アルコールとキスとxxx

 正門の前、道路を一つ跨いだ先にある自動販売機で買った添加物たっぷりのメロンソーダを飲みながら待っていると、愛しい姫君が正門から出てくるのが目に入った。私より頭一つ分高い背丈に、夏のセーラーに映える線の細い体を持っているキュートな女の子のくせに、まるで自分以外の存在全てを憎んでいるみたいに眉間に皺を寄せて、辺りを睨んでいる。

 彼女は私の姿を視界に捉えると、途端に喜びの色を顔に浮かばせた。でもそれは一瞬限りのことで、彼女はまたすぐに目を細める。鋭い視線が私を刺すけれど、それはままごと遊びに使う玩具の包丁のようで、痛みは微塵も感じない。

 他の生徒が下校のために出てきたので、退散することにした。去り際に舌をちろり、と出して彼女に見せびらかす。それが私たちの逢瀬の合図だった。

 

 ステージライトの消えたフロアは一面真っ暗で、宇宙空間に二人きりで放り出された気分になる。営業を終えたクラブに活気はなく、酷く寂しい空間に思えてしまう。でも、今はそれがいい。今夜、ここは私とシキちゃんのアバンチュールの現場になるのだから。

 ライターで卓上のキャンドルに火を灯すと、彼女の顔が橙の明かりに照らされ浮かび上がった。私はそれを瞳のカメラに収めて満面の笑みを浮かべる。ほんの少しの悪戯っぽさを含ませて。

「ねぇ、シキちゃ。もうその目やめようよ。今は二人きりなんだからさ」

 右人差し指と中指で彼女の目を差した。ここには彼女に干渉する人間は私しかいないのに、相変わらずその目は何かを睨んだまま。憎しみとか、自責とか、複雑な感情がキャンドルの火とともに瞳の中で揺らいでいるのが私にはわかった。

 「癖なんだよ」

 シキちゃんはそう言うけれど、私はそれが嘘だと知っていた。校門から出て、私を見つけた時の嬉しそうな顔を思い出す。でも、私はあえてそれを指摘せず、ふぅん、と鼻を鳴らして関心のない風を装った。

 「それより、今夜のメインに入ろうよ。シキちゃんが悪い子になる第一歩」

 ビニールから缶を二つ取り出して、小さな丸テーブルの上に置く。緑とベージュの缶が触れ合うと景気の良い音がフロアに鳴り響いた。緊張からか唾液を呑み込むシキちゃんにベージュの缶を渡す。「これは……?」と尋ねてくる彼女に、私はたっぷりの悪戯心を込めた笑顔を向けた。

 「アルコールだよ。言ってたじゃん、オトナになりたいって。今日はその願いを叶えてあげる」

 手本を見せるようにプルタブを開けると、ガスの抜ける音がした。飲酒において最も楽しい瞬間はきっとここだと思う。ぷしゅ、という音とともに私は狭い世界から隔てられ、ダンスや電子音楽、不良成分で溢れた素晴らしい場所に没入出来る。この音は私にとって汽笛のようなものなのだ。一気に呷ってしまおうと缶を傾けたところで、彼女がまだ缶に触れてさえいないことに気が付いた。視線を私とベージュの缶の間でゆっくりと反復運動させては苦い顔をしている。

 「やっぱり、優等生のシキちゃんには難しいかな」

 挑発するように言って、私は先に缶の中身を呷った。舌に触れる時間は僅かに、黄金色の液体を喉から流し込んだ。炭酸が喉を刺し、ぴりりと痛む。その刺激がたまらなく心地良い。飲み口から唇を離し、息を吐くとアルコールの香りが鼻を通る。シキちゃんは未だ動かず。

 「飲めない?」

 「……うん」

 躊躇いがちに口を開いたシキちゃんに思わず「かわいい」と声を漏らしてしまう。アルコールが入って、感情が容易く言葉に出る。互いの頬が紅潮していくのを感じる。一方はアルコールで、もう一方は恥じらいだろうか。彼女が私の一言でそっぽを向いた隙に、ポケットから小指の先ほどの大きさの白い粒を出して、口に含んだ。ベージュの缶を開け、その中身も含む。彼女の方に寄って、頬に両手を添えると、私は彼女と唇を重ねた。衝撃に呻く彼女の咥内に、含んでいたチューハイと白い粒を入れてやる。乳酸菌飲料風の甘ったるい液体が互いの咥内を反復する。しばらく呻いたのち、彼女は勘弁して少しずつ飲み込み始めた。アルコールと錠剤が喉を通る音がよく聞こえる。

 彼女の咥内が空になっても深いキスは続いて、私の吐いた酒気を含んだ息に彼女が顔を顰めたところでそれは終わった。

 「どう? 未成年飲酒の感想は」

 少量のアルコールでも彼女の顔は桃色の染まる。さっきまで蕩けていた唇を押さえながら、彼女は「悪くない、かも……」と呟いた。

 それから、私たちは口にアルコールを含みながら何度か唇を重ねた。アルコール度数はたった2%のはずなのに、互いの咥内を行き交う液体は熱く、喉を通る度に火傷してしまいそうになる。キスをする度に錠剤を口に入れ、彼女は何の疑いもなくそれを飲み下してくれる。

 缶の中身が尽きた頃、シキちゃんが蕩けた甘い声でようやく錠剤について尋ねてきた。

 「なんなの、それ」

 「きもちよくなるクスリ。楽しかったでしょ?」

 それを聞いた彼女は途端に顔を歪ませた。そこにあるのは、踏み入れてはいけない領域に無理矢理連れ込んだ私への怒り? でも、そんなの今更だと思う。何度も一緒にナイトクラブに行ったし、補導されそうな時間まで連れ回したこともある。それは私が強制したことではなく、彼女の意思。

 

 




 なんて。

 私の他愛のない嘘を信じてくれる彼女を、一層愛おしいと思う。

 

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