episode2 異世界へ!

 青い空が視界に広がる。雲一つ無い快晴だ。

 辺りを見回すと多くの木々が見られる。


 どうやら、今は森の中の少し開けた場所で寝そべっている状態らしい。


(転生はうまくいったみたいだな……ん?)


 起き上がって隣を見てみると、そこには見知らぬ少女がいた。


 服装は白い薄手の半袖にショートショーツという軽装で、年齢は十六から十八の間ぐらいだろうか。

 黒髪のショートヘアに、日本人らしいダークブラウン色の瞳をしている。


 俺の記憶の中に彼女のような人物は存在しないが、彼女が何者なのかはすぐに分かった。


「……シオンなのか?」

「そうだよ、エリュっ!」


 シオンはそう言いながらこちらに飛び付いて来る。


「おわっと……いきなり飛び付いて来るなよ」

「えへへ♪」


(こんなに嬉しそうにしているシオンは初めて見るな)


 理由はよく分からないが、相当嬉しそうだ。

 それはそうとして、真正面からシオンを受け止めたので、今は互いに抱き合っている状態だ。

 ほとんど無いように見えたその胸にも一応膨らみはあるらしく、その柔らかい感触が伝わって来る。


「……そろそろ離れてくれるか?」

「うん」


 シオンはそう言ってこちらから二、三歩ほど離れる。


「どうかしたのか?」


 ここでシオンは何故かこちらを見て、不思議そうにしながら視線を上下させていた。

 ひとまず、その理由を聞いてみる。


「……それにしても、エリュ、若返ったね」

「ん?」


 そう言われて自分の身体を見てみると、確かに若返っていた。

 見たところ、十八歳ぐらいだろうか。


「十歳ぐらい若返ってるな」

「今のボクと同じぐらいだね」

「言われてみれば確かにそうだな」


 マキナが十八歳を基準に身体を創ったのだろうか。

 そう言えば、身体を用意するとは言っていたが、その点に関しては特に言及していなかったな。

 何故こうしたのかは不明だが、今更知りようがないので、考えるだけ無駄だろう。


「そろそろ出発するか」

「そうだね」


 そして、新しい世界の大地を踏みしめて歩みを進めた。






 とりあえず、この世界について情報が欲しいので、森を出て人のいるところを探すという方針に決定した。

 ……したのだが……。


「さて……どちらに行くか……」


 出発するとは言ったものの、そもそもここがどこなのかが分からない。

 周りを見回したところ道は西側と東側の二本あったのだが、それぞれどこへ繋がっているのかも不明だ。


「そうだね……うーん……こっちで!」


 そう言いながらシオンは西側の道の方を指さす。


「……そっちにした理由は?」

「何と無く!」

「だと思った」


(とは言え、このままここにいても仕方無いか……)


