田園風景の中を通り過ぎ、電車の右側の車窓から大きな建物が見える。綾川駅が近付き、イオン綾川が見えてきた。


『綾川ー、綾川ー。お出口は左側です』


 車掌のアナウンスが入り、すぐに電車が止まる。俺が立ち上がると、天水さんも腰をあげる。


 電車から降り、俺は電子マネーで、天水さんは切符で降車の記録を残す。


 この駅は大して大きくはなく、入口は壁に空いた長方形の穴だし、その横にズラーっと並んだベンチがあるだけだ。一応トイレや自販機も置いてあるが、東京の駅や、同じことでんの瓦町駅に比べると貧相なものだ。


 入口の穴を通り抜けると、左手の壁に「綾川」と大きく文字がある。それを横目に、俺は右へと進む。


「ちょっと距離あるのかと思ってたけど、すぐそこなんだね」


「踏み切りと信号を一個ずつ渡れば着く。行くぞ、時間の無駄だ」


 無愛想に言い放ち、俺は先に進む。相変わらず天水さんは何も文句を言わず、俺の後を追ってくる。


 さっき言った通り、踏み切りを過ぎ信号を渡れば、後は駐車場を抜けてしまえばイオンの中に入れる。俺はその手順で、マイペースに進んで中へと入る。


 中には店が立ち並んでいて、入ってすぐのところには飲食店が幾つか連なっている。


「もうお昼は食べちゃいましたよね、三時だし」


「食べてない。朝も抜いたから、腹減ってる」


「じゃあ、何か食べましょ! ここでは私が奢ってあげます、三万円持ってきてますから!」


 本人が言うんだから、ここは奢ってもらうことにしよう。


「三階のゲーセン横に、他の飲食店がある。そこで選ぶ」


 俺が進み出すと、この中のことを全く知らない天水さんは、後ろをてくてくと着いて来る。なんと言うか、犬の散歩みたいな感じがしてくる。


 エスカレーターを使って三階に上がる。すぐそこにクレープ屋があり、その向こうには左手に飲食店とかなりの広さのフードパーク──話によると千席あるらしい──、右手にはゲームセンターが広がっている。


 そのまま左側へと進み、飲食店を見て回る。


 香川名物うどんに、カレー屋やラーメン、大手牛丼店もある。そして、窓側には行列が出来ていて、その先にはかの大人気ハンバーガー店「マクドナルド」がある。


「おぉー、いっぱいあるねー。どれにする? マック?」


「ラーメン」


 香川県民であることを否定しているかのようにも思えるが、俺は正直うどんはそこまで好きではない。不味いとは思わないが、味にインパクトがないし、途中から飽きてくる。その分、ラーメンはインパクトもあるし、何度でも食べたいという欲求まで持たせてくる。そんな訳もあって、俺はうどんよりもラーメンの方が好きだ。


