ゲーセン

 ゲーセンと飲食店の間にあるベンチに、天水さんは座っていた。暇そうにスマホを弄っている。


 どうやナンパはされなかったようで、周りに話しかける男なんかもいない。ちくしょう、されてたらそのまま見捨てて帰ろうと思ったのに。


「あ、やっときた。こっちにもトイレあるじゃないですか、なんでわざわざ向こう行ったんですか?」


「気分だ」


 時間を稼いでナンパされる可能性を上げていた、という裏の理由は、言わないでおこう。それと、一人で考えるための時間稼ぎのことも。


「ていうか、ナンパされませんでした。これでも、渋谷で二回くらいされたことあるんですけどねぇ」


「それはお前が安そうな女に見えたんだろ……」


「あはは、ひっどーい」


 本気でそうは思っていなさそうな、笑い声混じえでそう言った。こいつ、本当に怒らないな。沸点何千度だ?


「ゲーセン行くぞ、長居する気はない」


「はーい」


 ゲーセンに向けて歩みを進めると、天水さんも立ち上がって後ろを着いてくる。


 飲食店に一番近いところには、アーケードゲームが並んでいる。見覚えのある子供向けアニメのものや、なんちゃらボールのものだ。


 少し進むと、太鼓のやつや釣りのやつが目に入り出す。釣りのゲームは以前ハマったことがあって、ノーマルの竿でボスを釣り上げたこともあった。昔のことだが。


 もう少し奥まで進もうとすると、腕を掴まれる。天水さんがどうやら、引き止めたようだ。


「ねえねえ、太鼓やりませんか? 私、これ結構得意なんですよ!」


「……ゲーセン来たことないって言ってなかったか?」


「DSとかスマホアプリでやりました。それに、友達が家庭用の分持ってて、それでも結構やったので、上手いですよ」


 自慢げな表情を見せる。どうせ俺も、他に興味の湧くものもないし、付き合うとしよう。ただ、俺は正直そこまで得意ではない。


 ポケットに入ったままの百円を取り出し、機体に入れる。続いて、天水さんも百円を入れる。


 備え付けのバチを手に取り、太鼓の中心を叩く。ドンッ、と音がして、右側に立った俺の参加が決まる。すぐに、天水さんも参加した。


「曲はどうしますか? 私、なんでもいいですけど」


「じゃあ俺の知ってる曲でいいだろ。俺、これそこまで得意じゃないんだよ」


 難易度普通ですらフルコンボ出来ないくらいだからな。リズム感はあるけど、ドンなのかカッなのか分からなくなるんだよ。イラつくぜ。


「いいですよ。ドンと来やがれ、です」


 ……楽しそうな表情をするものだ。


 右手に持ったバチで太鼓の端を叩き、曲の一覧を流していく。スマホの音楽アプリでダウンロードして、歌詞も暗記しているものがあったから、それを選択する。


 難易度設定画面に移行し、俺はチャレンジとして難しいを選択。隣の女は何故か太鼓の右端を連打している。何をしているのやら……


 と、思うも束の間。難易度に新たなものが追加された。そして、こいつはそれを選ぶ。いや、マジか。俺、その機能すら初めて知ったんだが。てか、そんなの出来る気がしねえ。


 「始まるドン」という声がして、俺の選んだ曲が流れ始める。


 そしてすぐに、赤と青の太鼓の面が流れてくる。イントロの時点で、既に二回ミスったんだが。


 もうどうせいいスコアは出ないと、隣を横目で見てみる。凄い速さで面を叩いていた。そして、ノーミス。


 曲が終わった。天水さんは、フルコンボを出していた。勿論、俺は惨敗。一応ノルマは達成したが、うん、隣の人がヤバすぎる。


「いやー、やっぱり楽しいですねー」


「……」


 その後、二曲分それが続いた。俺はもう、このゲームをしないと心に誓った。



 中をぐるっと回る。カートゲームや音ゲー、コインゲーム、ガンゲーム、クレーンゲームなどと色々ある。天水さんがかなり金を持っていたから、クレーンゲームで沼に嵌ったり、音ゲーでスコア勝負したりとした。


