48話 クソ親父


 父上は、マイナ先生から相談を受けると、すぐさま僕らを馬車の中に呼び集めた。


 道が良くないせいか、馬車の中は車輪の音と揺れは凄まじく、揺れるたびに積まれた荷物が細かく跳ねて、さらに大きな音を出す。


 馬車はもうちょっと優雅な乗り物だと思っていたが、これなら自分の足で走っていた方がマシかもしれない。アモン監査官が馬車酔いしてしまったのも仕方のない事だったのだろう。


「さて、お前たちに相談がある」


 僕と妹のストリナは荷物の箱に座り、父上と義母さんは固定された椅子に座って父上の話に耳を傾けた。


 見上げた父上はやたらニヤついていて、端的に言うとキモい。


「マイナ殿がうちの村に家庭教師として長期滞在したいと希望している。滞在先は我が館だ。受け入れようと思っているが、皆の意見を聞きたい」


 音がうるさくて聞き取りにくい。というか、聞きたくない。


「独身の、しかも傍流とはいえ貴族関係の女性を、付き人もなく長期間館に置くのはトラブルの元になると思うのだけど」


 義母さんは父上を汚れた物を見るように見ている。口調も氷点下かと思うほど冷たい。


「本人がそう言っているんだ。まさか一人でうちの館に泊まる事が何を意味するのか、知らないはずもないだろう」


 さっき隣で少し話を聞いていたので、その意味は何となく予想することができる。マイナ先生は本当に本気なのだろうか?


「覚悟の上ってこと? つまりあなたの第二婦人として婚約するつもりと?」


 予想はしていたけど、具体的に婚約と聞くとショックだ。


 チラリと義母さんと目があった。気の毒そうにこちらを見ている。


「そうだな」


 父上は、僕とストリナを交互に見た。取り繕った笑顔だ。


「喜べ。お前たちの義母さんが一人増えるぞ」


 身体が無意識にブルっと震える。


 以前村に滞在した際、親父とマイナ先生がだんだん仲良くなっているなとは思っていたが、いつの間にそんな関係になったのだろう? マイナ先生はほとんど僕と一緒にいたはずなのに。


「俺も罪作りだなぁ」


 ニヤけ顔に腹が立ってくる。クソ親父は29歳でマイナ先生は15歳。年齢が倍違うし、これが前世なら犯罪臭のするロリコンだろう。なまじイケメンなので、さらに気持ち悪い。


 義母さんがため息をつく。


「あなたの代わりにナログ共和国に行ったあの子たちの事を考えると、思う所はあるけど、あの子は良い子だし、貴族的に考えるとうちがフォートラン家とのつながりを持てるのは良い話よね……」


 あ、義母さんが折れた。ちくしょう。もうちょっと修羅場になると思っていたのに。


 気に入らないけど、どうすればうまく阻止できるか思いつけない。


「そうだろう? リナはどう思う?」


 ストリナは話の内容を理解しているのだろうか? ちょこんと小首をかしげている。


「マイナおねえちゃん、うちにすむの?」


「そうだぞ~。お勉強しほうだいだぞ~」


「おべんきょはいや! でもおねえちゃんはすき!」


「そうかそうか。またおねえちゃんに遊んでもらおうな!」


「うん!」


 ストリナもあっさり丸め込まれてしまった。ニコニコと嬉しそうに笑っている。


「イントは……、聞くまでもないな。決まりだ。シーゲンの街についたら、マイナ殿のご両親のところに挨拶に行くから、まずはイントとリナの服を仕立てるところからだな」


 僕の意見は聞かず、クソ親父は話を進めていく。元々、意見なんて聞く気がなかったんじゃなかろうか。


 また義母さんが気の毒そうにこちらを見ている。何か言いたそうだ。


 僕も何か言いたい、でも何を言ったらよいかはわからない。黙り込んだままクソ親父を睨みつけた。


 クソ親父はそれに気づかず、まだニヤニヤしている。


「ピィィィィィィィッ!!」


 いたたまれない状態になって、モジモジしていると、外で誰かが敵襲を知らせる警笛を吹いた。

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