episode3 魔物
食料に水、武器を確保した俺達は道に沿って草原を歩いていた。
荒れていたのは先程の場所だけで
「色々と手に入って助かったな」
「そうだね」
とりあえず、食料と水が手に入ったので一日は問題無く凌げそうだ。
さらに、武器として短剣も手に入った上に、良い情報まで手に入った。
「とりあえず、近くに人のいる場所はありそうだな」
「そんなこと分かるの?」
「ああ。水がほとんど残っていて食料が一日分しかなかったからな。食料を一日分しか持参していなかったのは、一日分しか必要無いからだろう」
「なるほどね。つまり、少なくとも一日……いや、往復を考えたら半日以内に辿り着ける場所に、人のいる場所がありそうってことだよね」
「そういうことだ」
これは大きな収穫だ。今のところ状況は確実に好転して来ている。
だが、懸念が一つ。
「問題があるとすれば魔物だな」
「思ったより危なそうだよね」
「まあこの短剣一本でどうにかなる相手ではないことは確かだな」
魔物についてまだ詳しいことは分かっていないが、少なくとも森の入り口付近で暴れていた魔物はかなり危険だ。
それに一、二日前にいたことを考えるとまだ近くにいる可能性も高い。
だが、こればかりは遭遇しないことを祈るしかない。
もし遭遇したら全力で逃げるしかなさそうだ。
「見付からない内に早く安全なところまで行きたいね」
「そうだな。先を急ぐか」
そして、そう言って先を急ごうとした。
だが、そのとき前方に何か人影のようなものが見えた。
「……待て」
「む……何かいるね」
そこにあったのは三つの人影。ちょうど道を塞ぐようにその人影はある。
しかし、この距離からだとその正体はよく分からない。
「魔物の可能性もある。慎重に近付くぞ」
「分かったよ」
「人影の少し手前、道のすぐ左に岩があるな。そこに隠れるようにして近付くぞ」
そして、警戒しつつ人影のようなものに接近した。
「とりあえず、気付かれずにここまでは来れたね」
「ああ」
ひとまず、人影の七メートルほど手前にあった岩にまで辿り着いた。
岩は縦三メートル、横四メートルほどあり、隠れるには十分な大きさだ。
「早速、確認してみるか」
早速、岩に隠れながらその正体を確認する。
身長はどれも一メートルほどだろうか。緑色の体表に尖った耳をしていて、右手には武器として棍棒を持っている。
「魔物と見て間違い無さそうだな」
「いかにもゴブリンって感じだね」
その見た目はファンタジー小説などに登場するゴブリンを思わせた。
「そうだな。……さて、どうするか」
まず、こちらが二人なのに対し向こうは三体で数的には不利だ。
さらに、どの程度の戦闘能力があるのかも不明。
戦闘を避けるのが一番ではあるが、この見通しの良い草原で見付からずに行くことはまず不可能だ。
大回りして避けるというのが一番安全ではあるが、そうすると確実に時間を取られてしまう。
そして、今一番避けなければならないのは、森の入り口で暴れていた魔物に遭遇することだ。
見たところ、この魔物が森の入り口で暴れていた魔物でないことは間違いない。
理想は前方の魔物を素早く倒して早く人のいる場所に辿り着くことではあるが、もちろんそれにはリスクが伴う。
(重要なのは前方の魔物を倒せるかどうかだな。とりあえず、観察してみるか)
まず、敵は三体で武器は棍棒だ。
だが、加工はされておらず、森から取り回しやすいものを拾ってきただけのように見える。
このことから知能レベルはあまり高くないと思われる。
また、その棍棒の長さも三十センチメートルほどであまり脅威ではない。
さらに、その使用している武器から察するに、筋力は人間と同程度かそれ以下だろう。
少なくとも、とんでもない怪力を持っているということは無さそうだ。
とりあえず、ここまでの推測からだと問題無く倒せそうに思える。
だが、この世界には魔法が存在する。単純な近接戦闘であれば問題無く勝てる相手ではあるが、魔法が絡んで来るとなれば話は別だ。
しかし、こちらに魔法に関する情報は無く、魔法はどうすれば使えるのか、そして魔法がどのような効果を発揮するのかは完全に不明だ。
とは言え、魔法は無条件に使えるものでは無いはずだ。
専門の知識が必要になったり、道具が必要になったりと、何かしらの条件はあるはず。
少なくとも、この魔物が使えるぐらいなら、森の入り口付近で亡くなっていた冒険者にも使えただろう。
だが、魔法が使われたと思われるような痕跡は見当たらなかった。
戦場となった森の入り口付近の地面が荒れていたのは魔物が暴れたから、そして、草が焼け焦げていたのは魔物が火を使用したせいだろうからな。
死体には打撲痕があることから、打撃による攻撃を加えたことは明らかで、地面は何かが衝突したかのような荒れ方をしていた。
このことから地面が荒れていたのは魔物が地面を叩き付けたからだと見て間違いない。
