。

 気になるので少し聞いてみることにするか。


「冒険者というのは?」

「冒険者というのは冒険者ギルドに寄せられた依頼をこなして、その報酬で生計を立てている者達のことですな。基本的には魔物討伐が仕事になりますが」

「魔物討伐がメインということは割と危険な仕事ということか」

「そうなりますな。ですが、冒険者が魔物討伐をしているからこそ、安全が確保されているというのも事実です」


 なるほどな。街の安全に一役買っているということか。


「他には倒した魔物の買い取りもしていますな」

「買い取ってどうするんだ?」

「魔物から取れる素材には有用なものもありますからな。魔物の死体を持ち込めば買い取ってくれます。解体は冒険者ギルドがしてくれるのでそのまま持ち込んで大丈夫ですぞ。当然、素材が取れる魔物しか買い取りはしていないですがな」


 それも冒険者の収入源になっているというわけか。

 先程戦ってみた感じからすると、弱い魔物なら問題無く倒せそうなので、冒険者になるというのも選択肢としてはありか。


「なるほどな。このあたりに出没する魔物だと、どんな魔物なら買い取ってくれるんだ?」

「そうですな……ワイバスの街の近くの森で出没する魔物であれば、フォレストウルフなら買い取ってくれますな。冒険者ギルドに行けば買い取りしている魔物のリストがあるはずですぞ」


 その一体だけなのか。買い取りしている魔物はかなり限られているのだろうか。


「他はどうなんだ?」

「そもそも、あの森はゴブリンとフォレストウルフぐらいしか生息していませんからな。街の外では比較的安全なので新人冒険者はよくあの森での依頼を受けるそうですぞ」


(比較的安全……?)


 森の入り口付近で起きていた惨状を見ると、あまりそうとは思えない。

 ゴブリンというのは間違い無く先程戦った魔物だろう。

 と言うことは、フォレストウルフという魔物の仕業なのだろうか。


「フォレストウルフというのはどんな感じの魔物なんだ?」

「体長が一メートルほどの狼の魔物ですな」


 体長が一メートルの狼に首から上を丸齧りできるとは思えない。こちらも違うように思える。


「……火を使ったりは?」

「しませんな」


 どうやら、あの森の入り口での惨状を引き起こしたのはフォレストウルフでもなさそうだ。


「……何かあったのですかな?」

「ああ」


 ここで俺は商人に森の入り口付近であったことを説明した。


「なるほど……恐らく、レッサーワイバーンでしょうな」

「レッサーワイバーン?」

「ええ。この国には多く生息しています」


 ワイバーンということは、もしかして竜か?


「どんな魔物なんだ?」

「体長が三メートルほどの亜竜種の魔物です。獰猛な性格で旅人への被害も多いですな」

「やはり、危険な魔物なのか?」

「ええ。討伐となれば冒険者ランクで言うとDランクの五人前後のパーティ、安全に倒すにはCランク推奨とされていますな」


 冒険者ランクがどういうものなのかは分かっていないが、恐らく実力を表したものだろう。

 そう言えば、亡くなっていた二人の冒険者カードを見たが、そこにはFランクと記載されていたはずだ。


(Dランク五人前後を推奨されているのにFランク二人で挑んだとは思えないな。となると、やはり……)


「彼らがレッサーワイバーンと遭遇したのは想定外だったということか」

「そうでしょうな。普段はこの辺りにはいませんからな」

「……それにしても大丈夫なのか? 遭遇するとマズそうだが」

「遭遇すると困りますが、もう大丈夫でしょう。もうじき街に着きますので」


 そう言われて前方を見てみると、横に長い巨大な壁が見え始めていた。

 かなりの長さで何キロメートルあるかも分からない。


「かなり大きいな」

「街全体を囲っていますからな」

「こんなに大きな壁見たことないよ!」


 と、ここに来てシオンが口を開く。


「……エリュ、今絶対そう言えば居たなって思ったでしょ?」


 そう言いながらシオンはこちらを横目で見て来る。


「……そんなことは思ってないぞ?」

「エリュー? 何で目線を外してるのかなー?」


 今度はこちらを向いて話し掛けて来る。


「お二人とも仲が良いですな。そろそろ着きますのでいつでも降りられるよう準備の方を」

「分かった。ここまで色々と助かった。礼を言う」

「いえいえ」

「シオン、準備を」

「うん」


 そして、馬車を降りる準備を進めながら、少しずつ大きくなっていく壁を眺めて街に到着するのを待った。

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