第一章 #1

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やっぱり来た。

「大塚、今日お前の家行って良い?」

もちろんダメである。

「嫌だ。もうお前とは、何回も遊んだだろ」

こいつとは遊び飽きた。

なのにこいつは毎日毎日、俺を誘いに来る。

毎日毎日同じ時間に、同じ表情で、同じ誘い方をしてくる。

鬱陶しい。

「そんなこと言わずにさぁ、俺今日暇なんだよ」

俺も暇である。毎日毎日暇である。

「俺、今日暇じゃないんだよね」

今日俺は、本屋に行く。

だから暇じゃない。

「じゃあ、明日大塚の家に行くわー」

だから俺は暇じゃないんだ

「明日も暇じゃない、明後日も明明後日も、だから俺を誘うのはやめてくれ」

そう言いながら俺は席をたち教室をでる。

「俺帰るわ、先生によろしく」

「帰るって、まだ昼休みだぞ、調子悪いのか?」

「ああ」

別に調子が悪いわけじゃない。

というかここ数ヶ月、全く調子が悪くない。

むしろ体は絶好調である。

心の方は絶不調だけど。

よし、今日も学校の近くの本屋に行こう。

本が俺を待っている。


普段からあまり本を読んでいなかった。

漫画は多少読んではいたが小説などは毛嫌いしていた。

そんな俺も今は、本を読んでいる。

毎日毎日読んでいる。

今は、本が生きる唯一の楽しみである。

「よし今日はこれを買おう」

三冊の本を手に取りレジに運ぶ。

毎日毎日同じ店員にカバーをつけるか聞かれる。

俺はあと何回「大丈夫です」と答えるのだろう…

三冊うちの一冊は昨日買ったものだ。

昨日買ったが読み終わらなかった。

続きが気になる。

今すぐにでも読みたい。

そんな気持ちで駅まで足を進める。

いつもどうりのホームに、いつもどうりの人、いつもどうりの時間に電車が来る。

昨日と違うことといえば、二冊ほど本が昨日と別のものだということくらいだろう。

つまらない。

刺激がない。

よし、家の最寄り駅までの数十分、昨日の続きを読もう。

本だけが今の俺に刺激をくれる。

本だけが俺は、まだ生きていると実感させてくれる。

実際のところ俺が生きているのかはわからないが。


電車が走る音だけが耳に入ってくる。

昨日から待ちわびていた本は、案外つまらない終わり方をした。

ハッピーエンドというやつだ。

別にハッピーエンドが嫌いなわけじゃない。

ただ、もう一つぐらいアクションがあると思っていた。

もう一つぐらい事件があると思っていた。

刺激があると思っていた。

期待していた。

期待は裏切られた。

よくあることだ。

この本は、これで完成している。

決してつまらなくない。

ただ俺が、刺激を求めてすぎているだけ。

ふと反対側の窓を眺める。

昨日も一昨日も同じ、ぐったりとした男が座っている。

なにも変わらない。

電車の走る音だけが耳に入ってくる。

同じ車両にいる人の足音が聞こえた。

そうか、もうすぐ最寄り駅だ、降りる準備をしよう。

本を袋に詰める。

……何かがおかしい。

昨日と違う。

一昨日と違う。

何か以前と違う。

電車は駅に着く。

右側のドアが開く。

茶髪の少女が歩き出す。

その後ろに続いて、ぐったりとしていた男やその他数人も電車を降りる。

違う。

昨日と何が違う?

わからない。

今まで気にしていなかった。

でも何かが違う。

電車からホームを見る。

そんな時、ふと茶髪の少女と目が合った。

茶髪の少女はなんとも言えない顔をしていた。

これだ!

電車のドアは閉まりかけていた。

俺は走った。

ギリギリホームに降りることができた。

あの少女は階段を降っていた。

安心した。

もし、走って行ってしまったら見失っていただろう。

俺は、走って階段を降りる。

本やかばんは電車の中に忘れたが、そんなことどうでもよかった。

明日には、元に戻る。

俺は一心不乱に走る。

少女の背中を追う。

なんて話しかければいいんだ?

そんなことを考える前に話しかけていた。

「あの!」

彼女は振り返る。

また彼女と目があった。

きれない目をしていた。

「ナンパなら、よそでやってください。私、暇じゃないので!」

久々に話しかけた女子に速攻で振られた。

でも楽しい。面白い。

「ナンパじゃなくて、そのっ」

「あなたしつこいですね… 私、暇じゃないんです!」

久々に大きな声を浴びた。 

透き通るような、きれいな声だった。

「だから、その、話を聞いてっ」

「私、暇じゃないって言ってるでしょ」

彼女は、また大きな声を出した。

そしてそのまま走り出して改札をぬけた。

俺は、慌てて彼女のあとを追う。

そういえば、定期券を電車の中に忘れたことを思い出した。

俺は改札を飛びこす。

さすがに、駅員に見つかりあとを追われる。

でもそんなことどうでもよかった。

突如現れた、非日常。

毎日毎日同じことを繰り返す世界に入ってきた異物。

体温がどんどん上がっていく。

鼓動がどんどん速くなる。

脳内麻薬がドバドバ出ている。気がする…

楽しい。

九か月振りに体験した快楽。

それはとても刺激的だった。

クラス一の美少女に告白した時よりも刺激的だった。

近所のスーパーで万引きした時よりも刺激的だった。

ここ最近読んだどの本よりも刺激的なだった。

なによりも一番刺激的だった。

九ヶ月ぶりに人生の歯車が動き始めた気がした。








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