 まあ、ここ最近では楽しかったかもしれない。……そうでもないか。ゲーム以外の要素でマイナスだ。


 でも、外に出ることは減っていたから、運動にもなったし気分転換には良かったかもしれない。


「本屋寄っていいか。新刊出てるはずだから」


「いいですよー。ラノベですか?」


「ああ」


 俺は漫画よりもラノベのような小説派だ。別に、漫画を読まないという訳では無いが、自分で書いているのもあって、独特な表現を読むのが好きだ。


「どんなの読むんですか? 異世界モノ?」


「どっちかというと、シリアスな感じのものが多い。人が何人も死んだりするような」


「ええ、そういうのって読んでて疲れませんか……?」


 まあ、分からなくもない。心がどんよりするかと問われれば、確かにする。でも、そういう作品だからこそ、心に訴えかけるようなものがある。俺はそういうのが好きなんだ。


 けど、たまにスローライフとか、気楽な感じのモノも読むが。


「じゃあ、今度オススメの分貸してもらえませんか? 気になります」


「教えてやるから自分で買え」


「ええー、なんで」


「俺は貸さずに、買わせて作者に印税が渡るようにしたいタイプだ。だから、今まで本を貸したことは無い」


 続きも売れなきゃ出ないしな。


 そうこうしているうちに、本屋へと着いた。入口には新刊や人気のある本、雑誌、他にも手帳とかペンみたいなものも置いてある。


 その辺のものもチラチラと見ながら、レジの前を通って漫画とラノベを置いている区画に向かう。


 平積みされている新刊に目を通す。全部読んできたものの新刊はなかった。でも、表紙とタイトルから興味の湧くものもあって、棚に置かれた今までの分を二巻まで手に取る。


「……重そうなの取りましたね」


「俺は重いストーリーの方が好きなんだ」


 重量の話ではない、ストーリーの話だ。表紙の重厚感や、タイトルのいかにも主人公が苦しみそうな感じが、俺を引き寄せた。


 帯には「カクヨム」の人気作、と書いているから、ネット小説出だろう。最近の「なろう」とか「カクヨム」では、スローライフとかラブコメとかが多いから、こういった重苦しそうなのは珍しい気がする。


 手に取った二冊をレジに持っていき、金を払う。ここ最近レジ袋が有料になったらしいから、袋は貰わずに本はそのままポシェットに仕舞う。


「ねえねえ、オススメなに?」


「……SAOとかリゼロ。棚に並んでるはずだから、自分で探してくれ」


 天水さんにそう教えて、俺は本屋を出る。どうせもう帰るだろうし、ここで放っておくのは流石に馬鹿らしい。店の前のベンチに腰を下ろす。


 俺なんか居ないかのように、目の前を人が何人も、何十人も通り過ぎる。恐らく、実際に俺の事なんか目に入っていないだろう。各々、スマホなり同行者なりに視線を向けている。


 俺の生きる理由。最近はよく、このことについて考える。


 ネットで調べてみても、仏教だったり現代文のテストで出そうな評論だったり、そんなものばかりだ。納得はいくが、それを指標にしようと思えるものは、中々見つからない。


 ……もしかしたら、見つけたくないのかもしれない。生きる理由を見付けると、あいつに悪い気がして。


 あいつを死なせてしまった俺に、生きる理由を見付けてはいけないと心が拒絶しているように思える。


 それに、そうだ。俺がいようがいまいが、世界は勝手に進んでいく。俺に関わったことのある人ですら、俺のこともすぐに忘れて、自分の道を行く。俺の存在価値は、あいつが居なくなった今、もうない。誰も、俺の事を気にかけてくれやしない。


 ──俺の存在は、誰にも意味を為さない。


 ……天水さんには悪いけど、帰るか。スマホも持ってたし、最悪マップアプリで確認すれば帰れるだろ。


 ベンチから立ち上がり、俺はエスカレーターで階下へと、そして自動ドアを越えて外へと出た。

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