 ラーメン屋の店の前に立つと、店員が「何になさいますか」と聞いてくる。天水さんはおやつのつもりだろう、クレープを買いに行った。


「チャーシュー麺」


 さっき渡された千円札を出し、お釣りを受け取る。すぐにその横の受け取りスペースに、注文したチャーシュー麺がトレーの上に置かれて出される。横に置かれた箸を取る。


 それを持って、空いてる席に向かう。


 ありがたいことにすぐ近くが空いていたから、そこの一席に座り、隣にポシェットを置く。


 ひと口すする。美味しいのだろう、多分。でも、あまり味を感じない。


 ここ最近はいつもだ。妹の日暮が作ってくれて、一緒に食べる食事以外、味をほとんど感じない。


 かといって腹は空くから、朝や昼は仕方なく味のない食事をする。栄養バランスは考えていないし、多分体調も優れていないだろう。睡眠は十分とってるけど。


「あ、いました。クレープ、買ってきましたよー」


「……金、返しとく」


「いいですよ、どうせこの後ゲーセンで使うでしょうし。持っててください」


 ポケットから取り出そうとしたお釣りを、そのままポケットの中に落とす。しかし、十円や一円は持っていても使いどころがないから、返しておいた。


「ラーメン、美味しそうですね。一口食べてもいいですか?」


 半分は減っているラーメンを覗きながら、天水さんが言う。別に構わないから、箸をスープに浸したまま天水さんにトレーをスライドさせる。


「じゃあ、はい。食べかけですが、クレープどうぞ」


 満面の笑みを浮かべてクレープをこちらに突き出す。


「……甘いのは好きじゃない。いいよ」


「いいですから、一口食べてみましょうよ、美味しいですよ?」


 しつこく迫ってくるのだろう、この後も。面倒だ、ここは折れておこう。


 天水さんの手からクレープを受け取ろうとすると、当人が「あーん」と声を出す。どういう意味だろうか、俺には理解が及ばないな。


「ほら、あーん。食べさせてあげますから」


「俺はそんな子供じゃない。自分で食う」


「いいですから、カップルっぽいことしてみましょうよ。もしかして、恥ずかしいんですか?」


 ……こいつ、ムカつくな。いいだろう、食ってやる。


 一泡吹かすことが出来るかは分からないが、俺は敢えて歯型の付いている箇所にかぶりつく。チョコとバナナの味が舌を撫でたかと思うと、クリームの濃厚な味わいが口に拡がる……


「……甘い。甘すぎる。よくこんなの食えるな、人の食いもんじゃないぞ」


「……」


 天水さんは瞬きを繰り返し、顔を赤くして、ラーメンを食わずに固まっている。してやったり。


「食わないなら返してもらうぞ」


「あ、食べる! 食べますから!」


 そう言ってクレープを俺に手渡し、ラーメンをすする。多分、今の数分でちょっと伸びた。ちくしょう。


 ……ただ、どうしてさっき、俺は味を感じたんだろうか。このクレープは、どこの誰とも知らない人が作って、一緒に食べているのは今日初めて知り合った、目的の分からない女。


「……」


 黙って、俺はもう一口かぶりついた。甘い味が拡がる。


 分からない。分からないが、甘い。


「んー、ラーメンはやっぱり美味しいですねぇ。はい、……おや、クレープを眺めてぼーっとして、どうしました?」


 関節キスの硬直からは解放されたのか、天水さんが元の調子で聞いてくる。


 返答はせずに、クレープを返してラーメンをトレーごと引き寄せ、椀の上に置かれた箸を持って、一気にラーメンを食べ干し、スープも飲み干す。食いっぷりを見てか、天水さんが「おおー」と感嘆の声を上げた。


「返してくる。トイレ行くから、向こうのベンチにでも座っててくれ」


「戻ってきたら私がナンパされてて、夕君が助けてくれるんですね? 分かります」


「こんな田舎でナンパなんかされないし、されてても助けない。面倒ごとに関わるつもりは無い、自分でなんとかしてくれ」


「ええー、ケチー」


 そもそも俺は、この人の彼氏でも友達でもない。今日、半ば脅されてここに来ているだけだ。そう、そんなことしてやる義理はない。


 ラーメン店に食器を乗せたトレーを置き、マックの方へと向かう。こっちにトイレがある。


 ゲーセン側にもトイレはあるが、敢えてマック側のトイレに向かう。一人で考え事をする時間を作るためだ。


 今日は、実に奇怪な日だろう。


 謎の転校生がいきなり家を訪ねてきたと思えば、いきなり外に連れ出され、普段はしないはずの味がそいつから貰ったクレープからはした。


 それに、なんだろうか。少し、覚えのある匂いがする。天水さんから。誰かの使ってるシャンプーと同じものを使っているのだろうか。それとも洗剤か? 分からないけど、懐かしい気持ちになる。


「……あいつは、誰なんだ」

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