第一章 #2

俺は大塚南己おおつかみなみ 16歳、趣味はゲームとプラモデル だった。

家族構成は母、父、妹の三人。

特に不満もなく高校生活を送っていた。

7月19日火曜日までは…

俺は7月19日火曜日をループしている。

もう九か月も前からだ。

本当なら今頃は乾いた冷たい風から身を守るために厚着をして出歩き、暖房の前で動かない指を温め、おでんをおいしく食べている頃だろう。

だが俺はまだ薄着で出歩き、扇風機を自分の方向に固定して、アイスを食べる生活を送っている。

もう一生、冬は来ないのだろうか?

もう一生、家のフローリンが冷たくて早歩きで電気カーペットまで移動することはないのだろうか?

そんなことを考えながら生活している。

始めは楽しかった。

何をしても0時にはリセットされる。

クラスの美少女に告白して振られたって、0時を過ぎればみんな忘れてしまう。

万引きしたって痴漢しったても0時には無罪になる。

なんでもし放題だと思った。

でもそれは違った。

好きなゲームのストーリを進めても0時にはリセットされる。

プラモデルを買って完成させても0時には模型屋の棚に戻っている。

そして何より記憶もリセットされてしまう。

友達と遊んだ記憶も、家族と話した記憶も、クラスの美少女と仲良くなった記憶も、俺以外のすべてのものがリセットされてしまう。

それは、つまらなかった。孤独だった。

やがて、本を読むようになった。

本なら、探せば無限にあった。

無限に新しいストーリーがあり、それは俺に少しの刺激を与えた。

本を読んでいると時間はあっという間に過ぎていった。

そして俺は今も本を読むだけの生活をしている。




「あの子意外に足速いな…」

九か月振りに走っている。

なかなか彼女に追いつかない。

さすがに足がもつれそうだ。

駅員は途中であきらめたのか、姿が見えない。

今頃、警察に連絡している頃だろう。

まあ、明日にはリセットだ。

そんなことより彼女に追いつかなければ。

彼女がもし…俺と同じなら…

明日になってもリセットされない。

次、会えるのはいつかわからない。

絶対に見失うわけにはいかないのだ。

「ワクワクする」

「ゾクゾクする」

今までの九か月とは違う。

やり直しがきかない。

リセットできない。

でもこれこそ人生だ。

俺が求めていた、刺激だ。

だからこそ絶対に追いつく。



「嘘だろ…」

見失った。

一分もたたない内に見失った。

どこかの建物に隠れたのか?

彼女が曲がったはずの交差点を俺も曲がったが、彼女の姿が見えない。

「マジかよ…」

絶対に見失ってはいけなかった。

何度も言うがリセットできない。

彼女は俺と同じく7月19日をループしているはずだ。

もう一度彼女と会って話したかった…

「…ふっふっ…はっははっはっ」

不思議と変な笑いが込み上げてくる。

俺と同じかもしれない彼女に出会い、そして見失う。

この出来事は九か月同じ世界にいた俺は、十分な刺激だった。

そして希望を与えてくれた。

俺以外にもループしている人がいるかもしれない。

もしかしたらループから抜け出す方法を知ってるかもしれない。

ループから自力で抜け出すことなんて初めからあきらめていた。

やはり笑いが込み上げてくる。

「はっはっはははっ…」

深呼吸しよう。

酸素が体中に行き届いたがする。

心の高ぶりが落ち着いた気がする。

よし、とりあえず周りを探してみるか。



もうかれこれ一時間以上探しているが、彼女は見つからない。

「まあ、しょうがないか」

不思議とすぐあきらめがつく。

同じループをしているかもしれない彼女。

普通に考えれば死ぬ気で数時間、ましては何日も探すだろう。

そこには俺の求めていた刺激もあると思う。

でもなぜだろう?。

あきらめがついてしまう。

ふと思う。

これが普通の人生、時の流れだと。

リセットがきかない。

それでもやり直しはできることが多い。

わざわざ失敗を消す必要はない。

今回のことだってそうだ。

また気が向いたら彼女を探せばいい。

もしかしたらまたどこかで彼女と会えるかもしれない。

少し焦り過ぎていた。

刺激を求めすぎていた。

時間はまだまだ無限にある。

よし、帰るか!


まだ午後二時半を回ったくらいだ。

火曜日なので母さんは家にいる。

毎日火曜日だけど…

だからいつもファミレスで五時ごろまでは読書しているが、今日は行く気にならなかった。

母さんになんと説明しようか…

単純に「調子が悪いから早退してきた」でいいか。

いやそれだと母さんが心配してきてめんどくさいか。

どうしようかな。

ヒビの入ったアスファルトを見て歩きながら考える。



「あれ?あの子じゃないですか?」

「えっあ、はい、あれがうちの子です。…南己!まったく、なにやってんの!不正乗車だなんて!」

怒鳴り声にびっくりして顔を上げる。

そこには、家の前を通りかかった彼女の姿があった。

「…みつけた…」

安心して言葉が漏れてしまった。

「げっ…さっきのストーカー」

「いや、ちがうから、ちょっ逃げないで」

このままじゃまた彼女に逃げられてしまう。

どうにか引き止めなければ。

「南己、あんた不正乗車だけじゃなく、ストーカーもしたの?…」

「……えっ」

なんで母さんが外にいるんだ?。

「君、不正乗車だけじゃなく、ストーキング行為までしたのかい?」

「……はっ?」

なんで警察も俺の家の前にいるんだ?。

「そうです。この人、駅からずっと私のこと付き纏ってきて!」

「その話詳しく聞かせてもらおうか」ドヤ

この警察なんかぽいこといってドヤ顔してる。

「…わかりました」

What?よく考えろ俺。どういうことだ?。

「………そうか!俺、電車に定期券忘れたから改札飛んだんだ!そしてそのまま君のことずっと追ってたんだ」

そうかだから俺は今、不正乗車をしたストーキング野郎なのか。

やばいな。今の俺の肩書。

「じゃあ、署まで行こうか」ドヤ

またドヤった。

でもこれで彼女は今は逃げない。

今がチャンスか。

「俺、実はループしてるんだ九か月前から」

やっと伝えられた。

さてどんな反応を見せる?

どんな顔をする?

「……知ってる」

「…えっ?…なぜ?…why?」

えっなにその反応、刺激強すぎない?…


人生の歯車は勢いよく動き続けているらしい。


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