49話 魔狼遭遇戦


「前方より魔狼の群れ! 大きいぞ!」


 馬車を飛び出した僕の目に飛び込んで来たのは、最近ではお馴染みになってしまった角付きの狼、魔狼の群れだ。


 マイナ先生と出会ったのも魔狼に襲われた時で、マイナ先生は僕を助けようとして魔狼の電撃を受けてしまった。心臓が止まってしまったマイナ先生を心臓マッサージで助けたのが、縁の始まりである。


 その時の心肺蘇生法は、治療院ギルドと冒険者ギルドが実証実験を呼びかけたらしく、コンストラクタ家発の救命法として、さまざまな成功事例とともに国中に知られるようになってきた。


 僕は魔物全般苦手だが、魔狼は特に苦手だ。いくら治療方法があるとはいえ、心臓発作的な死因でこちらに転生して来た僕としては、自分の身で試したくはない。


「進行方向右側! 並走されてる! 馬車を停めるな! そのまま走りながら迎撃しろ!」


 クソ親父は馬車の屋根に登って、周囲に指示を出していた。後続の馬車が、手旗信号で後ろの馬車に指示を伝えていく。


 それを見届けて、空中を蹴って父上が馬車から離れる。代わりに義母さんとストリナが屋根の上に上がってくる。


「『インスタンス(氷針,32)』!」


 義母さんは周囲をざっと見渡すと、短い杖を掲げて聖言を詠唱する。銀色の紋様が空中に32個描かれて、そこから針のような氷が放射状にばらまかれる。


「ギャン!」


 並走していた魔狼が氷の針を浴びて、悲鳴をあげながら脱落していく。何匹かはかわしたようだが、ほとんど命中しているように見える。


 弓でも動いている標的を狙うのは難しいのだ。加えて、周囲の木や草で標的は見えにくいはずで、それでもほとんど命中させる義母さんはやはり並大抵の腕ではない。


「ここの迎撃は俺とジェクティがやる! 残りは後方を助けろ! しんがりにつけ!」


 父上はこちらに指示を出しながら、駆け寄ってきた魔狼の突撃をかわし、そのまま首を一太刀ではねる。


 回転しながらかわす動作と、斬撃を叩き込む動作が一体になっていて、まるで踊っているかのようだ。どうやらマイナ先生に良い格好がしたいらしい。


「行け!」


 クソ親父の指示で、僕たちは踵を返して、監査官たちの乗る馬車の方へ向かう。


 手元にある武器を手探りせ確認する。手に持っている弓、背中の矢筒、あとは腰の短剣と全身に隠した投げナイフぐらいだ。槍は馬車に置いたまま。取りに戻る余裕はない。


「うわっ!」


 監査官の護衛が乗る馬が、魔狼の攻撃で崩れ落ちたのが見えた。魔狼の角はスタンガンのような構造になっていて、馬でも触れるとああなる。


 僕は落馬した護衛に牙を立てようとした魔狼に、立て続けに二本矢を射る。最初に射た矢が本命で、2本目はかわされた時の保険だ。


「ギャ!」


 幸い、1本目が魔狼の首に命中した。


 矢筒に入っている矢は全部で7本。2本使ったので、残りは5本。かわされた時のための保険として無駄にした矢は、もったいなかったかもしれない。


「く、来るなぁ!」


 落馬した護衛の足は、馬と地面の間に足が挟まっている。もがいているが抜けられそうもない。

 すでに2匹目の魔狼が護衛に近づいているが、周囲も混戦になっていてるので誰も助けに入れないだろう。


「シッ!」


 2匹目の魔狼に向けて、走りながら矢を射る。今度は1本だけだ。


「くそ! 外れた!」


 1匹目がやられたのを見ていたのだろう。魔狼はひらりとステップを踏んで矢をかわした。


 ここで2本射ていれば命中していた可能性が高い。無駄になったり、足りなかったり、まだまだ修行が足りない。


 だが、魔狼は警戒して速度を緩めたので、その間に距離を詰めることができる。


「よっしゃ!」


 あと二歩ぐらいの距離から、投げナイフを放って魔狼の目を貫く。哀れな悲鳴を聞きながら、さらに踏み込んで刺さったナイフの柄を蹴り込む。飛び越えてからチラリと振り返ると、魔狼は痙攣して崩れ落ちるところだった。ナイフの刃が脳に到達したのだろう。