 とりあえず、動いてみないことには状況は変わらない。

 せめて、この周辺のことぐらいはマキナに聞いておけばよかったとは思うが、それも後の祭りだ。


「とりあえず、そっちに行くか。さっさと行くぞ」

「あ、待ってよエリュ!」


 そして、そんな会話をしながら西側に続く道を歩き始めた。






 歩き始めて数分。今のところ変わり映えしない景色が続いている。

 それは良いのだが……。


「……で、何故手を繋いでいる?」


 現在、俺はシオンと手を繋いで歩いている。

 何故手を繋いでいるのかと言うと、歩き始めたところでシオンの方から繋いで来たからだ。


「ダメだった?」

「いや、別に構わないが」

「…………」

「…………」


 しばらく沈黙が続く。

 そして、少し歩いたところで、シオンは立ち止まって口を開いた。


「ボクはね、今とっても嬉しいんだ」

「……?」


 その言葉に対してこちらは小首を傾げていたのだが、気に留めることもなくそのまま続ける。


「今までのボクは所詮はエリュの中のひとつの人格に過ぎなかった」


 さらに続ける。


「でも、今はこうして直接話したり触れ合ったりできる、確かな一つの存在になったんだ」


 そして、こちらに向けて満面の笑みを浮かべながら言った。


「ボクはそれがね、とっても嬉しいんだよ」


 それでマキナにあの話をされたときどことなく嬉しそうだったのか。

 シオンのことは大体分かっているつもりだったが、どうやらそうでもなかったらしい。


「そうだな」


 空いている左手でシオンの頭を優しく撫でる。


「……もう少しの間だけでも手を繋いだままでも良いかな?」

「ああ」


 そして、再び手を繋いで歩き始めた。






 とりあえず、歩きながら今の状況について整理することにする。


「とりあえず、今の状況について話すが良いか?」

「うん」

「まず、先程決めた通り人のいる場所を探して情報集めをしたいところだが……」

「周辺の地理情報すらないから当てがないと」

「ああ。そして俺達は今なにも所持していない」


 そう、何も所持品が無いのだ。

 食料や水すらないというのは少々マズい。最悪行き倒れになる可能性もある。


「うーん……ここは森だし探せば食料もあるかもだけど」

「どれが食しても問題ないものなのも分からないしな」


 ここは異世界で元いた世界とは環境が違う。

 であれば当然、植生なども異なるだろう。


「最低限のものとして食料や水を確保したいところだが、それに加えて武器も欲しい」

「魔物がいるって言ってたしね。今のところ遭遇してないけど」


 ここは魔物が存在している世界なので、それに対抗するために武器は欲しいところだ。

 魔法が存在する世界なので魔法が使えればそれも対抗策になるだろうが、魔法に関しての情報は今のところ一切無く、当然その使い方は分からない。


 それに、そもそも使えるのかどうかすら不明だ。

 使い方さえ知っていれば使えるものなのかもしれないし、もしかしたら素質がないと使えないという可能性だってある。


「まあ、物資の調達にしろ情報収集にしろ人のいる場所を探すしかないな」

「だねー。近くに人のいる場所があれば良いけどね」

「……そうだな」


 一応、森には道ができているので、ここが人が来ない場所ではないことは確かだ。

 だが、だからと言って、近くに人里があるとは限らない。


(最悪、自力で食料調達して野宿もありそうだな……)


 しかし、魔物がいる可能性のある場所での野宿は避けたい。

 と、そんなことを考えていたところでシオンが声を上げる。


「エリュ、見て! 森から出られそうだよ!」


 シオンに言われて前方を見てみると、確かに森が終わっているようだった。


(近くに人のいる場所があれば良いが……)


