第三部 ダンジョン攻略編
第31話 誕生日
「はぁー、ぬくい」
「この時期、暖炉は暖かくて良いですね」
祭りから三ヶ月。
冬が始まり、少しずつ寒さが増していく。
アタシたちは館の生活にも慣れ、満喫した日々を送っていた。
結局あの時のオークションで稼いだ金額は諸々の手数料を差し引いて金貨六十枚。駄メイドことメイがオークションで稼いたの金額は金貨百五十枚で合わせて二百枚を超えた。
……一体あのメイドは何を売ったんだ。
質問してみたが、ただのゴミですとしか返ってこなかった。
……深く考えるのはよそう。
世の中には知らなくていい真実は存在する。
とりあえず残りの支払いはもう心配ない。
二十年でゆっくり返していけば良いだろう。
ああ、暖炉が温い。
パチパチと薪の弾ける音が心地いい。
「ねぇ、少し不健全じゃないかな?」
「ん? 何がだ?」
「いや、なんでマリーはエリーに膝枕してもらって耳かきしてもらってるのさ!」
リッちゃんがなんか言ってるが聞こえないフリをする。
羨ましいならメイにやってもらえ。
「あのな、幸せってのは身近なところにあるもんなんだよ」
「いや何の説明にもなってないよ? エリーだって面倒でしょ?」
「リッちゃん。与えることも、受け取ることも、どちらも形は違えど幸せの在り方なのですよ?」
「この二人ブレないなあ……」
エリーは昨日、私が部屋で耳かきをしてやったんだよ。
今日は練習も兼ねてアタシの耳を貸してるだけだ。
「たまにはギルドの仕事がない日ぐらい羽を伸ばしたっていいだろうが」
「伸ばしすぎでしょ……こっちが縮こまっちゃうよ」
冬で仕事が減っているんだ。
金に困ってないなら積極的に受けるもんでもない。
むしろ他の奴らのために残してやるのが人情だ。
祭りが終わってすぐ、アタシ達はD級に上がった。
リッちゃんも無理やりしごいたお陰でEランクまで上がっている。
アタシ達がC級に上がるまでは期間も長いからな、気楽にやるさ。
はー、それにしても膝からいい匂いがする。
アタシも同じ石鹸を使っているはずなんだがアタシの体も同じ匂いなんだろうか。
……だとするとちょっと嬉しいな。
「僕もやってもらいたいよ……」
「メイなら喜んでやるはずだぜ?」
「それが最近忙しくて構ってもらえてないんだよね」
なるほど、だから拗ねてイチャモンつけてきたのかこいつ。
……まあ、それも今日までだ。安心しろ。
お、エリーが仕上げに耳かきの丸いフワフワのやつ入れてくれる。たしか梵天とか言うんだっけか。
気持ちいいな。
「ならよ、魔法の練習でもしたら、んっ……したらどうだ? なんか原始の魔法とやらをスキルに組み込むんだろ? あ、そこいい……」
「とにかく! 不健全だと思います!」
リッちゃんが顔を真っ赤にしてるな。
欲求不満か。まあいい。
耳かきも終わったようなので身体を起こすか。
「一応アタシだって、ただ待ってるだけじゃないんだぜ? この間ギルドから依頼が来てたからな。近いうちに詳細が送られてくる予定だ」
「向こうから来る依頼なんて、ロクな依頼じゃないんじゃないの?」
まあギルドから持ってくる話はなにかと訳ありだからな。
今回の話はざっくり聞く限り、受けたら隣の領地にまで出向かなければならなさそうだ。
「その辺りは受けるかどうかはちゃんと話を聞いてからだな」
「駄目そうなら断っても良いんですね」
「ああ、ある程度裁量権はこっちにある。もし受けるならのんびりも出来ないさ。今は戦いの前の一休みってトコだ」
なんせ命かけてるからな。
無理やりやらせたら冒険者みんな逃げて山賊になっちまう。
「ただいま戻りました」
その時玄関の方からメイの声がする。
買い物から帰って来たようだ。
「こちらギルドからの手紙です。預かってまいりました」
話をすれば、だな。
「何て書いてるんですか?」
「隣の領地のギルドからの応援要請だな。最近発生したダンジョンが複数のグループ前提じゃないと攻略出来ないらしくて、人手が足りないそうだ」
報酬は金貨六枚。
想定ランクはC相当。
ダンジョン内で取得したお宝はすべて私有可。
特記事項として魔術もしくは戦闘能力に秀でた人間が必要か。
まあまあかな。
「これは僕がうってつけだね!」
「そうだな、遠征だと食い物が要らんのはアンデッドの利点だな」
「こっそりご飯抜きにしようとしてない? ご飯は食べないと心が死んじゃうんだよ?」
身体は大丈夫なんじゃねーか。
魔法の方はエリーがいるから大丈夫だぞ。
むしろリッちゃんは連れて行くと暴発しそうで怖い。
「ところで今日ですが、何の日かご存知ですか?」
エリーが尋ねるも、リッちゃんは首を横にふる。
メイの奴はちゃんとやってくれただろうか。
アタシがチラリと視線を向けると、コクンと頷いた。
「ご主人様。今日はご主人様にとって特別な日ですよ」
「え? 僕? えーと、僕が世界征服を始めてから百日記念?」
なにサラッととんでもない事言ってやがる。
「お前まだギルドの監視付きだからな?