 僕に少し遅れて、村の主力が監査官の車列を襲っていた魔狼と戦端を開く。


 村の狩人たちはかなり優秀で、彼らが援軍に入ると、みるみる魔狼は減っていく。

 

 馬に足を挟まれた人に助けが向かって来ているのを確認し、僕は速度を緩めずさらに後方へ向かう。


『其は燃えるもの。焼き尽くすもの。名を炎。形を槍。我が手より飛翔し、疾く焼き払え! 炎槍!』


 少し離れた場所から、マイナ先生の聖言詠唱が聞こえた。あの晩と同じ炎系の摂理神術だろう。


 義母さんから聖言を習い始めたので、内容も少しだけわかる。


 見ると、フォートラン家の家紋が入った馬車から、マイナ先生が神術を放っているのが見えた。ナーグ監査官も騎乗して護衛たちと戦っていた。


 敵は3匹で、横からさらに1頭、魔狼が戦闘に加わろうとしているのが見える。


 マイナ先生の炎の槍は、少し前まで魔狼のいた場所に直撃して炎を撒き散らしたが、下草を焼き払っただけで魔狼には当たっていない。このままでは魔狼の接近を許してしまう。


 僕は迷わず頭上に向けて2本矢を放つ。最近覚えた曲射という技術だ。


 人間にせよ動物にせよ、頭上から降ってくる矢は見えないものらしい。このやり方なら、矢は高い放物線を描いて頭上から魔狼を襲う。


 ただ、矢は上空で風の影響を受けやすく、さらに着弾まで時間がかかるので、動いている相手には命中させにくい。


 なので今回は牽制だ。矢はそれぞれ、戦闘に加わろうとした魔狼の眼前と、マイナ先生たちを狙っていた3頭の真ん中あたりの地面に突き刺さる。魔狼たちが警戒して動きを止めた。


「イント君?」


 マイナ先生はこちらに気づいたが、魔狼たちはまだこちらに気づいていない。構わず残りの矢を2本とも放つ。


 動きを止めた魔狼は、ただの的だ。小さい頃から練習してきたので、この距離なら外さない。


「あ、ちきしょ」


 そう思ったが、命中したのはマイナ先生の近くの1頭だけだった。戦闘に加わろうとしていた魔狼には当たらず、そのまま後方へ走り去っていった。


 牽制としてはそれで十分だった。ナーグ監査官はその隙を見逃さず、槍で1頭を貫く。


 残りの1頭は、フォートラン家の護衛が倒していた。


「ありがとう! イント君」


 並走すると、マイナ先生が嬉しそうにお礼を言ってくる。笑顔がかわいい。


 こんなかわいいマイナ先生が、あのクソ親父の妻になる。


 マイナ先生は僕の目から見ても魅力的だから、クソ親父が惹かれてもおかしくはないし、賢い上に家柄的にもフォートラン家の後ろ盾があって、コンストラクタ家としても申し分ない。


 僕もマイナ先生とは親にも話せない秘密を共有しているので、悩んだ時に近くにいてくれるのは本当にありがたい。


 本来、反対する理由などまったくないのだ。


 なのに、何となく認めがたい。何がどうとは言えないけれど、とにかく嫌だ。釈然としない。


 もしさっき、意見を聞かれていたら、僕は何と答えただろうか?


「イント君?」


 マイナ先生に呼びかけられて、我に返る。だが、返事がみつからない。


「坊ちゃん、報酬を譲ってくれるんですかい? 先行きますぜ!」


 気まずくなっている僕の横を、村の狩人を乗せた馬が走り抜けていく。


 忘れてた。最後尾を助けろと言われていたんだったか。


「マイナ先生はここにいて!」


 僕は慌てて、狩人さんたちを追う。


 一応、僕も護衛についている狩人さんたちと同じ条件で報酬が出る事になっている。

 基本給が銀貨3枚で、魔物と遭遇して戦闘に参加した場合はプラス3枚、魔物を仕留めた場合は、魔物を素材として売却した金額の半分が取り分になる。


 マイナ先生が何やら言っている気もしたが、稼がないとマイナ先生を雇う事もできないので、稼ぐ事を優先する事にする。グズグズしてはいられない。


 車列は僕らに便乗してついてきていた商人たちの一団に差し掛かっており、商隊につけた冒険者の護衛たちと、魔狼の戦闘が始まっている。


 しかし、ちょっと魔狼が多すぎないだろうか? 魔狼は『死の谷』周辺に多い魔物だ。ここからは村を挟んでかなり離れている。


 十や二十ならいてもおかしくないが、シーゲンの街へ向かう街道周辺の魔物は、シーゲン子爵領の騎士団やうちの狩人が定期的に間引いていて、こんな大きな群れになるはずがない。