 そして、そんなことを思いながら俺達はそのまま森を抜けた。






 森を抜けるとそこには草原が広がっていた。

 だが、その様子が少しおかしい。


 まず、ところどころ草が焼け焦げている。

 さらに、何か大きな生物が暴れたかのように地面が荒れていた。


「うーん……何があったんだろうね?」

「さあな。調べてみれば何か分かるかもな……ん?」

「どうしたの、エリュ?」

「あそこに何か転がってないか?」


 俺はそう言いながら奥の方を指差す。


「あ、ほんとだ。でも、ここからだと何なのかよく分からないね」

「近くで見てみるか」

「だね」


 ここからだとよく分からないので、ひとまず近寄ってみることにした。

 俺達はそのまま二人でその何かに歩み寄る。


 だが、そこには予想だにしない光景が広がっていた。


「これは……」

「どう見ても死んじゃってるね」


 そこで見たものは二人分の死体だった。

 一人は首から上が無い首無しの死体、もう一人は全身が焼け焦げた焼死体だ。


「……何があったんだ?」

「さあ。死体を調べれば何か分かるかもね」

「そうだな」


 と言うことで、ひとまず死体を詳しく見てみることにした。


 まずは焼死体の方を調べてみたが、損傷が激しく特に分かることはなかった。


 次に首無しの死体の方を調べる。

 見た感じ死亡したのは比較的最近のようで一、二日前ぐらいのように思える。


 そして、首の切断面を見てみると、その断面はきれいには切断されておらず、少々凸凹していた。

 どうやら、刃物で切断されたのではないらしい。

 もう少し詳しく見てみたところ、どうやら噛み切られたもののようだった。

 恐らく魔物にやられたのだろう。


 また、全身には打撲痕が見られ、薄手の革鎧はボロボロになっている。

 直接触って確認してみたところ、骨折している部分もあった。


 そして、腰には二つのポーチと短剣、剣の鞘がある。

 剣は鞘のみで剣自体は見当たらなかった。

 また、片方のポーチからは何かしらの液体が漏れ出た跡がある。


 とりあえず、短剣を手に取り鞘から抜いて確認する。

 刃渡りは十五センチメートルほどで、新品ではないが手入れされた後の状態のままようで最近は使われていないようだった。


(これは使えそうだな)


 短剣であればナイフと同じように扱えるだろう。

 ナイフは使い慣れているので都合が良い。


 次に液体が漏れ出た跡のある方のポーチを手に取り、開けて中身を確認する。

 しかし、中にあったのは割れたガラス片のみで他の物は何も入っていなかった。

 恐らく、何かしらの液体の入ったガラスの容器が割れたのだろう。


 最後にもう一つのポーチを手に取って、開けて中身を確認する。

 そこに入っていたのは干し肉、革製の水袋、コインの入った袋に何かのカードだった。


 干し肉は問題無く食べられそうだ。

 水袋も水がかなり残っていて、こちらも問題無く飲めそうだった。


 次にコインの入った袋からコインを取り出し確認する。

 コインは金、銀、銅のものがあり大きさが二種類ある。

 銅のコインは小さいものが二枚、大きいものが五枚、銀のコインは小さいものは六枚、大きいものは七枚、金のコインは小さいものしかなく二枚だった。


(これは……硬貨か?)


 どの程度の価値かは分からないが、どうやらこれがこの世界の通貨らしい。

 それぞれ銅貨、銀貨、金貨といったところだろうか。


 そして、最後に何かのカードを手に取り確認するが、そこには見たことのない文字が書かれていた。

 しかし、何故かそこに書かれている文字を読むことができた。


「冒険者カード?」


 冒険者カードと書かれたそれには他にも名前や冒険者ランクなどの情報が記載されていた。

 冒険者とやらが何なのかは分からないが、このカードは身分証明証になるものらしい。


(死体についてはこのぐらいか)


 死体については調べ終えたので立ち上がろうとした。

 と、ここでシオンが声を掛けて来る。


「エリュー! 色々あったよー」


 見ると、シオンが何か色々な物を抱えてこちらに駆け寄って来ていた。

 どうやら、俺が死体を調べている間に周りを探索していたらしい。


「何を見付けたんだ?」

「色々だよー。はい」


 そう言って、シオンは見付けた物を地面に置いて並べていく。

 シオンが見付けた物は二つのポーチと短剣、そして根元からポッキリと折れた剣だった。

 恐らく、ポーチと短剣は焼死体の方のものだろう。

 戦闘中に外れて落としてしまったと思われる。


「確認してみるか」


 まず、折れた剣を繋ぎ合わせて、首なしの死体が腰に下げていた鞘と長さを比べてみたところ、ぴったりと一致した。

 どうやら、この剣は彼のものらしい。


 そして、ポーチと短剣は先程のものと同じ物のようだった。

 ポーチの中身も同じものが入っていた。

 しかし、入っている硬貨は先程のものよりも少なく、銅貨は小さいものが三枚に大きいものは一枚、銀貨は小さいものは五枚に大きいものは四枚だった。


 また、緑色の液体の入ったガラス瓶が二本あった。

 先程の物は割れてしまっていたがこちらは残っている。

 しかし、何の液体なのかは不明だ。


「何なんだろうね、これ」

「さあな。何かの役に立つかもしれないし一応持っていくか」


 そして、調査を終えた俺達は見付けたポーチと短剣を装備して、その場を後にした。

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