第24話 挨拶

アタシは金属魔法を再び両手の刃に使う。

刃が変化し融合していくと、二本の刃は一つの刃物になった。

普通の長剣のようだが、どこか包丁を思わせるフォルムをしている。


「マグロ包丁ならぬ、狼包丁ってとこか」


アタシは近くまで加速して近づくと、土魔法を発動し、落とし穴を作る。

……躱すか。カンの良い犬だ。

そう簡単には捕まえられねえな。


だが空中に浮いた今がチャンスだ。


「【堅きは砕け、固くは脆く】〈弱化〉!」


エリーが良いタイミングで弱化の魔法を使ってくれる。

あたしは落下してくる犬っころにジャンプして飛び上がり、刃を振り上げた。

体は風魔法で加速し、刃には炎と電撃をまとわせる。

名付けて――


「華火」


犬野郎の足から膝までを切り裂き、腹まで達した所で炎と雷を解放すると、

それぞれが派手に炸裂する。


「グアオオオ!」

「へへっ、刺激的だろ?」


アタシは爆風の勢いを利用して距離を取る。


「今だ!〈水槍陣〉!」


離れたタイミングをみはからって、リッチが魔法を仕掛けた。


太い水の槍が傷ついた横腹を更に貫く。

……凄まじい威力だな。

マジで魔王と戦えるんじゃねえのか。


水の槍が地面にぶつかり弾け、水蒸気となって視界を隠す。


「やったね!」

「いや、まだだ」


リッチが糠喜びするが直前、アイツの目は死んでいなかった。

未だに飢えた獣の目だ。

その証拠に、ゆっくりとだが立ち上がる影がある。


胸元で魔石らしきものが光ると、体に空いた穴はゆっくりと塞がっていく。


「うっそ。あれ僕の全力の一撃だよ?」

「不死身……いや違うな」


多分だが、あの魔石が回復させている。

変身前に失われた片手は再生していないから、おそらく変身したときの力が残っているんだろう。


どうしたもんか。

そこで、犬っころが手を大きく振りかぶった。


「やばい! 避けろ!」


犬っころがその爪を振るう。

爪先はそのまま地面をえぐりながらリッチの方に向かっていた。


アタシは風魔法を利用してリッチを突き飛ばし…… どうやら完全には躱しきれなかったようだ。

爪先がかすったらしい。ふくらはぎに傷を負う。


「痛えな……」

「わ、わわわ。足が! どうしよう!」


慌てんな。

半分千切れたようになっているだけじゃねえか。

骨は折れてねえしセーフだセーフ。


「〈ヒール〉〈再生〉!」


と、同時にエリーから回復魔法が飛んできた。

いい感じだ。なんとか足が動く。


「グルルル……」


風魔法で補助をしているが、怪我で移動が遅くなるのは避けられないだろう。

このままだとマズイな。


欲しいのは相談する僅かな時間だ。


土魔法で壁を作り犬っころの視界を遮ると、アタシはリッチを連れて移動する。

これで一瞬だけだが時間が稼げるな。


「リッチ、相談だ。あいつを一撃で吹き飛ばせるような魔法は使えるか?」

「……無理だ。一撃で吹き飛ばす魔法陣を書くにはそれなりの時間が必要だよ。それに動きが早すぎる。少なくても発動する前は動きを止めてくれないと」


つまり出来るって事だな。


「ならアタシが時間を作る。動きも止めてみせる。どのくらい時間が必要だ?」

「そんな無茶だ…… いやごめん。十分、いや五分あれば大丈夫だと思う」


よしっ、いい覚悟だ。


「任せろ」


多分だがあの魔石に溜めた力が相当な回復力を与えてる限り、しょぼい攻撃じゃ回復される。

なんせゴキブリ並みの生命力を持つ冒険者を何十人も集めた物だからな。


今のアタシ達の力じゃちまちま削る持久戦は無理だ。

削り切る前に力尽きる。

だったらさっきの数倍の威力をぶつけて回復させずに消し去るだけだ。


アタシは陽動と撹乱を兼ねて犬っころに突っ込む。


「マリー、頑張って下さい!〈守護〉!」

「サンキュー、エリー! 帰ったらキスしてやる!」


リッチの野郎がはわわ、女の子同士でとか言ってるが仕事に集中しろ。

遊んでる場合じゃねえ。お前に全てかかってるんだ。


アタシは地面を疾走する。

使うのは水魔法と風魔法だ。