前に街に行った時、お前が答えてた街頭アンケート、あれ潜伏したギルド員だからな?」
「え!? うそっ! あんなに可愛いクマのキーホルダーくれたのに?」
つかアンケートに古代魔法の使い方とか項目ある時点で気付け。
本来なら粗品でくま貰って喜んでる場合じゃないんだぞ。
「よし、ギルドに報告して危険人物として討伐だな」
「では、早速捕獲してしまいましょう! そしてメイさんと一緒に可愛がらなければいけませんね!」
「ご主人様……。悪いようにはいたしませんので私と二人、部屋で監禁されて退廃的な日々を過ごしましょう」
「やめて!」
エリーもメイもノリノリだ。
「え? 結局なんの日なの?」
「ご主人様、今日はあなたの誕生日でございます。」
「え? あ、本当だ」
やっぱり忘れていたみたいだな。
まあアタシたちもメイに、相談されて知ったわだが。
アタシ達はメイに取りに行ってもらったケーキを机に置く。
こっそり予約していた物だ。
「うっわー!! おっきぃ……。何これ……?」
「ショートケーキだ。食ったことないのか?」
「ケーキって言ったら小麦粉焼き固めた保存食でしょ?」
いつの時代の常識だ。
そんな殺伐としたもの誕生日に出さんわ。
ここは生クリームと砂糖たっぷりの甘ったるい現代なんだよ。
「ご主人様。先日のお祭りもそうだったように、魔法の発展に伴い食糧事情が大きく変わっているようです」
「よかった、飢えに苦しむ子どもたちはもういないんだね……」
悲しいことを言うな。
「このケーキもプレゼントの一つだ」
「へえっ、これも……? あ、美味しい!」
おい、指で生クリームを一舐めして喜ぶんじゃねえ。
まだロウソクを立ててねーぞ。
「ふふ、では今の誕生日のお祝い方法をお伝えしますね。このローソクを年の数だけ立ててお祝いするんですよ」
「へぇ! ……僕、何歳になったのかな?」
「今生きてる奴で知ってる奴なんていねえよ」
とりあえず、太めのローソクを一本中心に立てて、回りを十本のローソクで囲った
千と百ちょいらしいので端数は省略だ。
お化け達と祝いの歌を歌って、ローソクを吹き消してケーキを切り分ける。
大きめのイチゴが乗っかってる奴はリッちゃんの皿に取り分けた。
「しばらく構えずに失礼しました。こちらプレゼントの手袋でございます」
「え! うわーい! わあ、名前入ってる! 手編みなんだ!」
良かったな。
それをこっそり編んでたから構ってやれなかったんだぞ。
……後でメイには耳かきを望んでた事も伝えとくか。
「私とマリーからは杖のプレゼントです」
「杖? あ!これ魔力強化の付与魔法が入ってる!」
「杖は攻撃魔法を使うときに便利らしいな。溜めておいてイザというときに魔法を発動する事もできるらしいぜ」
他にもお化け達がダンスを踊ったりしてる。
この日のために練習していたらしい。
リっちゃんがケーキを食べながら満足そうだ。
「よし、決めたよ! 僕はお菓子の魔王として世界中のお菓子を堪能してみせる!」
「……リッちゃんがそれで良いなら良いんじゃないか」
「でしたら私はメイさんとリッちゃんにお菓子作りを教えますね」
三人はお菓子作りの話題で盛り上がっている。
お菓子の魔王か。まあ世界征服よりマシかもな。
「くくく、我のお菓子で世界中を魅了してお菓子抜きでは生きられない身体にしてやる」
……まだまだお仕置きが必要なようだ。
「そう言えばエリーとマリーは誕生日いつなの?」
口のまわりをクリームだらけにしたリッちゃんが質問してくる。
「アタシは両親が死んでから孤児院育ちだから知らん。冬だったのは覚えてるが」
「私も幼いときにやったきりなので……。マリーと同じく冬頃だと思います。日付まではちょっと」
リッちゃんが気まずそうな顔してるが気にするな。
傍から見れば魔族の母にケーキ振る舞ってるアタシ達の方が気まずいはずだ。
しかしエリーも冬生まれか。
「じゃあエリー、アタシと一緒に誕生日祝おうぜ」
「良いですね! では年が変わる少し前にやりましょう」
「それだと聖人祭の後くらいだな」
「でもそれだと色々忙しそうですね……。どうせなら聖人祭にあわせましょうか」
「んー、そうするか。また誕生日は来年決め直せばいいか」
自分たちの誕生日を決めるのはいいもんだな。
さて、プレゼントは何にしようか。
「とりあえず明日はギルドに足を伸ばすぞ」
「僕は研究してるから帰ってきたら教えてね!」
「リッちゃんも一応チームメンバーなんだから来るんだよ」
どうせアタシらがいない間にイチャイチャするだけだろ。
そう言う研究は夜だけにしろ。
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