40話 環濠砦再訪
「まッヨネ~ズ~ッ!」
オーニィ監査官が、鐙に足をかけて立ち上がって叫んでいる
「まさにソースの革命! 錬金術バンザイ!」
朝からずっとこの調子だ。朝のマヨネーズがよほど気に入ったらしい。
僕はその横をひたすら走っていた。馬車が新しくなって、さらに若い馬ばかりになったせいで、以前よりかなりペースが早い。馬たちにはまだまだ余裕がありそうで、結果僕らの休憩もなくなっている。
前世よりは疲れにくいのは変わらないが、さすがにちょっと疲れてきた。
「イント君、ちょっと休憩した方が良いんじゃないか? 徒歩組がかなり疲れているようだけど」
馬上からナーグ監査官が聞いてくる。
「目的地は見えています。ついてから、休憩したほうが、安全な、はず……」
確かに喋るのがつらい。見回すと、護衛の大人たちは僕以上に疲れている様子で、息も絶え絶えになっている。が、以前足を緩めた途端に魔狼に襲われたことがあったので、できれば安全なところまでは行きたい。
進行方向を見上げると、山と空の間ににょっきりと物見櫓が突き出しているのが見えた。櫓から周囲へ放射状に縄が張られているのは、飛行系の魔物への対策らしい。
あそこならここで休憩するより安全だろう。
ただ、気になる事もある。
砦に近づくにつれて、森の木々がまばらになっていく。以前来た時は、この辺りはもっと鬱蒼としていた。木は砦の建材としても、塩を作るための薪としても使われているから、伐採されてしまったようだ。
前世の教科書には、山をハゲ山にしてしまうと、土を留めていた根がなくなって、土が流出してしまうと書かれていた。このままだと、砂崩れが起こる。
公害になるといけないと思って前に忠告したはずだが、言っただけでは実行には至らなかったらしい。
今はまだ切り株が残っているので、根はある。根が腐って本格的に土が流出してしまう前に、父上にお願いして、新たに木を植えなければならないだろう。
「ここの人はみんなタフですね……」
ナーグ監査官は感心したように言う。
いや、馬に乗るのも体力を使うはずだ。父上曰く、僕には馬に乗るための基礎体力が足りないらしい。だから今も走り込みを続けさせられている。
最後の力を振り絞って、砦の門まで辿り着く。徒歩の護衛たちは、もう戦えそうもないほどヘロヘロだった。こちら側の魔物は劇的に減っているものの、いないわけではない。やっぱり適度に休憩して、戦える力は残すべきだろう。
「おや? 坊ちゃんじゃねえですか。いらっしゃい」
門番をしていた村人が、簡素な門を開けてくれる。
僕は門から砦の中に入ると、そこでへたり込んでしまった。
「速度を緩めろ〜! オーライ!」
門番のおじさんが、後に続く馬車に指示を出してくれている。馬車を引く馬はヨダレを垂らしていて、ずいぶん興奮しているようだ。ここまで飛ばしすぎたかもしれない。
「ハァハァハァ。ぼ、坊ちゃん、全員身体強化が使えるからって、こいつぁ流石に厳しいですぜ」
護衛の一人が仰向けに寝転がったまま言ってくる。
確かにそうなのだが、よく考えてみると、先頭を走ってたのは僕じゃなくてオーニィ監査官だ。文句があるならオーニィ監査官に言って欲しい。
「ハァハァハァハァ。ま、まぁ無事に着いたんだし……」
空気を貪りながら、何とか返事を返す。魔物に襲われることなく、無事に到着できたので、結果良ければすべて良しだ。
バタン!
「や、やっと着いたか! 死ぬ! オロロロロ」
馬車から吐瀉物にまみれたプレートメイルが転げ出てくる。そのまま地面に四つん這いになると、面頬を開けて、広場に黄色い胃液を撒き散らす。
多分車酔いの酷い版だろう。馬車の中をのぞくと、同乗していた従者たちもひどい事になっていた。馬車の中が一面ゲ○まみれだ。
「ぼ、坊ちゃん、これは流石にひでぇですぜ。この人たちになんか恨みでも?」
あまりの惨状に、駐屯している村人や冒険者たちが集まってくる。周囲には吐き気を催す異臭が漂っていた。
僕は砦までの道程で馬車に乗ったことがない。確かに山道で、道も舗装されておらず、走らせている間も飛んだり跳ねたりしていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
「ま、まさかここまで乗り心地が悪いと思っておらず、申し訳ありません」
従者の皆さんに声をかけると、アモン監査官のお付きの従者から睨まれた。手には汚れた桶と手拭いが握りしめられている。従者は足元もおぼつかない感じで、馬車から出てきた。
「我々の非礼はお詫びします。しかし、これはあまりにひどく……。アモン様の非礼は、監査の結果によっては当主にも報告させていただきますので……」
従者は少しかがんで僕に耳打ちして、そのまま全身プレートメイルに駆け寄っていく。あのプレートメイル、中身はアモン監察官だと思うんだけど、どうしてあんな恰好なんだろうか?
魔物の動きは早い。そして強力だ。今まで見たことがある魔物で言えば、骨喰牛の突進には多分耐えられないし、飛猿の礫でもやられる。かわせないほうが、被害は大きくなるだろう。
だから、冒険者はだいたい革鎧なのだ。こんなところに全身金属で包むプレートメイルで来るなんて、貴族の考える事はわからん。
わからんと言えば、従者の言葉も意味がわからない。アモン監査官の非礼とこの惨状、どうも結び付けて考えられている気がする。なぜかはわからない。
「ああ、ここには温泉の風呂があります。汚れた方は使ってください」
この惨状はスピードが乗りすぎたせいだ。誤解されないように、ちゃんとフォローしないと。
着替えは持参してきているらしいので、風呂入れて洗濯。あとは汚物まみれになった貸してる馬車の掃除だが、これは冒険者に依頼しよう。
依頼料をはずめば、割と何でもやってくれる人たちだ。
「へっへ~。イント君終わった~?」
ワクワクした様子で、オーニィ監査官がやってくる。
「この砦すごいねー。基礎的な設備は全部あって、『死の谷』の近所なのに安定してる。そこの小屋覗いたけど、魔物が大量に解体されてた。あれだけ狩れるという事は集まってる冒険者も相当な腕利きだ」
冒険者さんたち、うちの狩人とどっちが腕利きなのだろう? ここで狩りをしている人は、大部分うちの村の狩人のはずだ。
まぁ、元冒険者が多いらしいので、どっちでも良いのだろうけど。
「そうなんですか。オーニィ監査官はどうされますか? どっか見て回ります?」
「うーん。後で物見櫓に上がらせて欲しいんだけど、その前にマヨネーズでお肉食べたいなぁ」
お肉かぁ。ここなら新鮮な肉がいくらでもある。
「あ、そうそう。この規模の新規築城には国王陛下の許可がいるのだけど、コンストラクタ家はどうして先の報告書に築城について含めなかったんだろうね?」
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