47話 嫉妬の萌芽


 どうやら、僕の足はかなり速いらしい。


 家族やパッケ、アブスさんに勝てず、村の中では多分6番手ぐらいだが、8歳の子どもとしては大したものだと思う。


 最近は走ってる最中でもちゃんと索敵できて、周囲の景色を楽しんだり、会話できる余裕もできてきた。


「マイナ、考え直さないか。君の能力をもっと活かせる場所は、他にもたくさんあると思うんだ。今聞いた成果だけでも充分じゃないか。本家に戻って来なさい」


 僕らは馬車7台を連ねて、シーゲンの街に向かって移動中だ。小判鮫のようについてきた商人たちを合わせると、その3倍ほどの集団になっている。


「あの村にいると、インスピレーションが湧くんです。もう決めました」


 護衛も商人たちが連れている冒険者たちがいて、僕は手が空いている。だから、隣で馬に走らせているマイナ先生と、さらにその隣に馬を寄せてきたナーグ監査官の会話を黙って聞いていた。


 昨日、実験中に喋りすぎたが、マイナ先生にはそれがウケたらしく、村を出発してからずっと続きを話していた。そこに割り込んできたのがナーグ監査官だ。


 マイナ先生は、今後コンストラクタ村に滞在するつもりで、ナーグ監査官はそれに反対しているらしい。監査官たちからは村で起きた諸々の変化は、元を辿ればマイナ先生たちに行き着く、と解釈されている。


 マイナ先生は賢人ギルドの俊英で、コンストラクタ村を立て直した立役者という事になるのだろう。フォートラン家にとって、マイナ先生が将来必要な人材となるのは目に見えている。

 

 だけど、僕としてはマイナ先生にこちらの世界についていろいろ教えてもらいたい。余計な事は言わないで欲しいところだ。


「もっと将来の事も見据えないとダメだ。本家には侯爵家から伯爵家まで、山のように婚姻の申し出が来ているんだよ。それに難があるなら僕でも良い。そのままでは婚期が遅れてしまう。冷静になるんだ」


 『僕でも良い』というのはどういう意味だろう? 話が結婚にそれた事から考えて、ナーグ監査官とマイナ先生が結婚するという事だろうか?


 フォートラン家の話なので僕が口を挟むことではないし、もともと『貴族』の仕組みはよくわからない。だけど、なぜかモヤモヤする。


「結婚の事なら、本家のお世話になるつもりはありません」


 ピシャリとマイナ先生が拒絶する。みるみる渋面になるナーグ監査官に、僕は少し溜飲を下げる。


「父上の手前、そうも行かないんだ。ところで、あの村、宿屋はなかったが、どこに滞在するつもりだい?」


 ナーグ監査官は、渋い顔をしたまま、言葉を重ねた。


「あたしはイント君の家庭教師です。領主の館に住めるよう、ヴォイド様にお願いするつもりです」


 おお。それは良い。一緒に住めばいちいち通う面倒もないだろう。


「待て待て。独身女性が一人で他の貴族の館に滞在することがどういう事を意味するか、まさか知らぬわけでもないだろう? 婚姻に差し支えるし、何より父上が許さない。コンストラクタ男爵にもプラスにはならないよ」


 ナーグ監査官の言葉の意味を考えてみる。ふと、父上がマイナ先生を第二夫人にすると冗談を言っていた事を思い出した。


 あの後、気になって貴族制度について調べたのだが、男爵以上の世襲貴族は一夫多妻、または一妻多夫が認められている。男爵なら2人、子爵なら3人と位階が上がるにつれ配偶者の上限が増えていき、最上位の公爵や王族で6人、王太子で7人、国王で9人まで増やせる。


 父上は男爵で、妻は義母さんだけ。制度上はマイナ先生を第二夫人にできるのだ。


「それなら、あたしが正式にコンストラクタ家に入れば良いのでしょ? イント君、あたしが家族になるのは嫌?」


 唐突に、マイナ先生が小首を傾げながら聞いてくる。


 あのロリコン親父、いつの間にマイナ先生をここまで口説いていたんだろう?


 そりゃ、マイナ先生とずっと一緒にいられるなら嬉しい。だが、義母さんが増えるのは何か違う。


「嫌じゃない、けど……」


 目の前が真っ暗になる。マイナ先生が父上と結婚。


 僕は二人の新婚生活を眺めながら、生活する事になる。


「決まりね。ちょっとヴォイド様にお願いに行ってくる」


 マイナ先生は、父上がいる方へ馬首をひるがえした。


 空席になっている妻の席は、義母さんの双子の姉である僕の実母が座っていた席だ。そこにマイナ先生が座るというなら、義母さんとマイナ先生は修羅場になるに違いない。


 そのままご破算になってほしいという気持ちと、そうなったらマイナ先生はもう村に来ないんじゃないかという予想が、僕の中でせめぎあう。


 ちらりとナーグ監査官をうかがうと、マイナ先生の後ろ姿を渋面のまま見送っていた。

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