「ウォータードレス」


上半身を水が纏わりつく。

弧を描くように撹乱しながら斬りつけ、躱す。

交わしきれない部分は水と風の壁で守り切る。


水で動き辛いが今回は時間稼ぎが目的だからな。

積極的に戦う必要はない。

相手にとってうざったいくらいでいい。


爪を伏せて躱し、ローキックを飛び上がって躱す。

無視しようとするなら、攻撃する。


相手の攻撃が掠めるたび、水が弾け、飛び散る。

なに、なんてことはない。四方八方に動き回るだけだ。

アタシも定期的に水の鎧ごとぶつかってやる。


切りつけ、躱し、また切りつける。

危ない一撃からは水の鎧で身を守る。

再び切りつけ、躱し、そして……


……やがて攻撃が止む。


見ると、犬っころが片足を大きく上げていた。


「……まさか、かかと落としかよ」


体重を一気に振り下ろされた一撃が、爆音と共に地面を抉る。


「ゲホッ」


直撃は交わしたが飛んできた石礫まではかわせなかった。

その直後にローキックの連撃が打ち込まれて直撃してしまう。


流石に、キツイ一撃だ。

わずかに残った水の鎧に吐いた血が混じる。

エリーが回復魔法をかけてくれるからなんとか持っている。


……まあ相手の体勢も崩れているし、そろそろ時間も十分か。


「犬っころ、濡れ濡れじゃねぇか。さっきまでアタシが使ってた魔法、忘れたか?」


アタシは紫電を纏う。


「サンダーローズ!」

「アグオオォォオ!!!」


全力の雷が犬っころを襲う。

だが仕込みはまだまだこれからだ。


「濡れた女に痺れたら泥沼にハマるぜ?」


痺れて動きが鈍くなった犬っころに近寄ると、アタシは土魔法を使う。


「濡れ濡れからヌルヌルになりな!」


濡れた地面が、柔らかい泥へと変化した。

犬っころの足が膝まで埋まる。



「リッチ! 準備は出来たか!!」

「ああ、行くよ! カウントダウンだ! 三!」


アタシは風魔法で距離を取る。


「ニ!」


「〈弱化〉!」

エリーが犬っころに弱体化の魔法を放つ。


「一!」


犬っころが即席の泥沼から抜け出そうとする。

だが手を滑らせて体勢を崩してしまう。


「発動!〈虹色陣〉!」


犬っころの周囲と上下を魔法陣が覆う。


最初に、大地から槍が生えて串刺しにして動きを止める。

次に嵐が切り刻む。

その後は氷だ。全てが凍りつき動きを止めた。

最後に上空の魔法陣から光の柱が、下の魔法陣から炎が同時に吹き出す。


眩しくてこれ以上は無理だ。


アタシは目をそらして光が収まるのを待った。



光が収まったとき、そこにはまだ犬っころの姿があった。

体はもはや再生せず、下半身は炭の様になっている。

目には、もはや戦意はない。


犬っころの体にヒビが入る。


パキリ、と軽い音をたてて砕け散った。

同時に、中からロマの爺が落ちてくる。


近づいていくと、まだ息があるようだ。


「お見事…… ですな」

「ああ、爺もな」


もはや立ち上がる事も難しいらしい。

肩で息をして座っているのがやっとのようだ。


「これでは冥府におられるファウスト様に顔向けできません」

「親の期待にばっかり答えようとすると潰れるぜ? たまには期待を裏切るのも子供の役目だ」

「左様、ですな。ですが…… 私はあの方に認めて、貰いたかっ、た……」


言葉が途切れる。

ゆっくりと爺の瞼が落ちていく。


「僕が、僕が認めるよ。」


リッチが少し遅れてやってきた。

爺も閉じかけていた目をゆっくり開く。


「魔王ファウストの産みの親である僕が認める。君は立派な親孝行者だ。ファウストに会ったら伝えてくれ。君たちは僕の自慢の子供だったと」

「ふふふっ、お祖父様に言われては…… ファウスト様も形無し…… ですな。また冥府で、お会いしましょう…… ありがとう…… ござ…… ま…………」


ロマの爺は最期に、リッチに向けて丁寧な挨拶をする。


……スキルは、発動しなかった。

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