閑話 夜這い
月が欠け落ち、暗闇が夜を支配する。
そんな中一人のメイドが自らの主の部屋を訪れていた。
服装はメイド服のままだが、いつもより綺麗めの服を着ている。
静かな屋敷の中でノックの音が響く。
「いらっしゃいますか、ご主人様」
「開いているよ。入って入って」
その主人はいつものように彼女を受け入れた。
「どうしたのこんな暗い日に? なんか調子が悪くなったりした?」
リッチは使い魔である彼女たちのメンテナンスも行っている。
とはいえ、魔力さえあれば自動で肉体を回復させるので、めったな事では問題は起こらないのだが。
最近まで顔を失い、声も出なかった彼女になにか不調があったのかと考えた。
部屋には少ないが明かりが灯っており、メイドを照らす。
こころなしかメイドの頬から長い耳まで、ほんのり赤くなっているようだ。
「はい、さしでがましいとは思いますが、少しお話をしたくて」
主人の部屋は定期的にメイドが掃除をしているだけあって、小奇麗にまとまっていた。
中に入ると、メイドがお茶を入れる。
そして雑談が始まった。
「そうそう、黒竜だけ吹き飛ばすつもりがうっかり山ごと吹き飛ばしちゃってさ」
「それで慌てて逃げて来たんでしたね」
「に、逃げてはいないよ。うん、黒竜の集めた黄金はお城に届けたし」
話す内容は他愛もない話ばかりだ。
これまでどのように館にいたか、何をしていたかなど。
他には魔王ファウストについての話題が多い。
魔王ファウストにより封印されてから、初めて設けた話の場となるため、仕方ないのかもしれない。
「ははは、思い出すなあ。あの日もこんな夜だったよ」
「あの日……ですか?」
「そうそう、僕を封印するちょっと前だね。こんな月のない夜の日にファーちゃんがやってきて話をしたい、て言ったんだよ。妙におめかししてね」
彼のその言葉に、メイドは息をのむ。
「お姉さま…… 失礼しました。ファウスト様が……」
「お姉様でいいんじゃない? 封印される前まではそう呼んでたでしょ?」
「しかし、ご主人様を裏切って閉じ込めた相手ですので……」
「僕は裏切られたとは思ってないよ。不器用だからさ、あの娘。なにか事情があったんだと思う」
あの娘。
それはかつて男が作った使い魔の一人。
後の世で魔王と呼ばれた者。
魔王ファウストのことを指していた。
彼は自らが作った使い魔を我が子のように愛し、そのように呼ぶことが多い。
同様に種として繁殖に成功した魔族も同じように呼んでいた。
「はい、存じております。お姉さまはとても不器用で、ご主人様はとても鈍感でした」
「鈍感?僕が?」
心外だと言わんばかりの顔をする。
「いつも君たちのいい所とか、好きなものを探しているつもりなんだけどな。あとは女の子になる方法ばっかり調べてたけど」
「……その日、お姉様は何をお話しされたのですか?」
「別にたいしたことじゃないよ。その日の天気とか、研究の成果とか、次に探索に行く場所とか、僕の夢とかね」
「……それで自分の夢は女の子になることだと伝えたんでしょうか?」
「うん、そうだよ。女の子になって、魔法を極めて、英雄になる。そう言ったんだ。その後悲しそうな顔をして、話は打ち切りになっちゃったけど」
彼は、その時の会話に思いを馳せる。
――僕は女の子として英雄になって魔法を極めて見せるんだ!
――その、誰か親しい人…… こ、恋人は作らないんですか?
――うーん、女の子になっちゃうのに、女の子の恋人を作ってもね。僕アンデッドで結局一人になっちゃうし。大丈夫、君みたいな子どもたちがいるから! ちょっと寂しいけど平気だよ!
メイドはため息をつく。
その主人の失敗が、その時のお姉さまの気持ちがわかってしまったがために。
「本当に、本当にお姉様は不器用で、ご主人様は鈍感でした」
「なんだよ、ひどいなー」
改めて主人と向き合うメイド。
その顔は至って真剣だ。
「ご主人様。私は二番目だったのですよ。」
「二番目?」
「一番はお姉様でした」
「えっと……」
彼はそれが何のことかわからず困惑する。
「お姉様はあなたのことを愛してしまったのですよ。親と子ではなく、一人の女性として」
リッチは目を見開く。
「私達は同じ思いを共有するものとして、ひっそりとお茶会をしていました。そこで話し合い、私はお姉様に譲り、陰ながらお姉様を応援する事にしたのです」
――メイ、私、あの人に想いを伝えようと思うの。もしも振られたら貴方がアタックしてね。私は…… うん、どっかに消えるわ
――そのような悲しい事はおっしゃらずに、どうか成功させてくださいませ。
――うん、頑張るね! ありがと、メイ!
自分が振られたら貴方を応援するからよろしく、と。
それが魔王ファウストとメイドのメイ、二人が千年前に交わした約束であった。
・
・
・
――メイ、貴方には悪いけどあの人は私が独り占めにすることにしたの
――ファウスト様、いきなり何を仰るのですか!? なぜこのような封印を!?
――あの人は永遠に封印されて私のモノとして愛でられるわ ……ごめんなさい
その後、急に手のひらを返したように冷たくなった理由も、最後につぶやいた『ごめんなさい』の言葉も彼女に再び突き刺さる。
「……あの娘、僕を封印する直前、泣いてたんだ」
「不器用なお姉様です。誰にも実らぬ恋ならいっそ、と思いつめていたのでしょうね」
「そしてメイ、君が同じく傷つかないように、万が一復活したら自分が悪者になろうって、考えたのかな……」
「私達使い魔の魂は分割されておりました。おそらく、ご主人さまが亡くなっても活動できるように取り計らっていたのでしょう」
「本当に、へんなとこだけ気を回すんだから……」
不器用な彼女の身勝手な親切。
それが彼ら二人の会話にしばらくの静寂をあたえた。
「……私もマリー様とエリー様、二人に会わなければ似たように考えていたのかもしれません」
小さい声でそう言うと、メイドは優しくリッチの手を握る。
「ですが、あのお二人をみて考えを改めました。愛のカタチは人それぞれ違って良いと」
「……ああ、そうだね。あの娘の思いに気がついてあげることが出来たら、僕たちは今も一緒だったのかな」
「お姉さまが躊躇することなく自分の想いをハッキリと伝えていても、未来は変わっていたのかもしれません。そういう意味ではお姉さまにも責はございます」
先程より二人の距離は近い。
お互いが寄り添うように、ベッドの側に座っている。
互いに何も言わないまま、時間が流れる。
「あの娘がもういないって考えると寂しいね」
ポツリと彼はつぶやく。
大きくないその声は静寂の中でよく響いた。
彼の目から、熱いものがこぼれ落ちる。
「ねぇ、少しだけ…… 胸を借りるよ」
「ええ、幾らでもご使用下さい」
「うぅ…… ひっく…… 」
メイドの胸ですすり泣く男の声が夜に響く。
彼女はそれをいつまでも優しく抱きしめた。
しばらく後に山の墓の横にもう一つの墓が立つ。
その土の下には誰もいない。
その墓標には『愛しき娘、ファーちゃんを偲んで』と書かれていた。
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