第23話 巨人狼

「マリー!」

「待たせたな。ちょっと時間がかかっちまった」


いくら『TS』スキルが肉体を作り変えると言っても、流石に腕や内臓が存在しない状態は時間がかかるらしいな。


いや、再生できるだけで最上級回復魔法と同等以上の性能か。

二度と検証したいとは思わんが。


何よりアタシを一瞬だけ男に変えさせやがったのが腹立たしい。

服がボロボロでへそ出しトップスになってやがる。

お気にいりだったんだぞ、この服。


「あの状態からどうやって…… いえ、無粋でしたな。貴女が生きているなら再び倒すだけの事」


再び挨拶をしようとしてくる。

……させねえよ? ネタは割れてるんだ。


アタシは顎に蹴りを入れて爺の挨拶を阻止した。

爺は一歩よろめいて後ろに下がる


「テメェのスキル、トリガーは『挨拶』だな? それだけ強いスキルだ。条件も厳しいだろ。他の条件はなんだ? 時間か? 会話か?」

「よくぞ見抜きました。対象との僅かな会話と時間経過、そして間合い。その他諸々でございます」


爺は大きく後ろへ下がると丁寧な挨拶を再びしてくる。


マズい!

……僅かに皮膚がツッパる印象を受けたが、マリーの体が引き裂かれることは無かった。


「このように、一度失敗してから時間や距離、そういった条件が足りてない場合は効果は些細なものです」


余裕ぶりやがって。

要するに遠くからちまちまやるか、リスク覚悟で近づいて短い時間で決着をつけろって事だろ。

ご丁寧に教えてくれてありがとよ。


「可愛い女の子を傷物にしたんだ、責任は取ってもらうぜ?」

「乙女とは恐ろしいものですな…… ぐっ!」

「お、感じてきたか?」


アタシは毒魔法を使っている。

何度かモンスターを退治したときに効果は調べておいた。

アタシが生成できる毒は一種類だけだ。

一定時間、痛覚を増幅させる毒。それがアタシの唯一の効果だ。

そんな毒を腕を切り落とす際に使ってやった。


獣ですら気絶させるほどの痛みが走る毒だが流石だな。

毒がまわると風が吹くだけで痛いぜ?


「悪いがもう出し惜しみしねえよ」

「老人は優しく労るものですぞ」

「昇天させてやるさ」


再び爺が距離を取ろうとするが、アタシは一気に距離を詰め刃を振るう。

だが、さっきみたいにアタシの攻撃を捌ききれていない。

片手のお陰か、あるいは増幅された痛みのせいか。

どちらでもいい、このまま押し切らせて貰うぜ。


「なぜ、冒険者の方は二週間も眠っていたと思いますか?」

「さあな! 色々吸われてイっちまったんだろ!」


圧倒的不利な状況で、攻撃を片手でいなしながらも爺は語ることを止めない。


眠っていた理由?

メイド達が精気を吸い取ったからだろ?

今更何言ってやがる?


「冒険者が眠る事になった原因、今はどこにあるのでしょうか」

「なに?」


瞬間、爺の体が光の壁に覆われた。

どこにそんな力が眠ってやがった……?

……いや、これはお貴族様の緊急避難用の魔道具か?

盗んできやがったな。


「答えはこちらです。」


残った片手で懐から魔石を取り出す。

中々に上等品の魔石だ。


「館の地下に魔王様より与えられた知識を駆使して装置を作りまして、魔石に冒険者の生命エネルギーを魔力として変換、貯蔵しておりました」


たしかに中には遠目でもわかる爆発的なエネルギーが貯蔵されている。

何に使う気だ?


「魔力というものは不思議なもので、わずかに人の意志が宿るようでございます。この魔石は複数人の意思が混ざっておりまして、制御できないため控えておりました。ですが、ここならばリッチ様共々破壊できるでしょう」


ロマックはちらりとリッチの方をみる。

アタシとリッチ、まとめて始末するつもりか。


「ちっ!」


壁に炎と雷の混合攻撃を繰り出すが、弾かれる。

くそっ、お貴族様のバリアなんて十秒持てば十分だろ。

さっさと壊れろ。


「魔族なら大抵つかえる力のため、切り札と言うのもおこがましいのですが…… 〈変身〉」


魔石を心臓の部分に当てると、爺の体が変化していく。

魔石の力を取り込みやがったのか。


爺の体を覆うように肉が何層にも服の上から覆い尽くす。

次に爺の手首までを覆っていた獣の皮が全身を覆い尽くした。


さっきリッチが使った〈受肉〉にもどこか似ている。


徐々に体が大きくなっていき、出来上がった体は巨大な狼だった。

アタシの三倍近くある体躯の狼が二足歩行で立っている。

…でけえな。幼児と大人くらいの差だ。


その目には先程の知性は無い。

そして幸運にも、失われた片手は再生していない。

なら、勝機はありそうだ。


「グルルル…… ルルルルオオアアアァァァアッ!!!」

「人狼…… いや巨人…… 巨人狼ってとこか」


咆哮が周囲の大気を震えさせる。

その咆哮で、裏庭に植えられていた花が散って、舞う。


うるせえ犬っころだ。

人間やめやがって犬になりやがったか。

……いや、魔族だったな。


アタシは足を斬りつける。

……が、薄く皮膚が切れているだけで、深く包丁が入らない。

この刃で通らねえのか。


「グルアッ!! ……グルルッ!」

「皮被ってデカくて硬くなるとはな? ひん剥いてやるよ」


いままで空中を見ていた犬っころの目がアタシの方に向けられる。

斬りつけられてやっとアタシを認識したようだ。


犬っころは摺り足で重心を移動させると回し蹴りを放ってきた。

その軌道、鋭さは先程爺が使っていたものと同じだ。


ヤバイ!

アタシは体を伏せると土魔法で地面に穴を開ける。

次に風魔法で無理やり体を穴に押し込んだ。


隠れた後、凄まじい勢いの蹴りと、一瞬遅れて衝撃波の様な爆風が地面を襲う。


「動きは格闘家のそれか…… お前、真剣に鍛錬したんだな」


まともに考える脳みそも残ってねえのに、これだけ動けるなんてな。

体に染み付いてる証拠だ。


さあ厄介だ。

どうしたもんか……


そこで突如、犬っころの後頭部の空中部分に魔法陣が描かれる。


そこから数十発のファイアボールが連射された。


「〈火球陣〉。マリーさん、悪いけどこれは君だけの喧嘩じゃないんだ。僕も参加させてもらうよ。最初に狙われたのは僕だからね」

「私も支援します! 【彼のものに盾を、彼のものに鎧を】〈守護〉!」


リッチとエリーが声をかけてくる。

エリーもメイド達を癒やしつつ、支援魔法を飛ばしてくれる。


少しふらついているがリッチは自分の足で立っていた。

回復魔法の力でだいぶ回復したらしいな。

なかなか根性がある奴だ。


「ははっ、初めての共同作業はお化け退治と行こうじゃねえか」

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