「ギャン!」


 先行した狩人たちが馬上から矢を放ち、次々に魔狼を仕留めていく。出遅れたら出番がなくなりそうだ。


 僕は走りながら、手だけで投げナイフと短剣を探る。矢を使い切ったので残る武器は投げナイフ2本に短剣が1本。予備の武器はないので、慎重にいかないといけない。


「こ、こっち来んな」


 様子を見ながら走っていると、護衛がいない行商人の馬車を、数頭が狙っているのが見えた。


 御者は近寄って来ようとする魔狼を、馬用の鞭で牽制している。


「旦那様が護衛をケチるからですよっ! さっきの人たちにも無視されたじゃないですか!」


 御者は、御者と会話するためにもうけられた小窓から顔を出している太った男に、盛大に愚痴を吐き散らかしていた。


「仕入れで使い切ったんだから仕方なかったんだ! 売れたらボーナスを払うから逃げ切れぇ!」


 聴こえる範囲で判断すると、自前の護衛を用意しておらず、しかも報酬をケチったために、村の狩人さんたちに無視されたのだろう。


 ただ、馬車の走行位置が気にかかる。ここ道幅は馬車が端によってようやくすれ違える程度。車間距離はあいてるが、馬がやられて馬車が横転したら、後続を巻き込みかねない。


「魔境として有名なところで何してくれてるんですか!? そんなだから失敗するんですよ!」


「つべこべ言わずに持ちこたえろ! ほら、御領主様の秘蔵っ子が来たぞ。助けてくれるようお願いするんだ!」


 小窓から顔を出した男が、僕に気づいた。それに釣られたのか、魔狼も2頭がこちらに気づく。


「なんで子どもが1人で走ってるんですか! 危ない!」


 御者がこちらを見ながら悲鳴をあげるが、かまわずすれ違いざまに、魔狼に投げナイフを投げつける。


 あっさりかわされて、ナイフはそのまま荷台の側面に突き刺さった。投げナイフもタダじゃない。だが、これなら後から回収しやすそうだ。


 魔狼たちは少し警戒して、距離をとった。僕が子どもだからなのか、諦める気配はない。


「銀貨20枚! シーゲンの街で荷を売ったら、銀貨20枚払うから助けてください!」


 商人が必死に勧誘してくる。


 銀貨1枚で銅貨百枚であり、うちの1日の食費は家族と家臣、その家族合わせて銀貨1枚程度だと考えると、銀貨20枚は悪くない。


 今の僕の全財産より多く、マイナ先生を2日間専属で雇える額だ。正直喉から手が出るほど欲しい。


 ただ、手元の武装が短剣と投げナイフ1本しか残っていないので、少々心許ない。元々僕は戦闘が嫌いだし、間合いが短い短剣で魔物を相手に接近戦をするのは、正直避けたい。


 が、報酬は欲しい。条件次第では、引き受けてみても良いかもしれないと、踵を返して馬車と並走する。

 