そして、死体の一つは焼死体だったことから、魔物が火を使用したことも明らかだ。
以上のことから戦場を荒らしたのは冒険者の魔法ではなく魔物の仕業ということは分かる。
しかし、これであの冒険者が魔法を使用していないと確信を持って言うことはできない。
魔法は使用したが、痕跡は残らなかった可能性もあるからだ。
例えば、使用した魔法が火を放つ魔法だった場合、草が焼け焦げたのは火を使用したからなのは間違いないが、それが魔物の使用した火によるものなのか、魔法で放った火によるものなのかまでは分からない。
他にも風を起こす魔法だった場合、当然痕跡は何も残らないだろう。例を挙げればキリがない。
(推測はこのぐらいか)
結局、推測結果は不確かなままだが、情報が不足している以上、確実な推測結果は出せないだろう。
魔法に関しての情報が一切無いというのが痛い。
とは言え、無いものは仕方無いので、今ある情報から得られた結果をもとにどうするかを考えなければならない。
「だいぶ考えてるみたいだけど……決まった?」
「ああ。目の前の魔物を殲滅するぞ」
ゴブリン――それはこの世界に存在する魔物の中でも最弱クラスの魔物である。
戦闘能力は低く、単体であれば戦闘とは縁の無い一般人でも容易に撃退できるほどだ。
ただ、基本的に群れで行動するのでその点は注意が必要である。
また、知能レベルは低く、もちろん魔法を行使できるほどの知能は持ち合わせていない。
だが、『知能レベルが低い=魔法は使えない』ということにはならない。
エリュの予想通り、基本的に魔法を行使するには魔法に関する知識が必要になる。
では、何故その等式は成り立たないのか?
それは魔物によっては本能的に魔法を行使できるものも存在しているからである。
ただ、ゴブリンはその本能も持ち合わせていないので、魔法を使って来ることはまずない。
結論から言うと、二人にとっては容易に倒すことができる相手だった。
もちろん、このときの二人には知り得ないことではあるが。
その三体のゴブリンは群れから離れていた。
基本的にゴブリンは群れで行動するが、常時ではない。
獲物を探して彷徨していたのだが、今のところ特に何も見付かっていなかった。
「……ギャッ?」
この辺りに獲物はいない、そう思い群れへと戻ろうとしたそのとき、道のすぐ近くの草むらから何か音がした。
獲物かと思い音のした方向を見るが、何もいない。
だが、地面を見ると、そこには何かが落ちていた。
それが何なのか確認しようと一体のゴブリンはそこに近付く。
それを見て残り二体のゴブリンもそれに続く。
そして、それが何なのか確認しようと手に取った。
続いて来た二体のゴブリンはその左右に並んで共に確認をする。
確認するとそれは短剣の鞘だった。鞘のみで短剣は無い。
「ギャギャッ!」
ゴブリンは鞘のみでは何の役にも立たないとばかりにそれを投げ捨てる。
「……?」
ここで何か違和感を覚える。辺りがやけに静かなのだ。
自分以外の二体も隣で見ていたはずなのに気付くといなくなっている。
だが、そのことに気付くのがあまりにも遅すぎた。
そのことに気付いたときには、既に首筋を切り裂く一撃は放たれていた。
「ギャッ!?」
首筋を切り裂かれた最後の一体のゴブリンが崩れ落ちる。
「あっさり片付いたね」
「ああ。ここまでうまくいくとはな」
最悪、真正面から戦闘することになるとも思ったが、結果的には全員に気付かれることなく倒すことができた。
ただ、結局戦闘能力などは不明のままだ。
推測通り大した魔物ではなかったのかもしれないし、もしかしたら実は戦闘能力が高く魔法だって使えたのかもしれない。
だが、例え戦闘能力が高かろうが魔法が使えようが、気付かれずに一撃で仕留めてしまえばそんなことは関係無い。
不利な状況での戦闘を避け、有利な状況を作り出して戦う。
そして、その究極とも言える不意打ちによる一撃必殺、『暗殺』という名の一方的な攻撃。
それを前にゴブリン達は最期までその姿はおろか、その存在に気付くことさえできなかったのだ。
「投げ捨てられた鞘は……あった」
そう言いながらシオンは投げ捨てられた短剣の鞘を拾い上げる。
「ねえ、この死体どうする?」
「放っておいても大して問題は無さそうだし放っておこう。それに、できるだけ早く安全なところまで行きたいからな」
埋めておいたりした方が良いのかもしれないが、できるだけ先を急ぎたい。
森の入り口付近で暴れていた魔物は今回のように易々と倒せる相手ではないだろうからな。絶対に邂逅したくない相手だ。
「そうだね。それじゃあ行こっか」
「ああ」
そして、魔物が片付いたところで、駆け足気味にその場を後にした。
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