「銀貨20枚に加えて、今すぐ矢か槍をもらえるなら受けますよ」


 商人さんとやりとりする僕を、御者は胡散臭そうに見ていた。僕が子どもだから怪しんでいるのだろう。


「契約成立だ!」


 商人さんは食い気味に叫ぶと、一度車内に引っ込んだ。間をあけず、場所の後ろの扉が開く音がする。

 少しだけ速度を緩めて馬車の後ろに回ると、商人が扉から古ぼけた矢筒を2つ差し出してきた。


「矢です。お願いしますよ!」


 僕は空になった矢筒を商人に預けると、新しい矢筒を背中にかける。本数は各7本で合計14本。


「じゃ、ちょっと行ってきます」


 早速矢筒から3本抜いて、矢をつがえる。


「うげ。錆びてやがる」


 もらった矢はあまり保存状態が良くなかった。鏃は錆びていて、軸は少し歪み、羽根もバサバサになっている。多分まっすぐ飛ばないだろう。


 引き受けた事を後悔しつつ、馬を狙って近づいてくる魔狼に狙いを定める。距離としては6~7メートルぐらいだろうか。


「まぁでも、これくらいの距離なら!」


 当てられる自信はあった。だが、矢が悪いのか腕が悪いのか、はたまた走りながらで手元がブレたのか、絶好のチャンスでまた外した。


 館の中庭では、実際に動いている標的を狙う訓練はできない。だが、そのかわりに速射に関してはけっこう訓練を積んでいる。


 指の間にあらかじめ一本ずつ、合計3本矢を挟んでおけば、頑張れば1秒に1回ぐらいのペースで連射できるのだ。3本目はなぜか命中率がかなり悪くなるが、距離が近ければ速射の方が都合が良い。


「グルル」


 矢で狙われた事に腹を立てたのか、魔狼のターゲットがこちらに変わるが、こちらはすでに2射目を引き絞っている。


 飛びかかってくる魔狼の口の中で、牙がスパークしているが一瞬見えた。そして、その中間に僕が放った矢が吸い込まれて行く。


 さっき見たクソ親父の身のこなしをイメージしながら、勢いに乗った魔狼の身体をくるりかわし、続く魔狼に最後の一本を放つ。


 至近距離だったこともあり、こちらはちゃんと眉間に命中した。


「くそ! 結局接近戦か! こういうのは嫌いなんだ!」


 文句を吐き捨てて、激しい動悸と興奮を抑える。


 魔狼の後続はまだいるが、ひるんで速度を緩めていた。そのわずかな間隙を縫って、再び矢筒から2本取り出す。


「ヒュウ。なんだそりゃ」


 様子を窺っていた御者が、弓矢で接近戦をする僕を見て口笛を吹く。だが、気を緩められても困る。


 馬車の車体の下から、反対側に回り込んだ魔狼が御者の方に駆け寄っていくのが見えた。


 声をかけるのも面倒だったので、車体の下から矢を放つ。低い位置からの射撃になるため、構えもメチャクチャで威力は出ない。


 が、首を狙った矢は腹に命中し、次の瞬間魔狼が馬車の車輪に巻き込まれた。僕の矢は致命傷ではなかったが、予想外の負傷に驚いたのだろうか。


 魔狼を轢いた馬車は大きく跳ね、中で荷物が崩れる大きな音と、カエルが潰されたような声がした。御者さんも必死に馬車に掴まっている。


 跳ねて傾いた馬車は、何とか横転をまぬがれ、軽く蛇行しながらさらに加速していく。


 取り残された形になった魔狼たちの視線は、馬車に釘付けになっている。


「よっしゃスキだらけ」


 敵は僕を見ていない。警戒されていなければ、保険はいらないだろう。ちょっと矢がまっすぐ飛ばないような気はしているけど、さっきは当たった。ちょっと距離があるけど、まぁなんとかなるだろう。


 さっきの義母さんの神術をイメージしながら、矢継ぎ早に矢をばらまく。風に流されたり、勝手に曲がった矢を除き、8匹ほどに命中する。


 致命傷かどうかはわからないが、矢を受けた魔狼が断末魔の悲鳴をあげたので、残りの魔狼は怯えた様子で引き上げて行った。


 それを追うように、村の狩人さんたちが放った矢が飛んでいくのが見えたが、僕の仕事ではないので再度商人さんの馬車と並走する。


 一部始終を見ていた御者さんが、怯えた目でこちらを見ている。


「とりあえず、これで依頼は完了ってことで良いですか? あ、ちなみに貰った矢なんですけど、手入れされてなくて、めっちゃ質が悪かったですよ。いざという時に危ないから気をつけてくださいね」


 コクコクと人形のように頷く御者に空になった矢筒を返し、ついでに小言を言っておく。


 商人は顔を出さないが、銀貨の受け渡しは到着後なので気にせずその場を離れた。


 そしてその直後、最後尾の馬車からロケット花火のような笛の音がする矢が上空に放たれ、馬車は次々減速して停車していく。


 僕は、クソ親父から指示された最後尾の防衛戦に参加できなかった。

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